荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『アンナ・クリスティ』 クラレンス・ブラウン

2009-12-06 11:18:36 | 映画
 録り貯めたHDDの中から、クラレンス・ブラウン『アンナ・クリスティ』(1930)を見、にわかに懺悔の念を抱かざるを得なかった。というのも私は昔、レンタルビデオか何かは忘れてしまったが、この作品を途中まで見てやめてしまったからなのだが、これは若気の至りというもので、おのれの愚かさに遅まきながら気づかされた。ユージン・オニールの戯曲を、3~4人の役者がただ延々とぶっきらぼうに演じているだけであるため、その時はこの作品の、質素な中にもきらりと光る上質さを理解できなかったのだ。
 夜の商売をしていた過去を隠したまま、船乗りと恋に落ちて苦悩するグレタ・ガルボをはじめ、口は悪いが心根の優しいアル中老女役のマリー・ドレスラーなど、登場する演技陣が全員すばらしく、ガルボの興奮すると巻き舌になる北欧なまりのドスの利いた英語がとても色っぽく聞こえる。

 また、ブルックリンの波止場周辺のロケとセットを取り混ぜた撮影は、荒々しくも寂寥感を帯びた風情を醸し出す(まさに、大恐慌の震源地ニューヨークの生の記録だ)。撮影はウィリアム・H・ダニエルズ(1901-70)で、この人はグレタ・ガルボの “専属” と言えるほど、数多くファインダ越しにガルボを覗き続けた人。サイレント期にはクラレンス・ブラウンのほかエーリッヒ・フォン・シュトロハイム(『グリード』『メリー・ゴー・ラウンド』)とも組んだし、戦後にコンビを組んだ監督も、エルンスト・ルビッチ、ジョージ・キューカー、アンソニー・マン、ダグラス・サーク、ジーン・ネグレスコなどと、泣く子も黙る名が並ぶ。たとえばルビッチ『桃色の店』の画面の美しさなど、見た人は忘れられまい。
 ダニエルズ同様、監督のクラレンス・ブラウンもガルボの恩人で、ハリウッドの歴史にその名を永遠に刻まれるべき存在であることは、なにも私のような輩が今さら言い立てるまでもない。「品格と豪華な演出」の人という、淀川長治による賛辞を思い出すだけでじゅうぶんである。