「梶の葉(かじのは)」はカジノキの葉で秋の季語である。太陰太陽暦による七夕、星祭の今宵は、牽牛星と織女星が一年に一度、天の川で出逢う。二星に諸芸が上達するように乞い祈り、短冊がわりの梶の葉に思いを込めて願い事を書こう。
和漢朗詠集・秋 七夕(しつせき)
億得少年長乞巧 竹竿頭上願絲多 白居易
憶(おも)ひ得たり少年にして長く乞巧(きつかう)せしことを
竹竿(ちくかん)の頭上に願絲多し
七夕や秋を定むる世のはじめ 松尾芭蕉
七月七日 乞巧・星の座飾り│嘉門工藝
カジノキ(学名:
Broussonetia papyrifera)は、クワ科コウゾ属の落葉高木、縮小名
papyriferaは紙にするの意味である。ヒメコウゾ(学名:
Broussonetia kazinoki Sieb.)もクワ科コウゾ属の落葉低木である。コウゾ(学名:
B. kazinokixpapyrifera)はヒメコウゾとカジノキの種間交雑種と考えられ製紙原料として栽培される。漢字の「楮」は訓読みで「こうぞ」だが、「梶」、「構」、「楮」ともにカジノキの古名である「かじ」の漢字でもあるところが複雑である。『本草綱目』、木部三十六巻の「楮」の項目では「葉有瓣曰楮,無曰構。」とあり、葉の形状で楮と構を区別するものの種別としては「楮」に一括されている。「楮」の葉、「楮葉」の性味は甘,涼、無毒、効能は凉血止血、利尿、解毒で、吐血、衄血(じくけつ)、崩漏、水腫、疝气、痢疾、毒瘡などに有効とされる。
楮│「本草綱目」
「刻楮」、「三年刻楮」、「刻楮三年」の故事成語を生みだした話が、『列子』巻八、説符(道を説いて符節を合するの意)の章にある。片や三年の時を費やし、本物と見間違うばかりの一枚の楮の葉を玉で作り上げて宋国に召し抱えられた職人芸の超絶技巧である。これに対して悠久の天地自然は、造作なし、作為なし、其処彼処の樹木に数多の葉を繁らせる。造化の働きを成しとげるとも能書を垂れず、功績を自らのものとはしない。『韓非子』喩老第二十一(老子について喩えをなすの意)にも同様の「象(象牙)を以て楮葉を為れる」話があり、『老子』第六十四章、「以輔萬物之自然、而不敢為。」を踏まえて、「故曰、恃萬物之自然、而不敢為也。」(故に(老子)曰く、萬物の自然を恃みて、而して敢て為さざるなり、と。)と締め括られる。その意味は『列子』における「聖人は道化を恃んで、智巧を恃まず。」と同じく、萬物の本来のあり方に任せて自分からさしでたことはしない、との教えである。
もし人間が、天地の力に頼らず森羅万象を意のままにし得ると自らを恃むならば、それは怖れを知らざる分外でしかない。しかし賢しらな計らいと指弾されるとも、政治経済、文化芸術、いや医療にしても、人間の営為は作為、企みなくして成り立たない。宋の工人は己のあらむ限りの技量を尽くし、全身全霊を捧げて自然へのオマージュ作品を為したのではないか。その結果、宋の國の録を食むかどうかは究極の目的ではあるまい。もとよりこれらは私の想像である。
「宋人有為其君以玉為楮葉者、三年而成。鋒殺莖柯、毫芒繁澤、亂之楮葉中而不可別也。此人遂以巧食宋國。子列子聞之、曰:「使天地之生物、三年而成一葉、則物之有葉者寡矣。故聖人恃道化而不恃智巧。」(「列子」説符)
(宋人に其の君の爲に玉を以て楮葉を爲る者有り、三年にして成る。鋒殺(ほうさい)・莖柯(けいか)・毫芒(ごうぼう)繁澤(はんたく)にして、之を楮葉中に亂すに、別(わかつ)つ可からず。此の人遂に巧を以て宋國に食む。子列子之を聞いて曰く、天地の生物をして、三年にして一葉を成さしめば、則ち物の葉有る者寡(すくな)し。故に聖人は道化(だうくわ)を恃んで、智巧を恃まず、と。)
生け花における盛花も作り過ぎれば精巧な箱庭と変わらない。「不気味の谷」現象が引き起こす基盤が生物らしさを感じるアニマシー知覚にあるならば、似せる造形とする対象が人間以外においても成立するだろう。自然に沿うかあるいは対峙するか、自然物をモチーフにする工芸においては写実ないし意匠化が深すぎても浅すぎても不作となる。優品を拝するたびに、携わる御方々は日夜、その至微至妙な加減を推し量ることに精魂を傾けておられるに違いないと何時も思う。
銀河月│月岡芳年「月百姿」 / The moon of the Milky Way
月をこそ ながめなれしか 星の世の 深きあはれを こよひ知りぬる
なにごとも かはりはてぬる 世の中に 契りたがはぬ 星合(ほしあひ)の空
思ふこと 書けどつきせぬ 梶の葉に けふにあひぬる ゆゑを知らばや
建礼門院右京大夫
参考資料:
Stevenson J: Yoshitoshi’s one hundred aspects of the moon, Hotei Publishing, 2001
川口久雄, 志田信義校注:日本古典文学大系「和漢朗詠集 梁塵秘抄」, 岩波書店, 1974
糸賀きみ江校注:新潮日本古典集成「建礼門院右京大夫集」, 新潮社, 1979
今栄蔵校注:新潮日本古典集成「芭蕉句集」, 新潮社, 1982
葉蓓卿訳注:中華経典名著全本全注全訳叢書「列子」, 中華書局, 2011
小林信明著:新釈漢文大系22「列子」, 明治書院, 1967
竹内照夫著:新釈漢文大系11「韓非子 上」, 明治書院, 1977
蜂屋邦夫:ワイド版岩波文庫349「老子」, 岩波書店, 2012
沈連生主編:「本草綱目彩色図譜」, 華夏出版社, 1998
林弥栄, 古里和夫, 中村恒雄監修:「原色樹木大圖鑑」, 北隆館, 1985
三橋博監修:「原色牧野和漢薬薬草大圖鑑」, 北隆館, 1988
南京中医薬大学編著:「中薬大辞典 下」, 上海科学技術出版社, 2006