1/25(木)に、イオンシネマ新潟西で、上映がもうすぐ終わる気になる映画を二本連続で観よう!と言うことで、『ポンチョに夜明けの風はらませて』、『女神の見えざる手』を観て来ました。
2本目に観たのは、『女神の見えざる手』です。
ひとまず予告編はこんな感じです。
この映画の感想を書いていく前に、どういう気持ちで僕がこの映画を観に行ったのかを書いておこうと思うんですけど、はっきり言って、何の前情報もなく僕はこの映画を観に行きました。
予告編も、公式サイトも見ずに、チラシも読まずに映画を観に行ったので、誰が出るのか、大体どういうストーリーなのか、そういうことをまったく一つも知らない状態で観に行ったわけです。
それどころか、はっきり言って、直前まで自分の観に行く候補にさえ入っていなかったくらいの気持ちです。
そんな映画を観に行こうと思った理由は、たまたま弟が東京で観て面白かったと言っていた映画が新潟でやっているのを知ったので、だったら観てみるか、くらいの気持ちで観に行った訳です。
僕は結構、こういう風にまったく知らない映画を、たまたま他の人の評価を聞いたりして、なんとなくちょっとだけ興味を持って観に行く、みたいなことが多いです。
もちろん、ずっと前から楽しみにしていて観に行く映画もたくさんありますが、たまにはこうやってちょっと気になっただけのよく知らない映画を観に行くと、意外な発見や思いがけない感動があることがあるので、そういう偶然の出会いを求めて映画を観に行くことが増えました。
そうすると、結果的に映画を観る本数がどんどん増えて行くのですが、映画を観たことで自分にとって無断になることはあまりないと思っているので、映画鑑賞が趣味の自分としては、こういう映画の観方もアリだなと思っています。
ただ、映画を観る体験がは無駄にはならないとは言え、たくさん映画を観ていれば、当然当たり外れみたいなものもあるわけです。
ここで難しいのは、映画の感想や評価というものは極めて主観的なものであり、たとえ世の中でどう評価されていようが、最終的に僕がそれを好きかどうかの判断は、完全に僕の趣味なのです。
また、映画を観ながら「ここはすごいな」とか「よく出来ているな」と思う部分があったとしても、僕がその映画を好きになるかはまた別の問題だし、またその逆のこともあるのです。
さて、ではこの『女神の見えざる手』という映画、僕はどういう感想だったのかと言えば、率直に言ってあまり楽しめる映画ではありませんでした。
いや、確かに脚本も役者さんの演技もすごいな、と思いましたし、世の中でそこが評価されるのは当然だと思いますが、それと僕の気持ちはまた別、と言う訳で、個人的にはあまり観て楽しいと思える映画ではなかったのです。
ただ、ここで僕がはっきり言っておきたいのは、別に僕が面白くなかったからと言って、別に内容が悪い映画というわけではないと思いますし、実際面白かったと言っている人も大勢いるということです。
だから、ここで僕がこの映画の面白くなかった部分を批判的に書いていっても仕方ないと思いますし、第一別に批判したいこともないので、「どうして僕はこの映画を楽しめなかったのか?」という方向で感想を書いていこうと思います。
で、僕は確信しているんですけど、僕がこの映画を楽しめなかった最大の理由は、先程書いたように、まったくこの映画について調べずに観に行ったからなのではないかと思っています。
僕は映画をまったく調べずに観に行って、そこでまったく知らない物語に出会う驚きを楽しんだりするのが好きなんですけど、この『女神の見えざる手』に関しては予習せずに観るのはちょっと難易度の高い映画だったのではないかと思うのです。
まず、単純にこの映画の物語があまりに自分に予備知識の少なすぎる世界だったので、理解するのが難しかったということがあるのではないかと思います。
この映画は、ロビイストというアメリカで戦略を考えるプロたちの物語なのですが、僕はロビイストという職業をこの映画を観るまでまったく知らなかったのです。
だから、「一体ロビイストとは何なのだろう?」という部分でいきなり僕はつまづいてしまった上に、アメリカの政治や社会情勢、文化、世相などの複雑な背景を舞台に、専門用語も次々と登場するし、さらにはテンポもものすごく速いので、かなり頭フル回転で観たもののついていけず、ひたすら疲れてしまったなあというのが正直なところです。
世の中にはまったく知らない設定や専門用語が次々と登場してくるにもかかわらずグイグイ引き込まれてしまう映画というのもありますが、僕にとってこの映画がそうではなかったのは、おそらくこの映画が描いているロビイスト達の世界が、単純に僕にとって興味をそそられない世界だったから、というのも大きいのではないかと思っています。
そして、もう一つ思うのは、予告編やチラシを見ずに映画を観てしまったことで、僕がどういう気持ちでこの映画を観ればいいのか分からなかった、という理由もあると思います。
この映画は、チラシを読むと大きく「彼女はアメリカを毒で制す」「銃社会を止めるために仕掛けた一手とは」と書いてあるので、おそらく主人公は一応正義として描かれていて、彼女の活躍を楽しむ映画であることは、なんとなく察しがつきます。
しかし、僕はそれさえもまったく頭に入れずに観に行ったので、主人公のことを応援すればいいのか、どういう気持ちでこの映画を観ればいいのかが、まったく判断できないまま、映画が終わってしまったのです。
具体的に言うと、主人公は銃を規制する法律のために活躍するので、そう考えると僕の気持ちとしては応援したいところなんですが、どうしても主人公が好きになれないので、素直に応援できず…という複雑な気持ちで最後まで観てしまったのです。
しかし、最後まで観れば分かるのですが、彼女は毒の利いたアンチ・ヒロイン的な存在として描かれてはいるし、これは人間としてどうなんだ…みたいな間違った行動もいくつか登場するものの、最終的にはしっかりと悪を正す存在として描かれているので、応援しながら観れば確実にカタルシスを得られる映画になっているのです。
だから、見終わってから、ああ、最初から彼女を応援しながら観ていれば良かったなあ…そうやって観ていれば、あそこのシーンで感動できたなあ…あそこのシーンでハラハラできたなあ…などと、映画の出来がいいだけにかなり後悔をしました。
最初に書きましたが、僕は基本的に映画を予習せずに観に行って、まったく知らない世界にゼロから出会って一つも予想できない驚きを楽しむ、みたいなことが好きなのです。
昨年、『ラ・ラ・ランド』をその状態で観に行ってかなり楽しんだのですが、あとで予告編を観たら僕からしたらかなりネタバレに近いものが映っていたので、最近では予告編すら見ずに映画を観に行くことが増えていました。
しかし考えてみれば、たとえ予告編を観ていなかったとしても、例えばジャッキー・チェンやトム・クルーズが主演なら当然のように応援しながら観るでしょう。
また、例えば僕がSF映画が好きなのは、ある程度色々な作品を観てSF用語を知っているからであって、もしSFに馴染みのない人が『インターステラ―』を観たら僕のように楽しめないかも知れません。
そう考えると、映画というものは観る者にある程度の予備知識を求めていることが結構多いのではないかと思うのです。
それが最初からもともと自分が詳しい分野のものであれば問題はないのですが、この映画のロビイストのようにまったく知識がない映画については、ある程度の予習が必要なのかも知れません。
そしてたとえ知識がない人でも楽しめるようにするために、「こういう映画ですよ」というものを伝えるという役割も、予告編にはあるのではないだろうか、という気もしています。
なので、これからは観に行く映画は、一応一度くらいは予告編を観ておいた方が無難なのかな…という気もしています。
それにしても、予告編を観たりして予習しておいた方が楽しめる映画もあれば、予告編も何も観ずにまっさらな状態でいきなり観た方が楽しめる映画もあるので、そこの判断は難しいですよね。
まあ、それだけ色々なタイプの映画が世の中にはあるわけなので、ここ最近で映画を観る本数が増えて来たとはいえ、やっぱり映画という文化は自分にはまだまだ簡単には理解できない奥深いものだなあとつくづく思います。
2本目に観たのは、『女神の見えざる手』です。
ひとまず予告編はこんな感じです。
この映画の感想を書いていく前に、どういう気持ちで僕がこの映画を観に行ったのかを書いておこうと思うんですけど、はっきり言って、何の前情報もなく僕はこの映画を観に行きました。
予告編も、公式サイトも見ずに、チラシも読まずに映画を観に行ったので、誰が出るのか、大体どういうストーリーなのか、そういうことをまったく一つも知らない状態で観に行ったわけです。
それどころか、はっきり言って、直前まで自分の観に行く候補にさえ入っていなかったくらいの気持ちです。
そんな映画を観に行こうと思った理由は、たまたま弟が東京で観て面白かったと言っていた映画が新潟でやっているのを知ったので、だったら観てみるか、くらいの気持ちで観に行った訳です。
僕は結構、こういう風にまったく知らない映画を、たまたま他の人の評価を聞いたりして、なんとなくちょっとだけ興味を持って観に行く、みたいなことが多いです。
もちろん、ずっと前から楽しみにしていて観に行く映画もたくさんありますが、たまにはこうやってちょっと気になっただけのよく知らない映画を観に行くと、意外な発見や思いがけない感動があることがあるので、そういう偶然の出会いを求めて映画を観に行くことが増えました。
そうすると、結果的に映画を観る本数がどんどん増えて行くのですが、映画を観たことで自分にとって無断になることはあまりないと思っているので、映画鑑賞が趣味の自分としては、こういう映画の観方もアリだなと思っています。
ただ、映画を観る体験がは無駄にはならないとは言え、たくさん映画を観ていれば、当然当たり外れみたいなものもあるわけです。
ここで難しいのは、映画の感想や評価というものは極めて主観的なものであり、たとえ世の中でどう評価されていようが、最終的に僕がそれを好きかどうかの判断は、完全に僕の趣味なのです。
また、映画を観ながら「ここはすごいな」とか「よく出来ているな」と思う部分があったとしても、僕がその映画を好きになるかはまた別の問題だし、またその逆のこともあるのです。
さて、ではこの『女神の見えざる手』という映画、僕はどういう感想だったのかと言えば、率直に言ってあまり楽しめる映画ではありませんでした。
いや、確かに脚本も役者さんの演技もすごいな、と思いましたし、世の中でそこが評価されるのは当然だと思いますが、それと僕の気持ちはまた別、と言う訳で、個人的にはあまり観て楽しいと思える映画ではなかったのです。
ただ、ここで僕がはっきり言っておきたいのは、別に僕が面白くなかったからと言って、別に内容が悪い映画というわけではないと思いますし、実際面白かったと言っている人も大勢いるということです。
だから、ここで僕がこの映画の面白くなかった部分を批判的に書いていっても仕方ないと思いますし、第一別に批判したいこともないので、「どうして僕はこの映画を楽しめなかったのか?」という方向で感想を書いていこうと思います。
で、僕は確信しているんですけど、僕がこの映画を楽しめなかった最大の理由は、先程書いたように、まったくこの映画について調べずに観に行ったからなのではないかと思っています。
僕は映画をまったく調べずに観に行って、そこでまったく知らない物語に出会う驚きを楽しんだりするのが好きなんですけど、この『女神の見えざる手』に関しては予習せずに観るのはちょっと難易度の高い映画だったのではないかと思うのです。
まず、単純にこの映画の物語があまりに自分に予備知識の少なすぎる世界だったので、理解するのが難しかったということがあるのではないかと思います。
この映画は、ロビイストというアメリカで戦略を考えるプロたちの物語なのですが、僕はロビイストという職業をこの映画を観るまでまったく知らなかったのです。
だから、「一体ロビイストとは何なのだろう?」という部分でいきなり僕はつまづいてしまった上に、アメリカの政治や社会情勢、文化、世相などの複雑な背景を舞台に、専門用語も次々と登場するし、さらにはテンポもものすごく速いので、かなり頭フル回転で観たもののついていけず、ひたすら疲れてしまったなあというのが正直なところです。
世の中にはまったく知らない設定や専門用語が次々と登場してくるにもかかわらずグイグイ引き込まれてしまう映画というのもありますが、僕にとってこの映画がそうではなかったのは、おそらくこの映画が描いているロビイスト達の世界が、単純に僕にとって興味をそそられない世界だったから、というのも大きいのではないかと思っています。
そして、もう一つ思うのは、予告編やチラシを見ずに映画を観てしまったことで、僕がどういう気持ちでこの映画を観ればいいのか分からなかった、という理由もあると思います。
この映画は、チラシを読むと大きく「彼女はアメリカを毒で制す」「銃社会を止めるために仕掛けた一手とは」と書いてあるので、おそらく主人公は一応正義として描かれていて、彼女の活躍を楽しむ映画であることは、なんとなく察しがつきます。
しかし、僕はそれさえもまったく頭に入れずに観に行ったので、主人公のことを応援すればいいのか、どういう気持ちでこの映画を観ればいいのかが、まったく判断できないまま、映画が終わってしまったのです。
具体的に言うと、主人公は銃を規制する法律のために活躍するので、そう考えると僕の気持ちとしては応援したいところなんですが、どうしても主人公が好きになれないので、素直に応援できず…という複雑な気持ちで最後まで観てしまったのです。
しかし、最後まで観れば分かるのですが、彼女は毒の利いたアンチ・ヒロイン的な存在として描かれてはいるし、これは人間としてどうなんだ…みたいな間違った行動もいくつか登場するものの、最終的にはしっかりと悪を正す存在として描かれているので、応援しながら観れば確実にカタルシスを得られる映画になっているのです。
だから、見終わってから、ああ、最初から彼女を応援しながら観ていれば良かったなあ…そうやって観ていれば、あそこのシーンで感動できたなあ…あそこのシーンでハラハラできたなあ…などと、映画の出来がいいだけにかなり後悔をしました。
最初に書きましたが、僕は基本的に映画を予習せずに観に行って、まったく知らない世界にゼロから出会って一つも予想できない驚きを楽しむ、みたいなことが好きなのです。
昨年、『ラ・ラ・ランド』をその状態で観に行ってかなり楽しんだのですが、あとで予告編を観たら僕からしたらかなりネタバレに近いものが映っていたので、最近では予告編すら見ずに映画を観に行くことが増えていました。
しかし考えてみれば、たとえ予告編を観ていなかったとしても、例えばジャッキー・チェンやトム・クルーズが主演なら当然のように応援しながら観るでしょう。
また、例えば僕がSF映画が好きなのは、ある程度色々な作品を観てSF用語を知っているからであって、もしSFに馴染みのない人が『インターステラ―』を観たら僕のように楽しめないかも知れません。
そう考えると、映画というものは観る者にある程度の予備知識を求めていることが結構多いのではないかと思うのです。
それが最初からもともと自分が詳しい分野のものであれば問題はないのですが、この映画のロビイストのようにまったく知識がない映画については、ある程度の予習が必要なのかも知れません。
そしてたとえ知識がない人でも楽しめるようにするために、「こういう映画ですよ」というものを伝えるという役割も、予告編にはあるのではないだろうか、という気もしています。
なので、これからは観に行く映画は、一応一度くらいは予告編を観ておいた方が無難なのかな…という気もしています。
それにしても、予告編を観たりして予習しておいた方が楽しめる映画もあれば、予告編も何も観ずにまっさらな状態でいきなり観た方が楽しめる映画もあるので、そこの判断は難しいですよね。
まあ、それだけ色々なタイプの映画が世の中にはあるわけなので、ここ最近で映画を観る本数が増えて来たとはいえ、やっぱり映画という文化は自分にはまだまだ簡単には理解できない奥深いものだなあとつくづく思います。