遺す言葉

つぶやき日記

遺す言葉278 小説 サーカスの女(2) 他 芸術雑感八題

2020-01-26 12:39:09 | つぶやき
          芸術雑感八題(2018~2019)



   Ⅰ 自分を高みに置いて
    物事を見下すような視点で書かれた文章には
    品性を見い出す事が出来ない
    俗物(スノッブ)根性が透けて見えるだけだ
    某女流作家や某評論家の文章に品性がないのは
    その為だ

   2 芸術という言葉ほど胡散臭く 無責任なものはない
    アマチュアという言葉ほど 精神の弛緩を感じさせるものはない
    芸術の名の下に意味不明な 訳の分からないものが罷り通る
    アマチュアという名の下に 不備不全が許される

   3 芸術は過ぎて逝く時の中で刻々と姿を変え 消えて逝くものの
    真の姿を捉え それに形を与えるものだ

   4 隠されたものの意味を探り出し 提示する
    それが芸術の存在意義に違いない

   5 批評家には二通りある
    印象批評家と創造的批評家だ
    例外として 追従批評家 あるいは
    太鼓持ち批評家というのがある

   6 巨匠とは 世間 マスコミが創り出す虚名 
    作品の質とはなんの関係もない

   7 芸術家や芸能人は
    一部の極めて稀な謙虚な人の例を除いて多くは
    大家や先生などと言われ始めると
    作品そのものはつまらなくなる
    精神の弛緩がもたらす結果だ

   8 カリスマが 
    虚像に乗って
    今日も行く



          ----------------


          サーカスの女(2)

 高志の音頭取りで衆議一決、金毘羅神社行きが決まった。
「おらあ去年、親類のえ(家)のもん(者)に連れてっで貰ったけっどよお、凄がったど、ガマの油売りがよお、日本刀でこう、腕ばスパッと切っちゃうだ。そっで、ガマの油ば塗っどよお、あっつう間に血が止まっちゃあだ。凄(すげ)えよ」
 忠助がデキモノ跡の後頭部の禿を掻きながら言った。彼も春男と同じ五年生だった。
「ああ、おれも見だよ。あらあ凄えよなあ。痛ぐねえのがなあ」
 高志もその場の情景を思い出し、興奮して来るようだった。
 信吉はなお一人、ポケットから芋を取り出しては口を動かしながら聞いていた。
 信吉にもその場の情景が眼に浮かぶように思えて来て興味をそそられた。
「なん時ごろ行くだあ ?」
 信吉は聞いた。
「朝、早ぐ行ぐべえよ。横芝までは歩いで一時間以上は掛がっぺえ。八時に出発しても向ごうさ着いだら九時半ぐれえにはなっちゃあもんな。それがらいろんな物ば見っど、すぐに時間が経っちまあど」
 高志が言った。
「弁当ば持ってぐのがあ」
 信吉と同じ四年生でもクラスの違う義雄が言った。
「弁当なんかいんねえよ。食うもん売ってべえよお」
 高志が遣り込めるように言った。
「あにか、かっぱらっちゃあべえよ」
 春男がわくわくした様子で言った。
「うん、うん」
 高志が熱気を込めてすぐに応じた。
 彼等はみんなが浮き浮きした気持ちになっていた。明日が待たれるような様子を見せていた。
 その後、彼等は釘打ちをして遊んだ。五寸釘を地面に投げ刺して、相手の進路を阻む遊びだった。出口が塞がれれば負けになる。
 高志と忠助の勝負は高志が勝った。
「どれ、おれに貸してみせよ」
 春男が名乗り出た。
 その時、義雄が、
「中里の桶屋の柿ば盗みに行くべえよ。あっご(あそこ)の裏の畑ん中によお、こんなでっけえ柿がいっぺえ生(な)ってっだあ」
 と、両手で実の大きさを表しながら言った。
「ああ、あそごの柿は凄えよなあ。二十本ぐれえ木があっぺえ、そっさ、鈴なりだもんな」
 忠助が言った。
「だげっど、あすこの親父はおっかねえど。天秤棒持って追っかけで来(く)っど。おらあ、追っかけられだ事あっだがらあ」
 春男が言った。
 春男の話しには、何処か間の抜けたところがあった。
「逃げちゃえばいいでねえが。捕めえられるもんがよお」
 高志がベルトのゆるんだズボンを引きずり上げながら言った。
 高志はやせてひょろひょろと背ばかりが高く、既製のベルトの穴では間に合わないのだ。
「ところが、あすこの親父はさあ、ものすごぐ足が速えだよ。おらあ、はあ、ちょっとのとごろで天秤棒食らうとごろだったよ」
 春男はなお、警戒を呼び掛けた。
「大丈夫だよ。みんなで一緒に行げば、誰ば取っ捕めえでいいが分がんねぐなっちゃあだよ」
 義雄が言った。
「行ってんべえ、行ってんべえ」
 高志が言った。
 忠助も続けて言って同意した。
          

          2


「信吉、にしゃあ(おまえは)、どご、ふらっこふらっこ遊んでっだよお。婆ちゃん、手伝えに来(こ)うって言わながったが。このくそ忙しいのによお」
 座敷には電燈が灯っていた。その灯の色がほっと暖かかった。
 夕闇が広い庭を薄墨色に染めていた。
 母は裸足のまま、夕飯の支度をしていた。釣瓶で水を汲み、野菜を洗う。
 姉の道代は風呂場の火と、めしを炊く竈の火の両方をみていた。
 父は牛車に積んだ稲を肩に担いで納屋に運び込んでいた。
 信吉の姿を見ると、怒気を含んだ小言がまず、口をついて出た。
「聞がねえよ、おらあ」
 信吉は言った。
 父は殴る事はなかったが、それでも信吉は怒りを避けるように身構えた。
「デマ言うな。聞がねえ事(こど)があっがよお」
「聞がねえよ。ほんとだよお」
 信吉は怒ったように怒鳴り返した。
「いいがら、さっさと手伝え。手がたんねえのが分がんねえのがよお」
 父は小言の合間にも仕事の手を止めなかった。
 信吉はようやく、父が納屋に向かった後で、牛車から稲を引き摺り下ろして小脇に抱えた。
「ちゃんと積んで置げよ。いい加減にやっど、あどで崩れちっまあがんな」
 父は信吉の様子を見て言った。
 後継者を育成する厳しい眼差しだった。
 信吉は暫く手伝った。父と一緒に汗を流すのが嬉しかった。
 父が信吉の一生懸命に働く姿を眼にして満足しているらしいのが、無言の内にも分かった。父はだが、世辞などは言った試しがない。
「ほら、そんな風に持ったら、束がぐずくずになっちまうでねえがよお」
 相変わらずの小言だった。
「父ちゃん、まだ仕事が終わんねえのがい。風呂が沸いただよ」
 道代が風呂場から姿を見せて言った。
「ああ、はあ(もう)少しだ。婆ちゃんば先(さぎ)に入れちゃえ」
 道代は裸足で野良着のままだった。座敷に向かうと、
「婆ちゃん、先に風呂に入(へ)えれって」
 声を掛けた。
「はあ ? 父ちゃんはまだ入えれえのが ?」
 婆ちゃんは障子の陰から顔だけ覗かせて言った。




            ------------------



            takeziisan様

            有難う御座います
            今回 市丸の唄 懐かしいですね
            勝太郎 市丸 赤坂小梅
            遠い思い出です
            その他懐かしいジャズ
            いいですね
            若かりし頃が蘇ります

            お写真 相変わらず堪能致しました
 
 



 

     
    
    

遺す言葉277 小説 サーカスの女(1) 他 人は 操り人形

2020-01-19 13:31:00 | つぶやき
          人は 操り人形(2019.12.27日作)

   人間は 運命に操られた 人形
   その人の 持って生まれた 運命は
   いかんとも し難い
   いかんとも し難い 運命の中で どれだけ
   自己としての 最善を 尽くすか
   それが 肝要
   最善を 尽くした結果
   開かれる 運命も ある
   開かれない 運命も ある
   それは総て 運 運次第
   開かれない 運命 を 嘆く事はない
   あなたは 最善を尽くした
   それで いい
   それだけで 立派
   たまたまの 幸運 に 乗った
   果報者 成功者 より はるかに
   立派 たとえ
   現在 あなたが 恵まれない境遇 に
   在ったにしても だ
   真摯に 今を生きている 限り


          -----------------


          小説 サーカスの女 (1)
              少年のいる風景


 その頃、信吉達は学校から帰ると、決まってお寺の庭に集まって遊んだ。今日(こんにち)のようにテレビなどの盛んな時代ではなかった。学習塾だなんだと、やかましい時代でもなかった。それに農村地帯の事で、親達は農作業に忙しく、子供達に手を掛けている時間もなかった。放任された子供達は自由に羽をのばし、思いのままに遊ぶ事が出来た。
 昭和二十年代半ばの事である。
 当時、信吉達には極、限られた、自分達周辺の世界しかなかった。テレビの映像が、居ながらにしてあらゆる世界を眼の前に広げてくれる今の時代など、夢のまた夢でしかなかった。そして、そんな彼等の関心は、ほぼ季節の推移に従って変わっていった。春には雑魚(ざっこ)掬い、夏には川での泳ぎ、秋には茸採りや栗拾い、柿捥(も)ぎ、冬には仕掛けを作っての頬白やチョーマン(野鳥の一種)捕り。そんな少年達の集まる場所が、住職の居ない廃寺だった。

          1

「信吉、おめえが ?」
 信吉が台所の板の間に鞄を放り出す音を聞いて、祖母が声を掛けて来た。
「ああ」
 信吉はうるさ気に答えた。
 祖母は座敷にいて、落花生でも選り分けているらしかった。
 祖母は八十歳に手が届くというのに、いたって元気だった。腰は二つに曲がり、座った姿は猿のように小さくなっていたが、かくしゃくたるものだった。一年中、何かの仕事を見つけては、一人でコツコツやっていた。さすがに老人ボケのような兆候は随所に見られたが、耳も眼も口も達者なものだった。殊に信吉と、三つ違いの姉の道代の二人の孫には眼がなくて、要らぬ世話を焼いてはしばしば煩がられた。
「父ちゃんがない、稲のオダ(稲架)はずしば手伝えって言ってたど。北山の向こうの田んとごろにいっがら、こう(来い)ど」
「姉ちゃんは ?」
 信吉は薄暗い台所の隅で、釜の蓋を取ると中を覗いた。
 芋がふかしてあった。
 信吉は手を突っ込むと、学生服の両ポケットが一杯になるまで芋を取り出して詰め込んだ。更に、左手に一つ、右手に一つを持って釜の蓋をした。
「姉ちゃんはまだ学校だ。戻んねえよ」
 祖母はそれから更になんとか言った。
 信吉はその言葉も聞かずに、裸足のまま外へ飛び出した。
 寺は二十戸程ののほぼ中央部にあった。十畳の部屋を持つだけの小さな建物だった。信吉の記憶にある限り、住職はいなかった。寺は大人達に取っても寄り合いだけの場所になっていた。
 部屋には畳半畳程の囲炉裏が上がり框の近くに仕切られていた。
 天井は煤で真っ黒に汚れていた。
 雨戸も建て付けが悪く、所どころ穴が開いていた。磨く人もない柱は白っぽく艶を失い、木目が浮き出ていた。
 百坪程の庭の四隅に墓石が並んでいた。その下に月見草が咲いた。
 庭の中央部が雑草と芝生の混じった広場になっていて、信吉達はそこで様々な遊びをして時を過ごした。
 信吉が行った時、寺の軒下の踏み石に春男と高志が並んで腰を下ろしていた。
「あに(何)食ってだ」
 信吉が口を動かしているのを見て高志が言った。
 高志は信吉より二つ年上の六年生で、の中で一番大きな農家の四男坊だった。あまり出来が良くなくて、ともすれば学校をさぼりがちだったが、こと、頬白捕りや雑魚掬いにかけては、天才的な勘と知恵を発揮した。一番年上の事もあって、悪戯の先達みたいなところがあった。
「芋だあ」
 信吉は言った。
「くろえ(くれよ)」
 春男が言った。
 春男は五年生だった。少しお目出たいところがあって、年下の者からも呼び捨てにされていた。
 信吉はポケットから芋を取り出すと二人に渡した。
 自分は更に一つを取って皮の付いたまま口に運んだ。
「信吉、おめえ、今度の日曜日に金毘羅さ行がねえが?」 
 高志が芋を頬張った口をもぐもぐさせながら言った。
「金毘羅 ?」
 信吉は鼻の頭を手の甲でこすり上げながら聞き返した。
「うん」
 高志は立ったままの信吉を見上げて言った。それから、
「今度の日曜がちょうど金毘羅の日に当っだよ。そっで、行ってんべえって、春男と話してただあ」
 信吉は金毘羅に行った事はなかった。一昨年か一昨作年か、やはり日曜日に当たった事があって、その時、高志は上の仲間達に連れられて行ったという事だった。
「神社の境内にいっぺえ店が並んでよお、そん時、二本松の安っさんがよお、こんなでっけえ飴の袋ば盗んじゃて面白がったどお」
「捕まんながったのがい ?」
 信吉は高志の前の地面に腰を下ろしながら聞いた。緊張感に富んだ場面が想像された。
「捕まんねえよお。あにしろ、人が行列ば作って、次から次へって押し寄せて来っだがら、その人の間がらよお、こう、あにか他のものば見る風ばしてよお、手だげ伸ばしてサッと、取っちゃうだよ。そっで、あとは知らんぷりしてさあ、スタコラ歩いで来ちゃんだあ。あにしろ、人が山ほどいっだから、分かっこねえよ」
 高志はいかにも愉快そうに言った。
「おらえ(家)の親類も店ば出すど」
 春男が自慢気に言った。
「金毘羅にがあ ?」
 高志は信じられない様子で聞いた。
「ああ」
「あにば(なにを)やってだあ ?」
「義士焼 (今川焼)屋だけっど、毎年出してっどお」
「本当があ」
「本当だよお」
「だあ、貰えっかも知んねえなあ」
「くんねえよお。ケチだもん」
 春男は苦々し気に言った。
 この春男には奇妙な癖があった。腹を立てると猛然と食い気を起こして、お櫃1杯程の飯もたいらげてしまう事だった。
 そのうちに忠助や義男、良治なども集まって来た。


         
          ----------------


          takeziisan様

          先ずは遅れ馳せながらの
          おめでとう御座いますを
          申し上げます
          いろいろブログを拝見していますと
          お元気そうに思われますが
          やはり ご心配事を抱えておいでなのですね
          それにしても 何事もなく お喜び致します
          これからも充分 お気を付け下さいませ
          相変わらず美しい写真
          毎回 楽しく嬉しく 拝見させて戴いております
          

          


 


 
 

 
   
   
   
   
   
   

遺す言葉276 小説 ある女の風家(完) 他 歌謡詞 恋の終わり

2020-01-12 14:43:20 | つぶやき
          恋の終わり(2019.12.10日作)

   もういいの 言い訳は
   あなたの嘘など 聞きたくないわ
   恋の終わりは 知らぬ間に
   いつか突然 来るものなのね
   あなたと二人 ひとつお部屋で
   幸せに 暮らした月日だけれど
   もう終わりなの 何もかも

   キザになる 涙など
   あなたは笑って 別れが似合う
   そうよそうなの いつだって
   わたし一人の 恋だったのね
   心に残る 愛の言葉も
   思い出を 重ねた白いソファも
   もう虚しいわ 今日限り

   欲しくない 口づけは
   なんにもしないで さよならしたい
   愛は虚しく 消えたけど
   なぜか涙も 涸れはててるの
   窓辺に置いた ランの鉢植え
   懐かしく あの日の形見だけれど
   もう壊すのよ 見たくない


          ------------------


          ある女の風景(完)

 車が動き出すと里見一枝はさっそく聞いて来た。
「どうしてまた、別れる気になんかなったの ?」
「まあね、いろいろあるわ」
 わたしは徐々に加速する車の振動に身を委ねながら、今まであれこれ考え、思いを巡らしていた事への疲れから力なく言った。
「それで働くつもりなの ?」
「うん、だって、食べてゆけないでしょう。いつまでも親がかりでいる訳にもゆかないし」
 土曜日の夕刻の路上には赤や黄のランプを点けた車がひしめくようにに連なっていた。
「なんてひどい渋滞なの」
 里見一枝はいまいましげに口の中で呟いた。
「あなたの力を貸して欲しいのよ」
 わたしは里見一枝の呟きには答えず、自分の思いだけを伝えた。
「デザインをやるの ?」
「そんな高望みはしないわ。もう、五年も六年も離れているので出来っこないわよ」
「大丈夫よ。少しやればすぐに堪が戻るわよ」
 一枝は事も無げに言った。
「あなたのお店で働かせてよ」
「急ぐの ?」
「なるべく早い方がいいんだけど」
「あなたのお父さんはお金持ちなんだから、どうせなら、ゆっくり厄介になっていた方がいいわよ」
「そうもゆかないわよ。わたしをノイローゼ扱いしているんだから」
 里見一枝は思わずといったように笑い出した。
「ご両親が ?」
「そうよ。ひどいったらありしない」
「それを逆手に取るっていう考え方もあるじゃない」
 一枝は笑いながら言った。
「厭よ、そんなの。本当のノイローゼになっちゃうわ」
 里見一枝は笑った。
「家の中に閉じこもっているっていうのも、楽じゃないわ」
 わたしは溜め息交じりに言った。
「だって、あなたは自分から望んでそうしたんでしょう。それで幸福な時もあったんでしょう」
「夢を見ていたのよ。当時は、結婚とい事の中に幸せの総てがあると思い込んでいたのよ。だけど、結婚して家庭を持ってみると、その中にも、卵の黄身と白身のような部分があって、自分はその生活の中でどちらの部分をより多く感じ取れるかという事なのよね、きっと」
「で、あなたに取っては黄身が小さかったという事 ?」
「多分、そうかも知れないわ。それで満足している人もいると思うけど」
「土台、あなたのような才女には無理だったのよ。今だから言うけど、あなた達の結婚が決まった時、わたし達の間では、三年が限度だってもっぱらの噂だったのよ」
 里見一枝は言った。
「まあー、失礼ね」
 わたしは少しの怒りが滲んだ声で言った。
「だって、事実、そうじゃない。三年ではないけど、五年 ? 六年 ? わたし達の方が先見の明があったのよ」
「厭な言い方しないでよ」
「旦那さんだって、人は好さそうだけど、格別、切れ者っていう感じではないし、わたし達には最初からアンバランスが見えていたのよ」
「なんだか疲れちゃって、ちっょとタイム、っていう感じだわ」
「まあ、いい薬よ」
 里見一枝はなぜか、楽しそうに言った。
「他人(ひと)ひとの事だと思って !」
 わたしは腹立たし気に言った。
「真由美ちゃんたちは ?」
「連れて行ったわ」
「御主人が ?」
「そう」
「だって、男手一つじゃ大変でしょうに」
「子供達の事を考えると、可哀そうな気がするけど」
「大体、あなたは気が多すぎるのよ」
「気が多いんじゃなくて、早とちりなのよ。なんでも入り口を見ただけで、分かったつもりになってしまう。デザインの仕事だってそうだし、結婚にしてもそうなのよ。結婚生活だって、あるいは、今わたしが考えているより、もっとずっと奥深いものがあるかも知れないのに・・・・・。わたし、よく分からないわ。ただ、なんとなく、今のままでいる事に何か食い足りなさを覚えるのよ」
「結局、欲張りなのよ。才女の才女たる所以だわ。わたしみたいな愚鈍な人間は、一つの事をコツコツやっていって初めて物の姿が見えて来るんだけど、あなたみたいな才人には、何もかもが始めから見えすぎてしまっていて、それでつまらなくなってしまうのよ」
「そんな事ないわよ。何も見えないから、それで懸命に何かを探しているのよ」
「これから先、あなたがどうなるのか分からないけど、今度の事はとにかく、いい経験よ」
「わたしもそう思うわ」
 わたしはうそ寒い思いで胸に顎を埋めた。
 車が何処をどう走っているのか、わたしにはさっぱり分からなかった。時々、かつて見た事があると思える建物や街並みが車窓を通過して行った。
 里見一枝は細い道に車を乗り入れ、速度をゆるめると、地下の駐車場のある建物の前へ来て、ゆっくりとその降り口を下って行った。
 車を降りて、一枝と二人、エレベーターで地上四階まで上りドアを開けると、眼の前に赤い絨毯の敷かれたきらびやかな店の並ぶ通路が開けた。
 一枝はいかにも物馴れた感じで通路の右手奥に進むと、金色の飾りの付いたレストランのドアを押し開け、わたしを促した。
 豪華なシャンデリアの淡い照明の店内だった。
 一枝に取っては既に馴染みの店らしく、キチンとした服装のボーイが親し気な笑顔と共に、「いらっしゃいませ」と言いながら、丁寧に頭を下げた。
 里見一枝は勝手知ったようにすぐにテーブルの間を抜けて、壁際の奥に向かった。深々としたソファーに向かい合って体を埋めると、やや丈の低いテーブル越しにわたしの顔を見て、
「ブランデーか何か貰う ?」
 と聞いた。
「そうね、なんでもいいわ。わたしには良く分からないわ」
 わたしは言った。
「まだ約束の時間までには、ちょっと間があるのよ。あなた、顔を見ればきっと分かると思うわよ」
「なに、その人 ?」
「デザイナーよ。オリジナルを頼んだの」
「なんて言う人 ?」
「一ノ瀬浩二」
「知らないわ、そんな人」
 一ノ瀬浩二との約束の時間まで、わたし達は料理を口にしながら、かなりの量のブランデーも飲んでいた。わたしに取っては、独身時代以来の極めて稀な贅沢な時間だった。
 その後、わたし達が会った一ノ瀬浩二は四十歳のデザイナーだった。いかにも流行に敏感な服飾関係者らしい装いをしていた。わたしに取っては、だが、格別、驚く事ではなかった。かつて、多少なりとも手を染めた事のある世界がそこに展開されていたにしか過ぎなかった。
 仕事の話しが終わった後、里見一枝と一ノ瀬浩二が共に馴染みのバー向かって、そこでもまた、仕事の話しに花が咲き、グラスが重ねられた。
 わたしにしてみれば、久々の出来事だったが、長いだらだらと続くそんな時間が少しも苦にならなかった。里見一枝と一ノ瀬浩二との間に交わされる耳馴れない言葉や名前もなぜか新鮮な響きを帯びて感じられて、興味は尽きなかった。わたしはただ、二人の話しを傍らで聞いているだけの存在でしかなかったが、それでも何故か、自分の体の内部に活き活きとした活力の甦って来るような感覚を覚えていた。
 無論、わたしは、二人の生きている世界の厳しさは充分、知っている。この世界に限らず、どの世界に於いても、人が人として生きてゆく事の厳しさに変わりはない。わたしはもう、小娘ではないのだ。既に二人の子供の母親でもある。その上、離婚と言う重荷を背負って生きて行かなければならない。生半可な気持ちで生きて行く事など出来る訳がないのだ。                       
 しかし、それでもなお、わたしは、わたし自身の心の中に生まれて来るなんとはない、心温かな希望のようなものをこの時、感じ取っていた。そして、この希望があれば、たとえ、自分が二人の子供達と離れた存在であっても、自分独りであっても、生きて行けるような気がしていた。そして、わたしは思った。たとえ、子供達とは離れていても、わたしは二人の子供達の母親なのだ。心の奥底でずっと二人を見守ってゆく事に変わりはないし、そうしてゆくのだ。   完



         ------------------


         takeziisan様

         有難う御座います
         冬枯れの写真、素晴らしいですね
         感激です。かつて尋ねたいろいろな地の
         景色を思い出したりしました
         お元気な事、何よりです
         引き続き、お写真期待しております
         でも、どうか御無理をなさらないで下さい

 
   
   
   

遺す言葉275 小説 ある女の風景(5) 他 禅家語録

2020-01-05 14:31:22 | つぶやき
          禅家(ぜんけ)語録(2019.12.15日作)

   月はあらゆる水に陰を落とす(夢想国師)
            (澄み切った空の月は、あらゆる水にー澄んだ水でも、濁った水でもー
    分け隔てなくその姿を映す
   人の心もこうありたいものですね)
  
   求道の心さえしっかりしていれば
   吉野の山奥に入って修行する必要はない(白隠)

   人の心掛けられてよい座禅は
   目覚めた意識での修行の努力であり
   不断の座禅に過ぎたるものはない(白隠)
   (日常生活の中での不断の意識的行いに勝る修行はないと言う事か ?
   白隠禅師はまた、日常行為の努力なくして、いくら座ってみても(座禅を
   してみても)、老いぼれ狸が穴倉の中で居眠りをしているようなものだ、
   と言っている)

   座禅とは日々、日常行為の中にある(鈴木大拙)
   
   概念はいつも変わらない
   変わらぬものは鋳型になる
   変わらぬものを変えてゆくのは
   それを取り扱う人である
   この 人 は 生きたものでなくてはならない
   禅は人である(鈴木大拙)

   人間の知恵はいつも自ら殻をつくって
   その中に安らけく寝たがる(鈴木大拙)

   不安の心持は  
   経験に裏付けられない思想だけの生活
   分別の上にのみ築き上げられた生活から出て来る(鈴木大拙)

   経を読んではならない 座禅しろ
   掃除をしてはならない 座禅しろ
   茶などもてあそんではならない 座禅しろ
   馬に乗ってはならない 座禅しろ
   商いをするな 座禅しろ
   畑を耕すな 座禅しろ(道元禅師 一休和尚)
   (この座禅とは単に膝を組んで座る事ではない。日々の行いを座禅をする 
   時の心そのもので行えと言う事か ?)

   賀茂神社の勇ましい競馬はどう思うか
   駆けて行ったり 戻って来たりするのも
   あれはすべて座禅である(大灯国師)


          -------------------


          ある女の風景(5)

 夫と知り合う前の学生時代には、友達としばしば足を向けていた。夫と知り合ってからは、夫の会社が丸の内にあった関係もあって、銀座に出る事が多かった。
 新宿の街は、わたしが来ていた頃とはすっかり、その顔を変えていた。
 通りには変わりはなかった。細い様々な道筋もわたしが来た頃そのままに変わってはいなかった。にも拘らず、そこに佇む街の顔が何か馴染みのなさを抱かせた。昔、悪戯気分で恐る恐る仲間達と細い階段を降りたジャズ専門の喫茶店が懐かしさを誘ったが、それでいて、街全体に馴染めなかったのはいったい、何故だったのだろう ?
 自分が歳を取ったせいか、とわたしは思った。新宿はやっぱり、若い人たちの街なのか ?
 コマ劇場の近くには、女同士で何度か入った感じの良かった地下のバーが、その頃のままに名前を出していたが、その上には「スナック」と、当世はやりの名称が付されていた。それに気付くとわたしは、自分が何か場違いな場所に足を踏み入れてしまったような気がして来て、一抹の寂しさを覚えるのと共に、居心地の悪さにも囚われていた。ーーあの物腰の柔らかく、感じの良かった中年のバーテンダーさんは、今でもあの店にいるのだろうか、わたしは淋しい気持ちの中でなんとはなくそんな風に思ったりもしてみた。
 歩き疲れるとわたしは昔、何度か入った事のある喫茶店「高原」を眼にして、里見一枝に会うまでの時間をそこで過ごす気になった。
 店内はすっかり変わっていた。この店の特徴として印象的だった店名と同じ、高原の風景を映したパネル写真が四辺の壁をぐるりと取り囲んでいたものが、全く姿を消していた。天井に設置した照明に、それらの写真の中の風景が暗い店内から浮かび上がって迫って来るような、迫真力に満ちた空間を演出していたものだった。
 あるいは、時の流れの中で、それは当然の事と言えば言えるのかも知れなかったが、リノリュウムに似た材質の壁紙が、乳白色の単一色彩で四辺を被った店内風景は無味乾燥の味気なさを抱かせた。僅かに、店内を二つに区切るように置かれた大きな棕櫚の木かと思われる植物が、そんな店内に些かの彩を添えていた。
 わたしが体を沈めた席では、テーブルがそのままテレビゲームになっているのにも驚かされた。無論、百円硬貨を入れなければ機械は動かないが、あまりの殺風景さにわたしは、興ざめしたまま、憮然としてウエイトレスが差し出したおしぼりで汗の浮かんだ手のひらを拭いた。
 時刻は午後五時を過ぎていた。
 店内の混みようは相変わらずだった。
 外には既に黄昏があった。僅かに見える通りの向こう側のネオンサインの輝きが鮮明になっていた。

 里見一枝と会う約束の時間までの相当の間、わたしはただ、ぼんやりとその喫茶店で物思いに耽っていた。どれ程の時間そこに居たのか、定かではなかったが、その間、わたしの頭の中では、走馬灯のように今度の事態に至った様々な経緯が飛び交っていた。それでもわたしには、決定的にわたしを動かした動機がなんであるのか、はっきりとは掴めなかった。ただ、漠然としたこれまでの日常への不満感だけが胸の中に充満して来るばかりだった。夫の実家の両親に対するべったり振り、この事には常に辟易させられていたが、あるいは、これが総ての嫌悪感の因になっているのかとも思ってみたりしてみる。だがまた、それだけでは、子供達と過ごす単調な時間に対して抱く、言い知れない焦燥感のようなものは説明出来なくなる。かつてはそんな生活を夢のような生活だと思った事もあったのだが。
 わたしはそんな思考に疲れ果てるとようやく席を立つ気になった。
 外に出ると自分の腕時計に眼をやった。
 まだ約束の時間までには一時間近くの間があった。それでもわたしは待ち切れなくなって里見一枝に電話をしてみた。
「時間を持て余しちゃって」
 と言うと一枝は、
「いいわ。じゃあ、もう一つ、人と会う約束があるんだけど、付き合ってくれる。原宿駅へ迎えに行くから」
 と言った。

            五

 わたしは新宿駅から原宿の駅に向かい、里見一枝を待った。
 一枝は十分ほど遅れて小型の瀟洒な外車で乗り付けた。
「ごめん、遅くなっちゃって」
 一枝はわたしを見つけると車の運転席から言った。
「ううん、わたしの方から無理を言ったんだから」
 わたしは一枝の車に近ずくと、なんとなく昔に帰ったような気分で機嫌よく言った。
 一枝がドアを開けた運転席の隣りに乗り込みながらわたしは、
「悪いはね」
 と言った。
「それはいいけど、これから赤坂まで行かなくちゃならないの。ちょっと長く掛かるかもしれないから、遅くなるわよ」
 一枝は言った。
 いかにもテキパキとした物言いや動作が、現役で働く人間の生き生きとした感じを醸し出していて、わたしにはそんな一枝が眩しく見えた。
「ええ、それは構わないの。その積りで出て来たんだから」
 わたしは言った。
 


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         takezilsan様

         有難う御座います
         ブログ毎回楽しく拝見させて戴いております
         それにしても、よくお出かけになりますね
         わたしはほとんど外出しませんので、毎回
         あちこちのお写真、楽しく拝見させて戴いております
         野菜の写真も楽しいですね
         これからもこれ等のお写真、宜しくお願いします