クリンの広場

たまっこくりんのおもいのたけ

鶴岡八幡宮のぼたん園・開花状況(1月末)

2016-01-31 | クリン花便り

 1月末で閉かん(館)する、カマキン(※神奈川県立近代美術館・鎌倉館)

見おさめた

ミニクリンたちは、

 「鶴岡八幡宮」に 参ぱい(拝)しました

(カマキンは八幡宮の境内にあるのです)  

 げん(源)氏の神社、つるがおかはちまん宮は、

けい(境)内のいたるところ、

武家の都に ふさわしい モニュメントがあり、

 テーマをもって見まわったら、おもしろそう


その、さんさく(散策)中、

ふと

 「ぼたん園があるって


ちょうど、

「冬牡丹が見頃です」 っていう

かん(看)板を

見つけたので

行ってみることにしました 

 上野のぼたんえん(園)は 何回か行っていても、

都民にとって、こちらはマイナー 

 ワクワクします

   「わあ・・・」  

 1月27日の開花状況は、まんかい(満開)でした

ほんのちょっと、さかりをすぎた花と、

 ほんのちょっと、つぼみの花があったので、

 トータルでは、開花りつ(率)・100%と言ってよいと思います


まるで、

絵のような

   美しい咲き方・・・ 

 香りも、今がいちばん・つよいようで、バラのような芳香の

黄色や、

 なんか・ヘンなニオイを 発している・ピンクなど、

さまざまに、せい(精)気が みなぎっていました 

 かぶせている・こも(菰)も かわいらしく・・

 人々は、みな、「きれい」「かわいい」「美しい」と、かんしん(感心)しきり

 入り口付近の 「石筍」にはじまる、奇石とのコラボ

源平池との けしき(景色)のちょうわ(調和) 

 えんえん(延々)とつづく、100株以上の・ボタンたち・・

まさに!

きょうしゅ(興趣)・つきない 名えん(園)です 











 

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カマキン別館と、レストラン

2016-01-30 | アート・文化

 閉館前に、「神奈川県立近代美術館・鎌倉館」(※カマキン)

初めておとずれた、

ミニクリン・一行

 カマキンのチケットを買ったら、近くの別かん(館)の入場けん(券)も

ついてきたので、

そちらも 見に行くことにしました

 カマキンを出て、右に曲がり、コブクロ坂を あがること・5分

別かん(館)に とうちゃく(到着)です 

 こちらは、主に 工芸作品がてんじ(展示)されていますが、

 「現代アート」の かいしゃく(解釈)は むずかしく

また、おなかも

すいてきた ところだったので、

ミニクリンたちは、

まもなく

 別かん(館)に りんせつ(隣接)する、スペイン料理屋さんに

いどう(移動)しました


カマキンには、

ふぞく(付属)レストランというものが

ありませんが、

 本かん(館)のほうには カフェがあり、(最後なので激こみ!)

 さらに、「源平池」をはさんだところには 「風の杜」という

きっさ(喫茶)店が

あり、

カレーとか

サンドイッチとかを

食べることが できます。

 

そして、

別かん(館)のよこにある、このスペイン・レストラン

 まるで、ふぞく(付属)レストラン・じょうたい(状態)で、ゆっくりできます。





 

 

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カマキンの閉館・2~雑感&混雑状況

2016-01-28 | アート・文化

「鎌倉近代美術館・閉館

の 

ほう(報)をききつけて、

かまくらに向かった

うちのチット

 「混んでるから、連れて行けない。」を 理由に、クリンではなく 

 ミニクリンを 同伴しました。。 

 カマキンは、「鶴岡八幡宮」のけい(境)内に たっているので、

 かまくら駅から、ふつうに つるがおかはちまん宮に向かえば、

なんなく・つきます

 かまくらは、今、改しゅう(修)ラッシュなのか、

   だんかずら(段葛)も、

 大仏さまも 工事のおおいがかけられて、

かん(観)光には、あるいみ(意味)・向いてない。

 でも、平日というのに 予想外の人出で

 カマキンのさいご(最後)を見とどけようという 人々も、

 かなり・おおぜい、チケット売り場に ならんでいました

(中は、通常の都内美術館くらいの混雑です。

 (特別公開の学芸室は、整理券での入場規制あり) byミニクリンリポート


さて、

 カマキンの 所ぞう(蔵)品は、実にシブいです。

 主に、大正~昭和の日本人洋画家の油絵が ほとんど

 なにしろ、「収蔵品第一号」が、アンドレ=ミノー という、

未知のフランス人の

油絵であることからも、

   おして・知るべし 

 今回は、カマキンの いっぱん(一般)公開がおわるのに

ともない、

かなりの

収ぞう(蔵)作品を

出していますが、

 岸田りゅうせい(劉生)や、松本しゅん(竣)介、安井そう(曾)太郎、

梅原りゅう(龍)三郎、

よろず(萬)鉄五郎、

佐伯祐三

くらいしか、

絵を見て

すぐにわかる画家はいません

 あとは、若手の、今はそれほど知られていない画家の絵が

多いです。


それを見るかぎり、

そもそもの

カマキンのしゅし(趣旨)は

 びじゅつ(美術)をほご(保護)することと、画家をしえん(支援)すること

だったんだろうな。

って

気づきました

 昭和30年代とかに描かれた 暗い絵を、これだけ買いあつめたのには、

暗い時代に 死んでいった

絵描きのたましいを

すくう・いと(意図)を

かんじるし、

 「第一回企画展」が、「セザンヌ・ルノワール展」だったのにも、

はいせん(敗戦)・6年目にして

ボロボロの日本人に、

「美しいものを見ようよ

っていう

カマキンの

あつい・呼びかけが

きこえます


・・・・・・・・


そして、

せん(戦)後の

知的かいきゅう(階級)が

支えた、

カマキンのこころざし(志)。。

 そんな、時代のかけらを 見つけることができた、

今回の

ほうもん(訪問)でした


とはいえ、

今回 来場者たちの

いちばんの目的は、

 一時、「取り壊し」と決められた、この美じゅつかん(術館)そのもの。

 どこが、老朽化しているのか・わからない、

キレイで

モダンな

石造りけんちく(建築)です


源平池に面して ひらかれた

中庭は、

 天井に 水面がはんしゃ(反射)して、ねらったとおりの

美しさでした




(※取り壊しは、ファンや建築学会からの反対で、やめることになったそうです。あ~よかった~。

  ちなみに、建築家の坂倉準三が作った、「館長室の執務机と椅子」っていうのが展示されていたのですが、

  それが、かわいかったです) byミニクリン・リポート


(つづく)




















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カマキンの閉館・1

2016-01-28 | アート・文化

終わるっていえば、

 今月末で、

 カマキンが閉館しちゃうらしいよ。」

チットが言いました。

 カマキンとは、「神奈川県立近代美術館・鎌倉館」の りゃく(略)

1951年に

オープンして このかた、

地元の人々から

そうよばれて あいされてきた

日本初の

公立びじゅつかん(美術館)です

 せん(戦)後、わずか・6年にして たてられた、

当時としては

ちょう(超)・ざんしん(斬新)な 

はこ

 

ル・コルビュジエの

弟子がこしらえた、

 「鶴岡八幡宮」けい(境)内の モダン石造りです。

 

・・・・・

ろうきゅう(老朽)化で

取りこわし

なんて話も 出てまして、

じじょう(事情)は よくはわかりませんが、

とにかく

いっぱん(一般)公開を

やめるらしい。。

 これは、さい(最)初で、さいご(最後)!行っといたほうが 

いいんじゃないか

ってことで、

 ミニクリンが 出向きました!




               「えっ」    (つづく)






 

 

 

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シェル・シルヴァスタイン「おおきな木」感想。

2016-01-26 | 本と雑誌

 切られた木を見て 思い出しましたが、

シェル=シルヴァスタイン

という

アメリカ人がかいた、

「おおきな木

っていう絵本は、

かなしいけど 名作です

 それは、主人公である・リンゴの木が、

人間の男の子の

一生を見守る

という ものがたり。



<ストーリー要約>


 男の子がまだ、小さい時、木と男の子は とても仲良しで、

毎日いっしょに

あそんでいました

 男の子は、木になんでも話し、木も、男の子を やさしく見守りました


でも、

 成長するにしたがって、男の子は 木のことをわすれはじめます

 いそがしい学校生活や、人間の友だち、好きな女の子のこと

などで、

男の子のあたまは いっぱい

木のところになんて、

たまにしか 

かおを出さなくなりました。

 しかし、木は、男の子が来なくなっても、たのしかった日々を 思い出しながら、

男の子のおとずれを

ずっと 

まちつづけます


やがて、社会人になった男の子は、 

 ある日、お金に困って、木のところに来ます

 木は、自分の実を すべて男の子に与えました

男の子は、

リンゴを売って 

お金をつくりました


 次に男の子は けっこん(結婚)し、家をたてたいと 言い出しました。

木は、

けんちくしざい(建築資材)として

自分の枝を

全部あげました


男の子は 家をたてました


 さらに、おじさんになった男の子が、

「・・・かなしいから、どこか遠くへ行きたい。」

中年のひあい(悲哀)を うったえれば、

木は 

「自分のみき(幹)を切って、舟を作っていいよ

言ってあげました。


男の子は 木を切って舟を作りました

 やがて、舟旅をおえて、おじいさんになった・男の子が

かえってきました

 久しぶりの だい(第)一声は、「疲れた・・」という、

ジジむさいものでしたが、

木は

すかさず 

こう言ってあげました。


「私に腰掛けなさい

と。

 

すべてを 男の子にさし出して、

切り株だけに

なってしまったというのに、

男の子が こしかけた時、

木は しあわせでした 


みたいな お話。


・・・・・・・・


 げんだい(原題)は、「THE GIVING TREE」です

 

 しん(親)友だった木を、ぎせいにしつづけた・男の子の

身がって(勝手)さと、

そんな男の子に

むしょう(無償)のあい(愛)を

与えつづける

木の

たいひ(対比)・・・。


これが、

大人の読者を 引き込むポイントに

なっているらしいのですが、

 クリンには、ナットク・いきません


キリスト教では

しょうれい(奨励)されても、

クリン家では

そのような 関係性は つうよう(通用)しません 

 あい(愛)を与えたら、(GIVE)

かならず、あい(愛)をうけとる (TAKE)  

 一方通行じゃない・あいだがら


そこに

しん(真)のあい(愛)は 生まれる

言わせていただきます




 

 

 







 

 

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2016年1月、多摩センターニュース

2016-01-25 | 多摩市の紹介

 この1月、クリンの地元にも、ショックなニュースが ありました。

 交通きかん(機関)を乱した、先日のゆき(雪)

たま(多摩)には、

15センチくらい・つもったのですが、

そのさい、

 ちょっと前から 弱っていた、こった川ぞいのサクラが一本、

ゆきと風に 

たえきれす、

ドーンと たおれたのです 

 ←つぶれたフェンス


このサクラ並木には、

クリン、

日ごろ お世話になっています。


 春の花ふぶき

  夏のりょくいん(緑陰) 

 秋のこうよう(紅葉)

 冬の枝の、ぞうけい(造形)美・・


今回、

たおれたサクラは、

そんなステキな並木の 一本で、

市民の目を

一年中 たのしませてくれていました

が、

 大きくなるにしたがって、きゅうくつ(窮屈)な思いをすることも ふえてたみたい。。

そして 

ある日、サクラは

 まよこ(真横)で どうろ(道路)工事が行われた折、

根っこを

バッサリ伐られて しまったらしい・・


 方がわ(側)の根っこだけでは 支えきれず、

川にたおれこんだ 

サクラの木は、

その生命をおえて、


どこかへ はこばれて行きました。。 









 

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2016年1月、世間が沸いたニュース

2016-01-24 | ニュース

 気がつけば、もう1月下旬


クリンが

ヨコハマさんさくを 

している間、

世の中には

いつものひどいニュースたちを 

おしのける・いきおいで

数々の芸のう(能)ニュースが ながれました。

 それとともに、ジャパネットたかたの社長の いんたい(引退)や、

 デヴィット・ボウイが、ほかのわくせい(惑星)に旅立った件や 

 ことしょうぎく(琴奨菊)の 初ゆうしょう(優勝)など、 

ビッグなじけん(事件)が 

次々おこり、

ざわついていた

1月です

 (※イケメン呼出のけいすけ(啓輔)さんが、久々に表ブタイにあらわれたのも

見のがさなかった・クリンです


ですが、

わが家に

もっとも しょうげき(衝撃)

与えたのは、

 週刊し(誌)がとりあげた、ゆづ(羽生結弦選手)の

「交際報道」でした。

あろうことか、

ゆづが

高校のときの 同級生と

ずっとつきあってて

けっこん(結婚)も しや(視野)に入れてる

という、

信じがたい

ジョウホウでしたが・・・

クリン家は、すっかり・おどらされ  きずつきました。。


 その後、ゆづ本人から、「火のないところに煙は立たない、と言いますが、

本当に火のないところです。」

否定コメントが入り、

クリンたち、やっと・立ち直れたのです 


なのに、

 ファンの方にも ご迷惑をおかけして・・」という

ゆづの発言を

きいたチットが、

すごく

デリカシーのないことを言ったので、

クリン家は ふんきゅう


 ・・・・・・

 ファンの方にはあやまる必要ないよねえ。

 だって

 全然ご迷惑なんか、かけてないじゃない。」(チット)

 

 「なに言ってんのすごいショックだったんだから」 大迷惑だったぞ!」


 








 

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着飾る楽しみ

2016-01-23 | コスメ・ファッション

・秋冬用の外出ぎ(着)

・春夏用の外出ぎ(着)・けん・ふだんぎ(着)

・ネグリジェ

・ふりそで



(クリンの服も、だいぶふえてきたな・・

 次は、秋冬用のふだんぎ(着)作ってもらわなきゃ

あと、ドレスとコートと、ライダースジャケットと・・・




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柚子の刺繍

2016-01-22 | コスメ・ファッション

冬の外出ぎ(着) につづいて、

 かわいい・ネグリジェを 作ってもらった、クリン

 

大人っぽいシースルーで、

 あいする・ゆづ(羽生結弦選手)を のうさつ(悩殺)します

 

そうだ!

むねのところに、

  アップリケをつけてもらおう 

 「おにいちゃあ~ん ゆづのイニシャル入れて~ 

心ぞう(臓)のところに」 

うん、いいよ~。」

 

かくて・・・

  とりあえず、ビニールテープで試作品を作ってみたぞ!」(おにいちゃん)

 

・・・・・・・・

・・・・・

(う~ん。。

 オーダーどおりではあるけど、


 なんか、このロゴ、ちょっと男の子っぽいなあ・・)


もうちょっと、

かわいいかんじが

いいんだよなあ。。


 (←クリンの想像図。刺繍糸で、ひらがなで「ゆづ」と書く


そうだ!

チットなら、ししゅうで、できるかも 

 「チットー ししゅう、おねが~い! ゆづの~

え~?私がやるの~?めんどー  「たのむ~

 それでも、なんだかんだ言いながら、チットはやってくれました。


そして、

 「・・・こんなもんかな?」

どう?クリン。」  「できた?」

「柚子感を出すために、 あえてボッコボコに縫ってみた!」

 「さあ、ご飯のしたくしよう~!(バタバタ・・)」(チット)


・・・・・・・


「おにいちゃあん。。」  「 ゆずになっちゃったね。」





 





 

 

 

 

 

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ぬいぐるみの寝間着作り

2016-01-21 | コスメ・ファッション

 「は~。ようやく、ハマさんぽのキジ(記事)、全部アップできたー。」


 グリンおつかれ~

  じゃあ、寝よっか

 

ちょっと、待ったあ~」(チット)   「えっ?」

 クリン、その格好で寝ていいと思ってるの 

せっかく作ってもらったばかりの素敵な服が、

傷むでしょ

よって、

おにいちゃんと一緒に寝るの禁止」(チット) 「そんなあ~~・・・

 年末、おにいちゃんに 冬服を作ってもらったクリンでしたが、

それ以来、

抱っこは1日3分ね~。服が傷むから。」 

 クリン!アイスが服についたらどうするの

というふうに、

チットによって

こうどうが

いちじるしく

せいげん(制限)されてしまいました


この こうき(高貴)な服のせいで、

いまやクリンは、

 家ぞくのだれも・手のとどかない存在に なってしまいました


・・・・・・

 「アアーン!! おにいちゃんといっしょに ねたいよぉーー

 

 

<そんなことがあった、明くる日>

こうなったら、寝間着を作るしかないな。」 といって、

 おにいちゃんが クリンのネグリジェを作ってくれることに なりました

 

冬服の時とちがって、

せいさく(製作)時間は

20分

 前回、スカートに使った 白のオーガンジーの生地ののこりで、

 あっという間に、クリンのネグリジェは できました

首もとに、なみぬいした、白い毛糸を、

 くしゅっ、っとむすべば、「着脱可能」な ねまき(寝間着)の完成


後ろすがたは、

 しっぽをきゅうくつ(窮屈)にしない・せっけい(設計)です


 「こ・これで、おにいちゃんと いっしょにねられる 

「ネンネだ、ネンネだ!」 「グリン~

 

 しあわせの、ていいち(定位置)です 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ハマ散歩はつづく~関内散歩・8

2016-01-20 | まち歩き

 元町からはじまって

  ちゅうかがい(中華街)に入り

 関内にいたる・まち歩きの中で

きわだった・かつやく(活躍)を

した、

いく人かの人物の

名前を知った

クリンたち

 わかったのは、ばく(幕)末から明治にかけて、

あたらしいことができる

あたまのいい人たちが、

このヨコハマに 

あつまっていた

ということでした

 そんな人々の、イキイキしたすがたを、もっと・さがしたい

そして、

 れきし(歴史)のやみにきえていった人の、まぼろしをも

追いかけたい

 うちのチットが やる気を出しているので、

クリン、

さくらが咲くころに

また

ヨコハマさんぽ(散歩)に来る約束を

してしまいました


 次回のテーマは、山下町の れきし(歴史)的けんぞう(建造)物と、

開港地グルメに

決定です


というわけで、

ハマさんぽ、4月につづく  (完)







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高島易断~関内散歩・7

2016-01-19 | まち歩き

 ふうきろう(富貴楼)の女主人・おくら(倉)とならび、

明治初期の ヨコハマで、

政財界とむすび

大きくなったのが、

たかしま・かえもん(かんじ:高島嘉右衛門)です 

 かえもんは、ガス灯を日本でさいしょにともし、(事業は東京ガスに引き継がれて現在にいたる)

 てつどう(鉄道)開通に向けて、うめたて(埋め立て)地をつくり

(埋立地は高島町と名づけられ現在にいたる)

 ゆうかく(遊廓)を開くべく、国にはかった、(岩亀楼がオープン)

 

  まさに、ヨコハマの父 

 

といえる・人物ですが

じぎょう(事業)家

としてよりも、

かえもんの名を

後世に 伝えているのは、

彼が

後半生に 打ち込んだ、

「易占」です

 クリン、せんもん(専門)家じゃないので よくわかりませんが、

えきせん(易占)とは

中国の占いのことで、

星とか、

方位とかで

その人の うんき(運気)をみる

というもの

 たとえば、うちのおにいちゃんは、「ニ黒土星」が うんめい星だから、

今年のうんき(運気)は

けっこういい

ただし、

東北東は 大凶方位

みたいなやつです。

 かえもんは、相場にからんで とうごく(投獄)された時、

牢屋の中で、

易学の本をよみ

易を マスターしました

そして

じぎょう(事業)をやるさいには、

必ず自分で 易を立て、

大きな成功を おさめました

 そのうち、知り合いの政治家のうんせい(運勢)も 

みてあげるようになり、

その的中りつ(率)の高さが

口コミで 広がって、

やがて

日本をうごかす・大物に

たよりにされるようになります

その代表が、

 いとうひろぶみ(かんじ:伊藤博文首相)です。


ひろぶみは、

かえもんを あつく・信らい(頼)し、

自分のようし(養子)と

かえもんの娘

けっこん(結婚)させるほど、

かえもんに

しんすい(心酔)していました


 ひろぶみは、重大な局面にむかう時は、いつも占ってもらっていましたが、

「日清戦争」や

「三国干渉」や

「日露戦争」の行方も、

大体 かえもんの見立てどおりに

なったので、

かえもんの名は

日本中に 知れわたるようになりました


 さいしゅう(最終)的に ひろぶみ(伊藤博文)の死をも

言い当てて、

「易聖」と

よばれるにいたった

かえもん


 「トップに立つ人って、特別な力に頼ろうとする人、わりと多いよね。

私、

占いって信じないほうだけど、

そんなにすごい人の占いなら

たまには

素直に 従ってみようかな。」

と言って、

 「高島易断」の本を 開いた、うちのチットでしたが・・・


2016年、八白土星の運勢は、

 暗剣殺がかかってて、よくない。

 一年中、

 石橋をたたいて渡る慎重さが必要。」

そこには

記されていました。

 


信じるのは来年からにする。」(チット)  「そうしな・・」


(つづく)










 

 

 

 

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横浜富貴楼・お倉~関内散歩・6

2016-01-18 | クリン江戸散歩

 ヘボンがたてた、キリスト教会

そのよこに、

さんぎょう・しんこう(産業振興)センター

というビルが 

たっていますが、

さかのぼれば 明治時代、

 ここには 「富貴楼」という、ちょう(超)・有名な りょうてい(料亭)が

あったそうです


 大久保利通    

 伊藤博文

 井上かおる(馨)  

 むつ・むねみつ(陸奥宗光)

といった、

明治政府の大物や、

三井・みつびしなどの 財界人

団十郎や菊五郎といった芸のう(能)人


そんなセレブに

ひいきされ、

 明治初期、日本一・もりあがってた 会席りょうり(料理)屋、

それが 

ふうきろう(富貴楼)でした


そして、

そこを 切り回していたのが、

おくら(お倉)という 

おかみ(女将)です

 おくら(倉)は、江戸下町の とび(鳶)の娘でしたが、

絵草紙に 描かれるほどの

美ぼう(貌)と、

芸者をやって身につけた

客あしらいの上手さで、

 大官たちを 手玉にとりました

 開港地となった・ヨコハマに いち早く目をつけ、

パトロンに 

お金を出させて 

店をたて

てつどう(鉄道)や船でやってくる 

VIPを 

おもてなし。

天性のけいえい(経営)センスで

 ここ・おのえちょう(尾上町)の女王に なりました。


 政財界のサロンと化し、じゅうよう(重要)な 

みつだん(密談)や

外国のげいひん(迎賓)に

利用される、

とくべつな空間に 変化していった、

ふうきろう。。


 その 名物おかみ(女将)となった・おくら(倉)は、

水商売の女性・すべてから

そんけいされるように 

なります


ヨコハマすいたい(衰退)後は、すぐに店をたたみ、

 弟子たちに つきじ(築地)や しんばし(新橋)で

店を出させ、

「料亭文化」を 

けいしょう(継承)させた 

おくら(倉)


(弟子たちのお店は、

 昭和の政治家に あいこ(愛顧)されました


 そんな、世わたり・上手な おかみ(女将)の

おくらでしたが、

一人の女性としては、

若いころに

ホレた

かいしょう(甲斐性)なしの ダメ男に

ず~~っと よりそい

 てってい的に 入れあげて かせいだお金を

じゃんじゃん

男に

注ぎ込んでいきます


 まわりに、金も力も、みりょく(魅力)もある男たちが 

いくらでもいたのに

そっちに

のりかえもせず

 

うん、でもまあ・・

 そういうの、わかるけどね。

 周りの意見はどうであれ、

 自分は とにかく、これが好き

 っていうの、

 誰だって、あるじゃん。」

 

 と きようけん(崎陽軒)の シウマイ弁当を食べながら

チットが言いました。


・・・・・・・

そういえば、チットも、

このお弁当の中で

 シュウマイよりも、付け合せのタケノコが好きだね


(つづく)

















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ヘボンさんの指路教会~関内散歩・5

2016-01-17 | まち歩き

馬車道のとなりは、

おのえちょう(尾上町)という町


JR関内駅が 間近ですが、

 かえる前に、クリンたち、一ヶ所よりたいところが あります

    しろ(指路)教会です  

 ここは、アメリカ人の「ヘボンさん」が開いた、日本初のプロテスタント教会

 

ヘボンさんとは、

ばく(幕)末に 

キリスト教を広めるために 来日し、

ヨコハマに住んだ お医者さんで、

すごい名医でした

 「ヘボンさんでも草津の湯でも、恋の病はなおりゃせぬ」 と うたわれ、

しんりょう(診療)所には

長蛇の列

 処方した目ぐすり(薬)は、バカ売れ

さらに、

 ローマ字のふきゅう(普及)のため、日本初の和英じしょ(辞書)を刊行し、

これまた完売

(※今に根づく、ヘボン式ローマ字)


そしてまた、

 20年かけて、日本語のせいしょ(聖書)を 出ぱん(版)

という、

トリプルこうせき(功績)をのこす

それが、ヘボンさんでした


奥さまのクララさんも

英語じゅく(塾)をひらき、

 げんざい(現在)の明治学院大学と、フェリス女学院の 

きそ(基礎)を きずきます


 この、ものすごい・ふうふ(夫婦)が、日本にいた33年間で

成しとげたことは、

日本文化を 

相当 おしあげた

と言えます。

 しかし、ヘボンさんは、日本のけいもう(啓蒙)に成功した、

ただのえらいアメリカ人では

ありません

 ヘボンさんのえらさは、本当に日本人のためを思い、あれこれ・手を尽くした、

一生けんめいな、こうどう(行動)にあります

 そもそも、ニューヨークで、名声をえていた「開業医」だったのに、

全ざいさん(財産)を なげうって、

未開のアジアへ おもむき

 ついた・ヨコハマで開いたのは、なんと、むりょう(無料)の しんりょう(診療)所

 

よりよく 日本人と

せっするために、

日本語研究に あけくれ、

けっか(結果)、

じしょ(辞書)が生まれた。

 そういう流れなのです

そんな・せいじつ(誠実)な人がら(柄)が大好きで、

 ヨコハマの人たちは、「ヘボンさん、ヘボンさん」と呼んで

したしみました

(※本名はヘップバーンです)


 しろ(指路)教会は、ヘボンさんが、母国でつのった・きふ(寄付)金で

たてられました


 関内駅の はんかがい(繁華街)にあって、

ここだけ・せいそ(清楚)な

フンイキが ただよう・・

 ヘボンさんの気もち・そのもののような 教会です

(つづく)












 

 

 

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馬車道のあいすくりん~関内散歩・4

2016-01-16 | まち歩き

ふたたび、さんさく(散策)です

 日本大通りを つっきる形で、馬車道方面に向かった・クリンたち

  少し日がかたむいてきて、

 日かげが 暗いです


ふと・見上げると、

 馬車道には、日本で さいしょにたったことを記念する、

 ガス灯が すえられていました

馬車道には

ほかにも、

 「近代街路樹発祥の碑」や、「アイスクリーム発祥の碑」も 点在していて、

  れきしを かんじます。 


・・・・・

そういえば、さっき、

ちゅうかがい(中華街)の中に、

 「横浜ソフトクリン」なる、あやしい・かんばん(看板)がありました。


あれって、

「ソフトクリーム」のことだったんだ  (なぞとけた


(つづく)






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