体裁(ていさい)を繕(つくろ)う・・とは、よく言われる言い回しだ。所謂(いわゆる)、他人に対して格好をつける、見栄(みえ)を張る・・ということだが、よく口にするパフォーマンスという言葉がピッタリと当てはまる。
とある会場の体育館では年末恒例の腕相撲大会が行われている。大会はいよいよ佳境(かきょう)へと進み、準決勝に勝ち残った二人の選手が多くの観客に対し、雄叫(おたけ)びを上げながら登場した。少し、テレビのK1実況中継を真似ていないでもない。
「決勝戦を行います! …赤コーナ~~!! ○□町、禿川(はげかわ)選手~~!!!」
MC[マスター・セレモニー]がマイクを強く握(にぎ)り締(し)め、興奮した大声でガナリ立てた。それに呼応(こおう)するかのように、禿川は力瘤(ちからこぶ)を観客に向けて大げさに見せるパフォーマンスをした。この辺(あた)りもテレビ中継と似ていなくもない。
「青コーナ~~!! △◎村、髪白(かみしろ)選手~~!!!」
髪白も禿川に負けてはいない。片腕を激しく回わすパフォーマンスを観客に見せつけた。両者とも外見は強そうに見えた。ところが、である。内情は二人とも逆転していた。禿川は勝ち上がってきた試合で筋肉に痛みを覚え、限界を感じていた。片や髪白も腕を回したとき関節に痛みが走っていた。審判[ジャッジ]が二人の手の握りを確認したときだった。二人はパフォーマンスとは裏腹に試合を棄権(きけん)した。結果、3位決定戦が事実上の決勝となり、優勝、準優勝者は餅(もち)を鱈腹(たらふく)食べられることになった。
世情はパフォーマンス流行(ばや)りだが、パフォーマンスは逆転して、力量に乏(とぼ)しい。
完
快晴の中、駅伝が行われている。食材(しょくざい)高校のアンカー、葱川(ねぎかわ)は先頭を走る調理(ちょうり)商業の鴨岸(かもぎし)に35秒差をつけられ、2位に甘んじていた。襷(たすき)を受け取ったときは先頭と20秒差だったから、差を広げられたことになる。沿道から指示を出しているのは、コーチ、出汁(だし)である。出汁は、大声で、「差が広がってるっ! ぺースを上げろっ! ぺースをっ!!」と、大声でガナリ立てた。当然、その声は葱川に届(とど)いていた。コーチの意思を知った葱川は『追い抜くんか~~いっ?!』と、心で愚痴った。次の瞬間、葱川の脚はギア・チェンジされ、速度が増し始めた。コース残りは、ほぼ半分の3Kmである。葱川は取り分けて相手を抜こうとは思っていなかった。
「どうなんでしょう?」
「ええ、ひょっとすると、逆転するということも…」
テレピの実況中継がアナウンサーと解説者の会話を流していた。
「入れ替わる・・訳ですね?」
「入れ替わりはしませんが、順位が変わるかも知れません」
アナウンサーは、『それが、入れ替わる、ってこったろうがっ!」と、心で吠(ほ)えた。その怒りが葱川に伝わったのかは不明だが、葱川のぺースは瞬く間に上がった。
半時間後、競技場のゴールでニッコリ微笑んでいたのは、調理商業の鴨岸ではなく食材高校の葱川だった。追い抜く気がなかった葱川は、結果として追い抜き、順位が逆転したのだ。出汁のガナリ立てがよかったのか、駅伝は美味(おい)しく茶の間(ま)で食べられた。
完
世は当(まさ)に、せち辛(がら)い弱肉強食(じゃくにくきょうしょく)の様相である。強い者は弱い者を弄(もてあそ)ぶように利用して好き勝手に生きられるが、弱い者は強い者に虐(しいた)げられ、這(は)い蹲(つくば)って生きねばならない世界なのである。この世界が一定の段階まで到達したとき、逆転して主客転倒すれば面白いだろう。
これからお話しする世界は西暦○○○○年のとある町での出来事である。
一定の高度を法定速度でスムースに飛ぶ飛行タクシーの中で、乗客の二人が語り合っている。
「ははは…まあ、今の弱肉強食もそう長いことじゃないはずですよ」
「いや、それは弱肉の私もそう思っとるんです。なにせ、コレだけ暮らし向きが苦しくなってる訳ですから、そろそろお迎えがねっ!」
「はいはい、それそれっ! そろそろと、私も踏んどるんですよ、ははは…」
お迎えとは立場が逆転し、富んだ暮らしをしていた強食者達は虐げられていた弱肉者達と同じ奈落の底へ沈み、逆に、虐げられていた弱肉者達は強食の富んだ暮らしを満喫(まんきつ)できるという経済システムのチェンジである。
「すると、食われてばっかりの私なんか、どうなるんっすかねっ?」
運転手がバックミラー越しに二人を見ながら、話に割って入った。
「ああ、弱肉のあんたか…。あんたも会社の役員くらいにはなれるんじゃないのっ!」
「そうそう、あんたが座ってる運転席は、たぶん強食の専務くらいが座ってるだろうさ、ははは…」
「ははは…強食から弱肉ね。そりゃ、いい」
運転手は陽気な声で返した。
「ただ、いつからか・・が、分からないからっ!」
「それそれっ!」
「でしょ?!」
客同士が掛け合い漫才のように間合いよく話した。
「早くお願いしたいもんですなっ!」
運転手が加えた。
「それそれ!」「それそれ!」
二人の客は異口同音に返した。やがて、飛行タクシ-は二人の客が指定したターミナルへと着陸した。
「おお! かわりましたなっ!」
ターミナルの電子掲示板が地球経済のシステム変化を告げていた。
このお話は飽くまでも弱肉強食が逆転するというフィクション[虚構]です。^^
完
とある高級酒店へ寄った矢川(やがわ)に、ふと昔の記憶が甦(よみがえ)った。かなり以前の記憶で、夜も更けたスナックのカウンターに矢川は座っていた。
『安ものなら、いくらでもありますよ。それで、よろしいか?』
『ああ、ともかく今日は飲みたいんだっ! 適当に作ってくれっ!』
『矢川さん、何かあったんですか?』
『ああ、まあな…』
会社の労働争議に巻き込まれた中間管理職の矢川は、会社と社員達の板ばさみに合い、身動きも取れないまま、ショボい気分でスナックへ入り、注文したのだった。
注文を受けたマスターが出した酒は、どういう訳か実に美味(うま)かった。
『これ…美味いな』
『安ものシロップのジン・ライムです…』
矢川がそんな回想を巡っていると、女店員が奥から出てきた。
「ジン・ライム、ない?」
無意識で、矢川は注文していた。
「ジン・ライムですか? ジン・ライムでしたら、こちらになります…」
女店員が誘導(ゆうどう)し、示した棚(たな)に並んでいたのは、高級ジン・ライムの瓶(びん)だった。
「いやっ! こうゆうんじゃないんだっ」
「えっ?! どういった?」
「シロップだよ、シロップ!」
「シロップ? そういう安ものは当店では扱っておりません…」
上から目線の、めかし顔で、さも上品を気取って返した女店員の言葉に、矢川は思わずムカッ! とした。
「いやっ! もういいですっ!」
吐(は)き捨てるように小さく言うと、矢川は足早(あしばや)に店を去った。
人が要求する注文は、なかなか他人には理解しづらい。
完
落ちついてくると、しんみりした気分になる。心が安らいで、椅子(いす)にドッコイショ! と座ったような具合だ。ひょっとすると、心は茶などを啜(すす)っているのかも知れない。逆転して、心が騒いだ状態では、しんみりと茶など啜っている場合ではなくなるから、心は椅子から立ち上がり、右へ左へ・・と、あたふたと、し出す。ただ、これは当事者だけが分かる感覚で、赤の他人には皆目(かいもく)、しんみり、あたふた感は分からない。
「ブルマンをもらおうか…」
とある駅前の古風な喫茶店である。店へ入った渋い感じの中年男がパーコーレーダーが置かれたカウンター席へと座り、しんみりした語り口調で格好よく言った。まるで西部劇に出てくる、カウボーイが酒場へ入った、いい場面に似た雰囲気だ。
「はい。しばらく、お待ちを…」
老(お)いた店主も負けてはいない。落ちついたもの静かな語り口調で、しんみりと返した。ところが二人とも、言葉とは裏腹に、心はあたふたと焦(あせ)っていた。店主は今にも漏れそうなほどの尿意を感じていたから、あたふたしていた。一方、客の中年男は、店の窓越しに見える駅の乗降客に焦っていた。というのも、待ち合わせた時間が過ぎていたが、一向にその女の姿が見えなかったからだ。態(てい)よく振られた格好なのだが、この男のプライドがそれを許さなかった。必ず来るはずだっ! が、この男をあたふたさせていたのである。
しんみりとあたふたには、こういう逆転した二面性があるのだが、他人には分からないのだから面白い。
完
起死回生(きしかいせい)・・とくれば、逆転・・という言葉がよく合う。それほど、起死回生の四文字には、ほぼ諦(あきら)めていた当事者をオオッ! と感動させるオーラ[雰囲気]がある訳だ。むろん、起死回生された側からすれば、ほぼ、こちらの…と勝利を確信していたのだから、チェ! とテンションが下がることにはなる。
明日の発表会に向けたママさんコーラスの最終打ち合わせが公民館の和室で行われていた。確認をしているのは部長の大口(おおぐち)だ。
「奥目(おくめ)さん! 出席できますかっ!?」
「出来ないとは思いますが…」
奥目は小さな声で大口に返した。
「えっ? どちらなんです?」
「それが…上手(うま)くすれば参加、出来るんですが、ほぼ出来ない・・というようなことで…」
「出来ない・・で、よろしいですね?」
「ええ、まあ…」
「はい! それじゃ、顎長(あごなが)さんは?」
大口の出欠確認は進んでいった。奥目はお茶を飲みながらお茶を濁(にご)した。奥目がはっきりしなかったのには理由がある。中学二年のドラ息子の不始末で学校に呼び出されていたのだ。重(かさ)なった時間から見て、早く済めば発表会に間に合い、長びけばアウトとなる。ここは起死回生の妙案が浮かべば…と奥目は考えたが結局、欠席・・ということで家路に着いた。
起死回生は夕食どきに訪(おとず)れた。
「な~んだ! それなら、俺が行ってやるよっ!」
ポ~ン! と長打のホームランを打ったのは夫だった。上手(うま)い具合に会社の休みが取れたのだという。
「よかったわっ!!」
起死回生は、逆転のいい気分にさせる即効薬である。
完
人の生き様(ざま)には関係なく、時間は誰にも平等に流れている。ということは、有効に上手(うま)く時間を使い熟(こな)した人が好結果を得られるということだ。時間を逆転させ、過去へ戻(もど)れない以上、これから先の時間配分は人生を成功させる重要な鍵(かぎ)となってくる。
とある店の事務所前である。
「土鍋(どなぺ)さん! 申し訳ないんですが、明日の昼出(ひるで)なんですが、朝勤(あさきん)でお願いできないでしょうか?」
「なにかあったんですか?」
「ええ、実は朝勤の鉄蓋(てつぶた)さんに急用ができましてね…」
事務の係長、焼石(やきいし)は勤務簿を見ながらロッカールームから出てきた土鍋に懇願(こんがん)した。土鍋としては突然、湧(わ)いた話である。明日は昼出だから午前中に煮物を作っておこう…との腹積(はらづ)もりだったから、さて、どうしたものか…と一瞬、戸惑(とまど)った。
「いや、何かご用がお有りなら、どうしてもという訳ではありませんので…」
焼石は美味(おい)しいビビンバのように、サッ! と体を躱(かわ)して引いた。相撲で言うところの立ち合いの変化である。
「いや、そういう訳では…」
土鍋はあっけなく土俵に転げ落ちた・・という訳ではなかったが、機先(きせん)を制(せい)された。
「そうですか。でしたら、よろしくお願しますね。お疲れさまでした」
リズムよくトントントン・・と畳(たた)みかけられては、土鍋としても断る訳にはいかない。「はあ、分かりました…」と、思わず頷(うなづ)いてしまった。
帰路、土鍋は自転車を漕(こ)ぎながら思った。
『そうだ! 時間配分を変えればいいだけのことだ…』と。時間配分を変え、明日の昼から煮ればいいだけのことなのだ。何も、必ず朝に煮なければならない・・という話ではなく、急ぐ訳でもなかった。土鍋は、朝から煮物を…との考えに捉(とら)われ過ぎたばかりに、時間配分を忘れてしまったのである。火を止めても、土鍋はしばらくの間、熱を保つから雑炊(ぞうすい)には適している。
完
満員電車に揺(ゆ)られ、白髪(しらが)は疲れた身体を引き摺(ず)るように家に辿り着き、重そうに玄関戸を開けた。
「ただいまっ!」
見回したが誰もいない。すると、奥庭から出てきた飼い猫の虎丸(とらまる)が、ひと声、「ニャァ~~」と可愛(かわい)く鳴いた。人の耳には可愛く聞こえるのだが、内容は逆転していて、『お帰りっ! あんたも毎日、大変だなぁ~』くらいの意味である。
「ああ…。お前だけになったな、やさしく迎(むか)えてくれるのは…」
いかにも侘(わび)しい声で、楚々(そそ)と白髪は虎丸の頭を撫(な)でた。虎丸は、また、ひと声「ニャァ~~」と可愛く鳴いた。可愛く鳴いた・・というのは、飽(あ)くまでも白髪の感受性で、虎丸にすれば普通に声を出した程度の話なのである。人の心は、良くも悪くも、意味をデフォルメ[変形]させる。
「そうかそうか、分かってくれるか…」
虎丸はちっとも分かっていなかった。『そんな馬鹿話はどうでもいいから、早く食べさせてくれぇ~~』という意味である。
「さて、着替えるかっ! ああ、そうだ。そろそろ腹が減っただろ?」
白髪は、そう言いながら虎丸の頭を、また撫でた。虎丸は三度(みたび)、「ニャァ~~」と可愛く鳴いた。『あんたも、ようやく分かってきたじゃないかっ!』くらいの意味である。
「ほう、そうか…。待てよっ! すぐ着替えるからなっ」
と、すぐ虎丸は「ニャァ~~」と返した。『着替える前に準備しろよっ!』くらいの、催促(さいそく)する意味だった。
自分の言おうとする意味を自分以外に理解させたり、してもらうのは小難(こむずか)しい・・ということだ。
完
物事が同じように繰り返されれば進歩がない・・と考えるのが一般的だが、逆転して考え、当然、進歩の逆で荒廃も有り得る・・と考える人は少ないだろう。だから世の中は新しい方向へと進んでいく訳だが、これは世界にとって正しいようで非常に怖(こわ)い、注意を要することなのである。
とある商店街の中で、昔ながらの佇(たたず)まいを残し、商(あきな)いを続ける一軒のうらぶれた店があった。周囲の店はすべてが新しい近代的な店に様(さま)変わりしていたから、その店だけが目立っていた。ある時、もの珍しさで訪れたテレビ局の取材があった。
「川原津(かわらず)さんのお店は昔とちっとも変わりませんねぇ~。懐(なつ)かしい当時の物が、いつも置いてあるという評判なんですが、お見受けしたところ確かに…。あの…つかぬ事をお訊(き)きしますが、こんなものを今の時代でも仕入れられるんですか?」
「えっ? ええ、まあ…。私らの店は世間の店とは少し違ってましてね、異質ですから…」
「異質? といいますと?」
「異質(いしつ)は異質です。並みの質(しつ)じゃないということです」
「並みの質じゃない? …そのあたりのところを、もう少し詳(くわ)しくお聞かせ願えないでしょうか?」
「ほう…いいですよ。昔のことを繰り返しておるだけですから…」
「繰り返し・・ですか?」
「ええ、繰り返しです。もう、いいでしょうか?」
「はい…」
「この取材が繰り返しになるといけませんから…」
「はあ?」
インタビュアーは意味が分からず、訝(いぶか)しげに川原津を見た。
「いや、まあ、そういうことです…」
「はあ…」
訝しげに取材陣は取材を終え、撤収した。繰り返し・・とは、まあそういうことなのである。
完
見解の違う両者が歩み寄り、話が纏(まと)まるのは並(なみ)大抵(たいてい)のことではない。主張し合う両者は言いたい放題(ほうだい)だからそれでいいが、纏まるよう纏める者は、両者の言い分をそれなりに得心(とくしん)させなければならないから難しい。逆転して考えれば、両者以上に大変な作業なのかも知れない。
[1]と[3]は見解の相違で、もめていた。両者の代表が数十年に渡り和解を試(こころ)みたが、思うようには進展しなかった。
「いや、そのお考えは、絶対にいかんですよっ! 遺憾(いかん)に思いますっ!」
「なにをおっしゃる。私の考えこそが私どもとあなた方の関係を改善する一歩になるはずですよっ! あなたの、そういう考えこそ憤慨(ふんがい)ものでいかんですっ! 遺憾に存じますっ!」
[1]に反発し、[3]も言い返した。このままで両者の言い分が纏まるのは困難かと思われたその時である。
「まあまあ、お二方(ふたかた)。ここは私の顔を立て、お二方の言い分どおり、双方(そうほう)の言い分を認める・・という融和(ゆうわ)案を了承(りょうしょう)願えないですかなっ!」
[1]と[3]に割って入ったのは、両者の仲裁(ちゅうさい)役を買って出ていた[2]である。
「… [2]さんがそう言われるのなら、あなたの顔を立てましょう!」
「ええ、私も依存(いぞん)はありません。[2]さんの顔を立て、了承しましょう!」
拗(こじ)れていた数十年にも渡る[1]、[3]の見解の相違は逆転し、あっけなく決着したのである。[2]の顔は立ち、どういう訳か目出度(めでた)く笑顔でVサインの記念撮影となった。
まあ、話が纏まるときは、逆転して嘘(うそ)のようにあっけなく纏まるようだ。
完