遺す言葉

つぶやき日記

遺す言葉269 小説 埋もれて(4) 他 知る ということ

2019-11-24 12:46:54 | つぶやき
          知る ということ(2019.11.7日作)

   知る という事は 
   書物を読んでも
   映像を見ても
   人の話しを聞いても
   会得 出来るものではない
   それらの行為 から 得たものは すべて
   知識とは なり得ても
   知る という事の 本質 実体とは  
   掛け離れた もの 程遠い もの
   知る という事は
   自身の心身 五感 を 通してのみ
   会得 獲得 出来る もの 自身の
   心身 五感 で 触れ得た 物の本質
   実体を 把握 し得た時にのみ
   言い得る言葉 知識とは 別のもの
   知識を豊富に持つ人 
   知識人 教養人 とは 言い得ても
   悟った人 知る人 とは 言えない
   悟った人 知る人 その人は たとえ
   知識は なくても 教養人では なくても
   明解に 物事の本質 実体 を 見抜き
   把握 理解 出来て いる人
   その人こそ 真の 知る人 悟った人
   あなたはどちら派 ?
   知識 教養人派 ?
   知る人 悟った人派 ?

      すべての事柄 業種に於いて
      その事に深く打ち込み その道を
      極めた人は その道においての
      悟った人 知る人と言い得る

        「夜郎の本箱」という言葉もある


        -----------------


        埋もれて(4)

  ホテルの正面に真新しい赤い車を停めるとロビーに駆け込んで来た。
「ごめんなさい。遅くなっちゃって。来る途中で渋滞に巻き込まれちゃったの」
 春江は華やいだ装いと共に、いかにも、いま脚光を浴びている人といった輝きをみせて晴れやかに言った。
「おうッ、スターの登場だ」
「待ってました、スター」
 男性陣から冷やかしの声が掛かった。
「もう、始まるでしょう ? いま、車を置いて来るから」
 春江は弾むような口調で言うと、再び、せわし気な足取りでドアの外へ出て行った。

 幹事の挨拶に続いて自己紹介が始まった。
 陽子は順番の中程で椅子から立ち上がった。
 出席した三十七人の同級生を前にして気持ちが上ずっていた。       
 かつて、三百人に及ぶ人々の前で堂々と持論を展開した、弁論大会当時の陽子はもう、そこにはいなかった。                        
 今では一介の主婦にしか過ぎない陽子は、懸命にあの当時の自分を取り戻そうとしていた。するとかえって現在の自分が意識されて、一層の混乱に陥った。   
 三十七名の過去の陽子を知る同級生たちの視線が突き刺さるように痛かった。朝方、バスや電車の中で意識した、気持ちにしっくり馴染まない服装や化粧が改めて気になって、その無残な心の内を見抜かれているような気がした。
 陽子はしどろもどろのうちに、ようやく自己紹介を済ませて着席した。
 思わず醜態に赤面した。
 その後は、誰がどのように挨拶したのかも覚えていなかった。
 終わりごろになって立ち上がった高杉春江の、いかにも場馴れしたさわやかな弁舌だけが耳に残っていた。
 パーティーは立食形式だった。
 お決まりのカラオケが始まった。
 次々にマイクを手にするかつての同級生達を見ながら陽子は、自分がまったく知らない人達の中にいるような気がして、違和感を覚えた。引っ込み思案で恥ずかしがりやばかりが多かった人達が、まるで嘘のように積極的で、誰もが活発だった。誰の顔にも二十年を過ぎる歳月を生き抜いて来た人としての、自信に満ちた表情が溢れていた。
「どう ? 久し振りで見るクラスメートは ?」
 田口道代が傍に来て言った。
「なんだか、知らない人の中にいるみたいだわ。みんな立派になってしまって」
 陽子は圧倒される思いと共に、心から湧き出る本音を口にしていた。
「二十年も会っていないんだもの、みんな変わるわよ」
 道代は言った。
 いつも道代と二人で、クラスの中心になって物事を進めていた事が懐かしく思い出された。
「あッ、矢代さんが来るわよ」
 道代が突然、小声になって意味ありげに陽子に囁いた。
 陽子はその言葉につられて道代が見ている方を見た。視線の先には、笑顔を浮かべた矢代明夫が近付いて来る姿があった。
 陽子は思わず戸惑いを覚えて困惑した。
 高校時代の明夫は生徒会の副会長で、会長の陽子との間柄がクラスの中で密かな評判になっていた。陽子自身、生徒会の仕事をしながら明夫と過ごす放課後の時間の中に、微かな心のときめきを覚えていた事も、また事実だった。しかし、今の陽子にとってはそれらの事も、今更ながらの過去であった。
 陽子は近付いて来る明夫を眼の前にして、殊更に何気なさを装うとしたが、胸苦しさは抑える事が出来なかった。
「陽ちゃん、久し振り」
 明夫は水割りのグラスを手にして陽子の前へ来ると、屈託のない笑顔で言った。
 陽子が知る高校時代の明夫とは一回り体が大きくなったようで、自信に満ちた中年を思わせた。
「どう ? 矢代さん、立派になっちゃったでしょう。社長さんなのよ」
 道代が間を取り持つように言った。
「社長なんて代物じゃないけど」
 明夫は笑顔を浮かべて謙遜したが満更でもないようだった。
「何をしてらっしゃるんですか ?」
 陽子は自ずとなる改まった口調のうちに聞いていた。
「YA企画って言って、イベントの企画なんかを手掛けているの」
 道代が明夫に代わって説明した。
 明夫は{代表取締役}と肩書の入った名刺を陽子に差し出した。
「市が主催する大きなイベントのほとんどは家代さんが企画しているのよ」
 道代が言った。
「いつも陽ちゃんが見えないんで、どうしているのかなあ、って思ってたんだ」
 明夫は言った。
「矢代さん、陽ちゃんが見えないもんだから、いつも淋しそうな顔をしていたのよ」
 道代が陽子と明夫の双方をからかって言った。
「そんなーー」
 陽子は体が熱くなるのを感じながら言ってはにかんだ。
「なんだ、宇津木陽子。二十年振りでクラスメイトの前に顔を見せたっていうのに、こんな所で小さくなっていたんじゃ駄目だよ。こっちへ来いよ」
 酔いの廻った小林敏夫が傍に来て言った。
 敏夫は陽子の手を取ると、強引にカラオケマイクの前へ連れて行った。
 塚本幹雄の歌が終わると、敏夫がマイクを手にして陽子をステージに上げた。
「みなさん、われ等が高校時代のマドンナ、宇津木陽子が二十年振りにわれわれの前にその姿を見せました。どうぞ、歓迎の拍手を。それから、もう一人、現在のわれわれのマドンナ、鈴木春江をご紹介します。現在、鈴木春江は高杉春江という名前でテレビに出て盛んに稼ぎまくっています」
 酔った小林敏夫のおどけた口調にみんなが笑った。
「おい、高杉春江、こっちへ来いよ」
 そういって小林敏夫は春江を呼び寄せた。
「これからわたし達三人で、かつて宇津木陽子がその名を轟かせ、今また、高杉春江が全国にその名を轟かせているC高等学校の栄光を讃えて校歌を歌います。皆様もどうぞ御一緒に。よろしく」
 小林敏夫はそう言うと、陽子と春江の間に立って肩を組み、体を揺すりながら一人で声を張り上げて歌い出した。
 酔った敏夫の息が鼻にかかって、陽子は微かに顔を背けた。
 それでも小林敏夫に合わせて歌声が起こると陽子も小さな声で歌っていた。
 パーティーは四時に終わった。
 陽子はいつの間にか、和やかな雰囲気に巻き込まれていた。
 始めてのカラオケをデュエットで歌ったりもしていた。
 六、七人の仲間とエレベーターでロビーへ降りて行くと、津田安治が「二次会へ行く人は大通りを曲がって二百メートル程行くと、ACB(アシベ)って言うカラオケルームがあるからそこへ行って下さい」と叫んでいた。
 陽子が回転扉を押して外へ出ると、田口道代や三上達子と一緒に春江がいた。
「宇津木さん、二次会へいらっしゃる ?」
 春江は陽子の顔を見ると聞いた。
「わたし? どうしょうかしら」
 陽子は唐突な春江の問い掛けに戸惑った。
 二次会の事までは考えていなかった。
「あまり遅くなっても困るし・・・・」
 迷いながら言って陽子はふと、家で悟と孝を相手に悪戦苦闘をしているに違いない夫の姿を思い浮かべた。
「わたし、悪いけどこれで帰らせて貰うわ。明日の仕事の準備があるものだから」
 春江は言ってから、
「宇津木さん、もし、帰るんなら車で一緒に帰りましょうよ。正子さんと浩一さんも帰るから。市川なら東京への帰り道ですもの」
 と、陽子が自己紹介で市川に住んでいると言った事を覚えていて誘った。
「そう ?」
 陽子はそう答えながらも、やはり心が決まらなかった。
「じゃあ、そうさせて貰おうかなあ」
 ようやく迷い半分で言った。
「いいじゃないか、急いで帰らなくても。たまに出て来たんだから、羽を伸ばしてゆっくりしてゆきなよ。二次会も結構盛り上がって面白いよ。旦那の事なんかほっぽって置けばいいんだよ」
 そばにいた藤木孝雄が陽子の心中を見透かしたように言って、みんなを笑わせた。
「とにかく、わたし車を持って来るわね」
 春江は言って駐車場へ向かった。
 滝川正子と吉岡浩一がその後へ来て、
「あれ、春江チャンは ?」
 と聞いた。
「いま、車を取りに行ったわ」
 三上達子が答えた。
「陽子さんは二次会へ行くの ?」
 正子が聞いた。
「どうしようか、迷っているんだけど」  
 曖昧に答えると、
「もし、帰るんなら、春江ちゃんの車に乗せて貰えばいいよ。俺達も一緒に帰るから」
 浩一が言った。
 矢代明夫が一人遅れてロビーを出て来た。
 陽子たちを見ると、
「みんな二次会へ行くの ?」
 と聞いた。
「ううん、正子ちやんと浩一君は春江ちゃんの車で一緒に帰るんだって」
 道代が言った。
「陽ちゃんは ?」
 明夫が陽子に尋ねた。
「どうしようか、迷っているのよ」
 達子が代わりに答えた。
「あまり遅くなっても困るし」
 陽子は言い訳がましく言った。
「久し振りに顔を見せたんだから、ゆっくりして行きなよ」
 明夫は。名残り惜しそうに引き留めた。
 陽子はその言葉に、もう少し明夫と一緒にいたい、と心が動いた。
 春江の赤い車が見えて来た。
「あっ、来た来た」
 浩一がそれを見て言った。



        -----------------

       KYUKOTOKKYU9190様

    いつも眼を通して戴き有難う御座います
    急行特急TH 相変わらず暴走気味ですが
    今週はどんな得体の知れない乗客が乗り込んで来るのか
    それが楽しみです。奇妙な乗客の現れるのをお待ちしています。
 
 

  
 
 
 

   



遺す言葉269 小説 埋もれて(3) 他 政治 その大衆化 

2019-11-17 14:00:48 | つぶやき
          政治 その大衆化(2019.11.14日作)

   この国の政治は大衆化している
   政治が大衆化するーー悪い事ではない
   誰もが政治に係わり 参加出来る
   困る事は 大衆化の中
   政治とは何か ?
   理念を持たない人間が 安易に
   政治の場 国会に登場する事だ
   政治家 国会議員を選ぶ
   芸能人 タレントの 人気投票ではない
   国家 政治への 明解 確かな理念を持たない人間
   その人間達が 権力 名誉 名声 その
   欲望 虚栄心 のみで議員になり 国民の金
   税金を使うーー 国民に対する
   最大級の愚弄行為であり 侮辱
   裏切り行為だ この国日本 今
   この国日本の国政に携わる者達の中
   真の政治家 確たる理念を持った人間は
   果たして 何人いるだろう
   十パーセント ? 二十パーセント ?
   あるいは
   一パーセント ? 二パーセント ?


          ------------

          埋もれて(3)

 医師は二か月目だと言った。   
 陽子に取っては思い掛けない喜びだった。
 長男の悟が生まれると、夫はすぐに二人目を望んだのだったが、なぜか恵まれないままに四年が過ぎていた。
 陽子自身も諦めかけていた矢先の事だっただけに、喜びはひとしおだった。
 そして、翌年七月に男の子が生まれた。
 陽子は悪戯盛りの悟に手を焼きながらも、思い掛けず恵まれたもう一つの新しい命を見つめる日々に、悟の時にも増しての母としての喜びを噛み締めていた。慌ただしい日々の中で陽子は、高杉春江への関心もなくしていた。

「こんなものが来ていたよ」
 勤めから帰った夫が往復はがきを差し出して言った。
 高校時代の同窓会通知だった。
「高校の同窓会通知だわ」
 陽子は、はがきに眼を落したまま、呟くように言った。
「いつなの ?」
 夫は陽子の呟きを聞いて、上着を脱ぎながら尋ねた。
「十一月の第二日曜日になっている」
「じゃあ、まだ先だ」
 夫は機嫌よく言った。
「でも、返事は早くしなくちゃ」
「出席するの ?」
 夫は言った。
「どうしようかなあ」
 陽子は迷った。まだ生まれて四か月程の孝に思いが走った。
「主席すればいいじゃないか」
 夫はためらう事もなく言った。
「でも、孝もいるし」
 迷いは消えなかった。
「大丈夫だよ。一日ぐらい、おれだって見てやれるよ」
 陽子は同窓会には一度も出席していなかった。母の看病で神経をすり減らしていた陽子にしてみれば、同窓会どころの話しではなかった。同級生達と顔を合わせる事さえも避けたい気持ちが強かった。母を亡くしてからも、悲しみを抱いた心は知らず知らずのうちに孤独の中に籠りがちになっていた。
 だが、その母も亡くなってから既に、十年の歳月が過ぎていた。その上に今では、母を失った哀しみを補って余りある幸せがあった。同級生達と顔を合わせても、対等に明るく話しが出来るような気がした。

          二

 同窓会の日の朝、陽子は五時に起きて洗濯を済ませ、食事の支度をした。
 普段の日曜日よりは二時間以上も早く起きてしまった夫と食事をして、孝のためのミルクを作り、午前九時少し前に家を出た。
 市川市の自宅から千葉市内にある会場のホテルまでは、電車を利用して一時間程だった。十一時に始まる時間までには充分間に合うだろう。
 すっかり忘れてしまっていた、独身気分の外出に陽子の気持ちは上ずっていた。
 足が地に着かない感覚を覚えて戸惑った。             
 バスの中でも電車の中でも、周囲の視線がしきりに気になった。       
 普段、着慣れない真新しい服や、履き慣れないハイヒール。濃い目の口紅や厚めのファンデーション。更に、付け慣れないイャリングにネックレスーー、それらの総てが気持ちにしっくり来なくて落ち着かなかった。               
 今更ながらに、華やいだ世界とは無縁の生活に埋(う)もれていた自分の日常が思い遣られて惨めな気分になった。久し振りの独身気取りや、二十年振りに同級生達と会う事への気持ちの昂ぶりも、その惨めさの中でたちまち萎えていた。夫と子供がいる家庭だけが自分には、唯一、心休まる場所であり、似合っている場所に思えて来て、里心にも似た心の揺れを覚えた。
 タクシーで会場のホテルへ着いた時には、ロビーのあちこちに再会を懐かしむ同級生達の輪が出来ていた。その様子を見ると陽子は、いつの間にか、電車の中で抱いた気持ちの揺れも忘れていた。正面玄関の回転扉を押して中へ入る時には、期待と微かな不安で胸の鼓動が速くなった。
「あら ! 宇津木さんよ、珍しい !」
 誰かの甲高い声がして、その声に釣られたように同級生たちの眼が一斉に陽子に向けられた。
 陽子は思わぬ視線の攻勢にたじろいだ。それでも、記憶に繋がる何人かの顔を眼にすると、すぐに高校時代の自分に還っていた。奇妙にさっぱりと、惨めな自分を忘れる事が出来た。
 高校時代の陽子はいつも主役だった。誰もが、その主役を認めていた。
 何人かの女性達が陽子の傍へ走り寄って来た。
「お久し振り !」
「珍しいじゃない ! 何年振り ?」
 そんな言葉が昂揚した気分の中で飛び交った。
 ひとしきりの手を取り合ったり、肩を抱いたりの挨拶が済むと、陽子は眼が合う誰彼にとなく会釈した。男性の中にも、女性の中にも、全く思い出せなくなった人が何人もいた。二十年の歳月がそれぞれに思い掛けない特徴を描き出しながら、誰の上にも確実に過ぎ去った時の流れを刻み付けていた。
「今日は鈴木春江さんも来るわよ」 
 誰かが言った。
「そうそう、そんな事を言ってたわね」
 田口道代が応じた。
 陽子は胸を突かれた。と同時に、一瞬のうちに理解した。
 今まで解けなかった高杉春江を見た時の気持ちの落ち着きのなさが、瞬く間に氷塊してゆくのが分かった。
「あの人、最近、随分、テレビや新聞などに出るようになったわね」
 三上達子が言った。
「誰 ? 鈴木さん ?」
 陽子は聞いた。
「そうよ。高杉春江っていう名前で出ているでしょう」
 田口道代が言った。
「あの人、鈴木さんだったの ?」
 陽子はその時、なぜか、心の何処かに諦念にも似た気持ちを抱きながら、静かに聞いた。
「そうよ」
「だって、昔の面影がぜんぜんないじゃない」
 陽子は穏やかに言った。
「大学を出て、少しお勤めをしたんだけど、すぐに結婚しちゃったの。それで、旦那さんが仕事の関係でアメリカへ行ったものだから、春江さんも一緒に行って、向こうでまた、大学に入ったらしいの。それが、五、六年前に帰って来て、N短大で教えるようになったのね。それから少ししてからよ。テレビなんかに出るようになったのは」 
 三上達子が言った。
「高校時代は目立たなかったけど、今ではあの人、わたし達クラスの出世頭よ」 
 田口道代が称賛を込めた口調で言った。
 陽子はその言葉を聞きながら、この時初めて、自分の中に小さく生まれる嫉妬の心を覚えた。一介の主婦にしか過ぎない自分と、華やかに脚光を浴びる春江の生活とが意識の中で対比された。
 高校時代の春江は陽子のライバルでさえなかった。
 陽子は思いがけず動揺する心を懸命に抑えながら、何気なくと努める笑顔がぎごちなく強張った。現在の春江を羨望せずにはいられなかた。マスコミなどで華々しく活躍する事は、かつて陽子が夢見た事であった。
 高杉春江はみんなが会場へ向かおうとする十時、間際になってようやく姿を見せた。
 
 

          ----------------


                              KYUKOTOKKYU9190様

         有り難う御座います

         涼風鈴子ディスクジョッキー
         相変わらず、好調ですね。
         でも、ちっょと暴走気味ではないですか。
         そのめちゃくちゃが、また、おかしい。
         次回も楽しみにしています。


  


遺す言葉268 小説 埋もれて(2) 他 歌謡詞 港の灯り

2019-11-10 13:25:17 | つぶやき
          港の灯り(2019.10.29日作)

   港にあかい 灯がともる
   街は日暮れて 風の中
   かもめよ かもめ 一緒に帰ろう
   ここは淋しい 港町
   愛した人は 今日もまた
   帰らない

   錨ににぶい 波の色
   浮かぶ煙草も 捨てられて
   かもめよ かもめ 一緒に帰ろう  
   あれは壊れた 古い船
   愛した人と 肩ならべ
   見たあの日

   港にくらい 夜が来る
   闇に浮かんだ 船の影
   かもめよ かもめ 一緒に帰ろう
   みんな帰った 大通り
   愛した人は 今日もまた
   帰らない 


          ----------


         埋もれて(2)

 陽子を通してのみ母を見ていた三歳違いの信子には、物言わぬ母は、家庭の中の一つの風景にしか過ぎない存在でしかないようであった。信子の心には、母のいない風景もまた、深い影を落とす事もないらしかった。
 陽子はそんな信子の屈託のない言葉に微かな憎しみさえ覚えて、その勧めを聞き入れようとはしなかった。
 信子は母の三回忌が過ぎると、その半年後に会社の同僚と結婚した。
 誰からも祝福された結婚だった。
 陽子の結婚はそれから二年半後だった。婚期の遅れを気にした父の姉が見合いの相手を探して来てくれての事だった。
 陽子に取っては気の進まない話しだった。母のいなくなった悲しみはまだ、陽子の気持ちの中では整理が出来ていなかった。
「家の事は心配しなくていいのよ。お父さんは陽ちゃんが気に入った相手と結婚出来るんなら、お店の跡継ぎがいなくてもいいって言ってるんだから。それにお父さんだって五十八になったばかりだし、陽ちゃんがいなければいないでまた、再婚だって出来るんだもの」
 伯母の話しは満更、父の再婚話しを進める為ばかりとも思えなかった。伯母が陽子の身の上を心底心配している気配は、陽子にも充分に感じ取れた。
 その時、陽子はふと、思った。父が夕食の食卓で見せる、どことなく寂しげな表情だった。同時に、知らず知らずのうちに父の晩酌の量が増えている事にも、改めて気付かされた。母への思いにだけ囚われ、今まで顧みる事のなかった父の存在が急に胸に迫って来て、陽子は苦しくなるのと同時に、父はわたしの結婚をどう思っているんだろう、と考えていた。寡黙な父の心の内を覗いてみたい気がした。
「お母さんだって、陽ちゃんが幸せになれるんだったら、きっと、喜んでくれるわよ」
 伯母は言った。
「お父さん、わたしがいなくなったら、再婚するかしら ?」
 陽子は言った。
「聞いた事はないけど、すると思うわ。でも、あとの事はわたしがなんとかするから、
心配しなくていいのよ」 
 陽子が見合いをした相手は、二歳年上の銀行員だった。
 際立った才気も感じられない代わりに、人柄は悪くはなさそうだった。
「山歩きが好きなものですから、休日のたびに出掛けていて、結婚の話しなどには耳を貸さなかったんですよ。でも、わたしが体を悪くして二か月程入院したものですから、急に心境が変わったみたいなんです。この人の兄夫婦が同じ敷地内に住んでいますので、もし、御縁があって結婚という事にでもなれば、別に所帯を構えて戴く事になりますけど」
 品の良い相手の母親は言った。
 陽子の父も見合いの相手に不満はないらしかった。帰りのタクシーの中で、
「感じのいい男だね」
 と、上機嫌で言った。
 陽子は家へ帰って二人だけになると父に聞いた。
「お父さん、わたしがいなくなっちゃって淋しくない ?」
「淋しくなんかないさ。みんなと仕事をしていれば、そんな事、考える暇なんてないよ」
「でも、ご飯の支度なんかどうするの ?」
 父は苦笑した。
「そんな事、自分で出来るさ。子供じゃないんだから」
「伯母さんは、再婚した方がいいって言ってたわ」
「バカ、余計な心配はするな」
 父は笑って言ったが、すぐに背中を向けると何処かへ行ってしまった。
 陽子はその見合いから三か月後に結婚した。総てが慌ただしく、それでも順調に進んだ。
 父が再婚したのは、それから二年程してからだった。
 相手は父より五歳下の、やはり連れ合いを亡くした独り暮らしの女性だった。

 陽子の結婚生活は幸福なものだった。
 一年後に長男の悟が生まれた。
 夫の宗次は家庭的だった。陽子が辟易するぐらいに悟を溺愛した。その溺愛ぶりに苦言を呈しても、一時間後にはまた、同じ事を繰り返していた。何処かに柳に風といった風情の夫との間には、口論さえも起こらなかった。
 悟がよちよち歩きを始めると夫は、待ち構えていたかのように、あちらの公園、こちらの遊園地と、休日ごとに連れ歩いた。穏やかな陽ざしの中で咲き誇る花々や、様々な遊具に囲まれて夫と子供と共に過ごす無為の時間が、陽子に取っては限りなく幸せな時間に思えた。「女性の自立と社会心理」と題して、颯爽と弁論大会の演壇に立った先鋭的な陽子はそこにはいなかった。当時は虫唾が走るような思いで毛嫌いしながら眺めていた「幸福な小市民的家庭の主婦」そのものに成りきっていた。 
 そんな折り、ふと眼にする女子高校生などの姿に、過去の自分の姿を重ね合わせている事がないではなかったが、それでも陽子はなお、現在の自分を卑下し、否定する事は出来なかった。今の陽子には、穏やかな日常が掛けがえのないものであり、夫と悟を通して見る世界の一つ一つに、これまで知り得なかった命の輝きを見る思いがして、過去の、肩肘張ったように生きていた自分が、未熟な跳ね上がりでしかなかったようで、赤面する思いだった。
 母を失った哀しみは、日々、驚く程に成長を見せる悟にそそぐ眼差しの中で、次第に遠いものになって行った。
「幸せな家庭を持てて、良かったわね」
 日常の折々に、ふと、浮かんで来る母の面影が、いつもそう、言ってくれているように思えた。
 不思議に物言わぬ人となった病床の母の姿は浮かんで来なかった。同時に陽子は、近頃とみに自分が総ての面で、母に似て来ている事を意識するようになっていた。台所で包丁を持っている時、洗濯物を畳んでいる時、無心でいる時に限って、母の癖をしっかりと身に着けている自分に気付いて、思い掛けない驚きに捉われた。改めて、亡き母が懐かしく偲ばれたが、それでも以前のように気持ちの滅入る事はなかった。今の陽子には、夫がいて、悟がいた。
「この幸せをしっかり生きるのよ」 
 心の内に見えて来るは母は、いつも、そう言ってくれているようだった。

 高杉春江を初めてテレビで見た時、陽子は奇妙な落ち着きのなさを覚えた。
 記憶の奥に眠る何かを掻きまわされたような、不思議な思いがした。
 高杉春江は四月から始まる朝の新番組にコメンテーターとして、毎週、月曜日に出演するとの事であった。
 S大学を卒業した後にアメリカへ渡り、M大学で学び、帰国してからは、N短期大学で助教授として教鞭を取っているとの事であった。
 ストレートに肩までたらした髪がよく似合う、一見、タレント風の派手な感じの小柄な女性だった。陽子と同じ年代かと思われたが、若造りの服装のせいで、その年齢を感じさせない華やかさがあった。打てば響くように答える如才のない話術の巧みさが、如何にも聡明な感じを与えていた。
 陽子はその高杉春江が画面に映っている間中、いったい、何処で見た人なんだろう、と考え続けていた。陽子の乏しい交友関係の中で思い当たる人はいなかった。母が入院していた病院で会った人の中にも心当たりはなかった。
 高杉春江はそれ以降、様々な番組で頻繁に顔を見せるようになっていた。陽子はそんな高杉春江を見るたびに、何か奇妙な落ち着きのなさを覚えて、それを解き明かそうとしたが、いつも上手く出来なかった。

 陽子が二人目の子供、孝を身籠ったのを知ったのは、その年の十月だった。
 
 
        ---------------
          


         KYUKOTOKKYU9190 様

       お心遣い、ありがとう御座います。感謝いたします。
       同時に、印台くん、わたくしにも幸せ
       運んで来て下さいね。お願いします。


遺す言葉267 小説 埋(うず)もれて 他 短詩集 

2019-11-03 12:57:18 | つぶやき
          短詩集(既に掲載済みも何篇か含まれています)

   祭りは終わった 道が暮れて行く

   命 美(うるわ)し 人それぞれの人生

   冬里は 小さな谷に 家五軒

   散り敷いて 金木犀の 金の庭

   金木犀 香り豊かに 終(つい)の家

   亡き父の 面影浮かぶ 金木犀

   面影の 人は遠くに 金木犀

   木犀の 香りさびしく 人の逝く

   逝く友の 年毎多く 彼岸花

   亡き人へ 思いは深し 彼岸花

   母のいる 風景遠く 彼岸花

   紫陽花の 雨に濡れいて 母の逝く

   大便を 捨てるに馴れて 母看護

   冬落ち葉 今年も友の また逝きて

   ではまたと 誓いし友の 今日逝きて

   望郷の 思い果て無し 友は逝き

   初恋の 思い出遠く 人の逝き

   かえり花 春にはぐれて ただ一つ

   新聞を 開けば眼に入(い)る 愚者の群れ

   オリンピック IOCも 金=かね= 目標

   愚者達の 金が目当ての 慌てぶり
   (酷暑の八月開催を主張したIOCの愚かさ 強欲さ)

   お偉方 権威を誇って 金儲け

   お偉方 威を張る割の 無能ぶり
   (日本大会組織委員会)

   歳を経て 御上のやる事 稚戯に見え


          ----------



          小説 埋もれて(1)

 昭和五十年一月十一日。
 宇津木陽子にとっては、生涯、忘れられない日になった。そして、陽子の人生を一変させた日でもあった。
 当時、陽子は国立某大学を目指して、入試試験のための最後の追い込み勉強にかかっていた。                            
 C高校に電話が掛かって来たのは午後三時過ぎだった。
「おい、宇津木、自宅から電話だ」
 教室にいて電話の知らせを取り次いだ、四十二歳の男性教師の顔が引きつっていた。
 一瞬、陽子の頭の中を暗い影が過(よぎ)った。
 それでも陽子はあえてそれを振り払い、教員室へ向かった。
 電話は店長からだった。
「おかみさんが交通事故に遭って入院しちゃったんだ。社長は今、病院へ行ったから、陽ちゃんもすぐに行ってみてよ。救急車で病院へ運ばれたみたいなんだけど、意識不明で重体らしいんだ」
 陽子の家は千葉市内で店員七人を雇って精肉店を営んでいた。
 陽子が病院へ駆け付けた時には、母は個室に入っていた。眼と鼻と口だけを出して、頭部から顔面にかけての総てが白い包帯で巻かれていた。口には人工呼吸のための器具が取り付けられ、点滴の針が腕に刺してあった。
 医師と看護婦がベッドに横たわる母の枕元に立っていた。
 父はベッドの中程にいた。
 陽子が病室へ入ってゆくと三人が同時に視線を向けたが、誰もが無言だった。緊張感に満ちた表情でまた、母の上に視線を戻した。
 母が駅近くのデパートで買い物をした帰り、横断歩道を渡ろうとして、暴走車に跳ねられての事故だった。
 母はその日を境に植物人間としての生活を余儀なくされるようになっていた。
 その十年にも及んだ病床生活の最後は、だが、呆気ないものだった。ある朝、陽子が眼を醒ました時には息絶えていた。
 陽子はその十年間、母のそばに付きっ切りの生活だった。
 退院してからも母は、人工呼吸と点滴を外す事が出来なかった。週に一度、近くに住む医師が往診してくれ、看護婦は一日置きに訪ねてくれた。
 父は母の治療費を稼ぐために、今まで以上に働かなければならなかった。C高校創立以来、十指に入る秀才と言われた陽子は、現役での某大入学への夢を諦めていた。
 その十年間、母は一度として陽子に声を掛けた事はなかった。陽子を見た事もなかった。機械に繋がれて、ただ、ベッドに横たわっているだけであった。それでも母の肉体は、なお生きていて、確実に心臓の鼓動を伝えて来た。毎日、計測される血圧も体温も、管を通して排泄される尿も、総てが母の肉体の健全さを証明していた。
 陽子には、そんな母が話し掛けて来ない事が不思議に思えた。朝、眼を醒ますとベッドの中から、「おはよう」と言って、今にも微笑みかけて来そうな気がして、何度も母の顔を覗き込んだりした。
 母はだが、そんな陽子の期待には何一つ応える事がなかった。母に向ける陽子の期待の総てが虚しい願いのうちに終わっていた。
 それらの日々、陽子は家事のための買い物に出掛ける以外の外出をした事がなかった。旅行、観劇、音楽会、陽子が好きだったそれら総てとまったく無縁の生活だった。
 それでも、陽子の心は不思議に静かだった。何に不満を抱く事もなかった。物言わぬ母と過ごす時間の総てが、限りなく貴重なものに思えて、母をそばに感じているだけで安らかな気持ちに包まれた。一瞬にして失われてしまった某大学入学への夢を追う事も、もうなかった。時折り、高校生弁論県大会で優勝した華やかな舞台や、活き活きと若さのままに活動していた、学友達との生活を懐かしく思い出す事はあっても、それらの時間に未練を残す事もなかった。母と共に生きている、今の時間だけが陽子に取っては、何よりも貴重な時間に思えた。

 母が亡くなった時、誰もが母の看護を全うした陽子の労をねぎらい、その死を肯定した。
「本当によく看病したよ。これからは、陽ちゃん自身の幸せを考えて生きるんだよ。十年間、何一つ自分の事が出来なかったんだから」
 誰もが口々に言った。
 人々の間で母は、その死以前に、既に亡き人であった。母の死を惜しむ言葉は、ついぞ、人々の口から聞く事は出来なかった。陽子のために、むしろ、その死を祝福しているかのようでさえあった。                      
 陽子はそれらの言葉を聞きながら、それを、みんなの善意と受け取りながらも、なぜか心は痛んだ。どのような慰めも、労りも、母がいなくなった喪失感の中では虚しいものに思えた。そして、ただ一人、忘れ去られた人として逝った母の孤独と哀れさを思い、その喪に服したいと思うだけであった。

 陽子に取っては、それからの日々は抜け殻にしか過ぎない日々であった。
 母は、もう何処にもいない。
 食べ物を受け付けない体で骨と皮だけになりながらも、十年という歳月を、その時の中に刻み付けていた存在が、もう、何処にもない。
 陽子の意識の中では、日常の総てが影を失ったように不安定に揺れていた。日々の過ぎて行く時間をしっかりと手の中に掴み取り、手繰り寄せているという実感が失われてしまっていた。そこに、しっかりと根を下ろし、いつでも帰って行く事の出来る存在が、もうなかった。
「旅行にでも行って、少し気分転換でもして来たら ? お姉ちゃんのいない間ぐらい、わたしが家の事ぐらいしてあげるわよ」
 大学を卒業して商社勤めをしている妹の信子は言った。
 
 
 
 

           KYUKOTOKKYU9190様

        いつも有難う御座います
        御礼 申し上げます