goo blog サービス終了のお知らせ 

風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

メダカ

2010年04月28日 | 詩集「カクテル」
Daygy


サチコ先生は
理科室でメダカを飼っている
先生の白い指が水槽に触れると
メダカは狂喜して泳ぐ


メダカは16ぴきいる
1ぴきずつに
みんなの名前をつけたいの
と先生は言う


サチ子先生には
メダカの顔がわかるのだろうか
ぼくはあまり手をあげないし声も小さい
きっとメダカよりも目立たない


メダカになった夢をみた
みんなぼくよりも体がでかい
胸に名札をつけている
ぼくの名札だけ名前がなかった


先生がいないとき
そっとメダカの水槽をのぞく
メダカは水を引っかくように泳いでいる
小さいくせに目ばかり大きい
どれもこれも
サチ子先生に似ている


(2007)


駱駝(らくだ)

2010年04月28日 | 詩集「カクテル」
Bari


四角い石の窓から
駱駝がゆっくりと通り過ぎるのを
ふたりはみた


駱駝は寡黙な動物だと
女がいうので
男もずっと
駱駝の言葉を探していたのだが
その場所を
ふたりは憶えていない


砂あらしの中に
ときどき駱駝は消える
女は駱駝をさがし
男は女をさがした


星を測る速度で
砂の距離がのびてゆくので
駱駝は
どこまでも歩きつづける


(2007)


カクテル

2010年04月23日 | 詩集「カクテル」
Daidai1


正月1日は胡桃(くるみ)
2日は山芋
3日は胡麻(ごま)
すりつぶして雑煮の餅をつけて食べる
東北地方の古い風習
35年も母が頑固に守りとおした


トウガラシはからいで塩サバはしょっぱい
父はどちらもからいだが
新巻鮭にハラコに塩辛
母の好物は絶対にしょっぱい
鳴門のうず潮の灰干しワカメか
三陸海岸の重茂(おもえ)のワカメか
味噌汁ではじまる海の戦い


縄文人だ弥生人だ
アイヌだ熊襲(くまそ)だ渡来人だと
千年の混血を続けたあとで
いまも馴染まない血があるらしい
お国言葉でさし手の争い
ときには勇み足で土がつく
取った手がねえ(無い)と母がぼやけば *
巣も作れんと父が嘆く *


甘いとからいをシェイクする
濃くなったり薄くなったり
ちょっぴり苦いDNAのテイスト


十日戎に小正月
今宵またグラスを合わせるふたり
しばし平穏な時は流れ
からいとしょっぱいを静かに味わっているが
やがてまた古い血が熱くなり
カクテルの味で仕切りなおし


    *******


* 取った手がねえ=どうしてよいかわからない(東北地方の方言)。
* 巣も作れん=どうしようもない(九州地方の方言)。
今でも使われているかどうかは不明です。


(2005)


地球の向こうへ

2010年04月22日 | 詩集「カクテル」
Kouro


地球の丸さに触れてみたいと
ときには地球儀をまわしてみる
始点から始点へ
コンパスで大きな円をえがく
そのとき地球は静止する


伸ばした親指と人さし指で
子午線の海をこえる
指のさきで
すべての都市が繋がる


照葉樹林ふかく
みどりいろに耳たぶが染まる
滴りおちる樹液の音が
やさしい挨拶だったときがある


言葉のようなものを
言葉にできないもどかしさで
知らない港で知らない言葉に出会う
そんな航海のために
地球の向こうへと
まわしつづける


(2005)


彼岸花

2010年04月22日 | 詩集「カクテル」
Higannbana


追うように
追われるように
獣たちが駆け抜けていった
土手の草むら
ことし祖母は
言葉をいっぱい失ったので
体も半分になってしまったと言う


秋になって
いちめんの草が染まった
赤い血の色をして


花を摘もうとしたが
半分になってしまったひとの
右手は冷たくて
左手は熱く
ふたつの手にふたつの季節があるようだ


季節をこえてゆく速さを
追いかけてみても
冬じたくする
獣たちの足には追いつくことができない


風のさきでは
獣たちもきっと
花のように燃えているだろう


(2005)