斬剣次郎の鉄道・バス斬り2

管理人が撮影した鉄道・バスの写真をUPします。

113系5700・7700番台

2023-04-23 16:31:17 | 鉄道
 4月1日に湖西線と草津線から113・117系が撤退しました。私にとって湖西線と草津線の113系といえば
 5700番台と7700番台
 のイメージが強いです。というわけで、5700番台と7700番台にスポットを当てて振り返ってみます。


 700番台
 は1974年の湖西線の開業に伴い、投入されたもので、湖西線が寒冷地のために113系に対して耐寒耐雪構造としたもので、半自動機能が付いていることがポイントでした。草津線の電化で草津線にも運用が拡大されて、50年近く走ってきたことになるんですよね・・・。当初は700番台でしたが、高速化改造して5700番台になりましたが、私はこのイメージでいました。


 外観としてはドアに取っ手が付いていたことがポイントですが、5700番台には半自動となる旨の説明が付いていて、これが私にとってのワンポイントでした。東海道山陽本線を走っていた115系はそれが無かったので、区別していました。
 しかし、半自動ドアの取り扱いが手動から押しボタン操作に変わり、説明板が取り外されてしまいました。でも、5700番台に押しボタンって、すごい違和感あるんですよね・・・。


 末期はグリーン一色になり、ベンチレーターも撤去され、ずいぶん変わってしまいました。しかし、それでも湖西線と草津線で活躍していたことは変わりありませんでした。5700番台は中間車2ユニット以外は体質改善工事を受けていないため、大半は最後までボックスシートのままでしたね。


 5700番台は湖西線と草津線で活躍していましたが、それ以外でも足跡を残していました。宮原に所属していた6両編成がいて、他の5000・7000番台と混じって東海道山陽本線で活躍していたし、5707Fの4両編成が網干に転属し、東海道山陽本線で活躍していたこともありましたね。あ、先頭車が5000番台で中間車が5700番台という編成も一時的にあったなぁ。とはいえ、網干所属は凄い違和感ありました。
 そして、5707Fが岡山に転属し、高速化解除されて原番号の707Fに戻って岡山地区で活躍していたこともありましたね。707Fは押しボタン式に改造されておらず、ガラス支持もゴムのままで原形を保ってましたね・・・。


 そして、草津線の電化に伴い。
 2700番台
 が登場したわけですが、当時は2000番台に移行していたため、2000番台に対して耐寒耐雪構造としたスタイルになりましたね。しかし、2700番台は6両編成×2本しか新製されなかったため、オリジナルは少数派でしたね。その後、高速化で7700番台になりました。
 オリジナルは7701Fと7702Fの2編成しかないのですが、7702Fは体質改善40Nを受けていたため、30Nを受けた7701Fの方が比較的原型でした。


 2700番台は6両編成として登場しましたが、これを4両編成に組み替えたため、不足する先頭車を2000番台から改造することで補いました。それが2703~2706です。このグループはタイフォンの形状が特徴でしたね。物心ついたときはタイフォンの形状に違和感がありました。


 2002年から2003年にかけてさらに2000番台数両が追加で耐寒耐雪改造が行われ、7700番台に編入されました。とはいえ、外観は7000番台時代そのままだったため、区別付きにくかったです。写真の7708Fは東海道山陽本線で活躍していた体質改善40Nの編成がそのまま耐寒耐雪改造が行われましたが、これが7700番台???という感じでした。なので、私が思う7700番台ではなかったので、興味はそんなに沸かなかったです。むしろ、7706Fまででした。
 とはいえ、このグループは編成の組み換えが行われていたため、中間に5700番台を組み組むケースが多かったですね。


 湖西線や草津線に乗りに行くと、ほぼ出会うことが出来た5700・7700番台でしたが、草津線の京都直通列車に充当されて石山にやってくるので、たまに乗る時もありました。東海道山陽本線の113系が撤退してから10年以上経過しているため、たまに乗ると懐かしい感じがしました。

 これらも4月1日をもって終焉となってしまいました。いつかは終わると思っていたのですが、代わりが福知山線や阪和線から持ってくるとは想像もしませんでした・・・。
 以上です。

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