遺す言葉

つぶやき日記

遺す言葉(407) 小説 人魚の唄(完) 他 死刑はするな

2022-07-31 12:07:58 | つぶやき
          死刑はするな(2022.7.27日作)


 2022年 令和四年 7月26日
 2008年 6月8日に発生した
 東京 秋葉原に於ける無差別殺傷事件
 犯人の死刑が執行された
 重犯罪者に対する重い刑
 反対する理由はない しかし 死刑
 果たして実行されて良いものか ?
 死刑ーー人の命を奪う 人は
 人を殺す行為を 平然と実行して良いものか ?
 人の命は 如何なる事態が生じようとも
 人の手で奪ってはならない 人が
 この世を生きる上での鉄則 基本的条件 その条件下
 死刑ーー人を殺す 人の命を奪う
 この行為の許されるべきか ?
 多くの人の命を奪う
 なんの理由もなく実行される この蛮行 愚行
 どのように断罪すべきか ?
 死刑に代わる別の刑は ?
 人の命を奪った行為に対する
 死刑に代わり得る 償い 代償は ?
 人はその死によって 自身の人生を奪われる
 自由に生きる 人としての権利を失うーーならば
 その権利を奪った人間 犯人 犯罪者に対して
 それ相当の刑を科す その人間 犯罪者の命 自由を奪う
 しかし 人が 人の命を奪う事は許されない 
 この条件下 人に出来る事は ?
 命を奪う事は出来ない それをすれば
 犯人と同じ行為をする事になる 命を奪う事は出来ないが しかし
 自由を奪う事は出来る 可能だ
 死刑に相当する重い刑罰
 犯罪者の生きる権利を奪う
 自由を奪う 絶対的終身刑
 死刑に代わり得る刑ーー恩赦は無い
 生涯 自由 人としての生きる権利を奪われる犯罪者
 その身は 奪った人の命 被害者の身代わりとして 
 被害者の生を生きる 自身を生きる権利はない
 生涯 加害者 犯罪を犯した者は働き その働きの報酬
 働きの成果は被害者 その親族 家族に届ける 捧げる
 犯罪者の得るもの その喜びはない 与えられない
 与えられるものは何一つ無い 絶望の人生
 喜び 明日の見えない人生 それが犯罪者に与えられ
 残された人生 牢獄の狭い空間 明日の見えない狭い空間で
 日々 生きる 孤独な生を生きる 生き続けなければならない
 死刑は永遠に執行されない
 人を殺して死刑になりたかったーー 犯罪者が しばしば
 臆面もなく口にする言葉 この言葉を封じる為にも
 死刑は執行すべきではない
 実行されるべきでない
 人の命を奪う その重さ その果てに来るものは
 死ぬ事よりも重く 苦痛な 明日の見えない日々 
 希望 喜び その何一つない生活 重い枷(かせ)を嵌められた生涯
 眼の前に広がるのは絶望の日々 絶望の海
 犯罪者には生涯かけてその苦痛を与え
 味わわせる べきだ 人の命の重さは
 その苦痛に比しても なお
 足りない





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           人魚の唄(完)



 かあちゃんは網の手入れに忙しいこんな時に、いったい、何が人魚だ、人魚だ、と腹を立てながら、それでも返事も返さない安さんの動静が気になって手にしていた網をかたわらに置くと、座を立って土間へ降りて行った。
 半分、開けられたままになっている引き戸をさらに開けて外へ出てみると安さんの姿は何処にも見えなかった。松林越しに見る海の上にも格別に変わった様子はなくて、鮮やかな星空の下、海は入り江特有の穏やかな波のうねりを見せていた。
 かあちゃんは、やはり、安さんが何か企んで自分をからかっていたのだと思いながら、安さんの姿が見えない事にも気を留めず、そのまま座敷へ戻るとまた網の手入れを始めた。
 安さんの死体が波打ち際に浮かんでいたのは、翌日、朝の事だった。かあちゃんが浜辺に出てみて見付けた。その体には何かに食い千切られでもしたかのような無数の傷跡があった。この穏やかな入り江では今までにない事であった。
 話しは一気に広まった。かあちゃんの口から詳細が事細かに伝えられていた。
 部落の人達は誰もが不思議がった。
 まさか、あの、突然、何処からともなく現われてこの部落に住み着くようになった、得体の知れない男の仕業ではないだろうな、と噂になったが、それにしても安さんの体に残されていた、何かに食い千切られたような傷跡が不可解だった。
 いったい、なんの仕業なんだろう・・・・
 部落の誰もが首を傾げた。
 人々はいっ時、突然起こった不可解な出来事と共に海へ出るのも躊躇っていた。何が起こるか分からない。
 しかし、部落にはそれ以降、格別に変わった出来事も起こらなかった。
 部落はまた、以前の平穏さを取り戻していた。
 例の得体の知れない男は、そんな事があっても何食わぬ顔で、依然として部落の中を気ままに歩き廻っていた。安さんの葬儀があった日にも、われ関せず、の態度で部落の中を通り抜けて行った。

 季節は十月も半ばになっていた。
 安さんが亡くなってから、早くも三カ月が過ぎていた。
 今では部落の人達も安さんの身に起こった出来事も忘れたかのように、以前と同じように海へ出るようになっていた。獲れるものも以前と変わらなかった。
 その日は穏やかに晴れた一日だった。夜になっての突然の雷雨など、誰も予想していなかった。十字路の角にある部落でただ一軒の飲み屋には三人の男の客がいた。普段と変わらない部落の中の風景だった。
 雷雨は十時を過ぎた頃になって突然、訪れた。一瞬、眼のくらむような稲妻が夜の闇を引き裂いたかと思うと、次の瞬間には、耳をつんざくような雷鳴が轟いた。それに重なるように金属を引き裂くかのようなけたたましい響きが起こってカウンターの上のお猪口やグラスを揺らした。
「おお~ヤダ !」
 五十代半ばの女将が恐怖に怯えたように耳を塞ぎ、顔をしかめた。
 篠の突く雨が地面を叩き付けるように一気に襲って来た。
 雨は地上のあらゆる音を消し去るかのように激しい響きを立てて降り続けた。
 その中を縦横無尽に稲妻が走って雷鳴が轟き渡った。
「ひでえ雨と雷だ。こっじゃあ、家(え)さもけえれねえ」
 五十代の男が言った。
 雨はなおも止む気配を見せなかった。
「それにしても長いねえ。いっ時の休みもなしによお」
 女将が言った。とその時、ひときわ鮮やかに夜の闇を引き裂いて鋭い稲妻が走った、と思った瞬間、ほとんど同時に何かのひしゃぎ潰されるような大きな音が響いて地面が揺れたた。
「やだよお。気味が悪いよお」
 女将は再び言って体をすくめた。
「どっか(何処)さおっこっ(落ち)たな」
 四十代の男が言った。
「うん、近間だ」
 別の四十代後半の男が言った。
「それにしても、えれえ音だったなあ」
 三人が誰言うともなく言った。
 その時だった。青光りのする鋭い稲妻が走るのと同時に、女将が、
「あっ」
 と、息を呑むような気配を見せて声を張り上げた。
 三人の男達はその声の様子と共に同時に女将を見た。
 女将の視線は入口のガラス戸の方に向けられていた。
「あん(何)だ ?」
 五十代の男が女将を見て言った。
「外に誰か居る」
 女将が怯えたように言った。
 三人の男達が揃って入口のガラス戸の方へ顔を向けた。
 半透明のガラス戸の向こうには無論、夜の闇が見えるだけだった。
「こんな雨ん中に人なんか居るわげあんめえ」
 五十代の男が言った。
「居ただよう。確かに人の影だった」
 女将は言った。
 四十代の男の一人が席を立って戸口へ行き、ガラス戸を開けてみた。
 雨はなおも降り続いていたが、さっき程の勢いはなかった。
「誰もいねえ」
 外を除いた男は言った。
「気のせいだよ」
 別の四十代の男が言った。
「ううん、稲光りの中に確かに誰か居ただよ」
 女将は言い張った。
 雨はようやく小降りになった。男達は店の傘を借りて帰って行った。

 部落の中に得体の知れない男の姿が見えなくなっていた。
「そう言えばこの頃、あの変な男の姿が見えねえね」
 部落の人達は噂し合った。
 海の上の奇妙な現象がまた、人々の間で囁かれるになっていた。
 海の方から聞こえて来る奇妙な歌声を何人かの人達が耳にしていた。
 安さんのかあちゃんも初めて聞いていた。
 だが、その声を聞いた誰もが、恐怖に怯えて外へ出て確かめてみようとはしなかった。
 安さんの例が頭から離れなかった。
 安さんのかあちゃんはその声が聞こえた時、少しだけ雨戸を開けて外を見た事があった。
 だが、松林を超えた向こう側の浜辺には何一つ変わった様子はなくて、月の光りの下で穏やかな波が小さく砕けているのが見えるだった。

 部落の中に見えなくなった、あの見知らぬ男の白骨死体が川口の辺りで見つかったのは、秋も終わる頃だった。海水と川の水が入り混じった、小石でいっぱいの浅瀬に半分、水に浸かった状態で横たわっていた。何かに食い荒らされたのか、それとも、腐敗してしまったのか、ほとんど肉は着いていなかった。下帯も破けてぼろぼろになり、浅瀬の流れに漂っていた。
 川原にある男の小屋はいたみが激しかったが、まだ形だけは残していた。
 部落の人達は男の死骸をそのままにして置く事も出来ずに、砂浜の近くの松林に自分達で穴を掘って葬った。
 その冬は寒さの厳しい年になった。普段は静かな入り江にも係わらず、海は荒れる日が多かった。小魚の数もめっきり少なくなっていた。部落の人達は海から聞こえて来た奇妙な歌声や、見知らぬ男が何処かから現れて、謎を残して死んでいった事などと合わせて、この海辺に何か不吉な事が起こっているのではないかと、噂し合った。そして、海での漁は春になっても回復することはなく、不漁は何年も続いた。
 部落の人はやむなくその地を離れるより仕方がなかった。
 
 今でも語り継がれる落人ヶ浦の伝説である。
 


          完





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            桂連様

             有難う御座います
            今回 新作が見られませんでしたので過去の作品を拝読致しました
            前に読んだ記憶がありますが 改めて英文との併読
            新鮮に思えました
            心の洗剤 本当に有ったらどんなに助かる事でしょう
            良い記憶だけを残して総て消し去る
            でも 人間それだけになったら また詰まらないものかも
            知れません 良い 悪い 混在するところに生きる事の奥深さ 
            真実が隠されているのかも知れません
            人の進歩もそこから生まれて来るのでしょう
            その意味で禅の心は総て受け入れ 自分のものとし
            しかも それでいて拘らない この禅の心を会得出来た時には
            人は真実 救われると思います
             日々 この心を持って生きる事に励んで行きたい
            常々 思っている事です
             お忙しい中 面白くもないブログにお眼をお通し戴き
            御礼申し上げます
             有難う御座います
            



            takeziisan様


             何時も 有難う御座います
            それにしてもこの猛暑の中 よく 動き廻っていらっしゃる
            くれぐれも熱中症には気を付けて下さい
            当地は冷房の外へ出ればいずこも蒸し風呂状態
            冷房が無ければとても過ごせません
            一昨年まではそれでもクーラー無しで過ごしていました 
            去年 今年 とてもクーラー無しでは無理です
            年齢のせいか 気候のせいか ?
            実際 年々暑くなっているのは事実の様ですが
             今回もいろいろな写真 楽しませて戴きました
            それにしてもいろいろな山々を巡っていらっしゃる
            本当に良い想い出だと思います 今朝もNHK  小さな旅で
            朝日岳を放送していました 山小屋やそれにまつわるエピソード
            心温まる話しが盛り込まれていました
            わたくしは山の経験はないのですが 人々の楽しそうな雰囲気は
            実感出来ます
             山小屋の灯 近江俊郎のNHKラジオ歌謡ですね
            毎日 ラジオから流れて来るのを聞きながら覚えました
            後年 銀座で本人と出会って ああ 近江俊郎だ
            と思った事があります 品の良い人でした
             トレスギチャッテ コマルノー 
             ウラヤマシイノー が実感ですかね  
            ハワイアン 昔 エセル中田で聴いたような記憶があります 曖昧な記憶です 
            当時 夏になるとハワイアン 夏の気分が醸し出された気がします
            今はまるで聞こえて来ないようですが ハワイアンは何時聴いてもいいなと思います
             様々なお写真 今回も楽しませて戴きました
             山百合など懐かしい思いで拝見しました
             有難う御座います 
           

 



 
 

 
 
 
 
 
  
 
 

遺す言葉(406) 小説 人魚の唄(2) 他 人は・・・

2022-07-24 12:09:19 | つぶやき
          人は・・・(2022.7.18日~20日作)


 人は流れの中に漂う小舟
 人の生は束の間の蜃気楼
 やがて 消えてゆく

 人に何かをして貰おう と思うな
 何かをしてやろう と思え
 そうすれば人は
 自ずと自分に力を貸してくれる
 人の心は山のこだま
 共鳴 反響 反応する

 人はみな 誰もが
 自惚れを持っている
 自分はあんなバカな事はしない
 と言いながら
 それより大きな失敗をする

 人はみな 誰もが
 なんらかの天才 得意な分野を持っている
 それを活かせるか 活かせないか
 あとはその人の 努力次第





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            人魚の唄(2)



 部落の人達はそれでもなお、男に係わろうとはしなかった。男の尋常ではない様子と共に、男が別段、部落の人達に迷惑を掛けるでもなく、静かに暮らしている以上、あえて気にする必要もないように思えた。それに、畑の作物の盗まれる事もなくなっていた。男の小屋のそばには小さな畑が作られていた。
 男はそれからもほぼ毎日、部落の中へ姿を見せた。いつでも決まったように中心地点の十字路を通って、首を振り、肩を揺すって歩く例の姿で何処かへ行った。ある時、物好きな子供達が後をつけた事があった。だが、男は特別に何処へ行くでもなく、部落の中のあちこちを歩き廻っただけでまた、自分の小屋へ帰って行った。部落の人達はその話しを聞いてより一層、男の尋常ではない事を確信するようになっていた。

 海の上に奇妙な現象が見られる、と噂が広がったのは夏の終わりの頃であった。真夜中に海全体が一面、真昼のように明るくなって、無数の生き物たちが首から上だけを出して海面に浮かんでいるというのだった。
 村人達はそんな話しを人から人へと伝え合った。
 だが、その光景を実際に見た人となると誰もいなかった。
 ただ一つ、はっきりしている事は、海辺に一番近く、松林の中に家がある「安さん」のかあちゃんが、初めてその話しを口にしたという事実だった。かあちゃんの夫、安さんがその現象を眼にしていた。しかし、安さんは翌朝、死体になって波打ち際に浮かんでいたーー。

 その夜、安さんは海の方から聞こえて来る奇妙な声を耳にしていた。
 大勢の人達が一斉に歌を唄っているような低く重い声だった。
「あんだべえ ?」
 安さんは言って仕事の手を止めた。
「あに(何)が ?」
 かあちゃんは突然の安さんの言葉に、燈心の明かりの下でしていた網を繕う手も休めずに聞いた。
「変な声がしでる」
 安さんはなお、不審げな様子で耳を澄ましたまま言った。
「変な声 ?」
 かあちゃんはなお、訳が分からずに聞き返した。
「うん。大勢の人間があにがのうだ(歌)ば唄ってるみでえだ」
「うだ ?」
「うん。おめえにはきご(聞)えねえが」
「わたしには、あんにもきこえねえい」
 事実、かあちゃんには何も聞こえなかった。
 安さんはだが、耳を澄ましたままだった。それから、ふと、立ち上がると座敷から玄関へ降りて行って、引き戸を支えた心張り棒を外して戸を開けた。
 座敷に居るかあちゃんの耳にもその音が届いた。と同時に安さんは、「おおう !」と、息を呑むように言ってあとは無言だった。
「あんだね ?」
 かあちゃんは気になって声を掛けた。
「今頃、あんだべえ ?」
 安さんは驚きを込めた声で言った。
「あにが ?」
 かあちゃんは、また聞いた。
「海の上がまっびかりだ」
 安さんは言った。
「海の上が ?」
「うん」
「だって、今夜は月夜だべえよ。月夜にあがるいのは当たり前だべえね」
「いや、それどは違う。あれは月夜のあがるさではねえ。へんなあがるさだよ」
 安さんはなおも信じ兼ねるように言ってから突然、ひそめるような声になって、
「海の上にいっぺえ人がいる !」
 と言った。
「人が ?」
 かあちゃんはまた聞き返した。
「うん、波に揺られで浮がんでる」
 かあちゃんは言葉が出なかった。
 安さんの言ってる事があまりに馬鹿げているように思えて話しにも何もならないと思った。
「そんな所で詰まらねえ事ば言ってねえで、早ぐこっちさ来て網ば直してしまわねえど、明日の朝に間に合わねえよ。あんた、夢でもみでんじゃないの」
 かあちゃんは軽くあしらう口調で言った。
「バガ言うな。おめえもこっちさ来て見でみろ。ほら、ちゃんと見える」
 安さんはムキになって言った。
「やだよ、わたしは」
 かあちゃんは網を繕う手を休めずに安さんの言葉を否して言った。
 安さんはその言葉には答えなかった。そして、暫くの沈黙があってから、突然、安さんがひそめた声で、
「変な生き物だ ! 来てみろ ! 来てみろ !」
 と、叫ぶように言った。
「やだよ、わたしは」
 かあちゃんはやはり相手にしなかった。自分がからかわれているようにさえ思った。
「いやあ、変な生き物だあ。砂の上にいっぺえ寝そべってる。ほら、話しによく出てくる人魚っつう奴にそっくりだ。きっと、ありゃあ、人魚だよ。人魚だよ」
 安さんは興奮が抑え切れないようだった。
「いいがら、早ぐこっちさ来て、この網ば直してよ。まだ半分も仕事が進んでないんだよ」
 かあちゃんはさすがに腹が立って来てきつい言葉で言った。
 安さんはそれには答えなかった。
 暫くは二人の間に無言が続いた。
 かあちゃんはそのうちに安さんの無言と共にあまりに静かな様子が気になって声を掛けた。
「あんた。あんた」
 安さんはそれには答えなかった。





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           takeziisan様


            何時も有難う御座います
           奥様もお眼をお通し戴いたのでしょうか
           御礼 感謝申し上げます
            befohe~after
           なんとまあ この繁茂ぶり 凄いですね
           重労働が偲ばれます
            それにしても雑草の生命力の強さ
           何処から来るのでしょうか 画面で見る自然の豊かさ
           羨ましい限りです
            鬼ユリ ユリではこの花が一番好きです
           子供の頃 自然の中に何気なく咲いていたその姿が
           意識の底に残っているせいかも知れません
            もしかしたら過去最高の出来かも ?
           写真 拝見しました 艶やかさ 伝わって来ます
           作業の苦労があっても この喜びがあればこそ
           続けられるのでしょうね 羨ましさが募ります
            グッドバイ ジミー 知りませんでした
           哀しき十六才 流行りましたよね これと対だったとは
            カキオドシ 小さな花ではないでしょうか わが家の近くでも
           よく眼にしますが
            今年は何故か 鉢植えのボケにカリンに似た小さな実が一つだけ 
           着いていて今もあります 初めてです ボケにも実が付くのかなと思っています
             今回も自然の風景 楽しませて戴きました
           知らない所へ旅が出来ます
             何時も有難う御座います
             御礼申し上げます
            
            



                 桂連様   


            有難う御座います
           新作 拝見しました
           動物は老いに対して自覚出来るのか出来ないのか
          多分 自覚出来ないと思いますが それが幸なのか不幸なのか
          人間は自覚出来るだけに対処も出来ますが いずれにしても
          前回 拝見した御祖母様の言葉 身体は動かさなければ死ぬの言葉通り  
          身体は動かす事が大切ですね 医者より自分で治す
          やはりこれが基本のようです わたくしはほとんど医者にかかりません
          神経痛も花粉症も軽い歯痛などもほとんど指圧で治しました
          柔軟体操は毎日欠かしません
          他人頼りは何事も良くないようです 自分は自分で自分に責任を持つ
          これが大切だと思います
           ポワント 素人目には大変な技に思えます
          これが軽く出来るという事は才能有り という事でしょう
          何時も先生との遣り取り 楽しく拝見させて戴いております
          楽しい雰囲気が自ずと眼の前に浮かんで来ます こんな時間が持てる事は
          長生きに通じるという事ではないのでしょうか お幸せです
          何時も書きますが 良い御趣味を見付けられました
           お忙しい時間の中 何時も御眼をお通し戴き
          感謝 御礼を申し上げます
           有難う御座います
           
           
           
           


 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

遺す言葉(405) 小説 昔の話し・・人魚の唄 他 人の行動 ほか

2022-07-17 12:25:35 | つぶやき
          人の行動(2022.7.10日作) 


 人間の行動は究極
 欲望の上に成り立っている
 それが他者に取って
 良い欲望であるか
 悪の欲望ーー自己中心的欲望であるか
 最後は そこへ行き着く


         弛緩した国

 
 二千二十二年 令和四年 七月現在
 日本という国は あらゆる面に於いて
 力を失い ゆるみ 弛緩している
 かつての日本国民が持っていた
 一途さ と言えるものが
 影を潜め 総てを程々に
 まあ 良し ! とする
 ぬるま湯体質に
 陥っている 
 
  ーー七月八日 安部晋三元総理
     銃撃により死去

  命のはかなさ 脆(もろ)さ
  今 そこにあったものが一瞬 瞬時に
  消え去り 無いものに変わっている
  この状態の不思議さ 怖さ 人の生きる 一瞬 一瞬 その "時"が
  この怖さ 不思議さの上に
  成り立っている

     




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          昔の話し
           人魚の唄(1)


 落人ヶ浦へ行く人は今ではほとんどいない。人が足を踏み入れる事も出来ない程の樹木に覆われ、小高い山に三方を囲まれたその入り江には、一本の道も通じていない。僅かに西側、入り江の先端で、山間を流れ下る小さな川が海にそそいでいる。流れが速く、幅の狭い川には岩とまでは言えない大きな石があちこちに散在していて、小舟で下るにも危険な場所だった。
 しかし、かつてはそこにも人が住んでいたという。落人ヶ浦ーー。
 その名が示す通りに、平家の落人達がそこに居を構え、三十戸程が密集する部落が出来ていたという。
 他にも、刑期を終えた重罪人達がそこに移り住むようになった、という話しも伝えられていたが真相は分からない。
 いずれにしても昔の話しで、やがて、その部落が消滅した経緯を知る人もまた、いなかった。ただ一つ、今でも、その入り江に関しては奇妙な話しが語り継がれている。そして、その話しの奇妙さゆえに、単なる噂話しか、誰かが見た夢の中の話しなのかとも思われるのだが、なぜ、そのような話しが語り伝えられるようになったのか、それもまた、分からなかった。

 その男が何処から来て、何時から部落に住み着くようになったのか、誰も知らなかった。
 奇妙な男だった。一メートル八十センチ(一間)を超えるかとも思われる背丈に、胸の筋肉などの逞しく盛り上がった姿には、男が以前、肉体を酷使する仕事に携わっていたのではないか、と想像させた。事実、部落の人達の間では、男は以前、炭鉱夫として働いていた、という噂が何時の間にか、それが真実であるかのように囁かれるようになっていた。
 男は五十歳前後と思われるのにも係わらず、その頭部はきれいな禿頭(とくとう)だった。寒の季節を除いて以外は、常に下帯一つの裸で過ごしていた。
 男は時折り、部落に現れた。しかし、それだけで何をする訳でもなかった。ただ、部落の中心地点の十字路を通って、何処へともなく砂の道を歩いて行った。絶えず首を左右に小さく振りながら、肩を揺すって裸足で歩いて行く姿は異様で、男の正体の知れなさと共に、内面的な異常さをも思わせて不気味だった。
 男はだが、それ以外の事で特別に部落の人達に危害を加えたり、何かの災いをもたらしたりするような事は何一つなかった。それで、部落の人達も男の姿を見ると、
「ほら、また、あの男が歩いて行くよ」
 と好奇の眼差しを向ける事はあっても、殊更に排斥したりするような事はなかった。部落の人々は海で豊富に獲れる小魚の漁をしながら、荒れ地に畑を作り、背後の山林で山菜を採ったりしながら穏やかな日々を生きていた。
 そんな部落の人達の日々に、時折り、小さな出来事が起こるようになったのは、男が姿を見せてから最初の夏を迎える頃の事であった。畑のキュウリが何本か盗まれた、トマトが二つ三つなくなっていた、大根が一本、引き抜かれていた、などと、これまでになかった事が起こり始めていた。
 部落の人達は最初、その出来事を気に留めていなかったが、そのうち、何かの話しの中で何人かが口にするようになると、俺の所でもそうだ、我が家でもそうだ、という事になって話しは一気に広がった。
 部落の人々にはすぐに察しが付いた。
「あの男の仕業だよ」
 かつての部落にはなかった事だった。得体の知れない男が姿を見せてから起こり始めていた。
 部落の人達はだが、それで男を咎めたりするような事はしなかった。何処か尋常ではない男の様子と共に、被害と言う程の被害でもなくて、部落の人達に取っては笑い話しで済ませるような出来事だった。
 男は川原に広がる草地に、ススキと竹で編んだだけの小屋に住んでいた。梅雨の頃、川釣りに行った老人が初めて見付けた。後日、別の人達も何人かが、下帯姿の男がその小屋に出入りするのを眼にするようになっていた。





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          桂蓮様

           有難う御座います
          今回も戴きましたコメント 楽しく拝見させて戴きました
           爪を切られる・・・
          思わず笑ってしまいました  
          そのような余裕に満ちた人生 お幸せそのもののお姿が    
          浮かんで来ます それにしても 良いパートナーの方 羨ましい限りです
          いつも書きますが このコメントの記事 狭い所に閉じ込めて置くには
          勿体ない文章です 日常が何気ない言葉遣いの中で気負いなく語られていて
          素直にイメージが浮んで来ます ブログにもアメリカ便り とでも題して
          掲載してみては如何ですか 
           新作 「まー センターでバー無に踊ることに比べるとなんでもないけどね」
           先生の余裕に満ちた顔が自ずと浮んで来ます
          それをマスターした人にはなんでもない事が そこに行き着こうとする人間には
          大変な苦労を要する事なんですよね 何事もその苦労を乗り越えた所に
          本物がある訳でして 桂連様も一日も早く そこに辿り着く事を
          お待ちしております 
           身体は使わなければ死ぬ まさに至言です
          人生の長い経験の中から得た言葉 貴重です
          御祖母様がどのような人生を歩んだ方かは存じませんが
          深い叡智に満ちた言葉です そして 経験の中から得られた言葉には
          嘘がありません
          生半可な知識人の言葉より はるかに貴重です
           何か お便りの中では大分 あちこち 痛みをお抱えのようですが
          それにしても 弱音を吐きながらこうして何時もブログを書き続けていらっしゃるのは 
          やはり根っから身に付いた習性なのでしょうか
           夜中の三時 ?
          どうか無理をなさらぬようにして下さい 
           トウシューズ 輝ていますね
          桂連様の弾む心持がそのまま伝わって来るような思いを抱きます
          それにしても 良い趣味をお持ちです
          どうぞ 益々 張り切って良い日々をお過ごしくださいませ
          何時もお眼をお通し戴き有難う御座います



          takeziisan様


           コメント 有難う御座います
          二重投稿 消さないで置きます
          あとでかえり見た時によい思い出になると
          思います
          有難う御座います
           川柳受賞 さも在りなんと納得
          おめでとう御座います
           景色は尾瀬ケ原でしょうか 心が洗われます
          同時に胸の中で 夏の思い出 を口ずさんでいました
          訪れた事は無いのですが この歌の思い出と共に なぜか
          尾瀬は懐かしい風景です
           不便 ヨッパガワルイ 寄る場所が悪い という事でしょうか
          いずれにしても方言はその地方独特の面白さと良さがあります
          無くしたくないものですね
           なんの御病気 ?
          いずれにしても お変わりの無い事 祝杯を上げたい気持ち分かります
          どうぞ 日常の生活にお気を付け下さいませ
           足がつるーーわたくしにも よくあります 特に夜中に多くて体中を固くして
          痛みに耐えています
          この痛みときたら一通りのものではないですね 人は
          水分不足などと言いますがどんなものなんでしょう
          これが泳いでいる時に来たらそれこそ 大変な事になります
           猛暑の続いたあとの連日の雨 戻り梅雨ででもあるのでしょうか
          それにしても最近の雨量には驚かされます このままゆくと 
          地球はどうなってしまのか と思います
           野菜の写真 ゴーヤのジャム 自身で収穫してこその
          特典 羨ましい限りです
           今回も様々な花の写真 楽しませて戴きました
          道路沿いに美しい花の咲く景色 羨ましいですね
           何時も御声援戴き 有難う御座います
          御礼申し上げます
          
         
                  

 
 
 
 






    

遺す言葉(404) 小説 面影の人(完) 他 基本的条件

2022-07-10 12:23:47 | つぶやき
           基本的条件(2022.6.29日作)   


 人にはそれぞれ
 異なった生き方がある
 その人 それぞれは それぞれ
 その人独自の生を
 生きる権利を持っている
 その人 それぞれ その生を生きる事の出来ない世界は
 いびつな世界だ 無論 人 それぞれ
 自分の世界を生きる上に於いての基本的条件
 人が生きる上での基本的条件は存在する
 他人の生きる権利を侵してはならないーー
 人が生きる上に於いての基本的条件





          ーーーーーーーーーーーーーー





          面影の人(完)


 三上は同級生の彼女が東京へ来ている事を知らなかった。月島の佃煮屋で働いていた三上が、銀座にあるデパートの地下食品売り場へ商品を納めに行って、偶然、その店で働いている菜穂子と出会った。以来、二人は東京の街で同じ故郷を持つ者同士、労わり合うように休日などを一緒に過ごすようなっていた。
 そんな二人の関係はほぼ、三年程続いた。だが、ある日、菜穂子は突然、父の病気の為に田舎へ帰らなければならなくなった、と言った。
 三上はその言葉を聞いた時、別段の思いを抱く事もなかった。小学校から中学校卒業までの九年間を同じ教室で過ごして来た菜穂子には、彼女が余りに近すぎる存在に思えていて、特別な恋愛感情を抱く事もなかったのだ。それで田舎へ帰るという言葉を聞いた時にも全くの友達感覚で、
「じゃあ、お父さんの病気が良くなったら、また、東京へ来るんだろう」
 と言っていた。
 菜穂子はそれには
「ええ」
 と答えたが、その答え方には、何処かに曖昧な響きがないではなかった。
 三上はそれでも、大して気にも留めていなかった。
 それから後(のち)、田舎へ帰った菜穂子からの手紙が届いたのは二年半程が過ぎてからだった。
 三上はその時、佃煮屋を辞めていた。
 三上の気持ちの中では東京の生活に馴れるに従って次第に、華やかな生活に憧れる気持ちが強くなっていた。朝八時から、夕方六時までの長時間、昼食時に一時間の休憩があるとはいえ、長靴姿で働き続ける仕事に嫌悪感を抱くようになっていた。
 結局、三上は佃煮屋での仕事を辞めた。
 以来、菜穂子からの手紙が届くまでの間に三上は、十ヶ所以上の職場を転々としていた。どの職場にいても、自分の気持ちの満たされる事がなかった。そして何時の間にか、親も兄妹もいない独り身の生活には、制御する者のいない無頼の匂が立ち込めるようになっていた。
 菜穂子の手紙がアパートの郵便受けにあるのに気付いたのは、それが届いてから十日以上が過ぎてからだった。広告のチラシが溢れているのに気付いて郵便受けを開け、菜穂子の手紙を見付けた。
 菜穂子からの手紙だと気付いた時、三上は奇妙な胸の高鳴りを覚えた。新宿の繁華街で職場を渡り歩きながら、いかがわしい日々を生きる現在の三上には、僅か二年と少し前の事ではあっても、清潔に毎日を生きていた日々と共に、菜穂子と一緒に過ごした休日の思い出などが限りなく懐かしいものに思えた。
 急かれる気持ちで開いた封筒には、二枚の便箋が入っていた。そこには、菜穂子の実家での生活が何気ない言葉遣いと共に綴られていたが、最後に、「お見合いの話しがあるんだけど、どうしようかと思っているところです」と書いてあった。さりげなく、呟きのようにそれは書かれていたが、読んだ途端に三上の胸には激しく響いて来るものがあった。
 三上はその言葉の前で立ち竦む思いがしていた。
 日付を見ると見合いの日は二週間後になっていた。
 三上は無意識裡に手紙の書かれた日から二週間後を計算していた。--明日がその日だった。
 三上は心の凍る思いがした。焦る気持ちの中で、見合いを止めなければ、と咄嗟に思った。
 何故なのかは分からなかった。菜穂子を離したくない思いだけが急速に立ち上り、三上の気持ちを突き動かしていた。
 三上は急き立てられる思いと共に、取り敢えず、菜穂子に会ってみようと考えた。会って何を話すかなどは考えなかった。とにかく、直接、会って、今の急かれる気持ちを伝えたい・・・。
 電話で話すにはもどかしかった。実家の電話番号も分からなかった。
 三上はすぐに服を着替えてアパートの部屋を出た。

 急かれる気持ちで四十分程電車に揺られ、乗り継ぎの駅で降りた地方都市の昼下がりの駅ホームは人影もまばらだった。
 三上は備え付けの木製の長椅子に腰を下ろすと、次に乗る電車の来るのを待った。
 その電車を待つ三十分程の間に、だが、三上の心の中では微妙な変化が生まれていた。一時の高揚した気分が収まり、冷静に自分を見つめ直す心の余裕を取り戻していた。
 いったい、俺は次に来る電車に乗って行って、菜穂子に会い、それからどうしようと言うのか ?
 冷静な心で考えてみると、見えて来るものが何もなかった。
 華やかなネオンに彩られた新宿の夜の街で、如何わしい日々をその日暮らしに生きている自分の姿だけが浮かんで来て、そんな自分には例え、菜穂子に会ったとしても、自信を持って言える言葉などない、という気がした。まして、菜穂子に見合いを止めろなどと言える資格はない・・・。
 三上は現在の自分自身の生き方を考えて深い絶望感に捉われると、ようやくホームに入って来た電車に乗る事も出来なかった。
 結局、三上は深い絶望感を抱いたままアパートの自分の部屋へ帰ると、心にも無い言葉を連ねた菜穂子への手紙を書いた。
 " ちょっと、家に居なかったものだから、返事が遅くなってしまってごめん。昨日、初めて手紙を見たんだ。見合いをするんだって ? いい結婚をして幸せになれよ "
 菜穂子からの返事はなかった。
 三上はそれから一年以上が過ぎてから菜穂子からの手紙を思い出し、改めて、菜穂子があの時、あの手紙を書いて来たのは、俺が見合いを引き留めるのを期待しての事だったのではないか、と考えるようになっていた。そし、そう考えると、今更ながらに、菜穂子の気持ちを汲み取れなかった自分の愚かさと共に、取り返しの付かない思いの後悔に苛まれ、深い自責の念に捉われずにはいられなかった。
 結局、三上はその後、菜穂子が結婚したのかどうかは、知る事が出来なかった。
 菜穂子からの音信は途絶えたままだった。


           四


 三上は現在、小さな事務所を構えてカメラマンとして仕事をしている。
 しかし、それは世過ぎの為のものであって、関係しているのは如何わしい仕事ばかりだった。世間に誇れるような仕事は何一つして来なかった。
 菜穂子と向かい合って過ごした喫茶店でも三上は、今はカメラマンとして仕事をしているとは話したが、その内容までは話さなかった。話せなかった。猥褻に近い仕事の内容など、菜穂子に話せるものではない。
 結婚は一度もしなかった。理由はなかった。そういう気持ちになれなかっただけの事であった。

 静かな田園風景の中を走るディーゼルカーの車窓には、色とりどりの紅葉が描き出す鮮やかな色彩を溶かし込んで、夜の闇が迫って来ていた。三上が見つめるそんな車窓には、今、別れて来たばかりの菜穂子の落ち着いた姿が、その好ましい印象と共に、次第に増して来る闇の深さに比例するように、だんだんと強く浮かんで来た。三上は今更ながらに甦る菜穂子のそんな姿に、もし、三十数年前のあの時、あの乗り換え駅で菜穂子に会う事を諦めずに帰らないでいたら、今の菜穂子はどんな姿になっていたのだろう、と考えた。更に、自分自身はどんな人生を歩んでいたのだろう・・・?
 菜穂子の落ち着いた好ましい姿に少しの羨ましさを抱きながら三上は、現在の自分の決して世間に誇る事の出来ない人生を生きている姿に、一抹の寂しさを覚えずにはいられなかった。そして、その時には、ほんの些細な事にも思える事柄が、その後の人生には大きな意味を持つ事があるものだ、と過ぎ去った過去への悔いと共に " あの時 "を思わずにはいられなかった。





           完





           ーーーーーーーーーーーーーーー



           桂蓮様

            有難う御座います
           身体へのお気遣い 感謝申し上げます
            新作 拝見しました
           冒頭の写真にまず、眼を奪われました
           気持ちが洗われます
           まるでキャンプ場のように見えますが・・・
           広いアメリカ 当たり前の風景でしょうか
            苦痛の解釈 幼い頃の記憶がもたらす苦痛
           なぜ あんな事を・・・ 以前 わたくしの記事の中でも
           書いた事があります 傲慢だった自分 取り返しの付かない過去
           過去を忘れる事が出来たらどんなに楽だろう と
            肉体的苦痛は対処の仕方も分かり易いのですが
           心の苦痛 こればかりはどのようにしたら良いのか
           分からないだけに厄介です その点 禅にすがるのも
           一つの方法かも知れません 何事もあるがままに受け入れる
           総て善し 即今 今を生きる 日日好日(にちにちこうにち)
            バレービギナー 過去の自分が見えて来ますね
           考えずに出来る 何事に於いてもこうなってこそ 本物ですね
           桂蓮様も本物に近付いているという事ではないのでしょうか
            日本のこの猛暑 空がどうにかなってしまったようです
           バカ陽気です 広いアメリカ そんな所もあるのですね
           でも 冬は寒い これも御免こうむりたい事ですが
            何時もいろいろ お眼をお通し戴き 書いて下さって
           有難う御座います
            気の向いた時にでもお越し戴けましたら嬉しく存じます
            有難う御座いました



              takeziisan様


              何時もお眼をお通し戴き有難う御座います
            今回もブログ 楽しく拝見させて戴きました
             つゆ草 懐かしいですね 田舎にいた頃 至る所に自生していた草花です
             こちらに来てからも時折り眼にしますが 田舎に居た頃のような
            美しさを感じる事がありません やはり周囲の
            環境が大切な要素なんでしょうね
             梅雨明け 去年は待ち遠しく 今年は物足りない
            自然は人の手には負えないものですね それにしても
            こちらはちっとも雨が降りません 雑草さえが黄色く
            枯れています 植木の水やり一仕事です
             ジョニー レイは 確か この曲でブレークしたのですよね
             星空の美しさ 懐かしいですね もう一度 あの頃に戻りたいものです
             地方の山岳地帯にでも行けば 見る事も出来るかもしれませんが
             それだけの体力があるかどうか
              ショパンの雨音 父親の写真 歳を取ると自ずと似て来るようです
             わたくしも最近 似て来た とよく言われます
             今回も川柳 堪能しました それにしても お上手だと感心致します
             これからも楽しませて下さいませ
              病院通い一日がかり
             本当に一日がかりですね 幸いわたくしは健康診断の結果
             今年も何処も悪い所はありませんでした これだけは
             幸運に感謝です
              野菜作り 都会の真ん中では味わえない醍醐味です
             拝見していまして なんだか羨ましくなります
             ジム通いより はるかに健康的ではないのでしょうか
             お裾分け いいですね 日常の御近所とのお付き合いの姿が
             自ずと眼に浮んで来ます 気持ちが温もります
              珍しい花々 今回も楽しませて戴きました と同時に
             ふと 頭に浮かんだ言葉があります
              「老いてなお 健脚誇り 野辺の花」
             野辺を歩き廻り 写真に収める 名前を調べる
             時には手折ってみる ふと そんなお姿を想像して
             この言葉が湧いて来ました
             「老いて」はちょっと失礼か とも思いましたが
             わたくし自身と同年配かと御推察して まあ いいか と思った次第です
             お汲み取り戴けたらと思います
              何時も 有難う御座います
             御礼申し上げます
        
              
             


           
            


 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


      

遺す言葉(403) 小説 面影の人(2) 他 権力者国家

2022-07-03 12:28:13 | つぶやき
          権力者国家(2022.6.10日作)


 権威国家の権力者は
 泥沼に足を取られた人間
 ずるずると
 深みにはまってゆく
 その存在は
 手を差し延べ 支える存在がいない限り
 存在不可能 やがて
 泥の中に埋没してゆくだろう
 現在 この世界の不幸は
 泥沼に足を取られた人間達に 手を
 差し延べる愚かな人間達が あちらにも こちらにも
 存在するという事だ
 人間 人の尊厳 命の尊さ重さを知らない
 愚かな者達が あちらの社会 こちらの社会 と
 存在している そして その 愚か者達は
 いつの世にも存在する この
 不幸 世界の不幸
 永遠の不幸





           ーーーーーーーーーーーーーーー



           面影の人(2)

 三上はだが、そんな厳しい眼差しも意に留めなかった。懐かしさに誘われるままに、
「三上です」
 と言っていた。
 ふたたび、その人は思いも掛けない驚きに息を呑む気配を見せた。
「しばらくです」
 三上はそれでも構わず言った。声がその人の硬い表情に引きずられるようにぎごちなくなっていた。更に、眼の前の人の立ちすくんだ様子に弁解するように、言い訳がましく言っていた。
「さっきの娘さんを見た時、あなたにそっくりだったので、びっくりしました。まるで、昔のあなたを見ているようでした。それで、あなたに違いないと思って・・・・」
「お久し振りです」
 初めてその人が言った。
 硬い表情のままだった。
「やっぱり、さっきのは御嬢さん・・・?」
「そうです」
「高校生なんですか ?」
「そうです。一番下の娘です」
「そうでしたか」
 三上の胸には奇妙な満足感が生まれていた。
 何故なのかは分からなかった。
「なんで今日は、ここに・・・・」
 菜穂子は言った。三上が此処にいるのが理不尽でもあるかのような言い方だった。
「いえ、ちょっとーー、叔父の十三回忌があったものだから」
 三上自身もまた、自分が不相応な場所に身を置いているかのような思いに捉われて言葉を濁し、言い訳がましく言っていた。
「そうでしたの」
 菜穂子は小さく、納得したように言ってから、
「こちらへは、よくいらっしゃるのですか ?」
 と聞いた。
 言葉遣いに昔の二人の関係を偲ばせる親しみ易さはなかった。それぞれの上に流れた時間の遥かなものが自ずと滲み出ていた。
「いえ、滅多に来ません。この駅に来たのも二十何年振りかの事で、昔と余り変わっていないので、懐かしく思っていたところです」
「あっ、電車がーー。あれに乗るのでは ?」
 ディーゼルカーが動き出していた。
 三上は走り去るディーゼルカーを見送りながら、
「次のにします」
 と言っていた。


           二


 次のディーゼルカーが来るまでには二時間以上の間があった。三上は「お急ぎでなかったら・・・」と言って菜穂子を誘った。
 駅前の四つ角にある「軽食喫茶」の小奇麗な店には、三上と菜穂子の他に客の姿はなかった。
 窓の外に見える庭の栴檀がしきりに黄色い葉を落としていた。
 三上は三十数年前、菜穂子からの手紙を受け取った時、慌てて電車に乗り、途中の乗り換え駅まで来て、そこで急に気持ちが変わって彼女への思いを断ち切った事は、その席では口にしなかった。
「じゃあ、今は幸せですね」
 と、菜穂子が現在の日常を穏やかに生きている、と言ったのを聞いて、三上がそう言った時、菜穂子は、
「ええ」
 と答えた。
 その答え方に迷いはなかった。
 三上は迷いのない菜穂子のそんな答え方に、彼女の言った幸せの嘘ではない事が確かに表れているような思いを抱いて、今では思い出す事もなくなっていたが、それでも菜穂子を前にしていると自ずと浮び上がっ来る、菜穂子に対する罪の意識のようなものが、幾分でも薄められてゆくような思いがしていた・・・・。

 菜穂子と向き合って過ごした小さな喫茶店での、三上にとっては思い掛けない幸福な二時間は瞬く間に過ぎていた。
 次のディーゼルカーの到着時間が迫って来ると菜穂子は三上を促して、
「もう、行かないと・・・・」
 と言った。
 喫茶店を出ると菜穂子は駅まで一緒に来て、自分の娘を送った時と同じようにホームに出て見送ってくれた。
 すでに暮色が立ち込めていた。駅舎にもホームにある小さな待合室にも明かりが灯されていた。
 菜穂子は三上が乗ったディールカーがホームを滑り出すと、かつての三上に見せたのと同じ笑顔を浮かべて小さく会釈をした。
 三上はその笑顔を見ると菜穂子にとっても、二人、向き合って過ごした喫茶店での二時間が、決して迷惑なものではなかったのだ、という思いがして来て気持ちが和んだ。と同時に、迫り来る夕闇の中で次第に小さくなってゆく菜穂子の姿を見つめながら、計らずも過ごした菜穂子との時間の中に、これまで自分が過ごして来たどんな時間にもなかったような、幸せなひと時を感じ取っていた。

 ディーゼルカーは次第に速度を増していた。三上はそんなディーゼルカーの車窓に移り変わる、夕闇の中の晩秋の景色に視線を向けたまま、菜穂子と過ごした幸福なひと時の余韻に浸っていた。そして、再び、菜穂子との今日のような時間を持つ機会はあるのだろうか、とかつての同級生達との連絡も絶ったまま生きて来た自分を思いながら三上は、もはや、決して取り戻す事の出来ない遠い過去の、菜穂子と過ごした日々の記憶に限りない懐かしさを抱きながら思いを馳せていた。


            三



 三十数年前、三上が菜穂子と再会したのは、三上が東京へ出てから一年半程が過ぎてからだった。





           ーーーーーーーーーーーーーーー


           takeziisan様


            有難う御座います
           この猛暑の中 畑仕事は大変なのではないでしょうか
           土が乾いてしまう わが家の屋上菜園も御指摘通り
           ちっちゃな面積に水を遣る それだけでも大変と思うのに
           まして 畑となれば・・・ 御苦労が偲ばれます
           熱中症には くれぐれもお気を付けて下さい わたくしは
           家の中に居ても脱水症状のようなものがすぐに表れ
           その度に慌てて 塩を直に口の中に放り込み 冷たい水を飲みます
           元々胃弱で少し生水を飲むとてきめんに胃痛が現われ
           普段は湯冷ましをなどを飲むようにしているのですが
           塩を口にすると その痛みの出る事がなくてコップ二杯ぐらいの水も飲めます
           この塩のおかげでどうにか持ち堪える事が出来ています
            ど素人のふぞろいとまと
           愛嬌たっぷり 添え文と共に思わず笑いました
           それにしてもこの猛暑 野菜の生育も悪いのではないでしょうか
           わが家の庭のナナカマド 今年は梅雨の雨が少なかったせいか
           高く枝が延びません 毎年 冬には 余り大きくなってしまっては
           と思い 今年延びた枝を切り落とすのですが その枝が
           何時もの年のようには延びません これも水不足と熱さのせいかと思っています
            それにしても 様々な花々 よく 見付けられます
           お陰様で毎回 楽しく眼の保養をさせて戴いております
           なんとまあ 花の種類が豊富なんだろう と思います
            山の写真 涼しい気分を味わう事が出来ます
           良い写真で 御家族の懐かしい記憶と共に 宝物にもなりますね
           ブルーベリー 以前にも書いた事ですが 本当の贅沢とは何か 
           つくづく思います
            ダバダバダ・・・昭和四十一年 1966年なんですね   
           遥か遠い昔になってしまいました
            スイミングクラブ 夏の川での水泳を思い出しました
           泳ぎにいがねえが 誘い合って 西瓜を抱え 熱い砂の上を裸足で歩いて
           アッチ アッチ と言いながら川へ行ったものでした
           懐かしい思い出です
            何時もこの欄にお眼をお通し戴き御礼申し上げます
            有難う御座います 

  
                

           桂蓮様


            パソコンに向かう元気が戻ったとの事 良かったですね
            くれぐれも 御無理をなさらぬよう 御自身を労わって上げて下さい
            何時も詰まらない小説めいたものにお眼をお通し下さって感謝申し上げます
            ピリオドがない 作者としては はっきりピリオドを打っている積りです
            takeziisan 様へのお礼の文の中でも書きましたが
            最終行の 少しでも音を消す為には毛布で包めばいいと 書いたのがそれです
            ここで引き金を引く事を暗示しています         
            以前にも書いたと思いますが これ以上書くと小説としては蛇足になってしまうのです
            毛布でくるんだ猟銃の引き金に指を当て 引き金を引いた
            主人公はそれで誰にも気付かれず死を選び 翌日
            その死体が発見された
            これでは新聞記事なってしまいます
            お読み戴く方の想像力の入る余地がありません
            毛布で包めば音が消せるだろう・・・その先はお読み下さる方が
            その銃を喉に当てるか 頭に向けるか 心臓に向けて引き金を引くか 想像の余地が残され 
            その死の様子を想像出来ます その分 物語の世界が 
            読者の中でひ広がるのではないでしょうか
            お読み戴く方が想像する余地を残して置く ヘミングウェイの言っている事です
            現代詩などに於いてもそうです
            まるで文脈の通らない言葉が並べられていて
            あとは読む側が自分なりに判断しなければなりません
            読んですぐに理解出来る文章はそれだけ
            底の浅いものになってしまいます
            推理小説などの場合は犯人解明のための説明が
            必要だとは思いますが
             結局これは 最後には小説の方法論になってしまいます そして 
            わたくしは現在の方法論に従って書いているという事になるのだと思います
            桂蓮様には また別の小説に対する見方がお有りなのではないでょうか

             韓国社会は今 様々な分野で大躍進です
            それに比べ日本は衰退の一途を辿っています
            きっと世界に於ける地位も韓国の方が優れたものに
            なるのではないでしょうか
             日本に於いては何よりも国家の根源となる
            政治が無能です これをどうにかしなければ 益々  
            この国は衰退の道を辿って行きます
            現在の所 それを救い得るような優れた政治家は見当たりません
            わたくしは現在 ほぼ諦めの状態でこの国を見ています
             何時も有難う御座います
            幸せの裏面 拝見しました
            窓から吹き込んで来る爽やかな風に幸せを感じる
            これこそ 本物の幸せです
            幸せは何も遠い所にあるものではない 日常の至る所に存在しています 
            その幸せを 幸せとして感じ取る事が出来るかどうか
            あとはその人の知性と 感性です
            人間 ただ漫然と過ごしていてはその幸せを感じ取る事は出来ません
            今日も平凡に何事もなく 何時もの一日が終わった
            これに勝る幸せはありません ウクライナの現状を見れば
            分かる事です でも その何事も無い日常にもいつかは終わりが来る 愛する人が亡くなる等々・・・
             人間は畢竟 哀しく孤独な存在だと思います それだけに
            今 自分の傍に居る その人とのひと時を限りなく大切に
            貴重なものだと思って受け止める事が大切な事だと思います
             思いの外早かったブログ復帰 嬉しく思いますのと共に         
             くれぐれもご無理のなきようにと思います
             車に関してはわたくしは全く無知で何も分かりません
            免許証も無いものですから 当然 コメントなど出来ませんので無言 !   
            だんまりを決め込みます
             それにしてもアメリカは広く 延々と続く一本道など
            映画のシーンなどで眼にします 車は必需品ですね