世の中で[無理が通れば道理が引っ込む]とは、よく言われる名言だ。だが、間違った無理は正して通さないようにしないと道理が消え、積もり積もれば逆転して道理が道理でなくなるから、その点は注意を要する。
一人の男が歩道を散歩していた。すると、とある家の前に捨てられているチューインガムの噛(か)み屑(くず)に気づいた。まあ、普通の神経の持ち主なら人の家の前にポイ捨てはしないだろう…と男は常識的に思った。しかし、その思いはマナーと呼ばれる道理であり、別に捨てたところで非常識ながらも警察に捕(つか)まる訳ではない。そう気づいた男は、少しテンションを下げ、その家の前を通過した。しばらく歩くと公園があったから、男は設置されているベンチの一つに座った。すると、先ほど通った家の前の噛み屑が脳裏(のうり)に、ふと浮かんだ。男は無性に気になりだした。
「よしっ!」
開口一番(かいこういちばん)、ベンチを勢いよく立ち上がった男は、捨てた人物になり変わり、道理を貫(つらぬ)くことにした。男はその家の前まで戻(もど)ると捨てられた噛み屑を手で拾(ひろ)い、また公園までUターンした。そして、設置された屑篭(くずかご)へ捨てた。男は[無理]という目に見えない悪霊(あくりょう)を屑篭へ捨てて退治(たいじ)したような、いい気分になり帰宅した。男のテンションは道理を通したことで逆転し、高くなっていた。
完
物事をしようとする場合、ああして、こうして…と普通、人は考える。この思考には個人差があるが、突飛(とっぴ)もなく短い人と十分考える長い人の2種類に分かれる。両者の考え方は逆転していて、前者は、結果を求めず、まず率先(そっせん)して動く実行派で、後者は失敗しない結果を考えてから動く頭脳派である。両者の間には大きな確執(かくしつ)があり、対立が生まれる。
太閤殿下なきあと、豊臣家臣団は行動派と頭脳派の2派に別れ、激しい火花を散らしていた。
「許せんっ!」
加賀の前田利家がこの世を去ると、行動派七将は頭脳派、石田光成を襲撃しようと画策(かくさく)した。それを事前に察知(さっち)した光成は、ああして、こうして…と熟考(じゅっこう)した挙句(あげく)、屋敷を脱出し、こともあろうか、徳川屋敷へと逃げ込んだのである。
その後の結末は歴史が物語るとおりだが、ああして、こうして…はタイムラグ[関連する二つの事の間に生ずる時間的なズレ]を生じ、逆転して反対の結果を導(みちび)きやすい。
完
今まであった状態を、より以上いい状態にしよう! と心してやるのが努力(どりょく)と言われる行為だ。別に現状維持のままでいい場合もあるが、大よその場合は悪い状況にあり、逆転してそれ以上によくしようと改善(かいぜん)を試(こころ)みる行為が多い。悪い通知簿を受け取った子供が冬休みで3学期こそっ! と、いい成績を目標に猛勉強をしたり、営業成績の悪かった社員が新規の顧客(こきゃく)開拓(かいたく)だっ! といい営業成績を目指(めざ)して動き回る・・といった行為が努力と言われる。努力が足りないと当然、結果も出ない訳だから、現状維持~現状悪化の道を進むことになる。
「弱りましたな…」
ご隠居が一人、盆栽を見ながら腕組みをし、悩んでで呟(つぶや)いた。そこへ偶然、お隣(となり)の主人が散歩から帰宅し、二人は、バッタリと垣根越しに出くわした。
「何がです?」
お隣りの主人は訝(いぶか)しげにご隠居に訊(たず)ねた。
「いや、なにね…。少し努力が足りなかったみたいでしてな」
「努力? と申されますと?」
事情を隣の主人が訊(き)くと、しばらく海外旅行をしている間に、盆栽の枝が伸び放題に伸び、樹形がまったく整わなくなった・・のだと言う。
「ははは…なんだ、そんなことでしたか。いいじゃないですか、枯れた訳じゃなし。これから努力で整えられればっ!」
「あっ! その手がありましたなっ! これからも努力をねっ! ははは…」
努力とは、逆転してあっけなく解決する話題なのである。
完
人には不安定な人と安定した人の二種類が存在する。その安定感の違いは、生まれ持った個人の安定力によって決定される。不安定な人は結果を逆転されやすく、安定力がある人ほど社会に信用されることになる。
とある社内の事務室である。隣席同士の二人の社員が残業をやっている。
「ははは…塩釜(しおがま)さんは相変わらずマイぺースですねっ! じゃあ、お先に…」
そう言いながら隣りのデスクに座っていた真鯛(まだい)は、処理を終えたファイルを閉じながら椅子から立ち上がった。真鯛は仕事が速く、課内での処理量も群(ぐん)を抜いていた。そこへいくと塩釜は仕事が遅(おそ)く、仕事の処理量も今一で、鳴かず飛ばずの無能社員・・といったところだった。ところが、実態は、そうではなかった。というのも、真鯛は仕事が速く処理量も多かったが、その半面、凡ミスが多く、結果として上司の評価はマイナス査定だった。逆に塩釜は仕事が遅い半面、間違いがほとんどなく、安定力に恵まれていた。当然、上司の評価はかなりのプラス査定だった。
「お疲れさんでした…」
塩釜は課を出ていく真鯛の後ろ姿に声をかけた。
次の日の朝、二人のファイルが課長席にあった。
「これじゃなっ! やり直してくれたまえ、真鯛君」
真鯛は課長の蟹崎(かにざき)に叱責(しっせき)され、渋面(しぶづら)でファイルを突き返された。それから数分後の逆転場面である。
「ごくろうさんでした。ははは…やはり、安定力が違いますな。よく出来てましたよ、塩釜さん。これで部長への顔も立ちます」
蟹崎は笑顔で塩釜を褒(ほ)め称(たた)え、握手を求めた。
安定力は仕事の処理量、速さとは別のものだということだ。
完
休めないのは大変だが、逆転して考えれば仕事があるだけ有り難い…と喜ばないといけないのかも知れない。働きたくても働けない人もいるからだが、休めない人々の存在は、休むことも人として大事だということを忘れている。結果は過労死とかになる。休んで楽しむ人がいるから、そのために働く人の出番がある訳で、休めない人で世の中が満(み)ち溢(あふ)れれば、働く人の出番もなくなり、働くことの意味がなくなるのだ。いや、それだけでは留(とど)まらず、負のスパイラル[渦(うず)巻き]で働く仕事もなくなってしまうことになる。回り諄(くど)いから、分かりやすい話を一つ紹介することにしよう。
ここは、とある工場の生産ライン現場である。
「桶丸(おけまる)さ~ん! すみませんねぇ。明日もお願いできないでしょうか?」
「いいですよ。大した楽しみもありませんから…」
桶丸は快(こころよ)く主任の多織(たおる)の頼みを聞き入れた。工場の他の工員達は、影で桶丸を[休まない男]と揶揄(やゆ)していた。真実を言えば、桶丸が休まない訳ではなく、やすめなかったからである。というのも、桶丸は頼(たの)まれれば嫌(いや)! と言えない性格だったから、どうしても人員不足の代替要員にされがちだった訳だ。桶丸のそんな性格が桶丸を休めない人にしたのである。
休む気のない人は利用されて逆転し、休めない人になるから、かわいそうな人になるのだ。休めない人に神仏のご加護あらんことを…。
完
お金持ち・・という言葉を聞けば、大概(たいがい)の人が羨(うらや)ましくなる。それは、自分達がお金持ちではないからだ。ところが、お金持ちというのは人々が羨むほどでもない存在なのである。逆転の発想でよくよく考えれば、お金持ちでない方が、返って幸せが長続きする場合が多い。その生活がたとえ、侘(わび)しく質素(しっそ)なものであったにしろ、幸せが持続するとすれば有り難い話なのである。それにひきかえ、お金持ちにはお金持ち特有の柵(しがらみ)が付き纏(まと)って離れない。それは手を変え品を変え、お金持ちの隙(すき)や油断をつけ狙(ねら)っている。まあ、よくよく考えれば、そんな人の不幸を狙う手間(てま)暇(ひま)があるのなら、地道(じみち)に働けっ! と怒れる話ではある。
とある会社の事務室である。
「蛸岸(たこぎし)さぁ~ん!」
「なんですっ!? 烏賊場(いかば)さん!」
「… いや、なんでも」
蛸岸は最近、社内で理由なくお金持ちになった。その理由を訊(き)き、自分もその恩恵にあやかろうという手合いがひっきりなしで、今朝の烏賊場もその一人だった。
「社内で飛び交(か)ってる私の噂(うわさ)のことですか?」
「ええ、まあ…」
「ははは…別にどうということでもないんですがね」
「どうということもない・・と言われますと?」
「いや、ほんとに。ど~~ってこともないんですよ」
「その、ど~~ってこともない・・と言われるのは?」
「ですから、ど~~ってこともないんですよ。成りゆき、ええ、成りゆきですよ」
「成りゆき・・で、ですか?」
「ええ、そうそう。成りゆき成りゆき、ははは…」
「で、どういった成りゆきで…?」
「どういったも、こういったもありません。自然と、です」
「自然と? そこんとこをお訊きしたいんですが…」
「そこんとこも、ここんとこもありませんよ、ははは…。ただ自然と、です」
「自然とお金持ちに、ですか?」
「誰がです?」
「いえ、蛸岸さんが」
「ええ~~っ! 私がっ!? 私はお金持ちじゃないですよ」
「でも、社内じゃ、そういう噂ですよ」
「ははは…、お金は持ってますがね。屑(くず)鉄ばかりです、ははは…」
お金持ちは裕福だとは限らない訳だ。
完
[吝(やぶさ)かではない]という都合のいい言い回しがある。私としては積極的にやろう! という気持はないが、どうしてもやってもらいたいと言われるなら、やること自体に不満はなく、やらせていただく・・という積極的な参加を回避(かいひ)する遠回しの了承なのである。この、[吝かではない]という言い回しは、実は非常に強(したた)かで、なかなかの曲者(くせもの)ということに多くの人は気づいていない。この[吝かではない]と発する人の気持は、実は逆転して相当に[吝か]なのだ。もう少し分かりやすく言えば、[吝かではない]のだが、出来れば他の人にお願いしたい・・の意味を含む逆転した逃げ言葉なのである。
とある法律事務所の中である。
「念を押すようでなんなんですが、遠山さんは明日からお休みでしたよね?」
「はい! 大岡さんは知っておられると思いましたが?」
「ええ! もちろん知っております。知ってはおりますが、念には念を入れたまで、です」
所長代理の大岡は妙な言い訳をした。
「それが、なにか?」
副所長の遠山は訝(いぶか)しげに大岡を見た。
「ははは…いや、どう! ということはないんですが…」
大岡は語尾(ごび)を濁(にご)した。
「それで、よろしいんですよね?」
「ええ、もちろん! それでいいんですがね」
大岡は奥歯に物の挟(はさ)まったような言い方(かた)をした。
「えっ? と、言いますと?」
「ええ…、私があなたの代わりに出勤するという訳です」
「えっ?」
「出勤することには、吝かではないんですが、出切れば、他の方に…」
「と言われるのは、休みは駄目だと?」
「いえ、駄目だとは申していないんですが…」
「では、どうしろと!」
遠山は少しイラついた。
「明日は休みたいんで、明後日(あさって)からでは?」
「それならそうと言われればいいじゃないですかっ! 私は明後日からでも、吝かではないんですからっ!」
[吝かではない]はその後、事態を逆転させるこの法律事務所の流行(はや)り言葉となった。
完
正月休みが終わり、屠蘇(とそ)気分でグデェ~ンとしていた枯居(かれい)にも、出勤が明日(あす)に迫(せま)っていた。明日からの出勤だという前日にもかかわらず、妙にテンションが上がった枯居は、何の目的もなくフラリと街頭へ出た。そこでバッタリ! と出合ったのは、故郷の幼馴染(おさななじ)み、平目(ひらめ)だった。
「おおっ! 平目じゃないかっ!」
「枯居かっ! 久しぶりだなっ! こんなとこで出会うとは…」
二人の外見は対象的で、枯居は普段着とサンダル履(ば)きで飛び出したものだから貧相な格好だったが、平目は高級スーツ、高級靴に身を窶(やつ)していた。枯居は内心で、『こいつも、かなり出世したなっ!』と思った。逆に平目は、『こいつも、俺と同じ、鳴かず飛ばずか…』と思った。ところが事実は逆転していたのである。明日に出勤が迫っていたとはいえ、枯居は会社の重役だったから自動車のお出迎えで、平目は明日から土木作業の現場が待っていたのだ。
人は外見で判断できない・・という話だが、外見は美女、イケメンの方がいいのは逆転しない事実ではある。
完
パスカルは、━ 人間は考える葦(あし)である ━ だとかなんとか、小難(こむずか)しいことを言ったそうだ。本人から直接、聞いた訳でもないから詳しい意図は分からないが、別に葦ではなく、水草でもいいようには思える。物事を理解して、新しい発想で事物を作り、発展させることの出来る最たるものは、確かに人間である。ただ、逆転して、この能力は毒にも薬にもなり、危険この上ない代物(しろもの)だ。例(たと)えば多くの生物を絶滅させたり、地球破壊兵器を作ったり・・と、枚挙(まいきょ)に暇(いとま)がない。
閉店が近づいた、とある店である。
「今日はもういいですよ、霧川(きりかわ)さん」
「そうですか? じゃあ、お先に、あがらせてもらいます…」
熟練店員の霧川は店長の霜林(しもばやし)にそう言うと店奥へスゥ~っと消えた。いつもよりは数十分、早かったから、この時間をどうしたものか…と霜林は考えなくてもいいのに考える葦のように考えた。すると、やっておきたい買物があったことを、ふと思い出した。霜林は着替えて店を出ると、ソソクサと目的の店へと向かった。
「いやぁ~、昨日まではあったんですがねぇ~。売れちまったんですよ。どうします?」
「どうします? って、無いものは買えないでしょうが…」
霜林は少し怒り口調で返した。
「いやっ、そうじゃなくって! お取り寄せしますか?」
「出来るのっ?」
「ええ、まあ…。出来るような出来ないような…」
「煮え切らない! どちらなんですっ!」
「ええ、ですから、あればっ! の話です。たぶん、ないとは存じますが…」
「もう、いいですっ!」
霜林は店をあとにしていた。早くあがった数十分は、疾(と)うに過ぎ、霜林は考える水草のようにプカプカ街頭を歩いていた。
考える葦も逆転して考えれば、大した存在ではない訳だ。
完
世の中の動きには変わる潮目(しおめ)があるという。平たく言えば、変化する時流(じりゅう)ということになる。これでも分かりにくいから、より薄くプレス[圧縮]して語れば、世の中が進んでいる今現在の方向が変化するということになるだろう。自分一人が反発したところで世間がそれを肯定(こうてい)しているのだから、その流れに従って生きていくしかない訳だ。ひょんなことで、まったく違った方向へと流れが変化するのだから面白い。それをいかに早く感知して新しい方向へと進むか・・が、成功への秘訣(ひけつ)ということになる。逆転する潮目・・これを知るのは、ひとつの個人能力に等(ひと)しい。
とある会社の昼休みである。そろそろ午後の勤務時間が近づいていた。課員達が社内食堂や外食からザワザワと戻(もど)ってきている。その中の一角で、隣席(りんせき)同士の社員二人がベチャベチャと語り合っている。
「いやぁ~参(まい)ったよ。値下がりで大損(おおぞん)さっ!」
「先輩は株で一発! 派でしたからね…」
「いやぁ~、そんな訳でもないが、潮目を見誤(みあやま)ると、まあ、こうなる。哀れなもんさっ、ははは…」
「で、おいくらくらい?」
先輩社員は片手の人さし指を一本、立てた。
「いっ、一千万っ!!」
先輩社員は無言で立てた指を揺らし、顔を左右に振りながらニヤけた。
「…でしょうね。百万でしたか。まあ、相場です…」
「じゃないんだなっ!」
「なんだ、10万ですか…」
後輩社員は、『まあ、そのくらいなら自分でも…』という顔で得心(とくしん)し、頷(うなず)いた。
「いや、そうじゃないんだ。1億さっ! …まあ、この前、3億ほど稼(かせ)がせてもらったからいいけどさっ、ははは…」
「ぇぇ…」
後輩社員は唖然(あぜん)として言葉を失った。
「俺としたことが、だっ! 潮目を読むのは難(むずか)しいのさっ、ははは…。さあ、仕事仕事っ!」
後輩社員は先輩がなぜ安い給料で働いているのか? が分からなかった。
潮目が読める人は、ある意味、堅実(けんじつ)なのだ。
完