遺す言葉

つぶやき日記

遺す言葉 222 小説 夜明けが一番哀しい 他 歓喜と悲哀

2018-12-30 13:05:26 | 日記

          歓喜と悲哀(2018.12.10日作)

 

   今日は 今年は

   これが あれが 出来るようになった

   今日は 今年は

   これが あれが 出来なくなった

   幼児 と 老齢者

   今日に 明日に また一つ また一つ

   出来るようになった 出来る事の

   増えてゆく喜び 幼児の時間

   今日に 明日に また一つ また一つ

   出来なくなった 出来る事の

   消えてゆく哀しみ 老いゆく者の時間

   人の生きる時間 時は

   喜びと哀しみ を 

   同じ船に乗せて 同じように 運び

   運んで来る

   運んで行く

 

 

 

          夜明けが一番哀しい(6)

 

 

 ピンキーは 答えなかった。依然、百キロを超えるスピードで突っ走りながら、

「道を間違えたらしい」

 と呟いた。

「えっ !」

 ノッポが不快感をあらわに言った。

「ぐるぐる眼が廻りやがって、道がよく分かんねえや」

 ピンキーが投げ遣りに言った。

「冗談じゃないよ。だから俺、厭だって言ったんだよ」

 ノッポは今にも泣き出し兼ねない声を出した。

「あんたが運転しないから悪いのよ」

 安子がノッポに当り散らした。

「だいたい、夜中に横浜の港なんかへ行こうって言うのが悪いんだよ。そんな事言わなけりゃ、こんな事にならなかったんだよ」

 画伯が息絶え絶えに、力なく言った。

「だって、しょうがないでしょう。船を見たかったんだから」

 トン子は泣き声でおろおろしながら言った。

「へッ、ロマンチックなもんだ」

 ノッボが悪意を込めて言った。

「ピンキー、車を止めてよ。間違った方角へいくら走ってもしょうがないでしょう」

 トン子が涙声でピンキーに食ってかかった。

 ピンキーはその言葉と共に一気にブレーキを掛けた。

 深夜の路上にけたたましいブレーキとタイヤの軋る音がして車が止まった。誰もが座席から放り出されて重なり合った。

「あんた、あたしたちを殺すつもり!」

 安子が猛然と食ってかかった。

 ピンキーはだが、その時にはもう、ハンドルにもたれ掛かってうつらうつらしていた。

 みんなは改めて座席に座り直した。

「あんた、いったい、どうする積もり?」

 安子がトン子を責めた。

「どうするったって、わたしに聞いてもしょうがないでしょう」

 トン子がべそをかきながら言った。

 ピンキーはハンドルに凭れたまま眠っていた。酒の酔いが一気にまわったようだった。

「このままじゃあ、俺たち、確実に事故って死ぬよ」

 ノッポが確信に満ちた声で、だが、心細げに言った。

「だから自分で運転すればいいのよ」

 安子はなお不機嫌に当り散らした。

 

     ----------

 

 ピンキーは十分近くたってか眼を覚ました。

「ここは何処だい?」

 ピンキーは自分の置かれている立場をすっかり忘れてしまっていた。ハンドルを握っている事さえ自覚していないようだった。

「あんたが訳の分からない所へ、あたしたちを連れて来ちゃったのよ」

 トン子が腹立たしげに言った。

 ピンキーはようやく自分の立場を理解した。再び車を発進させた。

「あんた、大丈夫なの、冗談じゃないわよ」

 安子が咎める声で言った。

「方角が、どっちがどっちだか分かんねえや」

 ピンキーが投げ遣りに言った。話す言葉つきに、まだ酔いの醒め切っていない気配があった。

「少し戻って環八に出た方がいいと思うわ」

 今まで黙っていたフー子が始めて口を開いた。

「ここは何処なんだ?」

 ピンキーは言った。

「東宝の撮影所の近くへ来ちゃってるわ」

 画伯はみんなの足の下で体を折り曲げて小さくなっていた。座席に腰掛けている事さえ出来なくなっていた。

 

     ----------

 

 フー子のうろ覚えの道案内で、どうにか環八通りから第二京浜へ出て横浜方面への道を辿る事が出来た。

 長い時間の末に京浜東北線の関内駅の横を通過した時、トン子が急に弾んだ声を張り上げた。

「見て見て、横浜公園入り口って書いてあるわよ」

「横浜公園なんかあったってしょうがないじゃないか。山下公園ならともかくさ」

 ノッボが言った。

「ほら、あれが横浜スタジアムじゃない。野球場よ」

 トン子は相変わらずはしゃいだ声を張り上げた。

 車はそのまま市庁や県庁の建物の立ち並ぶ通りを走った。県庁わきの交差点の一画にある 交番の赤い灯を見たノッポが、

「ヤバイぜヤバイぜ」

 と、思わず叫んだが、ピンキーは意にも介さなかった。信号を無視して走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


遺す言葉 221 小説 夜明けが一番哀しい 他 嫌な時計

2018-12-23 10:52:09 | 日記

          嫌な時計(2018.11.6日作)

 

   目覚まし機能の付いた時計が

   壊れた

   新しい時計を買った

   古い時計は

   一秒刻みの秒針だったが

   新しい時計の針は

   いっ時の休みもなく 文字盤を

   流れるように動いている

   いっ時の休みもなく 四六時中

   動き続ける 細い針 秒針

   人の命は 今 この瞬間

   この針の動きを眼にしている

   この瞬間にも 削り 取られてゆく

   人生の時が 針の動きと共に 無情に

   過ぎて逝く 削り 取られてゆく

   不穏 不安な感覚

   そんな感覚を呼び覚まし 抱かせる

   針の動き 落ち着かない気分

   嫌な気分にさせられる 

   嫌な 時計だ

 

 

          夜明けが一番哀しい(5)

 

 

 トン子が最初に気付いて、まるで予期していない事に遭遇したかのように、びっくりした顔をした。トン子はいつもする事が大袈裟だった。

「あら、もう行って来たの?」

 ピンキーは黙ったまま手招きして、早く来い、と促した。

「ピンキーが帰って来たよ」

 トン子が仲間達に言った。

 安子とノッポが顔を離して入り口のピンキーを見た。

 ノッポの顔からは明らかな不満の表情が見て取れた。彼には、横浜なんて下らない所へ行くよりは、ようやくその気になっている安子と寝る方がよかったのだ。

 安子はそんなノッポを突き放して立ち上がると、ポシェットを肩に掛け直した。

 画伯は自分には関係ないかのように、透明なビニール袋に顔を突っ込んだままでいた。

「あんた、行かないの?」

 トン子が画伯の背中をどやした。

 画伯は気弱そうに困惑の表情を浮かべて立ち上がった。

 お節介焼きのトン子は、今度はフー子のそばへ行って肩を揺すった。

 フー子は眼を覚ますと訳が分からないように、しょぼくれた顔で前にかかった長い髪の間から周囲を見廻した。

「あたしたち、横浜へ船を見に行くのよ。あんたも行くんでしょう」

 成田の家を出る度に二、三千円の金をくすねて来るトン子は、いつもピーピーだった。彼女はフー子に一番借りがあったが、返す当てなどなかった。コーラーやジュースを買うための百円、二百円の金なら踏み倒しても罪がないように思えるのだが、五百円以上の金になると、なんとなく罪悪感を覚えてしまうのだった。フー子に借りた金が今、幾らになっているのか、どことなくノー天気なトン子には計算出来なかった。

 フー子はトン子に促されて、黙ったまま、長い髪をうるさそうに書き上げると立ち上がった。

 フー子には何処となく、陽炎のようにも思える透明な感じがあった。その存在の内側を誰もが苦もなく通り抜ける事が出来そうに思えるのだったが、しかし、通り抜けたあとでも彼女は、依然として、元のままの姿でそこに立っているようにも思えるのだった。

 フー子は物にこだわる事がまったくなかった。彼女にはあらゆる事が流れて行く水でしかないかのように見えた。彼女の存在が、多かれ少なかれ借金のある仲間達に重圧感を与える事はほとんどなかった。彼女が無造作にジーパンの尻ポケットから掴み出す紙幣は、仲間達には単なる紙屑でしかないように見えるのだった。

 フー子を最期に扉の外へ送り出すとトン子は室内の明かりを消した。

 彼らの仲間内でそのおしゃべりと共に、一番の世話焼きがトン子だった。上田さんが帰ったあとの店内の始末は、暗黙のうちにトン子の仕事として委ねられていた。彼女はなんとなく間抜けなお人好しに見える面とは裏腹に、細かい事にもよく気が付いて、そんな事をしている時のトン子はむしろ嬉々として、生き返った魚のようにさえ見えた。

 トン子が最後にシャッターを降ろして階段を上がって行くと、深夜の路上にマーキュリーのクーガが置いてあった。

「あんた、これ、外車じゃないの!」

 トン子は驚いたように言った。

「文句なんか言わねえで、さっと乗れよ。ヤバイんだからよ」

 ピンキーは何時でも不機嫌で怒っているみたいだった。

「誰が運転するの? ピンキーじゃ酔っ払いだから危ないわよ」

 トン子はなおも、お節介焼きらしく口を出した。

「うるせえな、心配なら乗んなよ。おまえみたいな九官鳥は、ぺらぺら喋るだけで何も分かんねえんだから黙ってろよ」

 ピンキーのいつも苛立っている事と、その毒舌には誰もが慣れっこになっていた。

「あんた運転しなよ」

 安子がノッポに言った。

「やだよ、おれ。外車なんか運転した事ないよ」

 ピンキーはさっさと運転席に乗り込むとドアを閉め、エンジンを掛けた。

 みんなが慌ててツードアの入り口へ廻った。

「誰と誰がうしろに乗るの?」

 トン子が言った。

「うしろは四人だ」

 ピンキーが言った。

「四人乗れるのかい?」

 ノッポが気乗りのしない様子で言った。彼はまだ、安子と一緒の夜を過ごす事に未練を残しているようだった。

「トン子は太ってるから前に乗りなよ。あたしたち四人ならなんとかなるわ。車が大きいから」

 安子が言った。

 安子、ノッポ、画伯、フー子の順でうしろに乗った。最後にトン子がドアを閉めた。ピンキーが一気に車を出して、彼らの深夜の旅が始まった。

 

 

     ----------

 

 

 横浜港への道順など、誰も知らなかった。ピンキーの運転は噂にたがわず乱暴なものだった。深夜の路上に走る車の数は少なかったとはいえ、ほとんど信号を無視して突っ走った。狭い道路ではジグザグ運転で先行する車を何台も追い抜いた。その度に後部席の連中は左右に揺すられ、体をぶっつけ合って悲鳴を上げた。

「あんたちょっと、もう少し静かに運転出来ないの?」

 トン子が辟易して言った。

「おれ、気持ちが悪いよ。 胸がムカムカする」

 画伯がゲッソリこけた頬に、ほとんど血の気をなくした顔でうめいた。アンパンの袋も手放してしまっていた。


遺す言葉 220 小説 夜明けが一番哀しい 他 そびえ立つもの

2018-12-15 16:22:13 | 日記

          そびえ立つもの(2018.11.25日作)

 

   人々を魅了し 引き付け

   呼び寄せる 巨岩 奇岩

   美しく 高い山々は それのみで

   存在し そびえ立つ 訳ではない

   その存在 その重量 その体積 を支える

   底辺の微細な砂 土の一塊(くれ) 一塊

   大地があってこその存在 人の世も また同じ

   微細な砂 土の塊(かたまり) 一般市民

   人々の存在 その存在 力なくして

   世の中 世間は成り立ち 成立し 得ない

   高い地位 高みにあって得意満面 人々

   庶民を見下ろす場所に立つ存在であっても

   一度(ひとたび) 庶民 一般 人々の支えを失い

   足下が崩れ 崩れ去れば たちまち崩壊

   落ちてゆくだけの 儚く もろい存在

   巨岩 奇岩 高い山々 その存在が この世界

   世の中 世間 社会 を 創出し この世界

   社会を動かしている訳ではない

 

          夜明けが一番哀しい(4)

 

 母親の偏執狂的なピンキーの行動への探索が、それから始まった。今までは素直に自分の言うがままになっていた息子の変化の裏には、何かの事情が隠されているに違いない。そして、母親の視野に入って来たのが牧本順子だった。

 ピンキーは父親を思い出す事がほとんどなかった。父はある技術研究所に勤める一流の技術者だった。父親が自宅でくつろぐ姿をピンキーは、幼い頃から一度も眼にした事がなかった。出勤したその日のうちに父親が自宅へ帰って来た事もまた、一度もなかった。研究、研究で明け暮れる父はそれだけに、数々の輝かしい業績も残していて、多くの賞も受賞していた。

 母にはそんな夫が自慢だった。夫婦揃って華やかな席に出席する機会も幾度かあって、母にとっては不足のない夫だった。

 一方、母は、自分の心の中で何か満たされない思いもまた、抱いていた。そして、それがなんであるのかも分からないままに、過剰なまでの愛情をピンキーに注(そそ)いでいた。

 ピンキーは現在、時おり手伝うテキヤの仕事も、面白いとは思わなかった。何もかもがピンキーの興味からは外れていた。かと言って、本当に自分が興味の持てるものがなんであるのか、それもまた、分からなかった。酒による吐しゃ物にまみれながら、蒼い顔をしてなお呑み続ける自分だけが、確かな自分であるかのように感じられるのだった。

「帰るぜ」

 マスターの上田さんが一日の売り上げの入った鞄を抱えて、店の奥から出て来た。

「あら、マスター、帰るんですか。横浜へ一緒に行ってみないですか?」

 トン子が上田さんを見て不満気な様子で言った。

「横浜?」

 上田さんはなんの事だか分からないように、怪訝な顔をして聞き返した。

「ええ、あたしたち、横浜へ豪華客船を見に行こうって話してるんですよ」

 トン子が言った。

「ごめんだね」

 上田さんは話しにもならないといったふうで、トン子の言葉を突き返した。

「チェッ、つまんない」

トン子が不服そうに言った。

「なんで、俺が付き合わなければなんねえんだよ」

 上田さんも不満気に言い返した。

「だって、一緒に行ってくんなくちゃあ、車がないもん」

「いい気なもんだ」

 上田さんは呆れたような顔をして、迷惑気に言った。

 彼等六人の仲間と上田さんとの間には、暗黙の了解が出来ていた。上田さんは彼等を店から追い払わないかわりに、彼等は上田さんが帰ったあとも、決して店の中を荒らさないという約束だった。

「行こう、行こう、船を見に行こう。横浜へ行って船を見て来よう」

 突然、ピンキーが何かを思い付いたように、大きな声を出して言うと立ち上がった。その唐突さにはトン子さえもびっくりして眼を見張った。

「ばかねえ、突然、大きな声を出してびっくりするじゃない。行こう行こうったって、車がなくて、どうやって行くのよ」

 トン子は自分が言い出したのも忘れてピンキーを非難した。

「車なんかパクッテ来りゃあいい」

 ピンキーはふて腐れたように言った。

「そうだ、パクッテ来りゃあいいんだ。あんなもん、何処にでも転がってるよ」

 ノッポが横から口を出した。

「あんたなんか、黙ってなよ。自分じゃあ、何も出来ないくせしてさあ」

 安子が軽蔑口調で言った。

 ノッポは途端にしゅんとなった。

 ピンキーは総てに決断が速かった。酔いに覚束ない足取りでテーブルを離れると、そのまま店内を出て行った。

「あいつ、大丈夫か?」

 上田さんが心配顔で言った。

「大丈夫よ。あの子は、いっもああなんだから」

 安子が訳知り顔で請合った。

「ピンキーのポケットには、いっでもドライバーとナイフが入ってるんだ。行く所のないピンキーは、喫茶店かパクッタ車の中で寝泊りしてるんですよ」

 画伯がもつれがちな舌でのろのろ言った。

 上田さんもそれは知っていた。上田さんにも過去にはそういう経験があった。指名手配をされ、行く所がないままに車の中で寝泊りしながら、転々としていたものだった。

 現在、上田さんは奥さんとの間がうまくいっていなかった。上田さんの女関係がもとで二年前、奥さんが一人娘を道連れにガス栓をひねって自殺を計った。その時、奥さんは命を取り止めたが、一人娘の「さゆり」は幼い体力で持ち応える事が出来ずに亡くなった。現在、上田さんと奥さんとの間には、通い合うものが何もなかった。のみならず上田さんは、奥さんが上田さんへの仕返しのために男をつくっているのではないか、と疑っていた。その思いに確かな根拠がある訳ではなかったが、上田さんは、あえて事実を知ろうとはしなかった。可愛い盛りの一人娘を自分の責任で死なせてしまったという思いが、心の中から消える事がなくて、今では上田さんには、あらゆるものが価値のないものに見えるだけになっていた。現在、心の通う事のない奥さんと一緒に暮らしているのも、死んだ幼い娘の魂を宙に迷わせたくない、という思いからのみだった。その意味で上田さんもまた、家へ帰りたくない人間の一人だった。

 

     ----------

 

 ピンキーは思う。車なんかパクルのは訳のない事だ。だが、夜明けの横浜港で船を見ようなんて発想は、そう簡単に出来るもんじゃない。あの九官鳥は千葉の"芋"のくせしやがって、おかしな事を考えるもんだ。

 それにしても外国航路の船をパクッテ、当てもなく海の上の旅に出たらどんなに素晴らしいだろう。行けども行けども島がなくて、ある日、突然、、ナイアガラの滝のように、地球の果てで海が何処かに流れ落ちてしまうんだ。そして、大きな船もろ共その中に落ちてしまって、霧のように砕けてしまう・・・・・。

 なんて素晴らしい考え方なんだ。世界がなくなってしまうなんて、素晴らしいじゃないか。

 ピンキーは半分饐(す)えたような都会の夜の中で、蛆虫のように蠢いている自分を見る。こんなに夜が暗いのは、裏通りの明かりが乏しいせいばかりじゃない、心の中に何もないからだ・・・・・ ピンキーは一台の大きな外車に眼を付けた。

 

     ----------

 

ピンキーが戻った時、上田さんはいなかった。安子がノッポと抱き合い、唇を押し付けあっていた。フー子は相変わらずテーブルに髪を広げて眠っていた。画伯は何時もどおり、人の眼を恐れる泥棒猫のように、背中を丸めてアンパンの袋に顔を突っ込んでいた。トン子一人が周囲の状況に白けきった顔で壁に背をもたせ、ぼんやりと座っていた。

 ピンキーは店の入り口の扉を開けたまま、小指を口の中に入れて指笛を鳴らした。


遺す言葉 219 小説 夜明けが一番哀しい 他 三横綱休場

2018-12-09 11:27:18 | 日記

          三横綱休場(2018.12.i日作)

 

   大相撲 平成三十年十一月場所

   三横綱 一大関 休場

   場所 土俵 の 興味半減

   とは 言うものの

   三横綱 一大関 を 単純 に 責める事は 出来ない

   横綱 大関 角界に於ける

   最高位 次位の 立ち位置 

   その地位 立ち位置 を 得る為 果たした

   日頃 日常 の 努力 鍛錬 苦闘

   心身をすり減らし 自身を追い込み

   全霊 全魂 を 打ち込んでの結果

   得た地位 その結果による

   肉体の酷使 損傷 負傷

   一つの地位 最高 最善 の 地位 立ち位置

   それを求める 行為 行動に伴う 代償

   なにかしらの 犠牲

   単純 平凡 安易な日常 その中に

   宝物 宝玉 は 埋まっては いない

   宝玉 宝石 を 探すための 日頃 日常 の

   努力 その努力は いずれの道に於いても

   簡便 簡単 安直 安易 

   生易しい ものではない

   勝負の世界 競技の世界 

   スケート 羽生結弦選手 然り

   傷を負い 全霊 すべてを懸け

   すべてを注(つ)ぎ込み なお 自身の肉体

   骨身を削って末の 栄誉 栄冠

   そんな思いに心を致す時 

   一人の力士 一人の競技者 一人の選手

   その休場 不調 不振 を 

   安易 単純 に 批判 責める 事は

   出来ない

 

 

             夜明けが一番哀しい(3)

 

  実際、画伯には世間の事など、どうでもよかった。透明なビニール袋の世界だけが、彼には唯一絶対的価値を持つものだった。深夜の路上で何枚かの百円硬貨とその世界を交換するために、いつの間にか万引きの常習犯になっていた。ぶるぶる震える手で、万引きの時だけは器用に獲物をものにした。

「クイーン・エリザベスっていうのはね、世界一の豪華客船よ」

 トン子が脇から口を出した。

「バカねえ。クイーン・エリザベスはイギリスの女王じゃない。あたしたちの言ってるのはクイーン・エリザベス号の事よ」

 安子がトン子を軽蔑するように言った。

「クイーン・エリザベスと、クイーン・エリザベス号って違うの?」

 トン子が不思議そうに聞いた。

「当たり前じゃない。クイーン・エリザベスは人間で、クイーン・エリザベス号は船の事よ」

 安子は言い含めるように解説した。

「そうか」

 トン子はなんとなく納得しかねる顔でうなずいた。

「おれ、昔、青森の漁港で、デッカイ船を見た事があるよ」

 ノッポが言った。

 フー子は一人、離れた場所でテーブルに顔を伏せて眠っていた。背中の中程まである髪が、テーブルをいっぱいに覆うように広がっていた。

 フー子が何処から来て、どんな事をしているのか、誰も知らなかった。フー子はなにしろ無口だった。必要な事以外、ほとんどしゃべらなかった。いつも引き締まった形の良い小さな尻を包んだジーパンのポケットに、何枚もの一万円札を無造作に押し込んでいた。どことなく上品な顔立ちから噂では、フー子の父親はかなり大きな会社の社長だという事になっていた。

「おまえ、そんな聞いたような事を言って、本当に知ってんのかよう」

 噂の火元はトン子にあった。それでノッポが問い詰めた。

 フー子はその時、いなかった。彼女は気まぐれな風のように掴みどころがなかった。他の仲間達のように、彼女が夜明けまで必ず"うえだ"居るとは限らなかった。いつの間に来ていたのかと思うと、居なくなる時もまた、いつの間にかいなくなっていた。

「あいつは風のようだな。風の子供の風子(フー子)だよ」

 と、ピンキーか゛称した。

「そうじゃないよ。フーテンのフー子だよ」

 と、画伯がのろのろと言った。

「フーテンはおまえじゃないか、手当たり次第、かっぱらちゃってさあ」

 ピンキーが言い返した。

「ピンキーだって、何台車を盗んだか分からないじゃないか」

「おれは盗んだりなんかしないよ。ちょっと借りるだけだよ。おまえみたいに売っぱらったりなんかしないよ」

 ピンキーにはドライバー一本あれば充分だった。たちまち何処からともなく車をものにして来た。

 むろん、ピンキーに免許証などあるはずがない。それでも彼の運転に関する腕は確かなものだった。酒に酔ったまま百キロのスピードでも平気に出した。なんどガードレールや街路樹にぶっつけた知れなかった。

「あんた、レーサーになるといいよ」

 安子が言った時、

「チェッ、あんなもん、なりたくなんかねえよ」

 と、ピンキーは口の端をゆがめて言った。

 十九歳のピンキーには夢などなかった。彼の夢は十七歳の時に消えていた。

 高校一年生の彼は、二歳年上の牧本順子という女性に恋をした。牧本順子も"うえだ"の仲間たちが、ピンキーとあだ名するほどにピンク色をした肌の、色白の少年に好意を寄せて、二人は下校時や日曜日などには、ひそかに会う時を楽しむようになっていた。

 二人の恋に水を差したのはピンキーの母親だった。母親は息子が牧本順子と交際しているのを知ると、その交際をやめるようにと、学校を通して順子の母親に申し入れた。

 牧本順子はピンキーの母親に、自分が息子を誘惑する不良少女だと一方的に言い触らされて気分を害した。今までのように素直な気持ちでピンキーに会う事が出来なくなった。順子はピンキーを避けるようになった。

 ピンキーはだが、そんな経緯は何一つ知らなかった。それで、単純に牧本順子の心変わりだと誤解して、ある日、下校途中の順子を待ち伏せると、果物ナイフで彼女を刺した。

 牧本順子の腹部の傷は重症だった。それでも命に係わる事のなかったのが何よりだった。ピンキーは鑑別所送りになった。順子の心変わりの真相を知ったのは、あとになってからだった。

 ピンキーは以来、母親を憎むようになっていた。彼の放浪生活が始まった。

 ピンキーは二十年足らずの自分の人生が、よく理解出来なかった。自分の過去が、まるで夢かまぼろしでもあるかのように、取り止めもなく頭に浮かんで来るだけで、これまでに生きて来た歳月の確かな手ごたえが掴めなかった。

 幼い頃のピンキーは母親が好きだった。母の美しさが子供心にも自慢だった。中学生までのピンキーは、母親の愛情をうるさいと思った事は一度もなかった。牧本順子に恋をして初めて、母親が自分に注(そそ)ぐ、溺愛とも言える愛情をうるさく感じた。恋に目覚めたピンキーには、いつまでも自分を幼児あつかいする母親が我慢出来なくなっていた。ハンカチ一枚の持ち物にまで干渉して来る母親に苛立ってピンキーは、ある日、母親に反抗的な言葉を投げ付けた。

「うるさいな、いちいち、そんな事言われなくても分かってるよ」

 母親は初めて聞く息子の乱暴な言葉遣いに度を失った。三日も続く心臓の痛みに襲われた。

   

 

   

   


遺す言葉 218 小説 夜明けが一番哀しい 他 韓国 いったい なぜ今? 

2018-12-02 12:48:27 | 日記

          いったい なぜ今?(2013.8.18日作)

               この文章は2014年七月二十七日四回目に

               掲載したものですが、最近また、韓国で奇妙な

               動きが起こっていますので、再び掲載します 

 

   いったい 何をして来たのか

   あの国 国民は?

   第二次世界大戦と呼ばれる

   戦争が終わり この国日本が

   敗戦国となって 間もなく七十年

   今 あの国 国民は この国日本に

   さまざまに 戦後補償のいくつかを求め

   この国日本が犯した戦争犯罪を

   繰り返し 世界に訴え いくつかの

   行動に出ている 

   いったい なぜ今なのか ?

   この歳月 七十年にも近い年月

   あの国 国民は この国日本に求めるべき

   補償も求めずに 羊のように

   黙々と生き 過ごして来た とでも

   言うのだろうか ?

   戦争犯罪犠牲者たちの

   補償されるべき補償の

   権利の行使にも眼をつぶり 

   犠牲となった人々を七十年に近い歳月

   癒える事のない 痛みと苦脳の中に

   放置して来た とでも

   言うのだろうか ?

   もし そうであったとしたら なぜ

   七十年にも近い歳月

   そうして来たのか ?

   -----

   そうではあるまい

   国と国 政府と政府 

   互いを代表する者たちの交渉

   補償に対する話し合いは

   為されて来たのではなかったか ?

   双方合意の下

   結果を得て来たのではなかったか ?

   にも関わらず 人々の記憶も乏しくなる

   戦後も七十年に近い歳月 時を経て

   今 なぜなのか ?

   なぜ 今になって 新たな補償 謝罪を

   求めて来るのか ?

   当時は 言いたくても言えなかった

   そんな事情でもあったのか ?

   一時期 あの国 国民も

   国難の中にあった

   今 あの国 国民は豊かになり 世界に冠たる

   企業も持つようになった

   誰かに力を借りる必要も 今はなく

   言いたい事 やりたい事も

   誰にも気兼ねなく 思いのままに

   実行出来る --そんな気分が今

   あの国 国民を覆っているのか ?

   自身が力を付け

   身分が上がると共に 昔日 力を借りた

   友人知己をも見下して 顧みず

   傷付けても平気で

   勝手気ままに振舞い 行動して 恥じない

   傍若無人 厚顔無恥 品性皆無の人種は

   人と人との付き合いの中でも

   居るものだが・・・・・

   

          夜明けが一番哀しい(2) 

 

 ノッポはとたんに元気をなくして、一メートル八十センチの体を小さくした。彼はどんなに安子に邪険にあしらわれても、彼女を憎む事が出来なかった。二十二歳で町工場に勤める東北出のノッポには、安子が理想の女性に見えるのだった。

 彼は安子が十七歳の時、郷里の東尋坊の近くで四人の男達に暴行された事を知っていた。安子の口からまるで自慢話しのようにその話しを聞かされた時、彼はある種の、恍惚感とでも言えるような感情に襲われた。暗い夜道の雑草の中に横たわる安子の白い肉体を想像して、異常な興奮に捉われた。自分もそのような形で彼女を"ものに"出来たらどんなに素晴らしいだろう、と夢見た。

 だが、現実のノッポには、安子をそんなふうに"ものに"する事なと゛、とても出来なかった。安子の前ではいつも気後れがしてしまって、なにかに付けて敗北感に近い感情を味わった。安子の体の上に自分の体を重ねている時にでも、安子の心をつかみ切れていないのでは、というもどかしさだけを感じ取っていた。彼はもし、安子と家庭を築く事が出来たら、いつまでもこんなディスコテークで夜明けまで粘っていやしない、と思っていた。

 ノッポにはディスコテークの雰囲気になんとなく馴染めないものがあった。踊る事は勿論、音楽に酔う事もまた、出来なかった。耳元で騒々しく鳴り響く音楽には頭が割れそうに痛くなった。それで一口飲むと顔中が真っ赤にほてるビールを無理してグラスに一杯飲んでは、その苦痛から逃れようとした。

 ノッポが最初に"うえだ"に来たのは、若者らしい好奇心からだった。なんとなく、今評判のディスコを覗いてみたかった。おそるおそる入った店内で彼はだが、呆然と立ち尽くしていた。

 安子を見たのはそんな時だった。彼には安子が都会の粋を一身にまとったイッチイカス、ナオンに見えた。チャラチャラと幾重にもからんだブレスレットや、大きく垂れ下がった丸いイヤリング、さらに、派手に体の線を強調したサイケデリックな服装などと共に、けばけばしい化粧の美貌や、しなやかに伸びた色白の肉体に、ただただ、視線を引き付けられていた。腰の線を強調した短い丈のスカートから出ている白い脚には、ふるい付きたいぐらいの興奮を覚えていた。その夜、彼は安子のまわりをうろうろしているだけで、いつの間にか夜明けを迎えていた。

「あんた何処の子 ? 初めて見る顔だね」 

 一晩中そばに居て、丸太ん棒のように目障りなノッポに安子は、とうとう我慢が出来なくなって苛々しながら聞いた。

「錦糸町です」

 ノッポは緊張感で喉が塞がれ、半分かすれた声でようやく言った。

「錦糸町 ? へーえ、わたし昔、錦糸町に居た事があるんだ。江東楽天地ってあるでしょう。あの中の映画館で働いていた事があんのよ」

 安子はいかにも世慣れたふうを気取って、自分が早くも人生の大半を生きてしまった年増でもあるかのような顔で言った。

「なんて言う映画館ですか ?」

 土曜日の夜をオールナイトのポルノ映画館で過ごし、日曜日を隣りの家の屋根だけが見える狭苦しいアパーの四畳半で、終日、眠って過ごすノッポは、映画館ならお手の物、と意気込んで聞いた。

「忘れちゃったわ。なにしろ、昔の事なんだもん」

 ようやく二十一歳になったばかりの安子が、遠い過去など思い出すのも面倒だ、と言わぬばかりに投げやりに言って、赤いマニキュアの指に挟んだタバコをスパスパ吸った。

 ノッポはその指の白さとしなやかさに、また感激した。自分の鉄さびに汚れてひび割れた指の無骨さを無意識のうちに恥じていた。

 その夜から、ノッポのポルノ映画館通いを卒業した新しい人生が始まった。

「クイーン・エリザベス号ってなんだい ?」

 アンパン(シンナー)のビニール袋に顔を突っ込んでいた画伯が、珍しく関心を寄せて話しに入って来た。

「チェツ、クイーン・エリザベス号も知らねえのかよ。これで漫画家になろうっていうんだからねえ」

 ピンキーが蒼い顔で毒づいた。

 ピンキーは酔うといつも蒼くなるたちだった。

「関係ないよ」

 画伯は不服そうに言った。