goo

勝ち損なうための10の行進曲




先週末、自分までハイブラウになったかのように錯覚させられるコンサートを見た(聴いた?)。

偉人伝を読むだけで偉くなるわけではないのと同様、その興奮は単につかのまの幻想にしかすぎない。
魔法が解けた後は、ああ、なぜわたしはアーティストではないのだろう!! という虚しさに襲われる。悪い二日酔いである。

夫は急に行けなくなったため、迎えにきてくれた時に「あなた、ものすごい損失をしたよ」と開口一番に話した夜。


コンサートのタイトルは「内田光子とロンドン・フィル、ベートヴェンのピアノ・コンチェルト4番」だった。
のみならずプログラムはその他盛りだくさん...

Mitsuko Uchida (piano)
London Philharmonic Orchestra
Vladimir Jurowski (conductor)

Lachenmann Marche fatale (2018) [UK premiere]
Beethoven Piano Concerto No. 4 in G major Op. 58 (1805-06)
Bruckner Symphony No. 6 in A major (1879-81) [ed. Benjamin-Gunnar Cohrs]


指揮者のウラディーミル・ユロフスキ氏、壇上に現れるやマイクを取り出し、演目の解説を始めた。

当初はベートヴェンの『プロメテウスの創造物 序曲』Prometheus Overtureで始めるはずが、ヘルムート・ラッヘンマンのMarche fatale (『致命的軍隊行進曲』とでも訳そうか)に差し替えた理由を、西洋文明への痛烈な批判と、ロシアのウクライナ侵攻に対する反戦のためと、行間に匂わせながら語った。

個人的には「プロメテウスの創造物」としての人間の所業をあげつらうのには、あるいはプログラムはそのままでもよかったんじゃないかと思ったものの、ドタバタなマーチによる強烈な風刺、とてもよかった。

特に序章として、最初にマウリシオ・カーゲルMauricio Kagelの『勝ち損なうための10の行進曲 』10 Märsche, um den Sieg zu verfehlenより、4番と1番が演奏された後だったので、感心することしきり。

調子っぱずれで次第に崩壊していくマーチは、バッグス・バニーやトゥイーティーで有名なワーナー・ブラザーズのドタバタアニメ、『ルーニー・チューンズ』(<わたしは好きだ)的である。表面的には。

独善的で威勢がよく、リズミカルなドタバタは、堂々巡りし、てんでバラバラになり、最初の意味や大義は失われ、周りを巻き込み、うら悲しく、みじめで、それでも終わらせることはできず、誰も勝てない状況に陥る。
あ、わたしはルーニー・テューンズの追いかけっこのことを言っているのですよ(笑)!!!

戦争と資本主義への強烈な皮肉である。

ちなみにラントマンとカーゲルは、ブーレーズなどを好む義理の父のお好みだ。


そしてベートヴェンのピアノ・コンチェルト4番につなげていく。
4番はナポレオン軍が確実にウィーンへ迫っていた時に作曲された。内田光子さんのオーケストラとのダイアローグがすばらしかった。
4番は、5番が『皇帝』とのち呼ばれるのにつながる下準備でもある、と。

オーストリア・ドイツ帝国的なセットは、第2部のブルックナーの6番へと怒涛のように続く。
当初、内田さんの演奏を聞いたら帰ろうと思っていたのだが(ブルックナー苦手。断然断然ブラームス派)、ユロフスキ氏の解説を聞いたら最後まで見るしかないでしょう!


ブルックナーに関しては、野中映さんが『音楽案内』の中で「あなたはぶるっくなーをしんじますか」という超絶おもしろい文章をものにしておられる。ブルックナーを聞くたびにあの文を思い出しては笑ってしまう(笑)。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )