幽霊パッション 水本爽涼
第二回
「いえ、本当にいるんです」
泣くように訴える上山なのだが、社長の田丸はまったく聞く耳を持たない。
「話にならんぞ、君。一度、医者に診てもらった方がいい。…それにだ、部下には、そんなこたぁ云えんだろうが。仕事にもさし障(さわ)るしなあ…」
「はい…。では、そうします」
上山は逆らうことも出来ず、受け手に徹して頷(うなず)いた。机の上では胡坐(あぐら)をかいて座る幽霊平林が腹を抱(かか)えて大笑いしている。その姿が上山には、はっきりと見て取れた。デン! と応接セットの一人椅子に座る田丸の頭の、丁度、真上で胡坐をかいている訳で、田丸の対面に座る上山からは、もろに見えるのだ。しかも、田丸は渋顔でその後ろの幽霊平林は笑い顔なのだから、この妙なコントラストに、思わず上山が噴き出しそうになるのも仕方なかった。
「なにが可笑(おか)しい! 不謹慎だぞ、君! 少しは慎み深くしたまえ!」
田丸の雷が落ちた。
「ど、どうも、すみません。失礼しました…」
上山は真顔に戻すのが関の山で、かろうじて、そうひと言を発して平身低頭となった。
「もういい、分かったから…。仕事に復帰しなさい」
田丸が矛を収め、上山は逃げるように第二業務課へと戻った。
「課長、どうかされたんですか? 顔色が少しお悪いですよ」
係長の出水雅樹(でみずまさき)が田丸を窺(うかが)うような眼差(まなざ)しで見つめている。上山はそれに気づいて、ひと筋の汗を額(ひたい)から落とした。というのも、出水の肩に、いつの間に現れたのか、三角頭巾を着けた白装束の幽霊平林が乗っていたからである。