昨日は負けで、年明けに決定戦となりました。後手番でチャンスが少ない将棋ではありましたが、完敗だったので切り替えて次に向かいたいです。
27日は恒例の忘年登山に行ってきました。28日から当ブログも年末年始のお休みに入り、将棋界が始動する5日から再開します。
・昨日はアサヒ芸能のテリー伊藤さんの対談コーナー、今日は加藤浩次さんのコージ魂というテレビ番組の収録でした。
・有馬記念の予想は今年も日刊スポーツ紙(土曜)に出ます。昨年は「◎-○-無印」という最悪の結果でしたが今年はどうなりますか。
・競艇マンガ『モンキーターン』に選手が宿舎で将棋を指すシーンが出てきました。マンガに将棋が出てくることは良くあるんですが、駒の配置は適当に置かれていることがほとんど。ですが、モンキーターンのこのシーンは▲谷川-△羽生戦(H5・棋聖戦)の盤面になっていました。将棋指しとしては、こういうのは嬉しいですね。
米長先生と初めてまともに話をしたのは、僕が竜王戦に初出場した年の年末だった。シリーズは3対3か2対3という状況だったはず。先生がまだ会長になる前で、もし会長になれたらこんな事をしたい、という構想を数名の棋士の前で語る、そんな食事会だった。店を出て駅に向かう途中、酔っ払いのおじさんに「おお、将棋の米長さんじゃないの?」と話しかけられる姿を見て「自分もこれくらい有名になりたい。竜王になるぞ」と思ったものだ。
先生が会長になってからはスポンサーへのご挨拶や宴席にお伴する機会も増えた。知識は多岐にわたり、どんな話題でも合わせられるのはすごかったし、会長ってのはこういうもんだ、見て覚えろとその背中が言っているようだった。米長会長就任後、将棋界には色々な出来事があった。やる事に全て賛成というわけではなかったけれども、リスクや批判が伴うことを断行する行動力と勇気は組織のトップに立つ人間らしかった、と思う。右肩上がりならばじっとしていれば良いけれども、将棋連盟はそういう状況ではないわけだから。
いつも明るくユーモアがある先生で、いつだったか、年配の方に差し上げる色紙に「余性」と書かれた。その色紙は別にいらないけど、その隣にあった左馬は素晴らしい字で、自分も欲しいと思った。いつかもらおう、いつでももらえる、と思っていたのだが。改めてご冥福をお祈り致します。
米長永世棋聖(将棋連盟会長)が18日、亡くなりました。
自分がタイトルを取ってからは米長先生とご一緒する機会が増えましたが、いつも明るい方で楽しい思い出が残っています。
謹んでご冥福をお祈り致します。
・今週は棋王戦敗者戦決勝、竜王戦第7局予定でしたが、いずれも回避。その代わりに雑誌取材、テレビ収録の仕事をします。テリー伊藤さん、加藤浩次さんと続けてお会いするんですが、うまく話せるかどうか心配。
今日は将棋会館で免状を書いていたのですが、お昼休みの「笑っていいとも」に桐谷七段が出ている、と職員さんらと一緒にテレビの前で盛り上がっていました。
・Win5、2戦目のムクドクがあったので色めき立ちましたが、コディーノ負けとは。仮にここを通過していれば4戦目もクリアで、最終戦は1人気タガノロックオン1点で鉄板と思っていました。そうなると保険馬券でタガノ2着を厚く買っていただろうと思います。本譜は4着だったので結果的には3戦目投了で得をしたケースでした。と前向きに。
朝日杯の名手2人による叩き合いは見応えたっぷり。ゴール後にデム兄さんタッチを求め、ノリさんが首をふりながら「いや」と拒否したのも面白かったし。