元幸福の科学の会員で1987年より三十数年間、在籍し、活動をしてきました。その間を振りかえります。

最初は勉強会だったのに大川隆法氏は1991年に突然に自分は地球神・エルカンターレだと宣言し、宗教法人となった。

【心の王者となれ】

2021-03-25 01:05:15 | 日記

何か問題があったときには、

「自分自身の問題として何かできることはないか」

「自分の心の持ちようを変えることができないか」

ということを、まず考える癖をつけてほしいと思います。

みなさんには、「心の王者」「心の支配者」

になっていただきたいのです。


『真のエリートを目指して』 P.123より


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【究極の知価革命とは】

2021-03-25 01:02:11 | 日記

https://ryuho-okawa.org/quotes/20190525/


あの世に旅立つ時には、

この世の地位も学歴も、財産も、

名声もいったんゼロにして査定される。


神仏の存在を考えて生きていたか。

素直な信仰心は持っていたか。

公平無私の心を持っていたか。

愛の思い、利他の思いはいかほどであったか。


また、知識の時代とは言っても、

この世限りの知識の虚しさは、

現代的知識人にはとうてい分かりかねるものがあろう。

宗教的な意味をも含めた知価革命こそ、

情報社会の先にある「究極の知価革命」と言えよう。


『堺屋太一の霊言』 あとがきより


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【男性が注意すべき考え方】

2021-03-25 01:01:29 | 日記

男性は、いったん、「敵」あるいは「自分にとって有害な人」

という分類をしてしまうと、なかなか、その分類を変えようとはしません

しかし、「そういう分類をするのは少し待ちなさい。

結論を出すのは、まだ早い」と私は言いたいのです。

すぐに白黒を付けずしばらくは、

可能性を持った灰色として眺めてみる必要があります。


復活の法 P.181より


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【宗教教育はなぜ大切か】

2021-03-25 01:00:46 | 日記

「宗教教育はなぜ大切か」というテーマに対して、

私の考えを述べるとすれば、

それは、「人間は、常に新しいフロンティア、

未開拓の地平に向かって突き進んでいく存在でなければならない」ということです。

現にあるものを、「ある」と見るだけでは、

学問の進歩はありません。
本来、教育が、学問の進歩に資するものであるならば、

現時点では未確認のもの、あるいは不確定であり、

未知数であるようなものを、避けて通ってはならないのであって、

むしろ、真剣に立ち向かっていくことが大事です。


したがって、第一印象で拒絶するのではなく、

「実際には、どのようになっているのか」を考え、立ち向かっていくことです。


教育の使命 P.140より


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【考えを行動に】

2021-03-25 01:00:30 | 日記

https://ryuho-okawa.org/quotes/20200131/

繰り返し、「あなたの考えが、あなたの人生を決めます」

と説いているのですが、

考えている「つもり」だけでは駄目です。

考えていることについて、

何か一歩を踏み出さなくてはいけません。


「態度で示す」「言葉で示す」「行動で示す」「外見で示す」

など、いろいろなかたちで、

自分の考えていることを外側に打ち出していくことが必要です。

そして、それを打ち出すことを恐れていてはいけないのです。

『Think Big!』 P.160よ


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【成功の元手を探す】

2021-03-25 01:00:18 | 日記

https://ryuho-okawa.org/quotes/20200203/

「自分のなかに潜んでいる最大の特徴は、

いったい何なのか。

最大の武器は何であるのか」

ということを考えてみることです。


それが、あなたが成功していくための元手になるものです。


『発展思考 〔改訂版〕』 P.159より


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【宗教の精神】

2021-03-25 00:58:08 | 日記

https://ryuho-okawa.org/quotes/20200120/

「宗教の精神のなかには、

自分の欲を抑え、

世のためにお返しをしていかなければならないという気持ちが入っているのだ」

ということは、どうか忘れないでいてください。


それもまた、自分自身の進化につながるものなのです。

『青銅の法』 P.142より


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【考えを行動に】

2021-03-25 00:57:14 | 日記

https://ryuho-okawa.org/quotes/20200131/

繰り返し、「あなたの考えが、あなたの人生を決めます」

と説いているのですが、

考えている「つもり」だけでは駄目です。

考えていることについて、何か一歩を踏み出さなくてはいけません。


「態度で示す」「言葉で示す」「行動で示す」「外見で示す」など、

いろいろなかたちで、自分の考えていることを外側に打ち出していくことが必要です。

そして、それを打ち出すことを恐れていてはいけないのです。


『Think Big!』 P.160より



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幸福の科学・大川隆法氏の教えを一言で言うと、それは・・・・・・まとめてみました。

2021-03-25 00:56:54 | 日記

大川隆法氏の教えを一言で言うと、それは「ネバーギブアップ」

どんな事があっても、「絶対に自分の人生をあきらめない」です!

生きていると、子供の時から様々な事が起きてくる。つらい事、悲しい事がおきるたびに自分はなんてダメな人間と思い落ち込むことは多い。

時々、失敗や挫折で、自分の人生はもうダメだと。とあきらめかけることもある。

このような時に幸福の科学では、

 

幾つかの挫折や失敗は、誰にでもあるでしょう。

ただ、「それを、単に、自分に対する烙印として、 

つまり悪しき劣等感のようなものとして刻印するか」、 

それとも、「そのなかから何かを学んで立ち上がるか」は、 

その人の選択に委(ゆだ)ねられているのです。


幸福の科学で、「人はみな神仏の子で、心の内に必ずその輝きが宿っている」と知って、

自分の長所を見られるようになり、自信が生まれました。

それから「人はそれぞれ、使命を持って生まれてくる」「神様は、その人が乗り越えられない試練は与えない」

という教えを学んでから、困難が目の前に現れても

「自分を鍛え、使命を果たすために与えられた試練であり、必要なプロセスなんだ」と思うようになりました。 

必ず乗り越えていける!」と前向きに捉えられるようになりました。! 

挫折、失敗から教訓を学び、心の糧とせよ


挫折、失敗に負けないで克服すれば


あなたの心は大きく豊かとなり


人の心の痛みをわかる人に変わるのだ

そして後に続く若い人達にアドバイスできる
尊い存在となるのだ。


挫折、失敗を恐れてはならない
何事にも挑戦すべきだ。


人々よ人生に勝利せよ!
生きていると、つらい、悲しいことはたくさんある。
しかし、これをマイナスな事だと思ってはならない。

これは、あなたの人間性を高めるための必要な試練であり、栄養素なのだ

 

人はどこから来てどこへ行くのか、人は何のために生きているのか、

人生の苦しみにはいったいどんな意味があるのか、という疑問への明快な答えがあったのです。 

その一つ一つが魂修行に必要な「人生の問題集」だったんだということがわかったからです。


人間は生きていく過程でぶつかるさまざまな困難のなかで魂の修行をしている、というもの。

いろんな苦しみにある人を見てきたけれど、その一つ一つが魂修行に必要な「人生の問題集」だったんだということがわかったからです。 

さらに幸福の科学では、人は心によき種をまき、努力を重ねることで、人生を変えていくことができるという「縁起の法」が説かれていました。

 

「プラスの結果が出てくれば、もちろんそれを実力としてゆく。 

マイナスの結果が出てくれば、それを反省材料として教訓を身に付け、さらに大いなる発展の種をまいてゆく。 

何が出ても、雪ダルマのように転がって大きくなっていくしかない」このような生き方をしていると人生は楽しいですし、

常に勝利を続けていることになります。 

いろいろな苦難・困難の時があっても、それを利用し、逆手にとって、さらにプラスのものを出してゆくというのが常勝思考なのです

これが、幸福の科学・大川隆法氏の教えです。

 

セルフイメージ(自己像)を変えると劇的に現実が変わる。映画を製作、上映できました!!(体験談)

 

今は「何があっても大丈夫!」逆境をバネに。(体験談)


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【無償化への警笛】

2021-03-25 00:56:31 | 日記

https://ryuho-okawa.org/quotes/20190722/

社会保障や医療、教育などがタダになる方向へ行くのは、

まことにありがたいことのように聞こえます。

確かに、「自助努力だけではどうにもならず、

セーフティネットがなければ救われない」という人も一部いることは事実ですし、

そういう人を救うことも公的な仕事ではあるでしょう。


しかし、まだまだ元気で働ける人たち、働く意欲が旺盛な人たち、

資本主義の精神を体現して頑張っているような人たちを、

わざわざ怠惰にする方向へ引っ張っていくならば、

それは、「国の没落を意味する」と言わざるをえないのです。


ゆえに、社会保障や医療、教育などがタダになる方向へ行くのは、

問題であると思います。


『未来への国家戦略』 P.69より


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【個性を輝かせるために】

2021-03-25 00:56:12 | 日記

https://ryuho-okawa.org/quotes/20200210/

もちろん、生まれついての性格はありますし、

それぞれの人に性格の違いはありますが、

現状を単によしとするのではなく、

「自分の持っている性格のなかから、

いかに、成功的要因を引き出すか。

あるいは、失敗的要因が発芽しないように抑えるか」

ということが大事なのです。


『不況に打ち克つ仕事法』 P.145より


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怒ってばかりだった母との和解「意地悪してごめんね」(体験談)

2021-03-25 00:55:54 | 日記

http://voicee.jp/201401154573

 「さっさと、やりんさいや!」

私の実家は広島の郊外にある、大きな古い平屋で、裏手には、家族の食事用の作物をつくる田畑がありました。私は、小学校にあがる前から、いろいろと家の手伝いをさせられました。

掃除、洗たく、風呂焚き、畑から野菜をとってくること……。いつも、母から、たくさんの用事を言いつけられます。私には、それが苦痛でした。

「何回ゆうたら、わかるんね。ちゃんと片付けんさい、ゆうたじゃろう」

ささいなことでも、大声で怒られます。口答えや言い訳などしようものなら、もっと怒られます。私は、言い訳したい気持ちをぐっとこらえ、できるだけ早く、母に言われたように動くよう努力しました。

「言ってもわからんのんじゃったら、もう外に出ときんさい!」

ときには、夕食を抜かれたり、家の外に閉め出されることもありました。テストでいい点をとって、母の機嫌をとろうと、一生懸命、勉強しました。両親の仲も悪く、夫婦げんかはしょっちゅう。言い争う声を聞いていると、暗い気持ちになりました。


自由になりたい

小学校4年生のころのこと。よく家に遊びに行くようになった、友だちのお母さんは、とても優しい人でした。家事もお母さんがとりしきっているようです。私の家とは違う……ショックでした。

「もう、こんな家にいたくないな。そうだ、伯母さんの家に行こう」

私は、貯金箱から小遣いを取り出し、身の回りのものをリュックにつめました。母が出かけている間に、3歳下の妹をつれて、そっと家を出ました。

妹の手を引き、記憶だけをたよりに、かなりの距離を歩き、さらに三十分ほどバスに乗って、なんとか伯母の家にたどりつきました。

「どうしたん? あんたら、2人で来たん?」

私たちを見た伯母はびっくり。すぐ、私の家に電話すると、あわてた母が迎えに来ました。母は、なにも言わず、とても怖い顔をしていました。

自由になりたいなあ……何度もそう思いました。


憂うつな日々

中学、高校になってからも、やはり、母に振り回されていました。母の気持ちが荒れてくると、私も、父や妹も、母の怒りに巻き込まれるような感じでした。

家族はみんな、それとなく母の様子を気遣いながら、過ごしていました。私にとっては、なんとなく心の晴れない10代でした。

いつしか私は、人の言われるままに生きるようになっていました。「こうしたい」とか「こうなりたい」とか、将来の目標や理想のようなものは、私にはありませんでした。未来が明るいもののようには思えなかったのです。

高校卒業後は、担任の先生の勧めるままに、県内の短大に進みました。就職活動の時期も、自分からは何もせず、様子を見かねた先生が勧めてくれた地元の会社に、ようやく就職を決めました。

私は、会社で事務職として働きはじめました。幸い職場の人間関係はよく、私はまじめに仕事をこなしました。友だちにも恵まれ、それなりに楽しい時間を過ごしていました。

けれど、社会人となり、いろいろな人と接するなかで、私は、自分の気持ちをきちんと伝えることができないことに、しだいに苦しみを感じはじめました。心のなかでは嫌だと思っていても、断ることができません。

相手に不愉快な思いをさせたり、人間関係のトラブルが起きることが心配で、つい「はい」と言ってしまう……。

そんな自分が嫌いでした。「私は、こんな苦しい感じのままで、ずっと生きていくんかな」と、なんとも言えない空しい感じがしていました。


親子には深い縁がある

ある日、会社の更衣室で帰る準備をしていると、先輩が、なにげなく椅子のうえに置いた本『神霊界入門』(現在『大川隆法霊言全集』第26巻、第27巻に所収。小桜姫の霊言)に目が留まりました。なんとなく、神秘的な感じのする本で、興味をひかれました。

「その本、貸してもらえますか?」

先輩にお願いして、借りて帰りました。自宅でさっそく読みはじめると、すぐに本の内容にひきこまれていきました。あの世の世界や生まれ変わりのことなど、聞いたこともないような話ばかりでした。

夢中で読み進めていくと、ある一節で目が留まりました。

「親子の関係というものは非常に縁の深いものです。これは1回や2回の生まれ変わりでできたものではありません」

あの母と深い縁があるなんて、いままで考えたこともありません。考えれば考えるほど不思議な感じがして、「親子の縁」ということが、深く心に残りました。私は一晩で本を読み終わってしまいました。そ

れが、大川隆法先生の本との出会いでした。


心が満たされていく

「この本、ありがとうございました。とても面白かったです。もっと読んでみたいのですが……」
「本屋さんに行けば、他にも売っとるよ」

先輩と相談し、互いに違う本を買って、交換して読むことにしました。そして、次つぎと新しい本を読みふけりました。

「苦悩には苦悩の意味があり、悲しみには悲しみの意味があるのです」「愛なくして幸福はありません」――。読めば読むほど、心が軽くなっていきました。

大川隆法先生の本には、さまざまなものの見方や考え方が説かれています。私にとって苦しみとしか思えなかったことも、違う見方をすることができるのだとわかり、とても気持ちが楽になりました。

嫌いだと思っている自分自身のことも、変えてゆくことができる。自分の意志で人生も変えてゆくことができる──。そのことを知って、未来が明るく見えてきました。カラカラだった心が、真理の言葉で満たされていくようでした。

片時も大川隆法先生の書籍を離したくなくて、ちょっとした時間にも本を開きました。 先輩といっしょに、職場の他の人たちにも、幸福の科学の本を勧めました。

私は、幸福の科学の機関誌も読むようになりました。あるとき、「情熱からの出発」(『悟りの極致とは何か』第2章に所収)という講演会の内容が載っていました。

「光の力が結集しなければ、とうてい、全人類、全日本人を幸福にするだけのエネルギーには足りないのです」

私も、この教えを広めていくお手伝いがしたい。光の力となって、もっと多くの人を幸福にしていきたい――。そんな気持ちがわいてきて、私は、幸福の科学に入会することにしたのです。


問題集を解かにゃいけん

幸福の科学に出会う前の私は、いつも、母の顔色をうかがいながら過ごしていました。私の人生にとって、母の存在は苦しみの種。心のなかで母のことを責め、できれば逃げ出したいと思っていました。しかし、仏法真理を学ぶうちに、「このままではいけない」という思いが強くなってきました。

仏法真理によれば、人生は一冊の問題集であり、この問題集は、各人が努力して解いていかなければならないのだと言います。そして、悩みの中心こそ、人生の問題集が何であるかを教えてくれているものなのだと言うのです。

私は、いろいろな本のなかから、問題を解くヒントをさがしました。すると、「与える愛」の教えが、私の心にひびいてきました。

「愛に苦しむ人々よ、よく聞きなさい。……みかえりを求めることは、ほんとうの愛ではありません。ほんとうの愛とは、与える愛です」(『太陽の法』第3章)

苦しかったのは、私が、お母さんにみかえりを求めていたからかもしれないと思いました。問題集を解いていくには、きっと、愛を与えていくことが大切なんだ――。私は、母に対して、与える愛を実践していこうと決意しました。まずは、感謝の言葉を口に出すことから……。

それまでは、母への反発心から、「料理がおいしい」という言葉さえ、ろくに口にしたことがなかった私。ささやかな一言でも、勇気がいりました。

「今日の料理、ほんまにおいしいね」
「……してもらって、うれしかったよ。ありがとう」

ちょっとした折に、感謝を口に出します。しかし、頑張っているわりには、母の反応がありません。つれない態度に、「もうやめようか」と思うことも少なくありませんでした。

けれど、そのたびに、「みかえりを求めちゃいけん。私から、与えていくことが大事なんだ」と自分を励まし、努力を続けました。


母の涙

それからしばらくして、私が、いつものように読書をしていると、突然、母が部屋にやってきました。

「そんなに本ばっかり読んじゃいけん!」

そう大きな声で言うなり、すぐ出て行ってしまいました。私はあっけにとられながらも、なぜか、母の目にいっぱいたまっていた涙が、心に焼きついて離れません。母がそんなふうに泣いている姿など、見たことがありません。

「お母さん、私を気遣って、泣いとったんじゃろうか」

気がつけば、すぐ思い浮かぶ母の姿は、怒っている顔や、厳しい表情ばかり。はっとしました。

「私は、かたよった見方をしてきたんじゃないじゃろうか……」

子供のころの母の姿が、次つぎと思い浮かんできました。毎日の食事やお弁当づくり。母親参観のとき。運動会。家族旅行……。あらためて思い返すと、母にしてもらったことが、たくさんよみがえってきます。涙があふれてきました。

「こんなに愛してもらっとったのに。私が心を閉じて、お母さんの愛情を受け入れんかっただけだったんじゃね。お母さん、ごめんなさい」

あとからあとから涙があふれます。はじめて、心から素直に母に謝りました。それからは、いっそう心を込めて、母への感謝を、言葉や行動で表しました。

ゆっくりと話を聴き、母が興味を持ちそうな幸福の科学の本を勧めました。2、3日すると、母に渡した本が、食卓の私の席に置いてありました。

「これ、もう、読み終わったの?」
「ああ、読んだよ」

何冊も、そんな調子でした。私にはなにも言いませんが、母も考えるところがある様子でした。それから数カ月して、母は自ら幸福の科学に入会したのです。私は、ひとつ母に恩返しできたような気がして、とてもほっとしました。

母との対話のなかで

その後、私は結婚して実家を離れました。なんとなく母のことが気がかりで、しばしば電話しては、話を聴き、なぐさめたり、励ましたり。けれども、母は感情的になると、以前のように、言葉がきつくなってきます。

「仏法真理を学んどるはずなのに」と思うと、責める心が出て、心が揺れました。しかし、仏法真理では、相手を責めるのではなく、理解することが大事だと教わっています。私は、母のことをもっとよく知ろうと思いました。

子供のころのことを尋ねてみると、母は少しずつ話してくれました。母の実家は裕福な家で、祖母は厳格な人だったこと。ある日、家の戸締りをしなかったとひどく叱られ、いらない子のように言われて、とても傷ついたこと……。はじめて聴く話ばかりでした。

話を聴くうちに、母にとっての母親とは厳しいものだったのだとわかりました。そして、自分の叱られた経験から、「自分の子供には同じ思いをさせないように、しっかりした子に育てんといけん」と、一生懸命だったのだとわかりました。

私を叱った厳しさのなかに、母なりの愛情が込められていたのです。そのことに気づいてからは、母のきつい言葉も、徐々に心にひっかからなくなっていきました。やがて、私も娘を授かり、子育てをしていくなかで、いっそう母の気持ちを理解できるようになっていきました。

つらかったという気持ちは、もう、水に流そう……私の心から、わだかまりが消えていき、母と電話で話すのが楽しみになっていきました。


母の宝物

母も、幸福の科学の教えを学んで、自分を変えようと努力していました。毎日、お祈りや反省の時間をとり、自分を振り返っているようでした。

話していても、感情的にならないよう努力しているのが伝わってきます。母は少しずつ家族や周囲の人に対しても、人あたりのよい、まるい人になっていきました。

こうして、母が幸福の科学に入って、数年が過ぎたころのこと。私は、娘のSといっしょに実家に帰っていました。娘と遊んでいると、不意に、そばにいた母が言いました。

「H、大好きだよ。Hは、私の宝物だよ。ちっちゃいとき、すごい意地悪してごめんね」

とても優しい声でした。胸がいっぱいになりました。

「ありがとう……」

そう言うのがやっとです。母の顔を見ることもできません。母も、それ以上、なにも言わずに、静かにそばにいてくれました。私は、娘をあやしながら、母の愛を感じて、幸せな気持ちにひたっていました。このときから、いっそう深いところで、母と心が通いあえるようになりました。


私のいちばんの味方

いま、母は、私のいちばんの味方です。なんでも本音で話すことができ、ときには相談にものってくれる心強い存在です。

実家に帰れば、毎晩遅くまで、母と語りあいます。ほんとうに楽しくて、時を忘れてしまうほど。娘のSも、おばあちゃんが大好き。母も、私たちが帰ってくるのを楽しみにしているようです。

母は、幸福の科学の活動にも熱心に取り組んでいるようです。「多くの人に幸せになってもらいたい」と語る母の姿に、私は、母の愛情深さをあらためて感じます。

お母さんの娘に生まれることができて、本当によかった。しみじみとそう思います。いまでは、父と母、妹、そして子供たちも、幸福の科学の会員となりました。

互いに怒りをぶつけあって、心の休まらない家庭で暮らしていた私たち。それが、いま、こうして同じ仏のほうを向き、信じあい愛しあい、強く結びつきあっている──。あたりまえの家族の風景が、私にとっては、限りなく大切なものに思えます。

もし、幸福の科学にめぐりあうことができなければ、きっと、こんな日は来なかったに違いありません。あらためて、仏法真理の素晴らしさを実感し、仏への感謝があふれてきます。

この幸福をかみしめながら、これからも、大好きな母と、家族とともに、多くの方の幸せのために生きていきたいと思っています。


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【人間が変わる可能性】

2021-03-25 00:55:28 | 日記

https://ryuho-okawa.org/quotes/20200213/

 

人間には、生まれてくる前の、

魂の傾向性というものがあります。

しかし、生まれてからのち、

今世で、「どのような教育を受けたか」

「どのような職業選択をし、どのような職業生活を送ったか」

「どのような信仰生活、宗教生活をしたか」

−−この三点で、かなりのところが変わってきます。

教育と職業と宗教、この三つが変われば、別の人間になっていくのです。


『信仰告白の時代』 P.311より


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【密度の高い人生】

2021-03-25 00:55:00 | 日記

https://ryuho-okawa.org/quotes/20200207/

「今生の寿命を、この一生をどれだけ密度高く生きられるか」

ということが非常に大事であろうと思うのです。


「では、どうやったら、密度の高い人生を生きられるか」

ということですが、それには「高い志」が大事です。

『鋼鉄の法』 P.158より


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【「許す愛」の意味】

2021-03-25 00:53:53 | 日記

https://ryuho-okawa.org/quotes/20200223/

許す愛とは、

愛を広げることであり、

善念を広げることであり、

この世を光明化していき、

あの世をも光明化していく行為です。

それが許す愛であって、

暗黒を支える行為が許す愛では断じてないのです。


『宗教選択の時代』 P.86より


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