水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

泣けるユーモア短編集-95- 大願成就(たいがんじょうじゅ)

2018年05月10日 00時00分00秒 | #小説

 何が何でも、やらねばっ! と心で決意すれば、割合、大願(たいがん)は成就(じょうじゅ)するものである。要は決断力次第ということだ。ただ、意固地(いこじ)になり過ぎると成就しなくなり、泣けることになりかねないから注意しなければならない。人の意固地につけ込むのが大願成就を阻(はば)む甘くない人の世なのである。
 大衆食堂で偶然、出会った知り合い二人の会話である。
「相変わらずお安い食事ですな、素麺(そうめん)さん! 相席、よろしいですか?」
「ああ! これは肉鍋(にくなべ)さんでしたか、どうぞ…。そんな訳でもないんですが、大願成就! ですよ…」
 背後(はいご)から声をかけられ、きつねうどんを啜(すす)っていた素麺は、振り向くと肉鍋にそう返した。
「大願成就! …? なんです、それ?」
「いやいや、こちらのことです、ははは…」
 素麺は、きつねうどんの残り汁(づゆ)をグビリ! と飲みながら笑って濁(にご)した。濁されると、人はその先を知りたくなるものだ。
「そんなっ! 隠さず、言って下さいよっ!」
「隠してる訳じゃないんですがねっ!」
「なら、いいじゃありませんかっ!」
「あなたも諄(くど)いですねっ!」
「まあまあ、そう言わずに…」
 そのとき、店員が二人の座る席に近づき、水コップを置きながら肉鍋に訊(たず)ねた。
「あの…なにをっ?」
「ああ! これっ!」
 肉鍋は、思わず素麺のうどん鉢(ばち)を指さし、値段分の食券を机へ置いた。
店員は無言で頷(うなず)くと食券を手にし、不愛想(ぶあいそ)に席から離れていった。
 その訳を明かせば、なんのことはない。この大衆食堂では食券と交換にお楽しみ券が1枚もらえ、20枚になれば天麩羅(テンプラ)入りの、しっぽくが無料で一杯、食べられる・・というシステムになっていたのだ。素麺は、あと1枚のところまで迫(せま)っていた。素麺の大願成就とは、お楽しみ券で食べる天麩羅入りの、しっぽくだった。
 庶民の大願成就とは実に成就しやすく、泣けるほど安上がりなのである。

                               完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする