「 九州 ・ 沖縄 ぐるっと探訪 」

九州・沖縄・山口を中心としたグスク(城)、灯台、石橋、文化財および近代土木遺産をめぐる。

山本二三画集・五島百景「旧五輪教会のスケッチ会(久賀島・ひさかじま)」

2024-05-07 06:15:46 | 教会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新五輪教会

 

 

 

 

 

 

旧五輪教会堂は、浜脇教会の建て替えを機に、

五輪地区に譲り受けたものです。

1881年(明治14年)に浜脇教会として久賀島の浜脇に建てられたものが、

1931年(昭和6年)に現在地に移築されました。

旧五輪教会堂は以後約50年間、

五輪地区と蕨小島の信徒たちの信仰のよりどころでしたが、

老朽化のため1985年(昭和60年)、すぐそばに五輪教会が新築され、

教会の役目を終えました。

この時点で解体の話が持ちあがりましたが貴重な文化財として、

”価値ある建造物を守ろう”と、関係者の熱意と

地元信徒たちの協力によって解体の危機を乗り越え、

当初の姿で保存されることになりました。

建物は福江市(現五島市)に寄贈され、

市の維持管理のもと、一般公開され現在にいたっています。

 


山本二三画集・五島百景「井持浦教会(福江島)」

2024-05-03 11:38:28 | 教会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

井持浦教会は五島の他の教会と同じく江戸時代末期に大村藩から

五島に移り住んだ潜伏キリシタンにより信仰の歴史が始まりました。

井持浦教会の建っている玉之浦一帯は、

五島に迫害の嵐が吹き荒れた明治初期、唯一迫害を逃れた地区です。

地元の伝承によると、大村藩が側近のキリシタン鶴田沢右衛門を五島に流刑にしたところ、

五島の藩主は領地であった玉之浦の立谷(大宝寺所有)を与え、

ここに住むことを許しました。

また玉之浦地区は島の中心地から非常に遠隔の地理的条件もあり、

キリシタンの探索や迫害を逃れた理由ではないかのことです。

当時、玉之浦湾の漁獲物を塩漬けにするための塩の生産が

藩の財政を潤す重要な産業となっていましたが、

これに従事していたのが潜伏キリシタンであったことなども

迫害を逃れた要因ではないかと伝えられています。

明治30年(1897年)、全五島の宣教と司牧を委ねられた

フランス人宣教師ペルー師の指導によりリブ・ヴォールト天井を有する

レンガ造りの立派な教会が建設されました。

島内における木造からレンガ造りへの移行のはしりと位置付けられた教会です。

 


山本二三画集・五島百景「江上天主堂(奈留島)」

2024-04-23 05:43:35 | 教会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

江上天主堂の歴史は、1881(明治14)年、
西彼杵郡などより移住した4家族が洗礼を受けたことに始まった。

現教会は、1918年、40~50戸あまりの信徒が共同し、
キビナゴの地引網で得た資金で建てられました。
日本における教会建築の父・鉄川与助に依頼し、設計施工。
クリーム色の外壁や水色の窓枠がアクセントの、
今では少ない木造建築の素朴な教会です。
コウモリが羽を広げたような天井は賛美歌の声を美しく響かせるためのもので、
柱に描かれた文様や光を巧みに操る技法など、
文化財としても価値の高い建築様式です。
また、手描きの木目の柱や花の絵の窓ガラスに、
信徒の苦労の結晶を見ることができます。
 
2018年登録となった世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産です。

 


山本二三画集・五島百景「頭ヶ島天主堂(頭ヶ島)」

2024-04-19 05:50:50 | 教会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

敷地内にある「五島キリシタン復活信仰顕彰之碑」

 

 

 

 

 

 

敷地内にある「キリシタン拷問五六石之塔」

 

 

 

 

 

 

鉄川与助が手掛けた頭ヶ島天主堂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭ヶ島天主堂にあるマリア様

 

 

 

 

 

 

 

1軒をのぞいて皆キリシタンだったという頭ヶ島。

五島崩れの時、信徒は牢から全員逃げ出して島を離れ、

迫害が終わってからこの地に戻ってきた。

頭ヶ島天主堂は、鉄川与助の設計施工によって建設され、

近くの石を切り出して、1919年に完成し、

コンパス司教により祝別・献堂された。

2001年に国の重要文化財に指定。

世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産

「頭ヶ島の集落」にある石造りの天主堂。

 


山本二三画集・五島百景「中ノ浦教会(中通島)」

2024-04-17 05:50:50 | 教会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中ノ浦教会にあるマリア様

 

 

 

 

 

 

中ノ浦教会は前回紹介した桐教会の巡回教会として、

若松瀬戸の笛吹浦から入り込んだ小さな入江に面した中ノ浦に所在する。

そばを国道 384号線が走り、車窓からも眺められるが、

静かな入江を回り込んだ対岸から見る教会建物のたたずまいは絵になる。

 


山本二三画集・五島百景「桐古里郷(中通島・上五島)」

2024-04-15 05:44:21 | 教会

奥に桐教会が見える

 

 

 

 

 

 

 

桐古里郷の内海

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オレンジ色の屋根が鮮やかな桐教会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正面から見た「桐教会」

 

 

 

 

 

 

教会の前にある「信仰の先駆者顕彰碑」

 

 

 

 

 

 

 

上五島(中通島)の下にある奈良尾港から左の坂を上って行くと

若松島との間に浮かぶ桐ノ小島の海の色がエメラルドグリーンに変わる。

その海の色と目の前に現れた桐教会のオレンジ色の屋根に興奮した。

そんな思い出のある桐古里郷(きりふるさとごう)である。

 


山本二三画集・五島百景「堂崎教会(福江島)」

2024-04-06 05:57:25 | 教会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

禁教令が解かれたあと、五島キリシタン復興の任を帯びて、

フランス人宣教師フレノー、マルマン両神父が五島を訪れ布教にあたり、

1879年にマルマン神父によって、

五島における最初の天主堂(木造)が建てられたのが堂崎天主堂である。

その後着任した、ペルー神父によって1908年に、

現在のレンガ造りの教会堂が完成しました。

建築の際には資材の一部がイタリアから運ばれ、

内部は木造で色ガラス窓、コーモリ天井などの教会堂建築となっている。


現在は、弾圧の歴史や資料を展示する資料館として一般公開されており、

1974年に、県の有形文化財(建造物)の指定を受けた。

 


山本二三画集・五島百景「野首教会(野崎島)」

2024-03-19 07:13:38 | 教会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野崎島に建つ野首教会は、野崎島のちょうど中心にあたる、

小高い丘の上に残るレンガ建築の小さな教会です。

教会が建つ「野首集落」は潜伏キリシタンが移り住んだと言われる集落で、

野崎島にかつてあった3つの集落のうち、

舟森集落と共に信仰が深かった地域とされています。

野首教会は、集落に住む17世帯の信者たちが貧しい暮らしを続け、

力を合わせて費用を捻出し、

数年をかけて建てた本格的なレンガづくりの教会です。

信仰の自由を手に入れた信者たちは、

1882(明治15年)年に木造の教会堂を建てました。

その後、集落に住む17世帯で本格的なレンガづくりの教会を建築することを計画します。

当初は、小値賀島で資金借用をしようと願い出ますが、

教会建設の為と聞くと即座に断られます。

しかし信者たちは諦めませんでした。

建設費を捻出するために共同生活を始め、大人は1日2食と生活を切り詰め、

キビナゴ漁などで資金を蓄えました。

また、建設の際には建築資材を運ぶなど、教会の完成のため一丸となりました。

そしてついに1908年(明治41年)10月、

教会建築の名工・鉄川与助の設計施工による野首教会が完成します。

総額はおよそ3,000円。

現在のお金に換算すると2億円ほどの価値があるといわれています。

「たった17戸の集落で、これほどの資金を払う事が出来るのか?」

工事に関わった人々の中には不安を感じる人もいたそうですが、

信者たちは落成の日、1円の不足もなく現金で支払いをしたといわれています。

 

禁教の時代に厳しい弾圧を受けながらも信仰を守り抜き、

長年の苦難を耐え抜き信仰の自由を手に入れた人々の、

抑圧からの解放と喜びという崇高な精神性の象徴といえるでしょう。

 


山本二三画集・五島百景「雨の水ノ浦教会(福江島)」

2024-03-17 11:29:41 | 教会

雨の水ノ浦教会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白い貴婦人のような教会

 

 

 

 

 

 

水ノ浦の信徒は、五島と大村の藩の政策による

1797年の外海(大野・牧野・神ノ浦)5人の男性と

その妻子の移住にはじまると伝えられています。

1880年に最初の教会が建築されましたが、老朽化にともない、

奥の土手を削って広げ、

1938年、鉄川与助設計施工の木造の優美な現教会に改築された。

ロマネスク、ゴシック、和風建築が混合した白亜の美しい教会で、

木造教会堂としては最大の規模を誇り、

青空に尖塔がそびえる光景は絵になる美しさは貴婦人のようです。

 


山本二三画集・五島百景「半泊教会(福江島)」

2024-03-13 19:41:20 | 教会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この「半泊(はんどまり)」の看板を見て嬉しくなった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コッテージ・スモーキーの客室

 

 

 

 

 

 

客室の五右衛門風呂

 

 

 

 

 

きびなごの刺身

 

 

 

 

 

 

アジのたたき

 

 

 

 

 

 

上から見た半泊湾

 

 

 

 

 

 

半泊教会は五島列島に一番最初に行ったときに訪れた場所である。

その前夜に居酒屋で「半泊教会」に行くと言うと、

「ものすごく辺ぴな場所にあるから行けないと思う」と居酒屋の大将から言われた。

それで、なおさら行ってみたくなったのを覚えている。

宮原教会から半泊へ向かうと、確かに道は狭く山道が続いた。

それでも途中で半泊の看板を見つけるとそこからすぐだった。

その後、ふたたび半泊に訪れ、

コッテージ・スモーキーに泊まって半泊を味わった。

 

この半泊教会のある半泊(はんどまり)の由来は、

移住してきた隠れキリシタンの半分は土地が手狭で、

山手の方へ移動してこの場所に半分しか残らなかったことから

半泊という地名になったと言われている。

この教会は大正11年(1922)に建てられた。

アイルランドからの浄財と信徒たちの奉仕作業によるもので、

教会は寄付に感謝してアイルランドの守護の聖人・聖パトリックに捧げられている。

 


長崎県新上五島町 ・ NHK朝ドラ舞いあがれ!で舞が行った教会

2022-10-11 18:22:26 | 教会

舞ちゃんが友だちとミサに行った中ノ浦教会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の「舞いあがれ!」で舞ちゃんが友だちと行った教会は、

新上五島町宿ノ浦郷にある「中ノ浦教会」で、

笛吹浦に面した風光明媚な場所にある教会である。

 


世界遺産切手  「 長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 」

2019-07-12 16:34:10 | 教会

 

今日発行された 世界遺産第12集 「 長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 」 切手。

この記念シートに掲載されている原城跡と春日集落と安満岳を除いて全て訪れているので愛着がある。

 

 

 

 

 
現在無人島になった野崎島にある鉄川与助が手がけた野首教会



 

 




かつての集落跡から野首教会を望む

 

 


 
今は無人島になった野崎島でたたずむ野首教会

 

 



「 ここからパライソ(天国)は、もうそう遠くない 」 と舟の中でつぶやいたヨハネ次郎右衛門が

処刑に向かった中江ノ島

 

 



新上五島町にある鉄川与助が手がけた石造の頭ヶ島教会

 

 



 
キリシタン弾圧から逃れ住んだ黒島にあるマルマン神父が手がけた黒島天主堂

 

 

 



 
ド・ロ神父が明治26年に手がけた大野教会堂

 

 

 



 
ド・ロ神父が明治15年に手がけた出津天主堂

 

 


 
フェーレ神父とプチジャン神父が手がけた大浦天主堂


 


 



鉄川与助が手がけた湿気を防ぐために床を嵩上げした白とブルーが爽やかな江上天主堂

 

 

 



 
五輪真弓のルーツとなる久賀島の五輪教会

 

 


 
明治14年に建てられた旧五輪教会内部

 

 

 




熊本県内で唯一選ばれた天草にある崎津天主堂

 

 

 

崎津天主堂と崎津集落

 

 



野首教会   長崎県小値賀町野崎島  明治41年 ( 設計者 / 鉄川与助 )

頭ヶ島教会  長崎県新上五島町    大正8年  ( 設計者 / 鉄川与助 )

黒島天主堂  長崎県佐世保市黒島   明治35年 ( 設計者 / マルマン神父 )

大野教会堂  長崎市西出津町     明治26年 ( 設計者 / ド・ロ神父 )

出津天主堂  長崎市西出津町     明治15年 ( 設計者 / ド・ロ神父 )

大浦天主堂  長崎市南山手町     明治1年  ( フェーレ神父 プチジャン神父 )

江上天主堂  長崎県五島市奈留島   大正7年  ( 設計者 / 鉄川与助 )

旧五輪教会  長崎県五島市久賀島   明治14年 ( 設計者 / 不詳 )

崎津天主堂  熊本県天草市崎津    昭和9年  ( 設計者 / ハルブ神父 )

 


福岡県宗像市  「 鹿児島から移設したザビエル聖堂 」

2019-05-08 14:53:21 | 教会



 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

解体されてなくなるはずだった鹿児島市カテドラル・ザビエル教会のザビエル聖堂が、

宗像市にあるカトリック御受難修道会 「 福岡黙想の家 」 の敷地に

移築・復元されてから今年で6年になる。

鹿児島市内の鹿児島カテドラル・ザビエル記念聖堂は、

明治41年 ( 1908年 ) に建築された石造の聖堂だったが、

先の大戦での空襲で外壁だけを残して焼失してしまった。

それでザビエル渡来400年を記念して、

昭和24年 ( 1949年 ) にローマの寄付を基にしてザビエル聖堂は再建された。

木造建築で赤い屋根の聖堂は鹿児島市民に愛された聖堂だったが、

老朽化がすすみ旧聖堂は解体され、

渡来450年を記念して平成11年 ( 1999年 ) に新しいモダンな聖堂が竣工しました。  

平成10年 ( 1998年 ) に解体された聖堂も戦後のまもなくに建てられた聖堂で、

文化的価値、建築的価値を有しており、

一時は鹿児島県内の老人ホームとして再建しようとしたが、

これも諸事情で頓挫してしまい。

鹿児島市の有志団体 「 ザビエル聖堂を文化財として再生させる会 」 が旧聖堂を譲り受け、

県内外で再建する適地を探していた時に、

窮状を知った御受難修道会・宗像修道院 ( 宗像市 ) の鈴木忠一院長が

宗像修道院の敷地に再建する事はどうか?

 「 ザビエルさんも鹿児島から京都へ向かう途中、宗像市赤間を通った縁があります 」 と、

協力を申し出て、現在の地に移築復元が実現したそうである。

 


福岡県宗像市  「 ザビエル聖堂のルルド 」

2019-05-03 18:01:27 | 教会

 

 

 

 

 

 

ザビエル聖堂の裏山にあるルルド

 

 

 

 

 

 

 

 

ルルド洞窟

 

 

 

 

緑に覆われたルルドへの道

 

 

 

 

福江島玉之浦町のあるルルドで有名な井持浦教会のルルド

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上五島の鯛ノ浦にある鯛ノ浦教会のルルド

 

 

 

 

上五島の若松島にある土井ノ浦教会の 「 風の聖母 」

 

 

 

 

上五島の小串郷にある曽根教会のルルド

 

 

 

 

平戸市の古江教会にあるルルド

 

 

 

ルルド  ( Lourdes ) は、フランスのオクシタニー地域圏にあり、

1858年にルルドの聖母の出現以来、カトリックの巡礼地となっている。

 

緑の森に包まれたルルドは静かな聖域である。

 

 


福岡県行橋市 ・ 新田原聖母病院 「 ルカ 1ー39のレリーフ 」

2019-03-30 11:02:44 | 教会















新田原聖母病院の入り口にある塀にマリアのレリーフがある。


 マリアは急いで出発し
   エリザベッにあいさつした