谷山寺男は敏感な男である。彼の身体には気分的な心地よさの温度、湿度が設定されていて、それ以下でもそれ以上でも体質に合わず、気分が損(そこ)なわれた。むろん、絶対に定まった℃や%でなければ駄目だという異常体質ではなく、℃~℃、%~%という幅はあった。谷山に適した℃~℃、%~%とは、湿っぽい陰湿な温度だった。いつしか彼の肌には苔が蔓延(はびこ)った。普通の人間がそんな彼を見れば、気味悪いやつだ…と思えたから、谷山は出来るだけ人目や人の出入りする場所に存在することを避けた。仕方なく人けの多い繁華街を出歩くときなどは、完全に姿を隠して歩かねばならなかった。それは、芸能人が姿を隠すソレではなく、完全に肌の露出を避ける・・といった具合の隠しようなのである。そんな奇妙な恰好(かっこう)で繁華街をうろつけば、これはもう警官に不審尋問されても仕方がない。で、事実、谷山は呼び止められた。
「もし! どちらへ行かれるんですか?」
「どこ、ということもないんですが…それが、なにか?」
「い、いえ…。ただ、そ、その格好で?」
交番の警官は、ジロジロと谷山を見た。苔が蔓延(はびこ)る谷山の姿に異様さを感じた警官は、怯(ひる)みながら訊(たず)ねた。
「ええ…駄目ですか?」
「い、いや、別に駄目というんじゃないんですがね」
警官は、しばらく谷山を見回したあと、訝(いぶか)しげに敬礼して去った。谷山が歩いた痕跡には、次の日から苔が生え始めた。法律に抵触しない民事事件に警察は手古摺(てこず)った。
「捜査といっても、実害がないからなぁ~~」
署長は大欠伸(おおあくび)を一つ打って、却下した。
THE END