水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

暮らしのユーモア短編集-11- ニンマリ

2018年05月26日 00時00分00秒 | #小説

 川久保は修理用小物の予備を買おう! と勇んで家を出た。出たまではよかったのだが、粗忽(そこつ)にも財布の中を確認していなかったため、どれほど持って出たのか分からなかった。幸い、車の運転中には財布のことが脳裏に浮かばず、助かった。気づいたのは数キロ走った先にある雑貨屋の駐車場で、車のエンジンを止めた瞬間、ハッ! と閃(ひらめ)いたのである。アイデアとかの閃きならまだしも、忘れたことを思い出す閃きは戴(いただ)けない。そうはいっても、思い出してしまった以上は仕方がない。川久保は運転席に座ったままポケットに入れた財布を確認しようとした。だが、財布は家に忘れたようで、僅かな硬貨だけがポケットに入っていた。その額は、¥500硬貨1枚、¥100硬貨2枚、¥10硬貨1枚の計¥710だった。まあ、なんとかいけるか…と川久保は軽い気分で車から降り、店へ入った。
 店の中に目的の小物は、あるにはあった。内税のアナウンスが店内に流れていた。ということは、携帯で計算する必要もなく、表示価格そのままで買える訳である。川久保は、よしよし! とニンマリした。だが、そのニンマリは次の瞬間、消え去った。定価は¥720だった。¥10硬貨が一枚足りなかったのである。残念と言う他(ほか)はなかった。川久保は¥10硬貨に描かれている平等院を恨めしげに見た。そのとき、川久保の脳裏に救いの閃きが湧(わ)いた。
『こちらが表なんだよな…』
 川久保はふたたびニンマリを取り戻し、車へUターンした。
 ニンマリ・・は案外、小さいことで甦(よみがえ)るのである。

                                完


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