昨今の殺伐とした攣(つ)れない世相では、何をするにも抵抗が大きいから、生き辛(づら)い。さてそうなれば、大上段に構えるのではなく、足の向くまま気の向くままで軽く生きた方が楽でいいようだ。^^
高岩は春の陽気に誘われ、これといった目的地もなく、足の向くまま気の向くまま旅に出た。目的地がないから、そこに辿りつくまでの行程は不必要となる。そんなことで、でもないが、気楽に高岩は家を出られた。とはいえ、懐具合だけは、ゆとりがないと何がどうなるか分からないから、一万円札を二十枚ばかり財布へ忍ばせておいた。天候を気にするでなく、駅の売店で、そそくさと駅弁、茶、飲料、みかんなどを買い求め、入場券だけで改札を抜けた。そして、プラットホームへ出るや、早そうな特急列車に脇目も振らず飛び乗った。しばらくすると、駅員が切符の確認で回ってきた。高岩は入場券を手渡した。
「…豚川駅からですね。どこまで行かれるんですか?」
「いやそれが、脚の向くまま気の向くままの旅で…」
「そんなことを言われても、こちらも困るんですが…」
「私も困るんです…」
「でしょうが、とにかくどこまでかをお決め願わないと…。それに特急料金もいただかないと…」
「はあ…。この列車ですと、いい観光地は?」
「馬毛(うまげ)温泉なんか、どうでしょう? 最近の人気スポットですが…」
「馬毛温泉ですか。じゃあ、そこまで…」
「この先の牛角(うしづの)駅で鹿尾線に乗り換えて頂いて、終点が馬毛温泉です。…特急券も含め¥7,600頂戴いたします…」
駅員に言われるまま、高岩は一万円札を一枚、手渡した。駅員は切符と急行券を手渡し、お釣り¥2,400を返した。
かくして高岩は足の向くまま気の向くまま、温泉旅行者へ変貌した。
確かに、物事は足の向くまま気の向くまま・・余り深く考えない方が暮らしやすい世相のようです。^^
完