理髪店を営む友永多毛男は週一の休みの日、朝から趣味の盆栽いじりをしていた。友永にとって鋏(ハサミ)づかいは仕事柄、得意とするところである。今日の整枝は調子よく進み、10時の休憩タイムには、20鉢ほどあるうちのすでに3分の2の鉢が片づいていた。この分では昼までに終わるな…と友永は軽く考えながら、居間でお茶を啜(すす)り、好きなこし餡(あん)入りの餅を美味(うま)そうに頬張った。
友永は15分ほど休んだあと、整枝作業を再開した。しばらくしたとき、友永は急に耳鳴りを覚えた。耳鳴りはすぐに止まったが、今度は妙な囁(ささや)き声が聞こえ出したのである。いったい誰の声だ? と訝(いぶか)しげに友永は辺りを見回した。だが、まったく人の気配はしない。妙だな…と首を傾(かし)げつつ、友永は鋏を動かし続けた。
『いや~、おたくもそうですか。私も随分、短くして貰(もら)ったお蔭(かげ)で、この夏は涼しく過ごせそうでしてね、へへへ…』
声は、やはりしていた。友永が耳を澄ますと、その話はどこかで聞き憶(おぼ)えがあるような会話だった。そうだ! いつも聞いてるお客の声だ…と、友永は気づいた。だが、今いるのは庭の盆栽前で、店内ではない。だから客の声などする訳がなかった。友永は、もう一度、耳を欹(そばだ)てた。
『そうですなあ~。もうかれこれ7年ほどになりますかな』
『ほお、そうなりますか。私もその頃でしたからな』
『ああ、そうでした。長いお付き合いになりますな。今後ともよろしく願いますよ』
『いやぁ~こちらこそ。それに、ご主人も…』
語りかけられ、友永はギクッ! とした。語りかけたのは、今、整枝している鉢のサツキと隣のダンチョウゲの鉢だった。驚きの余り友永は鋏を止めた。すると耳鳴りがし、友永の意識は遠退いていった。
気づいたとき、友永は居間にいた。どうも餅を頬張りつつ、清々(すがすが)しい陽気に、ついウトウトしてしまったようだった。なんだ、夢か…と友永は思いながら、残りの整枝作業を続けようと居間を出て庭へ向かった。だが、すでに庭に置かれた全ての鉢の整枝は終わっていた。友永は、ゾクッ! と寒気を覚えた。
THE END