そろそろオリンピックか…と畳岡(たたみおか)は思った。畳岡の好きな競技は柔道である。高校のとき、授業で体育科目としてやった記憶はあったが、それは畳岡にとっては苦い記憶で、散々なものだった。確か…練習試合では、ものの見事に投げられた悪い記憶だが、妙なことにその記憶は残っていて、数十年経った今でも、相手の名前まではっきりと憶(おぼ)えていた。授業では受け身を散々やらされたな…と畳岡は振り返る。左前方受け身、右前方受け身・・あった、あった! 畳岡はふと想い出し、ニタリと笑った。
受け身・・振り返れば社会に出て、この受け身が世の中の荒波に耐える隠れた力になった…と畳岡には思えるのである。それは年金世代になった今、気づく思いかも知れないな…と、畳岡は夕空に浮かぶ秋の鰯雲(いわしぐも)を眺(なが)めながら思った。その途端、畳岡はフロアで滑(すべ)り、しこたま腰(こし)を打った。幸い、怪我はなかったが、受け身は出来なかった…と畳岡はまたニタリと笑った。
完