映画館を出た途端(とたん)、コロッ! と人が変わっている場合がある。まあ、一過(いっか)性のものだが、それでも僅(わず)かな間(あいだ)、人は観た映画の格好いい主人公になり切る。要するに、その気になるのである。
とある田舎町の昼過ぎの映画館前である。久しぶりに町へ出た蕗尾(ふきお)は、さてどうしたものか? …と、映画館の前で思案に暮れていた。この時間帯で上映される映画が2本あり、どちらも観たい映画だった。
『[串カツ慕情]も面白そうだが[怪傑(かいけつ)葱頭巾(ねぎずきん)]も捨てがたい…』
蕗尾の心は揺(ゆ)れに揺れていた。そこへやってきたのが、近所の生節(なまぶし)だ。
「やあ、これは蕗尾さんじゃないですか」
「ああ! 生節さん。映画ですか?」
「はあ、まあ…。葱頭巾を観ようと…」
「このシリーズは痛快ですよねっ!」
「ええええ、おっしゃるとおりで…。悪人を退治したあと、残していく1本の葱坊主が、なんとも格好いいっ!」
「そうそう。役人の大根(おおね)花助がやってきて、「また、葱頭巾にしてやられたかっ!』と口惜しがるあのワン・パターンが実に痛快ですっ!」
「はいっ! じゃあ、入りますかっ!」
「ええ!」
二人は高揚(こうよう)して切符を買うと、映画館へ入った。
数時間後、蕗尾と生節は完全にその気になり、二人の怪傑葱頭巾が映画館から美味(うま)そうに出てきた。
完