ふたたび沈括著『夢渓筆談』、このたびは仙薬の水丹を作る話である。その精製法は「以清水入土鼎中,其下以火然之,少日則水漸凝結如金玉,精瑩駭目」(清水を土製の鼎に入れて加熱すると、金か玉の様に凝結してきらきらと輝く。)と至って単純である。特別なものを加える必要はなく、「但調節水火之力。毫髪不均,即復化去。此坎、離之粹也」(要諦は水と火の調節だけで、均衡がくずれるとすぐに元に戻る。これは坎(水)と離(火)の粹(真髄)なのだ)と説明が続く。
一文の結語は「凡變化之物,皆由此道,理窮玄化,天人無異,人自不思耳。深達此理,則養生治疾,可通神矣」(凡そ変化するものはすべて此の様な道程によるのであり、理が窮まり玄が化すのは天界も人間界も同じである。人はそのことに思い至らない。この理に通暁するなら養生治疾が可能となり、神に通じることが出来るのだ。)である。いずれの場においても其処を貫く厳然たる理(ことわり)に通じねばならぬと一文は諭している。末尾に掲げたのがその原文である。
水丹の話は筋書だけを辿れば眉唾物のファンタジーである。だがそのような皮相で浅薄な見解を凌駕して余りあり、清水を沸騰させて聖薬を為す、春分、秋分に水面に薄氷の如き水の花が生まれるくだりの景象表現はひたすら美しく厳かである。水火之力を調節してゆく時に取るべきとされる入念周到かつ緩急自在な体勢は、現代医学の実践において膠着した病態に一手を繰り出し治癒に向かい舵を切らんとする時に求められるものと、どれだけの違いがあるだろう。生け花における、自分と眼前の花との啐啄同時のせめぎ合いもまた同じである。この一本を挿すか挿さないか、その枝葉を払うか払うべきでないかと推し量り、形が定まらんとする際の微妙なバランスを詰めて行くのであるのである。
「士人李,忘其名,嘉祐中為舒州觀察支使,能為水丹。時王荊公為通判,問其法,云:「以清水入土鼎中,其下以火然之,少日則水漸凝結如金玉,精瑩駭目。」問其方,則曰:「不用一切,但調節水火之力。毫髪不均,即復化去。此坎、離之粹也。」曰「日月各有進退切度。」余不得其詳。推此可以求養生治病之理。如仲春之月,劃木奮發,鳥獸孳乳,此定氣所化也。今人于春、秋分夜半時,汲井滿大瓮中,封閉七日,發視則有水花生于瓮面,如輕冰,可採以為藥;非二分時則無。此中和之在物者;以春、秋分時吐翕咽津,存想腹胃,則有丹砂自腹中下,璀然耀日,術家以為丹藥。此中和之在人者。凡變化之物,皆由此道,理窮玄化,天人無異,人自不思耳。深達此理,則養生治疾,可通神矣。」
(『唐宗史料筆記 夢渓筆談』補筆談巻三582, p311-312, 中華書局、2015)