12の楽しみ!

ここでは色んな楽しいことをランダムにアップしていきます。

せともの祭り あれこれ

2023-09-15 00:46:50 | 陶磁

『第92回・せともの祭り』が2023年9月9日(土)、10日(日)に開催された。

そもそもの始まりは、量産物の2等品や半端ものを安くして在庫整理する廉売市、そして見本市でもあった。

江戸時代末期、瀬戸の陶工、加藤民吉(かとうたみきち)が九州は有田(磁器の産地)で磁器の技術を学び、陶器の瀬戸に磁器を広めた。

ゆえに彼を磁器の祖(磁祖)とし、招魂する意味もあったのだが、まあ商魂の方が圧倒する(笑)。

その昔、あの加藤唐九郎(陶芸家)も出品していたらしい。

 

さて今回、工房仲間の3人で出店。

仲間のうち1人は「ポタリー木」という屋号で活躍中である。

もう1人は、以前有名な陶芸家の下で修業していたことがあり、現在は会社員をしながら週末に作品を作っている。

なので2人には作品が十分あるが、自分は小品精鋭と思い2回焼成したが満足のいく結果とはならなかったので、昔のものをかき集めて何とかである。😅

 

今回の屋号『ポタリー窯風』については、これから先どう続いていくか未知数だったのでせともの祭り用に新しく考えたものだ。

○○窯という屋号が多い中で、窯風とはなかなか良いのではないかと思っている。広い意味で窯業の風よ吹け!

ポタリーは古いフランス語からきているらしいが、意味は陶器、陶芸、陶器製造など、セラミックスも意味はほぼ同じ。chaina(チャイナ)にも陶磁器という使い方がある。

japanに漆、漆器という意味があるように。まあ、身近なものには類語が多いものだ。

 

祭り前夜にテントを運び、翌早朝、交通規制のかかる前に作品の入ったサンテナを運ぶ。

まずはテントを立てる。便利なポップアップテントが多い中、運動会・イベント用の白テントだ。ずいぶん昔自前で買ったものが役に立つ。ただ重い!😁

それぞれが作品を並べる。作風によって何となく場所が決まる。

 

 

9時からのスタートなのだが、やきもの好きはすでにあちこちのテントを物色し始めている。駐車場も少ないので早めに来るのだ。

良いものは、それなりの値段でも売れていく。長年出店している作家にはファンがいて、新作などを楽しみにして数万円のものでも売れるのである。

祭り全体は、量産の陶磁器、作家モノ、テキヤのテントが並ぶ。その昔参加したときはその並びが無茶苦茶と言っていいほどだった。

食べ物屋の隣になると目的の違うお客さんが押し合いへし合いとなる。当然のようにトラブルが色々とあり、整理されて今日に至る。

メンバーの2人。右の女性がポタリー木の主、陶芸家として活躍中。😀

 

 

初日の天気は、晴れ。人多し!暑い!水分補給!😅

メインは瀬戸川沿いにお店が並ぶ。自分たちは尾張瀬戸駅横のビルに面している。

 

 

左のビルは、今月オープンしたルートインホテル。

ジブリパークへのお客さんを当てにしているとかいないとか。パークまでここから車で20分かからない。

 

 

コロナが終わった訳ではないが、マスクしている人はかなり少数。

また、コロナ以前は夜8時までの開催だったが、昨年からは夕方6時で終了に変わった。

午後4時前。人の波は途切れない。

 

 

と言うか増えている!

祭りは友人、知人が集まる場でもある。教室をしている彼女は生徒さんが入れ代わり立ち代わり、お話楽しそう。

窯業専門校で同期の彼には、勤め先の社長さんが見に来たり(笑)。もちろん作品に興味・関心をもってお話しするお客さんも。

 

 

初日は午後6時に閉店。いったん作品を仕舞う。

最終日が花火だと思っていたが、初日だった。

6時半から45分間ではなく、6時45分までと言う15分間の短さ。まだコロナの影響が残っている⁈

交通規制した交差点に大勢の人が座って花火を待っている。自分は帰り道の途中で(笑)。

 

 

別の角度から、なんか家の明かりとイイ感じ。

 

 

しっかりと花火を見たのは久々。今年見る花火、最初で最後かな。花火が上がらないパンデミックは、なかなかのもんだったな。

今はヨーロッパの戦争が大変だが、コロナが続いていたら戦争は起きなかったかもしれない。どちらも困るけど。

同じ火薬でも花火が断然良い。😎

 

 

翌日の朝。青空だ。

 

 

さあ、2日目がんばろう!

 

 

自分は売るのが目的と言うより、陶芸活動のリハビリなので過去作品で手前の大皿を持参した。

技術的には、レリーフのようにカンナで彫り、釉薬を厚めにかけて濃淡を出している。

自身でもまずまずの出来栄え。何人かのお客さんが、至極感心されていたのが嬉しかった。

『お金持ちなら買えるけど』とおっしゃるご婦人に・・・感謝。😄

青瓷蔦紋大皿(せいじつたもんおおざら)

径41.3㎝ × 高5.4㎝

さてさて、天気予報では午後に通り雨が来る。せともの祭りは必ず雨が降るという伝説がある。

先に書いた加藤民吉にまつわる話である。九州で修行していたころ、当地で奥さんをもらう。

修行を終えた民吉は、磁器の製法を瀬戸に広めるため、奥さんと子供を残して一人瀬戸に帰ってきたそうだ。奥さんは民吉を追って瀬戸まで来たそうだが、

村人は九州に連れ戻されるのではないかと心配して、いろいろ理由を付けて会わせなかったそうな。

悲しみに暮れた奥さんは、入水して自ら命を絶った。それ以来せともの祭りの時は、必ず奥さんの涙雨が降るようになったと。

伝説なので、実際は色々と矛盾があり真実とは異なるようだ。しかし、雨は降るのである。瀬戸の人間はそう信じている。

心の奥底に瀬戸人としての何とも言えない気持ちを抱えている。

なので磁祖と敬われ瀬戸焼に貢献したにもかかわらず、民吉グッズも民吉饅頭も瀬戸にはないのかもしれない。🙄

興味深いことに修行先の有田では、民吉最中が売られ、♪~民吉よか男~って盆踊りまであるそうだ。

ちなみに民吉最中を食べたことがあるが甘さ控えめで美味しかった。😆

 

 

雨雲が厚くなってきた。ぽつりぽつりと振り出したかと思った次の瞬間一気に土砂降り、雷も響き、おまけに風が強く横殴りの雨。

祭り開催中に降る雨としてこれほどの強い雨は何年ぶりだろう!

しかも5分、10分で止むかと思えば40~50分続いた。

駅隣接のビルは、身動きできないほどの雨宿りの人々。丁度、同じフロアにあるコンビニからで出ようとして動けない。😫

なんとかテントに戻る。風が強くテントが浮きそうである。3人で必死にテントを抑える。

自分は備えでカッパを持って来ていたがここまで降る予想はしていなかったので上着だけ。

テントの梁にぶら下がるぐらいでい必死で抑えたが、横殴りの雨でズボンは、びっしょり。早く止んでくれることを願いつつ耐える。

左端が自分(笑)。

 

 

テント内には避難してきたカップルが2組ほどいたが、一組はいつの間にか脱出していった。

小降りになった。やれやれである。最後まで残っていたカップルは気を使ってくれてポタリー木の作品をお買い上げ。アリガト。

最終時間は5時半だが、もうお客さん来ないかと思っていたら然(さ)にあらず。

どんどん出てきた(笑)。

 

 

各テントも最後の追い込み。食べ物系は大変である。

 

 

午後5時半終了。

片付け搬出が一斉に行われる。テントは濡れたままたたむ。明日明後日も雨模様。晴れたら干さないと。

こうして2日間のせともの祭りは終わった。昭和初期のころは3日間もあったそうだ。かなりの気合だ(笑)。

 

祭りを終えて、陶芸にしっかり取り組まねばと思った次第。自分の作品はいわゆる今どきの売れ線ではない。どちらかと言えば伝統系。

それでも、青磁の煎茶碗などが売れたのは励みになった。自分でもまずまず良しと思ったものは、求める人がいるのだ。

来年も参加できるように・・・今からだな。😎

 

夏の終わり、工房の片隅に朝顔が咲いていた。

 

💖

 


せともの祭り 

2023-09-03 19:18:56 | 陶磁

『せともの祭り』が、9月9日(土)、10日(日)で開催される。

最終日は花火も上がる。焼き物の町、瀬戸市の一大イベント。😆

 

 

陶芸も頑張らねばと半年ほど前にせともの祭りに参加することを決めた。何十年ぶりか⁉ぐらいの感じ。😅

山の話ばかりだけど『陶芸ブログランキング』に参加しているのだ(笑)。

メンバーは3名。自分と専門校同期の友人。そして隣の工房で活躍中の女性だ。

半年あったのだが、時はあっという間に過ぎ去りもう今週だ(笑)。

 

タタラ作りで皿を作る。

 

 

化粧掛け。

 

 

茶碗と湯呑?タンブラー?(笑)。

 

 

合間には、下屋の修理。

トタンが腐食して穴が開いている。当然、雨降ると駄々洩れ。😂

 

 

塩ビの波板を買ってきた。下屋に登ると抜け落ちるのでナントカして設置。

強力両面テープと波板用くぎを打てるところには打った。

 

 

遠目に見ると。それなりか⁉😁

もう少し片づけたい。

 

 

窯詰してスイッチオン!

 

 

電気窯での還元焼成。バーナーで炎を入れる。炎の強弱で還元をコントロールする。

 

 

温度は順調に上がる。電気窯はそういうところが楽である。

それにしても、ボディーのステンレス腐食が激しい。中のレンガもひび割れなどある。

どこかに良い中古ないかなぁ。

 

 

翌日窯が冷める間に、溝掃除をする。綺麗になった!😄

 

 

窯出し。還元が弱かった、イマイチ。

 

 

ここに皿は入れていない。もう一度窯を炊く。

今度は少し強めで還元をかけよう。

日々の努力がいい作品につながるのだが、ブランクが長くまだリズムが作れていない。

日々の精進が何事も肝心!分かっているけどね~😅

 

せともの祭り、晴れてくれるといいけど。

3人で出すテント屋号は『ポタリー窯風』と名付けました。

 

💖

 


槍ヶ岳・表銀座縦走 完結編 2023.8

2023-09-01 10:03:02 | 

今回、テン泊の中で槍の肩が一番標高が高い。と言うより全国のテン場で一番標高が高いらしい。😲

道理で、他の2つとは朝の冷え込みが違うわけである。

基本的に1000m 標高が上がると6℃気温が下がる。そこに風速1mで体感温度が1度下がる。

瀬戸市の標高を分かりやすく100mとして、最高気温37℃の時、槍の肩では19.6℃と半分近い気温である。

それは昼間の話で、朝の冷え込みは12~13℃ぐらいとなり、風速2mぐらいの風が吹くと体感10℃となる。

薄手のダウンかフリースが必要になる。それでも中にはテン場で半ズボンの強者もいる(笑)。

 

3日目の朝、5時前。

 

 

今日も日の出を見よう(笑)。人が集まってくる。

 

 

~ 月は西に 日は東に ~

この日は満月で西に、東に天体を楽しめた。実は珍しいかもしれない状況なのだ。

蕪村の有名な句『菜の花や 月は東に 日は西に』の月も満月である。

地球を挟んで月と太陽が、ほぼ一直線に並んでいるので両方見られる。そして月は太陽の光を受けるので当然満月となる。

天気も晴れて両方を見られるのは1年のうちに何度あるか、なんとラッキーな! 月を見て。

 

 

日の出を待つ。

 

 

再び月。笠ヶ岳と満月。

忙しい(笑)けどキレイ!月の趣を感じるのは日本人だからか⁉

 

 

奥に目を向けると、富士山。

 

 

標高3776m、日本一!

 

 

4時51分、日の出だ。

  

 

一斉にシャッターが切られている。

ここで一句、『槍ヶ岳 月は西方 日は昇り 森羅の峯よ 岳人ここに』 😁

 

 

だいぶ日が昇った。そろそろ下山だ。

 

 

今日は上高地まで一気に下りる。ざっと20㎞。下りとはいえ長い。😅

7時、下山開始。

 

 

下り始めてすぐにお花。ミヤマオダマキは初めて見るかな?ピントが葉っぱに(笑)。

 

 

どこかのワンゲルか登山部の若者たち。いいね~、がんば!

ちなみにワンゲル(ワンダーフォーゲル)はドイツ語。

登山だけではなく幅広く自然に親しむ活動で、その精神は「仲間と協力して自力にこだわったアウトドア活動を行う」だそう。

 

 

昨日、雨に降られた大喰岳を見上げる。

 

 

眼下に広がる景色。山夏の朝!

 

 

振り向くと槍、ここはカールの中。数万年前、氷河の流れの跡にいることに思いを馳せて。

またいつの日か。

 

 

今から200年ほど前の文政11年(1828)7月20日。播隆上人(ばんりゅうしょうにん)が槍ヶ岳を開山。

この岩の奥に籠って、晴れたら山頂で念仏を唱えていたとか。最初に山を開く、登山道を作るとは凄いなといつも思う。

 

 

この道を通るのは初めてだ。下りていくと沢が現れた。長距離に備えて、山小屋で水を買ったのに・・・。😂

冷たくて美味い!

 

 

傍らに咲く花は、アブラナそっくり。ヤマガラシまたは、ミヤマガラシと言う。

天ぷらやおひたしにすると美味しいらしいが、ここでは採取できない(笑)。

国立・国定公園の特別地域では、自然公園法第20条第3項第11号において、高山植物その他の植物で環境大臣が指定するもの(以下、「指定植物」という)を採取し、又は損傷する事が規制されています。(環境省)

 

 

台湾人グループ、日傘をさして歩く女性たち。意外に早く歩くのでなかなかのバランス力。

 

 

今度は韓国人グループの声。『rainbow! rainbow!』と聞こえる⁉

見上げると、日輪だ。日暈(ひがさ、にちうん)とも言い、英語だとhalo(ヘイロウ)と発音するが日本ではハロとなっている(笑)。

 

 

この気象現象は、天候が崩れる前兆。薄い雲が太陽の周りに見られる。下山まで持ってくれるかな。

 

 

葉っぱで判断して、カラマツソウ。花に見える白い糸状のところは花糸(かし)と言って雄しべなのだ。😲

 

 

馬場平テント場。標高的にはかなり下りてきたが、上高地まではまだまだ遠い。😅

 

 

センジュガンピかな。

 

 

赤沢岩小屋、槍沢ロッジを過ぎると沢が広くなり渓谷がキレイ。

 

 

ヤマホタルブクロ⁉ 愛らしい姿。

 

 

休憩入れながら横尾山荘に11時40分着。コースタイムより10分ほど早く着いた。

標高でなく距離は、まだ残り半分ある。ここではあまりゆっくりしないで徳沢を目指す。

 

 

あとは林道歩き。右側に沢と言うより川が流れ、左側は深い森である。

ふと、気配を感じる。

 

 

なんだ?なんだ?動物らしいけど。

 

 

あっ!ニホンアナグマ!

野生を初めて見た。樹木のウロに入ったり出たり、地面に鼻を付けて何か食べ物を探しているようだ。

林道のすぐそばで見られてラッキーだった。ずんぐりむっくりが可愛らしい。😍

 

 

徳沢に到着。ここまでくれば一安心。お腹すいたのでカレーとアイスクリームを頂く。ビールはお預け(笑)。

 

 

さあ、上高地のバスターミナル目指してもうひと歩き。

ここの池は湧き水が出ているので、いつ見ても透き通り濁りがない。

 

 

明神岳。

 

 

梓川に流れ込む支流の景観。

 

 

ここは早朝、朝もやが立ち幻想的になる。

曇ってきた。やはりハロ(日輪)の気象予報は正しい。😎

 

 

河童橋。登山者より観光客の方がたくさん。

 

 

バスターミナルに着いて、下山完了。

距離20.5㎞、累積標高の下り1820mあまり、歩いた時間7時間25分。

上高地の標高は、1500mもあるのに3000mから降りて来ると暑い!(笑)。

 

バスは臨時便が頻繁に出ていて、沢渡(さわんど)までほどなく到着。

そして、バス、電車でさらに移動することを考えれば、ここにマイカーが回送されていることのなんと有難いことか。

費用は掛かるが、ザックを下し。ライダーハウスにある簡易な天然温泉風呂で汗を流せた。仕合せ~😆

 

3泊4日の山旅は充実したものになった。

テン泊の重さはあるが、時間も空間もマイペース。テン泊派の気持ちが良く分かる。

天候が荒れるとそうは言ってられないだろうが(笑)。

次の山旅は、いずこへ・・・。

 

エピローグはプロローグで。😁

 

 

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