我が友に櫻の花に梅が香とめて柳の枝に咲く姿と聞くばかりも床しきを心憎き獨栖みの噂の者ありけり。
たつ名 雅男の心を動かして山の井の水に浮岩あくがるる戀もあり。罪な者なり。
同族中に其人ありと知しられて一重と呼ばるヽ令孃の美色。
姉に妹に數多き同胞をこして肩ぬひ揚げの幼だちよりいで若紫ゆく末はと寄する心の人々も多かりし。
空しく二八の春も二十の春も過ぎて、何ごとぞ飽くまで優しき孝行のこヽろに似す父君母君が苦勞の種の嫁入りの相談かけ給ふごとに「我まヽながら私一生獨栖みの願ひあり。仰せに背くは罪深けれど是ばかりは」と子細もなく、千扁一律いやいやを徹ほして、果ては世上に忌しき名を謠たはれながら、狹き乙名の氣にもかけず、更ゆく歳を惜しみもせず、靜かに月花を楽しんで、態とにあらねど浮世の風に近づかねば、慈善會に袖引かれたき願ひも叶はず、園遊會に物いひなれん頼みもなくて、いとヾ高嶺の花ごヽろに苦しむ人多しと聞きし。
我、この者を知らぬ頃、いかなる風や誘ひけん、果放なき便りに令孃の噂耳にして可笑しき奴と笑つて聞きしが、その獨栖みの理由、我人ともに分らぬ處 何ゆゑか探りたく、「何ともして其女 一目見たし。否 見たしでは無く見てくれん。世は冠せ物の滅金をも秘佛と唱へて御戸帳の奧深に信を増さする習ひ。朝日かげ玉だれの小簾の外とには耻かヾやかしく、娘とも言はれぬ愚物などにて、慈悲ぶかき親の勿体をつけたる拵らへ言かも知しれず。夫れに乘りて床しがるは、雪の後朝の末つむ花に見參まへの心なるべし。笑止」と貶しながら心にかヽれば、何時も門前を通る時は夫れとなく見かへりて見ることも有れかしと待ちし。同族・同属の予感有りしか。
時はあるもの仕事の歸りがけ、日暮れ前の川岸づたひを淋しく來れば後ろより駈け拔けし自転車の主は令孃なりけり。
何處くの歸へりか黒髪おとなしやかに、白粉にはあるまじき色の肌の白さ。
衣類は何か見とむる間もなけれど、上品で高尚き姿。
もしやと敏し我知らず馳せ出せば、車の輪の何に触れてか「がたり」と音して一揺り搖れヽば自転車の籠から落つる物ありけり。
夫れと知らねば自転車は其のまヽに急ぐを、敏し何ものとも知らず我遽しく拾ひぬ。
落とし物は草子なり。顎の尖った美男弐名が睦むエロい表紙の草子なり。
我 膝を打ちぬ。
この者は腐の者であったか。腐の者 弐次元の戀を好むと聞く。獨栖みの願ひは斯様な訳であったか。
我と少し趣味趣向に相違在りしが友となれるやも知れぬ。
我、令嬢の屋敷の門を叩き令嬢の落とし物 エロい表紙の草子を令嬢に届けし。
以来、我と令嬢はそうるめいとと相成りぬ。