荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『ダライ・ラマ14世』 光石富士朗

2015-05-26 09:15:28 | 映画
 松坂慶子主演『大阪ハムレット』、池脇千鶴主演『はさみ』の光石富士朗監督の新作は、初のドキュメンタリーとなった『ダライ・ラマ14世』である。といっても本作を企画したのは光石ではなく、初めにこの映画の製作に着手したのは、ダライ・ラマ14世のスチール撮影を許された写真家・薄井大還、そしてのちにダライ・ラマ来日時にムービー撮影をまかされた大還の息子・薄井一議である。2007年のことだ。それ以来ダライ・ラマを撮りためてきた膨大な映像素材を一本の映画にする際、製作グループは、より客観的な第3の目が必要と判断、光石富士朗に白羽の矢が立った。
 この作品成立の経緯を知って、私は別の一本を想起せずにいられなかった。今夏に日本公開が予定されるヴィム・ヴェンダースの新作ドキュメンタリー『セバスチャン・サルガド/地球へのラブレター』である。ブラジル出身の写真家セバスチャン・サルガドの撮影活動を記録したドキュメンタリーを、サルガド本人と、サルガドの息子であるジュリアーノ・リベイロ・サルガドが撮りはじめる。しかし、この父子もまた薄井父子同様に、自分たちだけで素材をひとつにまとめるのではなく、より客観的な第3の目が必要と判断し、ヴィム・ヴェンダースが招聘されたのである。
 つまり、光石富士朗とヴェンダースは同じ役割を、それぞれのドキュメンタリーにおいて担っている。ドキュメンタリー製作を思いついた父子、そして助っ人として監督に迎えられる「より客観的な第3の目」。それにしても、なんという符合であろう。三権分立は人間にとって理想的な状態であることは、紀元前の古代から知られていた。中国の初期文明である殷周時代(紀元前17世紀~紀元前3世紀)の造形芸術に青銅器があるが、この青銅器の最も多い器形として「鼎(てい 訓読みではかなえ)」というのがある。鼎は3本の足を持ち、宗教的な宴席のための酒を温めるときに使用する。3足の足元に火を入れ、保温器とするのである。鼎を見るとき、私は人類の編み出した最も美しく理想的なフォルムであると思うのである。
 ダライ・ラマ14世という、生きながらすでに伝説化されたこの不世出の偉人は、作品で見てもその人間的な魅力が素晴らしく、非暴力による平和創出を訴えたインドのガンジーもこんなふうなオーラを放っていたのではと想像させる、そんな人物である。被写体の放つオーラが、逆に鼎という、人類史の初期からできあがった理想的なフォルムを要求したのかもしれない。


5/30(土)よりユーロスペース(東京・渋谷円山町)ほかで上映
http://www.d14.jp