水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

シナリオ 「影踏み」 (推敲版)

2011年05月08日 00時00分07秒 | #小説

≪創作シナリオ≫                  

    影踏み  <推敲版>
                                               
  登場人物
黒木浩二(22) ・・公務員(回想シーン 学生)
本山美沙(20) ・・会社員(回想シーン 学生)
老婆   (83) ・・鹿煎餅売り

○   興福寺境内 五重塔前 夜[現在]
  十六夜の朧月。微かな巻雲。煌々とした蒼い月に照らされる五重塔、境内。 

○ メインタイトル
  「影踏み」

○    同   五重塔前 夜[現在]
  月光にくっきりと浮き上がる五重塔を見上げ、立ち止まる浩司。十六夜の朧月。辺りに人の気配はあるが、割合、静穏である。
 浩司M「あれは…、そう、去年のこんな夜だった」

○    同   五重塔前 夜[現在]
  十六夜の朧月、五重塔の夜景。
  O.L

○    同   五重塔前 夜[回想 去年]
  O.L
  十六夜の朧月、五重塔の夜景。
  現在と同じアングルで見上げ、佇む浩司。後方から静かに女性が近づいてくる。
 美沙「あのう…、すみません」
  突然、背に声を受け、驚いて振り向く浩司。目と目が合う二人。見つめ合う二人。一目惚れ。束の間の無言。
 浩司「…はい、なにか?」
 美沙「なんか、言いにくいな…(照れて)」
 浩司「けったいな人や。…どないしたん?」
 美沙「(はにかんで)この辺りに財布、落ちてませんでした? …やっぱ、恥しいな。(気を取り直して)鹿のストラップがついてるんですけ
     ど…。(浩司を窺うように見て)馬鹿(ばっか)みたい!(突然、自分に切れて苦笑)」
 浩司「かなり怪(おか)しいで、あんた。どもないか?(笑いをこらえて)」
 美沙「(少し膨(ふく)れて)あんたってなによ! 本山さんとか美沙さんとか言ってよね!」
 浩司「言(ゆ)うてて…。初めて会(お)うたんやで、僕ら(笑えてくる)。そんな興奮せんでもええがな。第一、君の財布も知らんし…」
 美沙「アッ! そうでした、すみません」
 浩司「(大笑いして)マジ、怪(おか)しいわ、あんた。…いや、あんたやない。本山さんとか言(ゆ)うたな?」
 美沙「はい、そうですぅ~(少し拗(す)ねて)」
 浩司「ほやけど、財布がなかったら困るな。昼間、落としたんか? 昼間なら、ここら人が多いで、あかんで」
 美沙「そうなのよね。一応、交番には届けたんだけど…(月明かりの地面を窺い)」
 浩司「駐在はん、どう言(ゆ)うてた?」
 美沙「出たら連絡しますって。…でも、ほとんど出ないそうよ」
 浩司「ほやろな…(月明かりの地面を窺い)」
  二人、探しつつ歩き始める。十六夜の朧月に照らされた興福寺五重塔。

○  奈良公園 夜[回想 去年]
  十六夜の朧月。鹿が所々にいる。月明かりに遠景の五重塔が映える。歩く二人。
 浩司M「僕達は諦(あきら)めて、ふらふらと歩き、いつの間(ま)にか、興福寺の外へ出ていた」
 浩司「黒木いいます。二十一。地元の学生なんやけどな」
 美沙「なんだぁ、親のスネカジリか…」
 浩司「あんた口悪いな。…いや、本山さんやったな」
 美沙「口悪いのは生まれつきですぅ~(“あっかんべえー”をして)。で、名前は?」
 浩司「なんやいな、警察みたいに…(少し、むくれて)。浩司や」
  二人、小さく笑い、芝生へと座る。月の光で結構、辺りは明るい。鹿も何頭かいる。
 浩司「…本山さんも学生はんかいな?」
 美沙「はい。ずう~っと向こうの(東を指さして)ほうですぅ~」
 浩司「(小さく笑い)ほんま、面白(おもろ)い娘(こ)や…」
  二人、意気投合し、互いの顔を見て笑う。
 浩司「(急に真顔に戻り)ほやけど、どないするん? 今晩」
 美沙「それは問題ないんだけどね。(指さして)ほん其処(そこ)の友達ん家(ち)泊まるから…」
 浩司「ほうか…。そりゃ、よかったわ。…で、今日は、まだ時間あるんか?」
 美沙「うん。…ありは、ありね」
 浩司「ほなら、一寸(ちょっと)戻らなあかんけど、猿沢の池、案内しとくわ」
 美沙「(立ちながら)上から目線がムカつくなあ。まっ、
いいか(勝手に歩き始め)」
  浩司も立つと、後を追って歩く。

○  同 猿沢の池 夜[回想 去年]
  十六夜の朧月に映える池の遠景。池の後方に蒼白く浮き上がる五重塔。
 浩司M「僕達は猿沢の池に出た」
  池堀の周辺を並んで歩く二人の遠景。十六夜の朧月。微かな巻雲。

○  同 猿沢の池 夜[回想 去年]
  朧月に照らされた柳が春の微風に戦(そよ)ぐ。笑顔で語らい、池堀を並んで歩く二人の近景。
 美沙「しばらく忘れてた…、こんな感じ」
 浩司「どうゆうことや?」
 美沙「ん? …別に意味はないの…」
 浩司「やっぱ、どっか怪(おか)しいで、本山さん、…とか言(ゆ)う人」
 美沙「なによ、それ(微笑んで)。馬鹿にしてんでしょ、私のこと」
 浩司「そんなことないがな。(空を眺めて)それにしても、ええ月やわ。…なあ、影踏みしよか?」
 美沙「なに? それ」
 浩司「かなんなあ。影踏み、知らんのかいな。ほやで困るにゃ、都会の娘はんは…」
 美沙「馬鹿(ばっか)みたい。それくらい、知ってるわよ(少し向きになって)。でも、あれって、昼間の遊びじゃなかったっけ?」
 浩司「そんな決まりはないで。…ほな、僕が鬼になるわ。はよ、逃げんと、踏むでぇ~(小さく笑い、冗談で脅かす)」
  『キャ~』と奇声を発しながら笑って走り出す美沙。その後を走る浩司、美沙の影を踏もうと、おどけて追う。しばらく戯れて走り、息が切
  れた二人、立ち止まる。浩司、息を切らせながら思わず空の月を眺める。釣られて眺める美沙。十六夜の朧月。月に照らされる柳。見上
  げる二人の姿(近景)。
 美沙「久しぶりに子供の頃に戻ったみたい…(荒い息を抑えながら、月を眺め)」
 浩司「ああ…(荒い息を抑えながら、月を眺め)」

○  二人の歩く姿と空に浮かぶ月(遠景) 夜[回想 去年]

○  興福寺境内 夜[回想 去年]
 浩司M「僕達は興福寺へ戻り、別れた。いや、そうするつもりだった」
  歩く二人、立ち止まる。煌々とした蒼い月に照らされる五重塔の夜景。
 浩司「じゃあな…。ええ旅してや。アッ、本山のメルアド訊いとこか。財布、出てきたら連絡するさかい…」
 美沙「(小さく笑い)おいおい、今度は呼び捨てかい。プラス、相変わらずの上から目線」
 浩司「悪(わり)ぃー悪(わり)ぃー(頭を手で掻きながら、悪びれて)」
  美沙、膨れながらも微笑む。携帯のメールアドレスを交換する二人。
 浩司「友達の家て、どこや?」
  二人、歩き出す。
 美沙「ほん其処(そこ)…(指さし)」
 浩司「なんや…、ほなら送ってくわ。女性の一人歩きは物騒やでな」
 美沙「フフフ…(笑って)、黒木の方が物騒」
 浩司「本山も結構言(ゆ)うなあ(小さく笑い)、きつぅ~。…ほやけど、名前覚えてくれたんは嬉しいなぁ」
 美沙「不覚じゃ! 喜ばせてしもうたかぁー。(笑って)」
 浩司「やっぱ、僕には手におえんわ、本山は(笑って)」
 美沙「(真顔で)美沙でいいよ…」
  佇(たたず)んで見つめ合う二人。十六夜の朧月。また歩き出す二人。

○ とある家の前 夜[回想 去年]       
 美沙「んじゃ、ここで…」
 浩司「ああ…(微笑んで)」
  月明かりが射す、とある家前で別れる二人。

○  同 境内 夜[回想 去年]
  五重塔の遠景。
  O.L

○  同 境内 夜[現在]
  O.L
  五重塔の遠景。
  煌々と照らす十六夜の朧月に、くっきりと浮き上がる五重塔の近景。去年と同じアングルで見上げ、佇む浩司。
 浩司M「あれから美沙と数度逢い、僕達は婚約した。勿論、結婚は、僕が卒業して社会人になる前提だった」
  ふと我に帰り、歩き出す浩司。
 浩司M「それが、急に美沙は姿を消した」
 浩司「もう一年か…(ふたたび五重塔を見上げ、嘆くように)」
 浩司M「会社に勤めた美沙と役場に勤めた僕。二人の結婚は、何の障害もない筈だった。…でも、それっきり逢えなかった」
  その時、斜め前方より、時代を感じさせるリヤカーを引いた鹿煎餅売りの老婆が、のろのろと浩司に近づく。
 老婆「あんた…、黒木さんか?(しわがれ声で)」
 浩司「…」
  白い乱れ髪の下から嘗(な)めるような視線で浩司を見上げる背の曲がった老婆。立ち止まり、老婆を見下ろす浩司。おどろおどろしい
  風貌の老婆に、少し引きぎみの浩司。
 浩司「そうやけど…(少し気味が悪いと感じながら)。お婆さん、なんぞ僕に用か?」
 老婆「昼間、娘はんがな。黒木、言(ゆ)う人に会うたら、…これ渡してくれて、預かったんやわ…(しわがれ声で)」
  汚れた服のポケットから半折れになった白封筒を取り出し、浩司へ手渡す老婆。
 浩司「(受け取って、朴訥に)おおきに…」
  老婆、頷き、ふたたび、のろのろと、何もなかったかのようにリヤカーを引いて去る。

○  同  境内 夜[現在]
  老婆が去ったのを見届け、白封筒の中に入った便箋を取り出し、黙読し始める浩司。朧月に美沙の姿が重なる。
 美沙M『たぶん、あなたが、この手紙を開く頃、私は外国へ旅立っていると思います。黙って姿を消したこと、まず先に誤らせて下さい。
      親の決めた結婚相手を断れなかった私。全て私が弱かったのです。どうか、こんな私のことは早く忘れて幸せになって下さい。
      遠い、遙か彼方から、あなたの幸せを祈っています。 
美沙』
  黙読し終えた浩司。心なしか項垂(うなだ)れ、便箋を封筒へ入れる。
 浩司「(思わず泣けてきて、涙を拭い)美沙の馬鹿野郎!(咽びながら小声で)」
  その時、浩司の肩を後ろから突っつく者がある。浩司、ビクッと驚いて振り向く。涙顔の美沙が立っている。
 美沙「(他人行儀に)…あのう、どうかされました?(言葉をかけた後、真顔から笑顔になって)」
 浩司「アッ! …なんやお前、戻ってきたんか…(意固地になり)」
 美沙「なんや、とは、なによ!(膨れぎみ)戻ってきてあげたんだからね…(真顔に戻って)」
 浩司「(素直になり)ほうか…、おおきに。そやけど、書いたーることと違うやん(微笑みながら白封筒を突き出し)。プラス、ここで今、会う
     のは、出来過ぎた話と違うか?」
 美沙「(恋する真顔になり)行けなかったの…。それで、あの時に戻りたくなって…」
 浩司「…」
 美沙「…」
  互いに見詰め合う二人。どちらからともなく抱擁し交わすキス。空の朧月。静かに離れる二人。暫しの沈黙。浩司、空の朧月を眺める。
  美沙も釣られて眺める。
 浩司「み空行く、月の光に、ただ一目、相(あい)見し人の、夢(いめ)にし見ゆる…か」
 美沙「どんな意味?」
  二人、歩きだす。自然と手をつなぐ二人。
 浩司「…空を行く月の光の中で、ただ一度、お逢いした人が、夢に出てらっしゃるんです…ぐらいの意味やろ」
 美沙「ふ~ん、そうなんだ(反発せず素直)」
 浩司「なんや、それだけかいな。やっぱり怪(おか)しいわ、美沙は」
  美沙、立ち止まる。浩司も立ち止まる。手を離す二人。
 美沙「なぜ?」
 浩司「ほやかて、そやろが。僕が万葉の恋歌を、しみじみ詠んでんねんで。もっと、弄(いじ)ってもらわんと…」
 美沙「(小さく笑って)お笑いじゃあるまいし…。で、どう言って貰いたいの?」
 浩司「じれったいなあ、もう…。こんなこと、僕に言わすんかいな。…好、き、や、って言(ゆ)うてんねん」  
 美沙「分かってたよ、ずっと前から…。だから結婚するんでしょ? 私達」
 浩司「(怪訝な表情で)えっ? ほやかて、外国、行くんやろ? そやないんか?」
 美沙、ふたたび歩きだす。浩司も歩きだす。
 美沙「馬鹿(ばっか)じゃない。じゃあ、なぜ私、今ここにいるの? さっき出会ったとき、何も思わなかった?」
 浩司「アッ! そうや。そうやわな。そらそうや…。ほんで、いつかの財布は?」
 美沙「(小さく笑い)可笑(おか)しな人…」
  釣られて、笑う浩司。そこへ前方から近づくリヤカーを引いた鹿煎餅売りの老婆。浩司、近づくにつれ、先ほどの老婆だと気づく。擦れ違
  いざま、
 浩司「さっきは、どうも…」
  と、老婆へ徐(おもむろ)に声を掛ける浩司。老婆、少し行き過ぎた所で立ち止まり、振り返る。
 老婆「…ああ、 昼間のお人と先(さっき)のお人か。上手いこと出逢えたようやな、お二人さん。よかったよかった…(二人を笑顔で見上
     げ、しわがれ声で)」
 浩司「はあ…(軽く会釈)」
 老婆「わてにも、こんなことがあったなぁー。そうそう、もう六十年以上、前の話やけんどなぁ。戦争で出逢えんかったんや、とうとう…(しわ
     がれ声で悲しそうに空の月を見上げて)」
  ふたたび何もなかったように寂しげにリヤカーを引いて立ち去る老婆。一瞬、立ち止まり、後ろ姿のまま、
 老婆「わての分も幸せになんにゃでぇ~!(声を幾らか大きくして)」
  と、やや叫び口調の声で離れた所からそう言い、遠ざかる老婆。次第に闇の中へ紛(まぎ)れる老婆。

○ 十六夜の朧月に照らされる興福寺五重塔

○  興福寺境内 夜[現在]
 美沙「訳ありか…、可哀そう。でも、一寸(ちょっと)キモイね」
 浩司「(不気味な言い方で)そういや、あの婆さん、影がなかったでぇ~(老婆が立ち去った後方の闇を振り返り)」
 美沙「(驚いた高い声で)キャ~っ!」
 浩司「嘘や、嘘やがなぁ~(笑って肩に手を掛け)」
 美沙「驚かさないでよ(フゥ~っと、溜息を吐き)」
 浩司「それにしても、よい月夜やったな」
 美沙「ん、そうね…。結果、オーライ」
 浩司「み空行く~、月の光に、ただ一目~」
 浩司、横を歩く美沙の手をさりげなく握る。
 二人「相(あい)見し人の、夢(いめ)にし見ゆる~(笑う)」
  美沙も握り返す。握り合った手を振って歩きだす二人。前方に十六夜の朧月。煌々とした蒼い月に浮かぶ五重塔。微かな巻雲。

○  (フラッシュ) 奈良公園 夜
  月の光が射し、鹿が所々にいる芝生。     

○  (フラッシュ) 猿沢の池 夜
  十六夜の朧月に照らされる池。池の後方に浮かび上がる興福寺五重塔。

○ もとの興福寺境内 夜
  十六夜の朧(おぼろ)月に照らされる五重塔。
  その前を雑談をしながら去っていく浩司と美沙の手をつないで歩く姿。次第に二人の姿、遠ざかる。空の朧月。

○ エンド・ロール
  奈良公園と朧月。
  テーマ音楽
  キャスト、スタッフなど
  F.O

               (2008/ NHK奈良 投稿作を推敲)


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短編小説&シナリオ 「笹百合の峠」 <推敲版>

2011年05月08日 00時00分06秒 | #小説


     笹百合の峠

                             
「咲と申します」
「どこぞで、お逢いしたことが…?」
 市之進は、咲と名乗る年若な女に訊ねた。
 既に辺りの人気は失せ、宿を探そうとて、この山越えの峠道では如何(
いかん)ともし難く思えた。そこへ、この咲である。夕陽に浮かぶ咲の姿の、なんと白く手弱かなことか。そうでなければ市之進は、悪霊か何ぞに、とり憑かれた…と、逃げだしたに違いない。ただ、咲という女が、どうも市之進には想い出せないのだ。
「もう、お忘れになって、ございますか?」
 古めかしい云い回しをする女だ…と、妙に思ったが、想い出せない以上は仕方がない。
「お咲さん…、とか申されましたね? 私も旅の途中、どこぞでお逢いしたのならば、これも何かのご縁と申すものでございましょう」
 とだけ返した。その後、暫(しばら)くは、鬱蒼(うっそう)と樹々が茂る山道を連れ添って歩いた。市之進の算段では小諸宿へ疾(と)うに着いている筈であったが、峠越えををするどころか益々、足元は険しさを増していく。そうこうしている内に、日はとっぷりと暮れ果てた。仕方なく、市之進は焚き火を頼りに野宿をすることにした。
 咲は少しも話そうとはしない。市之進も、余りの咲の美しさに意識が先立ち、話せない。夜は深々と更けてゆく。幸い季節は初夏の匂いの漂い始める候で、寒くはなかった。市之進は疲れもあってか、いつしか微睡(まどろ)んでいた。
 ふと、現れた世界は幻なのであろうか…。市之進には分からない。だがその情景は、確かに見憶えのある辿った遠い過去であった。━━子供が数人いる。その中に自分の姿もある。子供の一人が棒切れで白い笹百合の花を斬ろうとした。それを自分と思しき子供が必死に両手を広げ、止めている…━━
 小鳥達の囀りに、ふと目覚めれば、辺りはもう早暁であった。瞼を開け、冷えた半身を起こした市之進は驚かされた。消えた焚き火の跡は確かにあった。が、咲はいない。何者かに連れ去られたか…と、全身を奮い起こして立つと、咲がいた場所には一輪の白い笹百合が咲いていた。その花は、市之進の夢に現れた花に違いなかった。幼い頃の…あの時の…。その花の株下に置かれた一枚の守り札…。その木札を手にしたとき、市之進の脳裡に、何故か懐かしい想いが駆け巡るのであった。
 その後、市之進はその守り札を片時も手離さず、破格の出世をしたそうである。
                                       完
--------------------------------------------------------
  ≪創作シナリオ≫

     笹百合の峠 <推敲版>

                             
    登場人物
  市之進・・・年若な武士
  咲   ・・・武家の娘(笹百合の化身)

○ とある山の細道(中腹) 夕暮れ前
   山中。鬱蒼と茂る山林。山の細道を辿る年若な武士。夕暮れの木漏れ日。小鳥の囀り。前方の山道から近づく咲。擦れ違いざま立ち
   止まり、市之進を見上げる咲。
  咲  「あのう…市之進様? わたくし、咲と申します」
   訝しげに立ち止まり、振り返る市之進。じっと咲を見つめる市之進。
  市之進「はあ…。どこぞで、お逢いしたことが…?」
  咲  「もう、お忘れになって、ございますか?」
   訝しげに咲を見つめる市之進。想い出せない市之進。
  市之進「お咲さん…、とか申されましたね? 私も旅の途中。どこぞでお逢いしたのならば、これも何かのご縁と申すものでございまし
       ょう」
  咲  「有難う存じます…(軽く会釈して)」
   連れ添い、歩き出す二人。語らう二人。遠退く二人の姿。鬱蒼と茂る山林。

○ メインタイトル
   「笹百合の峠」

○    同   夕暮れ
   鬱蒼と茂る山林。険しくなる足元。辺りを見回す市之進。不気味な梟の鳴き声。
  市之進「…妙です。もう峠越えして、小諸宿が見える筈なのですが…(少し息切れしながら)」
   険しくなる一方の山道。息切れしながらも進む二人。日没。
  市之進「これ以上は無理なようです…。仕方ありません、野宿すると致しましょう。夜道は危険ですから…」
  咲  「はい…」

○ とある山中の平地 夜
   漆黒の闇。焚き火を囲む二人の遠景。楽しく語らう二人。
  市之進「少し…疲れたようです…」
   次第に眠気が市之進を襲う。微睡(まどろ)む市之進。焚き火。

○ ≪夢の中≫
   山中で遊ぶ子供達。咲く白い笹百合。棒きれで笹百合を叩き斬ろうとする子供。それを必死に両手で止める幼少期の市之進と思し
   き子供。

○ とある山中の平地 早暁
   消えた焚き火。朝靄が漂う山中の平地。目覚めて半身を起こす市之進。寒さに身を竦める市之進。咲がいないことに気づき、辺りを
   見回す市之進。全身を奮い起こして立つ市之進。

○    同   早暁     
   花に気づく市之進。
   咲のいた場所に咲く一輪の白い笹百合。
   O.L

○ ≪幼少期の追憶≫ 回想
   白い笹百合。微笑んで笹百合を見る幼少期の市之進と思しき子供。

○ とある山中の平地 早暁
   O.L
    咲のいた場所に咲く一輪の白い笹百合。

○    同    早暁 
   花の株下に置かれた一枚の守り札。木札を手に取る市之進。懐かしい想いに浸る市之進の近景。市之進の遠景。

○  エンド・ロール
   朝靄に煙り、欝蒼と茂る山林。木札を懐に入れ、歩み始める市之進。
   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O
   T 「完」


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歴史短編・ドラマ小説 雪月記 最終回

2011年05月08日 00時00分05秒 | #小説

  雪月(せつげつ)
                  
       最終回
 そして無心で、つんのめった第一の影を突き刺した。確かな手応えはあった。しかし、突き刺したサーベルが抜けない。貫通した刃を片手で握る影が、必死の形相で今度は荘八郎を下から刺し貫いた。荘八郎は呻きとともに、地に崩れ落ちた。影もまた、それ以上に一撃を加える余力はなく、仰向けのまま大きく息を吐く。。そこへ、やっとのことで第二の影を仕留めた鴨居が駆け寄り、第一の影に止(とど)めを刺した。
「おいっ! もりかわぁ~、大丈夫かっ!…」
  大声で助け起こそうとするが、荘八郎は既に息、絶え絶えである。
「私…より…卿は……」
「卿は御無事だ! 安心しろ!」
  次第に意識が朦朧(もうろう)としていく。内務卿は馬車から出たが茫然自失となり、屈(かが)んで荘八郎を窺(うかが)う。
  荘八郎は幻覚を見ていた。それは遠い昔、木戸孝允に見出された折りの光景である。
  木戸が笑っている。なぜ私のようなものを? と訊ねる自分が見える。だが木戸は、それに答えようとはせず、ただ笑っている。
  ━ そうだ…あの日から私は先生の僕(しもべ)となったのだ… ━
  ふと正気に戻ると、荘八郎は鴨居にしっかと抱きかかえられていた。長州征伐のさなか家族を惨殺され、生き残った荘八郎は自分も死のうと思った。それを止(とど)めたのが偶然に居合わせた木戸であった。それ以降、森川荘八郎は、参議の木戸孝允に命を預けたのである。
  虎落笛(もがりぶえ)は既におし黙り、静寂(しじま)が戻った辺りには、僅(わず)かに舞う雪が無音で地へ落ちている。
「逝く前に…雪を…すこうし…」
  血糊でベットリと赤く染まった右指で荘八郎は唇を指し示した。
「なにを気弱な…、もう助けが来る。しっかりせい!」
  そう云って、鴨居は地面に敷かれた少しばかりの雪片を荘八郎の口元へと運んだ。荘八郎の口で、その潤いの雪片が快く溶けた。荘八郎は微笑んで、静かに瞼を閉じた。
  いつしか淡雪は止み、雲の切れ間から煌々と、下弦の月が、ふたたび荘八郎を照らしていた。
                                     完


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歴史短編・ドラマ小説 雪月記 第四回

2011年05月08日 00時00分04秒 | #小説

  雪月(せつげつ)
                  
       第四回
 一瞬、「ウッ!」と、呻き声が漏れ、その影は怯(ひる)んだ。生憎(あいにく)、頼みの提灯が風に消え、明かりといえば僅(わず)かに積もった地の白い畳である。月は疾うに雪雲に姿を奪われていた。薄ぼんやりと刀の切っ先が鈍い光を放つ。体勢を立て直した右扉の影が持つ刃(やいば)の光だ。荘八郎は一歩下がって呼子を手にし、力の限り吹き鳴らした。高く尖った鋭い音の響きが闇夜に谺(こだま)した。
 その時、体勢を立て直し、左扉に近づいた第二の影は、車窓から刀を内にめがけて突き刺した。
「ウムッ! …」
 低い呻き声が響く。荘八郎は突進し、右扉の影は怯(ひる)んで下がる。その隙(すき)に右扉へ張り付いた荘八郎は、
「大事、ございませぬか?」
 と、視線を影から離さぬまま訊ねる。
「なんの、これしき…。左脚をやられたが、大事ない…」
 ふり絞った気丈な声で卿は返した。
 馬車は内側から施錠されている。左扉の影は扉が開かない無益を悟ると、先ほどと同じように遮二無二(しゃにむに)刃(やいば)を突き刺す。だが既に卿は右へ移動していて、切っ先は届かない。右扉は荘八郎が警護する。馬丁(ばてい)は逃れようとし、数メートル先であっけなく第三の影に斬られた。絶叫して地にドッカと倒れる姿が感じ取れる。漸(ようや)く、呼子を聞きつけた鴨居が、サーベルを振り翳(かざ)して第三の影を一撃した。第三の影は眉間から血を流して倒れた。荘八郎に、その状況は暗くて見えないが、倒れた物音は分かった。右扉が開けられようとする。
「卿、恐れ入りますが、今暫(しばら)く、このままにて!」
 必死に荘八郎は、おし止(とど)めた。その瞬間、第一の影が動いた。
「ウゥッ! …」
 荘八郎は腹部に激痛を感じた。一瞬の間合いであった。
「もりかわぁ゛ー!」少し離れて第二の影と刃を交えていた鴨居が異変に気づく。荘八郎が片膝を地につき左手を腹部に宛行(あてが)ったとき、次の袈裟斬りが襲った。かろうじて、荘八郎は払い退ける。ふたたび第一の影の刃を受ける"カキィーン!”という鋭い金属音がした。双八郎は、その返す刃(やいば)で、影の左足を払った。
                                       続


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歴史短編・ドラマ小説 雪月記 第三回

2011年05月08日 00時00分03秒 | #小説

  雪月(せつげつ)
                  
       第三回
 高林静忠(よしただ)は、旧水戸藩の浪士であった。御維新(ごいっしん)の前は天誅組に一時、加担したこともあったが、━高林の一派━と、牧山が釘を刺した如く、この時期、彼の周りには約二十名の同士が集結し、幾組かに分かれ政府要人を、つけ狙っていた。荘八郎は決して彼らが憎かったのではない。ましてや高林一派は一面識もない荘八郎を怨みに思う筈もなかった。
 両者…といっても、荘八郎は一人、相手方は数人とみられた。まともに渡り合って、荘八郎に勝ち目がないのは一目瞭然であった。だが、漆黒の闇を照らす僅(わず)かな月明かりと雪を含む虎落笛(もがりぶえ)が、荘八郎に何故か勇気を与えていた。何も恐れるものなどないような気がした。懐(ふところ)に入れる、特別に手渡された、ただ一つの呼子も、それを補っていた。万一、徒党の動きがあったときは吹く手筈となっている。少し前、影が動いたとき、実のところ荘八郎は迷った。呼子を吹くべきかと…。だが、結局吹かなかった真意は、それが囮(おとり)とも考えられるからだった。呼子を吹けば鴨居は恐らく駆けつけるだろう。それは、高林一派の計略かもしれない。手薄となった警護の隙(すき)を突いて、内務卿を別の場所で襲うことも考えられる。だから吹かなかった。ただ、それだけのことである。
 遠くから馬の蹄(ひづめ)の音が微(かす)かにする。それは風音に打ち消されて微弱ではあるが、確実に近づきつつある。この刻限なら卿の乗られた馬車にまず間違いはない…。荘八郎の体躯は寒さのためではなく、緊張ゆえか打ち震えた。
 やがて荘八郎の両眼が、前方より近づく馬車を小さく捉えた。その点のような素描は、僅(わず)かづつではあるが輪郭を鮮明にして大きくなる。
 その時だった。馬の嘶(いなな)きがして蹄(ひづめ)の音が途絶えた。何らかの異変が起きたことは、まず間違いがない。荘八郎は駆けた。
 前方には三名の刺客が、まさに馬車を襲おうとしていた。馬は嘶(いなな)き暴れている。
「待て~ぃ!」
 荘八郎は絶叫して、馬車の右扉を開けようとする黒影に一声を発した。そして、咄嗟(とっさ)に腰のサーベルを引き抜き、その影を振り払っていた。
                                      続


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歴史短編・ドラマ小説 雪月記 第二回

2011年05月08日 00時00分02秒 | #小説

  雪月(せつげつ)
                  
       第二回
 不平士族の反乱が、ここ数年のうちに全国各地で起きていることは知っている。その勢いが次第に増幅されているようにも荘八郎には思えていた。一派の内偵は進んでいたが、未だ襲撃の情報は得られていない。さきほど動いた黒い影は鳴りを潜め、今は何事もない。ふたたび虎落笛(もがりぶえ)が悲しげに雪を含んで哭いている。
━なにも起こらねばいいが…━
 実はこれが荘八郎の本心であった。内務卿がお通りになるから警護を厳重にしろ! と、牧山が署を出る前に下達していた。同僚の鴨居又八と、ふた手に分かれてもう四半時 (しはんとき)が経つ。卿がお乗りの馬車はもう来る頃だ。それにしても…、荘八郎には今の黒影が気に掛かった。小走りに、あちこちを荘八郎は探った。だが、ふたたび黒の動く気配は感じられない。不気味な静けさを打ち消す風が哭く…。既に辺りは白い化粧を身に纏い始めていた。
━先生に拾って戴いておらねば、私はもう世を捨てていたのかも知れん、或いは命までも…━
 荘八郎は戊辰の戦(いくさ)の後、木戸孝允に拾われ邏卒(らそつ)となった。ゆえに彼は木戸を信奉していた。全てが全て、先生のためならば…と思える節もある。そして、ふた月もしないうちに、筆算役を仰せつかった。荘八郎はあり難くもあり難いと、真に思った。その後、数ヶ月を経ずして組織は改編され、荘八郎は一等巡査に昇格した。偉くなったような、そうでもないような改編であったが、妙に気分は高鳴った。そして、護身の六尺棒はサーベルへと変化した。こうして今、我が身を東京に置いてはいるが、郷里の長州一帯は不穏の空気に包まれている。つい二ヶ月前、萩の前参議・前原一誠、豊津の杉生十郎は、宮崎車之助ら秋月士族二百五十余名とともに同盟を結び、秋月の乱を起こしていた。明治九年十月のことである。自分も長州にいて先生に拾われなければ…と、荘八郎は運命の皮肉を肌に感じるのであった。
 尊皇攘夷の思想に傾倒して木戸を知り得たことが、荘八郎には救われた想いだった。ここ東京で、先生の一兵卒として不平の輩(やから)を退治せん! と自分はしている。彼は自分が誇らしくもあった。
                                       続


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歴史短編・ドラマ小説 雪月記 第一回

2011年05月08日 00時00分01秒 | #小説

  雪月(せつげつ)
                  
       第一回
 極寒の吹き荒む風は凍て、夜の冴えた虚空にはガス灯が下弦の月をひっかけ、蒼白く存在している。この先、ガス灯はもうない。
 今日もあの一団は、またぞろ襲撃を企てるのか…。森川荘八郎は警邏で巡る道すがら、僅(わず)かな不安に怯えていた。それゆえ、サーベルすらも心なしか腰に重い。
 最近、巷では、旧士族の徒党を組む事件が頻繁に横行していた。この界隈とて例外ではないのだ。寸分の油断すらできない。
 荘八郎は元郷士であった。郷士とは名ばかりの下級武士である。今からもう何年前になるのだろうか…、長かった戊辰の役が終り、近代日本の夜明けは幕開いたが、この頃の荘八郎は生活の糧を得るために、やむなく百姓を強いられていた。歩きながら、ふとその残像が脳裏を過ぎっては消える。
 少年期の荘八郎は、あるとき尊皇攘夷の思想に出会う機会を得た。別にお上への不満はなかったのだが、幼馴染の脇田惣兵衛から黒船以降の世情を聞かされるにつけ、ついには、その虜(とりこ)となっていったのである。そんな既にもう遠く過ぎ去った追憶が、荘八郎の胸に走馬灯の如く巡るのだった。
 確かに、今はこうして維新政府の僕(しもべ)となり禄を食(は)んではいる。もし御維新(ごいっしん)がなければ、恐らく自分は飢えていて、下級武士のまま惨めな一生を終えていたに違いない…と、荘八郎には思えていた。
 谷町筋を右折した頃、風は僅(わず)かな雪の鱗粉(りんぷん)を含み、冷たく荘八郎の頬を撫で始めていた。その時である。ザザッ! っと音がして、行く手の路地を黒い数名の人影が動いたように思えた。
「何者だっ!」
 荘八郎は刹那、大声を発していた。警部である上司、牧山源輔から、「ここ数日中に、必ず高林の一派が動くから警戒を怠るでない」と密命を帯びている。
━奴らは、政府要人を誅殺(ちゅうさつ)せんと画策す━
 そうも云った牧山の声が甦った。

                                       続


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スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第三百十六回)

2011年05月08日 00時00分00秒 | #小説

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第三百十六
「寝不足ぎみのせいだと思います」
「そう? なら、いいんだけど…。いつものでいい?」
「えっ?! もう、かなり飲んでますので…」
「おかしい子ねえ。なに云ってんのよ。今、来たばかりじゃない」
 ママはカウンターの酒棚側へ入ると、氷を準備し始めた。つい今し方までと、どうも雰囲気が変化したように思えた。ただ変わらないのは店の佇(たたず)まいであった。
『いや、驚かせてすみません。あなたは今、過去の時空へ次元移動移動したのですよ』
「ええっ!!」
 お告げに、私は思わず絶叫していた。それを聞き、ママと早希ちゃんが私の方を振り向いた。
「満君! どうかしたっ?」
「いえ、別になんでもないです!」
「そう? …びっくりするじゃない」
 早希ちゃんがママに加えて云った。お告げとの心話は聞こえない二人だから、これは仕方がなかった。
『すべては大玉様のご意志です。玉が時空を動かすのは、すごい人だけだと、いつか申したはずです』
「ええ、それはまあ…。しかし、今の私は、どこに存在しているんですか?」
『まだ沼澤さんにあなたがお会いしていない頃ですよ』
「と、いうことは、数年も前だ…」
 私は、ただ唖然とした。
『そういうことです。すべてが起こる前の時空なのですよ…』
 お告げは厳(おごそ)かに云い切った。


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