花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

東風は厚薄無く

2015-02-22 | 詩歌とともに


  新春   真山民

余凍雪纔乾  余凍雪纔(わず)に乾き
初晴日驟暄  初晴日驟(にわ)かに暄(あたた)かなり
人心新歳月  人心 新歳月
春意旧乾坤  春意 旧乾坤
煙碧柳回色  煙は碧にして柳は色を回し
焼青草返魂  焼は青くして草は魂を返す
東風無厚薄  東風は厚薄無く
随例到衡門  例に随いて衡門(こうもん)に到る

   残りの寒さ 雪消えて 初春の陽は あたたかく
   みなの心も わくわくと 光は溢れる そこかしこ
   かすみはけぶる 青やなぎ 野焼きの跡に 草萌えて
   東風(こち)は ここにも吹き渡る わけへだてなく 春告げて(拙訳)


春の色の至りいたらぬ里はあらじ さけるさかざる花の見ゆらん    古今集巻第二、春歌下 読人不知


雨水の養生

2015-02-19 | 二十四節気の養生


雨水(2月19日)は、二十四節気の第二番目の節気である。春の風が氷雪を溶かし水となって、降雪が降水に変わる時期であることを示している。初春の陽気が生まれつつも、朝晩の気温の変化が大きく、冬の寒気はいまだ完全には消褪していない。「春捂秋凍、不生雑病」、春には厚着、秋には薄着にして、暖かくなったからといってすぐに薄着にはならず、また寒くなったからといってすぐに厚着にしないことが病気の発症を防ぐ養生法である。身体の主要な臓器である五臓は、お互いがその機能を支えあい、また行過ぎた働きを抑制して調和を保っているが、肝が旺盛となる春は「肝強脾弱」になりやすい時期である。脾は、西洋医学的な脾臓とは異なり、漢方・中医学的には消化系統にあたる主要な臓器として捉えられていて、飲食物から栄養物質を消化吸収し、水液を取り入れ、心、肺に受け渡して全身に行き渡らせる最初の段階を受け持つ臓と考えられている。この機能が落ちると、倦怠感、めまい、下痢傾向、肌の色艶が悪くなるなど、全身の気血不足、すなわちエネルギー切れ、栄養不足の状態になる。酸味(すっぱい)、苦味(にがい)、甘味(あまい)、辛味(からい)、鹹味(塩からい)は基本的な味覚で五味と称するが、関連する五臓として、各々肝、心、脾、肺、腎と関連づけられている。「省酸増甘、以養脾気」、春は脾を養うために、酸味のものはほどほどにして甘味のものを増やす必要がある。本格的な春はもう其処まで来ている。
        
ならざかのいしのほとけのおとがひに こさめながるるはるはきにけり      会津八一  鹿鳴集、奈良坂にて    

花類薬と薬茶│生薬になる花と薬用茶

2015-02-15 | 漢方の世界


生薬となる植物は多いが、その中でも花類薬、花が薬物となる植物として、『中草薬彩色図譜』には丁香(ちょうこう)から蝋梅花(ろうばいか)まで27種が掲載されている。これら花類薬の効能をまとめた論文が中医雑誌に掲載されていたので御紹介する。(王光銘、他: 花類薬在調節脾胃気機昇降中的応用, 中医雑誌 56(2), 176-177, 2015)

まずは中焦に存在する脾胃の概念、脾胃の機能を押さえておきたい。脾胃は「脾」と「胃」であるが、解剖学的な的「脾臓」と「胃」と同等ではない。西洋医学的には上部消化管の他、膵臓、肝臓、胆嚢、小腸の臓器の機能を含む消化器系の器官群に相当する。本題に入るが、脾は昇清(水穀の精微(栄養物)を吸収して上焦の心、肺に運び上げる)、胃は降濁(食物を受納し、消化物を下焦の下部腸管に降ろす)を主(つかさど)る。即ち脾は上に昇らせ、胃は下に降ろす働きを有するので、脾胃は気機昇降(気機とは体内の気の巡りを言う。)の枢(枢要、かなめ)と位置付けられる。この脾胃の昇降に大きな影響を与えるのは肝の疏泄と肺の粛降機能である。脾胃病の患者の多くは、元来脾胃の機能が虚弱な上に湿熱、気滞、血瘀などの病理機転が加わっている。そのために清熱袪湿、理気解鬱、活血化瘀などの目的にて苦寒薬、燥湿薬、活血薬の薬剤を使用するのであるが、これらは胃を障害、陰虚や津虚を悪化させ、あるいは出血傾向を招くなどの副作用もたらすことがある。生薬になる花は「花類薬気味芳、薬効平和、多為軽霊活溌、薬性流通之品」(香が芳しく作用が穏やかで、多くは自在に活発に動き、流通する性質である。)であり、脾胃病の治療にあたり脾胃の気機昇降の調節に適していると述べられている。ここでは花類薬を以下の四種類に分類し、昇清降濁に働く他に、湿を除く、肝気を動かす、あるいは鬱熱を取ることにより気の昇降の調節に働くものに分けられている。

1.昇清降濁: 脾が清を昇らせ、胃は濁を降ろして平衡をとる作用。主要生薬は、葛花(かっか)、旋覆花(せんぷくか
2.化湿和胃: 余剰の湿をさばいて胃を和ませる作用。主要生薬は、白扁豆花(びゃくへんずか)、厚朴花(こうぼくか)
3.疏肝理気: 肝気を通し気の滞りを解き放つ作用。主要生薬は、玫瑰花(まいかいか)、緑萼梅(りょくがくばい)
4.清熱解鬱: 熱毒を除き鬱結を除く作用。主要生薬は、蒲公英(ほこうえい)、合歓花(ごうかんか)

葛花はこのブログでも葛根(かっこん)の項で御紹介した。旋覆花はキク科オグルマ、白扁豆はフジマメ、厚朴はホウノキ、玫瑰花はバラ科マイカイ、緑萼梅は萼の色が緑色の梅で、蒲公英はタンポポ、合歓花はネムノキである。論文の末尾には、2年間にわたる上腹部不定愁訴を主訴とした48歳女性、慢性浅表性胃炎(表層性胃炎)症例に対して、二陳湯をベースに厚朴花、白扁豆花、蒲公英、合歓花、旋覆花を加味した処方で改善をみた報告が挙げられている。

花の生薬はこの様な煎じ薬以外にも、薬のようにして飲む薬用茶としても用いることができる。下の『中華養生薬茶』は私の愛読書の一つで、季節、体質や病証に合わせて薬のようにして飲む各種の薬茶が挙げられている。気鬱質養生薬茶の項では、玫瑰花、仏手、合歓花に沸騰したしたお湯を注いで作る、疏肝理気の働きのある玫瑰花茶が紹介されている。花ではなく葉であるが疏肝解鬱の薄荷を加えてみても、薬茶の方向性は同じで爽やかな飲み口である。薬茶はお茶がわりに飲むのであるから、煎じ薬のように何十分も煎じるということはない。花を用いた薬茶ならば、振り出し(茶こしかガーゼに包んで熱湯につけて数分揺する)でもよいが、お気に入りの器に浮かべた上にお湯を注いで、眼を楽しませながら飲めばさらに効果が引き出せるのではないだろうか。冒頭の写真は、奈良絵の赤膚焼で飲む、玫瑰花を加味した薬茶である。



選択するは我にあり

2015-02-11 | 日記・エッセイ


ふたたび我が家の飼い犬まるである。一応、お手、お座り、伏せや待てなどは余裕で出来る。一連の決まり事として、ストップと言って停止、次にお顔と呼びかけてアイコンタクト、それができたらよしの指示を出して前進という順序も覚えた。だが必ずしもこれらのコマンドに何時も従うとは限らない。先日、夜の散歩に出掛けた時に、連れの家族が途中で停止させて次にお顔と呼びかけたところ、立ち止まったはものの、あらぬ方向をあちこち向いたまま一向に振り向かない。お顔、お顔と意地になって何度も呼び続ける家族には全く知らん顔である。どのような顔をしているのかと気になり、私が数メートル先に出てお顔と声をかけてみると、にかっと口を開けて笑った顔でこちらを見るではないか。聞こえていますけどという、まさしく確信犯の顔であった。

実は家に来てしばらく経った少年犬の頃に、プロのトレーナーの先生に家庭教師として半年間ほど来て頂いたことがある。先生が繰り出すどの様なコマンドも、すぐに覚えてきびきびと従った。お座りをして先生のお顔を見上げる時など、ぼく承っておりますという気迫を全身に漲らせている。御指導下にその場で真似してやらせて頂くと、こちらにも普段とはすっかり違う姿勢で従ってくれた。社交辞令のお気遣いとは思うが、本当にお利口さんですよと有難いお褒めの言葉まで頂戴した。ところが先生が授業を終えてお帰りになるやいなや、たちまち彼はお利口さんの犬から普段のまるに戻るのである。

あるテレビ番組で、犬はその時リードを持った人に対して、「この人の言うことはきかないとあかん」とか「こいつには適当に合わせといたらええのや」という風に相手の力量を瞬時に見抜きますと、犬の訓練士学校の校長先生がいみじくもおっしゃっていた。悪く言えば要するに足元を見られているのである。なれど組しやすしと笠にきて権勢症候群に陥ってしまったという風でもない。思うに気が置けないからこその家族ではないか。よく言えば家族の一員として我々に気を許し、リラックスしているのだと当方としては思いたい。「居住まいを絶えず正して努めさせて頂いておりますなんて、おたがい疲れるものね。」と話しかけてみたら、彼は心得た風に首をかしげ神妙な顔を見せるのである。そして今日も言語を超えた所で、不出来な飼い主一家と賢い飼い犬との腹の探り合いが続くのであった。

立春の養生

2015-02-04 | 二十四節気の養生


立春(2月4日)は二十四節気の最初の節気である。厳しい冬の寒さがようやく緩み、陽気が芽生え始め、万物が生まれ出づる春の到来を告げている。春の季節は、木、火、土、金、水の五行で言えば「木」にあたり、肝、心、脾、肺、腎の五臓の内の「肝」と深い関係にある。東洋医学的に「肝」の働きと考えられているのは、身体の上下内外の気の働きの調節や胃腸の消化吸収機能の促進、そして体内の血液の貯蔵と血液量の調節である。前者は疏泄機能と呼ばれるが、この肝の疏泄の機能がうまく働いていると、気血が滞りなく流れ様々な臓腑や器官の働きが正常に保たれる。さらに肝の疏泄機能には、精神をゆったりとさせる作用も含まれている。いらいらと腹をたてたり、憂鬱になったりという様な精神状態が続くと、疏泄機能が影響されて体内に様々な病的現象を引き起こすことになる。そのために特に春は気持ちをのびやかに保ち、明るく楽しく過ごすように心がけることが肝心である。また春の始まりとは申せ、暖かくなったと思えばまた寒くなり、気温の変化が大きい時期でもある。一気に春の装いに衣替えするのではなく、「上薄下厚」で早春の寒気から下半身を守りながら、徐々に衣服を調節してゆかれることが肝要である。

袖ひちて むすびし水の こほれるを 春立つ今日の 風やとくらむ     紀貫之、古今集・春上