るるの日記

なんでも書きます

もののあはれ・源氏物語・賢い女「妻が師匠」

2022-11-27 10:25:59 | 日記
中将
「式部丞がところにぞ、気色あることはあらむ。すこしづつ語り申せ」
と責めらる。

式部丞
まだ文章生(もんじゃうのしやう)にはべりし時、かしこき女の例をなん見たまへし。
かの馬頭の申したまへるやうに、おほやけごとをも言ひあはせ、わたくしざまの世に住まふべき心おきてを思ひめぐらさむかたもいたり深く、才の際、なまなまの博士恥づかしく、すべて口あかすべくなんはべらざりし。

それは、ある博士のもとに、学問などしはべるとて、まかり通ひしほどに、あるじのむすめども多かりと聞きたまへて、はかなきついでに言ひよりてはべりしを、親聞きつけて、盃もて出でて、わが両(ふた)つの途歌ふを聴けとなん、
聞こえごちはべりしかど、
おさおさうちとけてもまからず、
かの親の心を憚りて、さすがにかかづらひはべりしほどに、いとあはれに思ひ後見(うしろみ)、
寝覚めの語らひにも、身の才つき、
おほやけに仕うまつるべき道道しきことを教へて、いときよげに、消息文にも仮名といふもの書きまぜず、
むべむべしく言ひまはしはべるに、
おのづからえまかり絶えで、
その者を師としてなん、
わづかなる腰折文(こしおれぶみ)作ることなど習ひはべりしかば、
今にその恩は忘れはべらねど、
なつかしき妻子とうち頼まむには、
無才の人、なまわろならむふるまひなど見えむに、恥づかしくなん見えはべりし。

まいて、君達(きむだち)の御ため
はかばかしくしたたかなる御後見は
何にかせさせたまはん
はかなし、口惜しと、かつ見つつも
ただわが心につき、宿世の引く方はべるめれば、男しもなん、仔細なきものははべるめる

★気色
一風変わった面白いこと

★文章生
学制では、大学の教官として
博士→1人
助教→2人
音博士・書博士・算博士→各2人
学生定員→400人
〈平安時代では、諸学科中、文章道が最も重んぜられた〉

★才の際
学問の程度

★学問
漢詩文を学ぶこと。和文学は学問の対象としていない

★わが両(ふた)つの途
白楽天「秦中吟」十首の一節
『自分は貧しいが、娘は良い妻になろう。可愛がってほしい』
という趣旨の歌

★道道しきこと
正統で大切な知識・教養
漢字をいうことが多い

★いときよげに
感覚的に清潔な美しさ
精神的なことには使わない

★仮名といふもの
軽蔑的語調があり、女はカナで手紙を書き、男は漢字ばかりの消息文を書くのが一般的

★むべむべしく
文面が漢文で理屈ばっている

★腰折文
下手な漢文

★君達(きむだち)
権門の子
学問できずとも出世できるから、こんな妻を考慮する必要はない


■中将「式部丞のところにこそ、一風変わった面白い話があろう。少しずつ話してみよ」

〈式部丞の体験談〉
まだ私が文章生だったとき、賢い女の例を見ました。
公事の相談相手となってくれ、私生活での世渡りの心がけも造詣が深く、学才の程度は生半可な博士が顔負けするほどで、万事につけて、人に口を出させる隙もない程でした。

出逢いは、ある博士の所に、学問などしようと通っていた時のことです。
主人には娘たちがたくさんいると聞いて、ちょっとした機会に言い寄ったのですが、親が聞きつけて、盃を持って来て「私が『二つの道(娘を可愛がってほしいという趣旨の歌)』を歌うから、聞け」と、その歌を私に言って聞かせました。

ですが、うちとけた気持ちにもならず、親の気持ちに気兼ねして、なんとなく関わりを持っていましたところ、女はたいへん情を込めて世話してくれて、寝覚めの語らいからも知識が身につき、役所勤めに必要な学問も教えてくれて、美しい筆跡で、消息文にはカナを交えず漢字だけで、もっともらしい言いまわしを書きます。
そんな具合だから、自然と私は女と切れることもできずに、その女を師匠として、どうにか下手な漢文をつくることを習いましたから、今もその恩は忘れません。
しかし、女を親しみの持てる妻として頼りたいけれど、無才な私だから、みっともない振る舞いを見られでもした場合、恥ずかしく感じます

若殿様方には、このような賢くてしっかり者の妻は、何の役に立ちましょう。つまらない、くやしいと思いながらも、私の心はその女としっくりといって、宿縁に引かれて離れられないこともあるらしいから、男というものは、まったくたわいない生き物です。

つづく




もののあはれ・源氏物語・男の欲張り「完璧な女は吉祥天女だが、仏を相手にするのも困るしなあ」

2022-11-26 17:38:55 | 日記
〈中将〉
あはれと思ひしほどに、わづらはしげに思ひまつはす気色見えましかば、かくもあくがらさざらまし。
こよなきとだえおかず、さるものにしなして、長く見るやうもはべりなまし。

かの撫子のらうたくはべりしかば、いかで尋ねむと思ひたまふるを、
今もえこそ聞きつけはべらね。

これこそのたまへるはかなき例(ためし)なれ。

つれなくて、つらしと思ひけるも知らで、あはれ絶えざりしも、益なき片思ひなりけり。

今やうやう忘れゆく際に、かれはた、えしも思ひ離れず、おりおり人やりならぬ胸こがるる夕もあらむと、おぼえはべり。
これなん、えたもつまじく頼もしげなき方なりける。

いづれとつひに思ひ定めずなりぬるこそ世の中なり。ただかくことこそとりどりに、比べ苦しかるべき。
このさまざまのよきかきりをとり具し、難ずべきくさはひまぜぬ人は、いづこにかあらはむ。
吉祥天女を思ひかけむとすれば、法気づき、霊(くす)しからむこそ、またわびしかりぬべけれ

とてみな笑ひぬ

★まつはす
まといつく

★さるものにしなして
なんとかしかるべき形にして
本妻でないにしても、この女相応の地位に置くこと

★のたまへるはかなき例
以前、馬頭が言った「何かにつけて恥ずかしがったり、恨みごとを言ってもよい出来事までも知らぬふりで我慢して、何でもないように装い、いよいよ我慢しくれなくなったら、、人目のつかぬように身を隠してしまう女」の例

★あはれ絶えざりし
こちらでは女を愛し続けていた

★えたもつまじく
え保つまじく
長続きしそうになく
保つ→男が女をいつまでも捨てないでいる

★難ずべきくさはひ
欠点
くさはひ→材料

★吉祥天女
容貌抜群で、人に福徳を与える天女
父は帝釈天
母は鬼子母神
兄は毘沙門天

★法気づき
仏くさくなる、抹香くさくなる

★霊(くす)しからむ
霊妙不可思議
人間離れしている

■〈中将〉
いとしいと思ったときに、うるさいほど慕ってつきまとう様子が見えたら、こんな行方不明にさせなかった。ひどく途絶えず、しかるべき通い所として扱って、長く連れ添う方法もあっただろうに。

あの幼子が可愛らしかったものですから、どうにかして尋ね出そうと思いますが、いまだに消息を聞きません。

この女こそ、馬頭、あなたが言われた、恨みごとを言ってもよい出来事までも知らぬふりで我慢して何でもない態度を演じ、いよいよ我慢しきれなくなったら、行方不明になる、頼りない女の例のようです。
平気なふりをしながら、内心では薄情だと思われていたことも知らずに、愛しいという気持ちが絶えずあったのも、思えば私の無益な片思いだったのでした。

今はだんだんと忘れていく時分になっていますが、あの女も私への思いがなかなか離れず、誰のせいにもできず、愛しさに胸焦がす夕もあると思えます。
これが私の長持ちせず、頼りにならぬという方の女でした。

どの女がいいとは結局決められなくなるのが、世の中で、仕方ありません。男女の仲はこのように人それぞれで比較するのは難しいでしょう。このさまざまな良い所だけを揃えた非難すべき欠点の交じらない人はどこにいるでしょう?
吉祥天女に望みをかけ恋愛対象とすれば、仏くさくなり、人間離れしてしまい、またこれもわびしいもんでしょう。

と言ってみな笑う。
( ´∀`)





もののあはれ・源氏物語・内気な女は本心を隠し「サバサバした女」を演じる

2022-11-26 16:17:04 | 日記
中将涙ぐみたり

光源氏
「さて、その文の言葉は」
と、問ひたまへば、

中将
「いさや、ことなることもありなきや」

女の文
「山がつの、垣ほ荒るとも、おりおりに、あはれはかけよ、撫子の露」

思ひ出でしままにまかりたりしかば、例の、うらもなきものから、いともの思ひ顔にて、荒れたる家の露しげきをながめて、虫の音に競へる気色、昔物語めきておぼえはべりし。

中将
「咲きまじる、色はいづれと、分かねども、なほとこなつに、しくものぞなき」

大和撫子をばさしおきて、まづ塵をだになど、親の心をとる

「うち払ふ、袖も露けき、とこなつに、嵐吹きそふ秋も来にけり」

と、はかなげに言ひなして、まめまめしく恨みたるさまも見えず、
涙を漏らし落としても、
いと恥づかしくつつましげに紛らはし隠して、
つらきをも思ひ知りけりと見えむはわりなく苦しきものと思ひたりしかば、心やすくて、またとだえおきはべりしほどに、跡もなくこそかき消ちて失せにしか。

★山がつ
山の仕事で生活をたてる者
女が自身をたとえる
★撫子
幼児の比喩

★うらもなきもの
うら→心
人を疑わず信じきっている人

★虫の音に競える気色
女の泣く声が前文

★昔物語めきて
こうした感傷的な物語類

★咲きまじる
母(女)と子を咲きまじる二種の花と見立てる
★とこなつ
母(女)をたとえる、常夏に寝床をかける
とこなつは撫子と同一
★大和撫子
子ども
★塵をだに
これからは常に訪れるよ
「塵をだに、据えじとぞ思ふ、咲きしより、妹とわがぬる床夏の花(古今より)」

★うち払ふ
男が「塵をだに」の歌を引用したのを受け「(床の塵を)うち払ふ」とした
「彦星の、まれに逢ふ夜の、常夏は、うち払ふ袖も、露けかりけり(読人しらず)」を引用
★嵐吹きそふ
脅迫されていることをほのめかす
★秋も来にけり
秋は飽きられる時という意味

★跡もなくこそかき消ちて
行き先がまったくわからないように
夕顔の巻に、「せん方なく思し怖ちて、西の京に、乳母の住みはべる所になむ、這ひ隠れたまへりし」
とある


■中将が涙ぐんでいると、座もしんみりした。光源氏は中将に話をそくした。
「それで、その女からの文面は?」
中将
「さあ、どうだか、、別段のこともありませんでしたよ、、」と、光源氏のはやる気持ちを押さえつつ

〈女の文面〉
「山がつの、垣ほ荒るとも、おりおりに、あはれはかけよ、撫子の露」
『山仕事で生計をたてているような私の家の、垣根は荒れていましても、何かのおりおりには、垣根に咲く撫子のような私たちの子どもにも、情の露をかけてください』

これを見て、思いだして女の家に行ってやりましたところ、女は、いつものように私を信じきって疑わないような、わだかまりのない態度でいるものの、表情はひどく沈んでいました。
荒れた家の庭先が、露にしどしどになっているのを眺めながら、女の泣き声が、虫の声と競いながら泣いている様は、感傷的な物語みたいだな、と感じました。

中将
「咲きまじる、色はいづれと、分かねども、なほとこなつに、しくものぞなき」
『入り混じって咲いている花の色は、あなたと、私たちの子どものよう。どれが特に優れていると区別はつかないですが、やはり私には、あなた、床夏に及ぶものはありません』

と、幼い子どものことは二の次にして、何よりも先に、「床に塵もつかないように、絶え間なく訪れよう」などと、女の機嫌をとりました。

「うち払ふ、袖も露けき、とこなつに、嵐吹きそふ、秋も来にけり」
『床の塵を払う袖までも、涙に濡れている私に、嵐までも吹き深まるように脅迫されて、飽きて捨てられる秋もやって来ました』

と、何気ないように言うので、
文とはうらはらに、本気で恨めしいと思っている様子も見えず、たとえ涙を落としても、ひどく恥ずかし気に、きまり悪そうに、とりつくろい隠します。女は、本当は私の薄情さを恨ましく感じている気持ちがあり、それを私に悟られることを、むやみに辛がっているようでしたから、私は私で気が楽でして、またまた交流が途絶えている間に、女は跡形もなく、かき消すように、いなくなっていました。







もののあはれ・源氏物語・内気な女「男に自分の愛情をを表して男の愛情を確保できない痴者」

2022-11-26 13:12:11 | 日記
中将
「なにがしは、しれ者の物語をせむ」とて
「いと忍びて見そめたりし人の、
さても見つべかりしけはひなりしかば、ながらふべきものとしも思うたまへざりしかど、馴れゆくままに、あはれとおぼえしかば、絶え絶え、忘れぬものに思ひたまへしを
さばかりになれば、
うち頼める気色も見えき

頼むにつけては、うらめしと思ふこともあらむと、心ながらおぼゆるおりおりもはべりしを、見知らぬやうにて、久しきとだえをもかうたまさかなる人とも思ひたらず、ただ朝夕にもてつけたらむありさまに見えて、心苦しかりしかば、頼めわたることなどもありきかし

親もなく、いと心細げにて、さらばこの人こそはと、事にふれて思ふるさまも、らいたげなりき。

かうのどけきにおだしくて、久しくまからざらりしころ、この見たまふるわたりより、情なくうたてあることをなん、さる便りありて、かすめ言はせたりける、後にこそ聞きはべりしか

さるうき事やあらむとも知らず
心に忘れずながら
消息などもせで久しくはべりしに
むげに思ひしおれて
心細かりければ
幼き者などもありしに
思ひわづらひて
撫子の花を折りておこせたりし」
とて涙ぐみたり。

★しれ者
痴者=愚か者、バカ者
男女関係において、相手に言葉や行動で自分の愛情を表して、相手の愛情を確保できない引っ込み思案の人間

★さても見つべかりしけはひなり
人目を忍んでの関係のままにしておいてかまわない感じ

★見知らぬやうにて
男に対して恨めしい気持ちがあったが、女はそれをさりげなく隠していた

★もてつけたらむ
もてつく→とりつくろう
男に対する恨みを表せず、従順な人妻らしく仕える

★頼めわたること
あてにさせる
女に「決して見棄てない」と言ったりすること

★おだしくて
落ち着いて安らか

★見たまふる
私の妻、中将の本妻、右大臣の四女

★うたてあること
嘆かわしい、嫌な

★さる便り
人づての話し

★後にこそ聞きはべりしか
「うかつだった』という沈痛な悔恨を含む言葉

★幼き者
後の主要人物

■中将は「私は愚かな女の話をしましょう
ごく内緒で逢いはじめた女が、人目を忍んでの関係でもかまわない感じだったので、長続きはしないだろうけれど、しばらくは連れ添ってゆけそうだと思っていましたところ、私が徐々に女に馴染んでゆくにつれて、いとしく思うようになり、逢うのが途絶えがちながらも、見棄てられない女と考えていました。それほどの仲になりますと、女が私を頼りにしている様子も窺えてきました。

女が私を頼りにすれば、私を恨めしく思うこともあるだろうと、私自身思ったりしましたが、女は気にもしないそぶりで、長いこと訪れなかったときでも、『めったにしか来てくれない、怪しい』と疑うわけでもなく、男に対する恨みを表にも出さず、朝に晩に、従順な人妻らしい振舞を身につけようとしているのが、私にもよくわかって、いじらしい気がしましたから、『いつも末長く私を頼みにするように』などと言って、私をあてにさせました。

親もなく、まったく心細げで、『だけど、この人こそ生涯の夫』と何かにつけて思ってくれている様子も、かわいい🎀
ところが、私はこの女のおとなしさに気をゆるして、しばらくは女の所へ行きませんでしたが、その頃、私の本妻の近辺から、情け知らずの大変嘆かわしいことを、人づてに女の耳に入れていたそうです
その事を私は後になって聞かされたのです、、うかつでした、、

私は女にそんな嫌なことがあろうとは知らず、心では忘れぬものの、便りなどもせず、長く放っておきましたところ、女はひどく元気をなくし、心細く、幼い子どももいたのでいろいろ思い悩み、私に撫子の花を贈ってきたのです」

と中将は涙ぐむ

つづく

もののあはれ・源氏物語・浮気な女「自分の女を誘惑する上司と、それになびく女」

2022-11-26 11:32:31 | 日記
神無月のころほひ
月おもしろかりし夜
内裏よりまかではべるに
ある上人来あひて
この車にあひ乗りてはべれば
大納言の家にまかりとまらむとするに、この人言ふやう
「今宵人待つらむ宿なん、あやしく心苦しき」
とて、この女の家はた避(よ)きぬ道なりければ、荒れたる崩れより、池の水かげ見えて、月だに宿る住みかを過ぎむもさすがにて、おりはべりぬかし

もとよりさる心をかはせるにやありけん、この男いたくすずろきて、
門近き廊のすのこだつものに尻かけて、とばかり月を見る

菊いとおもしろくうつろひわたり、風に競へる紅葉の乱れなど、
あはれと、げに見えたり

懐なりける笛取り出でて吹き鳴らし
影もよしなど、つづりしうたふほどに、よく鳴る和琴(わごん)を
調べととのへたりける、
うるはしく掻きあはせたりしほど、けしうはあらずかし

律(りち)の調べは
女のもの柔かに掻き鳴らして
簾(す)の内より聞こえたるも
今めきたる物の声なれば
清く澄める月に、おりつきなからず

男いたくめでて、
簾(す)のもとに歩み来て
「庭の紅葉こそ、踏み分けたる跡もなけれ」
など、ねたます。菊を折りて
「琴の音も月もえならぬ宿ながらつれなき人をひきやとめける、、
わろかめり」
など言ひて
「いま一声。聞きはやすべき人のある時、手な残いたまひそ」
など、いたくあざれかかれば

女、声いたうつくろひて
「木枯に吹きあはすめる笛の音を
ひきとどむべきことの葉ぞなき」
と、なまめきかはすに、憎くなるをも知らで
また、箏(さう)の琴を盤渉調(ばんしきでう)に調べて、今めかしく掻き弾きたる爪音、かどなきにはあらねど、まばゆき心地なんしはべりし

ただ時々うち語らふ宮仕人などの
あくまでざればみすきたるは
さても見る限りはおかしくもありぬべし、時々にても、さる所にて忘れぬよすがと思うたまへんには、頼もしげなく、さし過ぐいたりと心おかれて、その夜のことにことつけてこそ、まかり絶えにしか

★大納言
女の体験談を語っている左馬頭の父

★宿
女の家

★避(よ)きぬ道
通らねばならぬ道順

★さすがにて
さすがに心ない

★おりはべりぬかし
二人とも降りた

★すずろきて
なんとなく心ひかれるさま
心浮き浮きする

★とばかり月を見る
女の家の縁側に腰かけて月を見るのは、男性の伊達姿

★うつろひ
色があせる
霜にあたって変色する菊を観賞する
「秋をおきて、時こそありけれ、菊の花、うつろふからに、色のまされば」古今

★影もよし
「宿りはすべし、や、おけ、
影もよし、みもひも寒し、みまくさもよし(歌・飛鳥井より)
宿りはすべしは、泊まりましょうの意をもたせてある」

★つづりしうたふ
少しずつ歌う

★よく鳴る和琴(わごん)
和琴に「能鳴調」があるという
和琴とは日本古来の琴
六紘

★律(りち)の調べ
音楽の調子は律と呂がある
呂→中国渡来の正楽の調子で長い調
律→日本固有の調子で短調で軽やか

★庭の紅葉こそ踏み分けたる跡もなけれ
美人がいらっしゃるのに、誰もおいでにならないようで

★ねたます
いまいましいと思わせる

★菊を折りて
菊を折って簾の中に差し入れて

★わろかめり
悪いことを言ったようですな

★箏(さう)の琴
十三紘琴、現代より大型

★盤渉調
律の調で、冬の調子といわれる

★今めかしく
現代ふうに、華やかで明るい反面、浮わついたかんじに言う

★語らふ
親しくつきあう

★さる所にて
通って行く相手として

★心おかれて
相手との間に心の隔たりが自らにできる

■10月の頃
月の美しい夜
宮中から退出するところへ
ある殿上人が来て、私の車に相乗りし、私たちは大納言の家に行って泊まろうとしましたが、この人が言うには
「月の美しいこんな夜には、あなたを待っている女がいると思いますが、その女がやけに気になるなあ」

というわけで、その女の家がまた、ちょうど通る道にあり、荒れた塀から、月影を映した池が見え、
「月でさえ宿る住みかに、いくらなんでも私が素通りできますか」とか言って、二人とも車から降りてしまいました。

以前から私の女と情を交わしていたのか、この男はひどく浮き浮きして、門に近い廊の縁に腰を下ろして、しばらく月を眺めます。
色変わりした菊が本当に美しく、風と競って散り乱れる紅葉など、いかにも、あはれの深い情景でした。

私は懐から笛を取り出し吹き鳴らし
「影もよし(泊まりましょうの意味)」など、ぽつりぽつり歌うと、音色のいい和琴を女があざやかに私の歌と合奏したりして、私はまんざらでもありませんでした。

律の調子を、女がやさしく掻き鳴らして、その音が簾の中からきこえてくる。現代風の楽の音だけど、清く澄む月の夜にふさわしくないこともありません。

男はひどく感心して、簾のそばまで来て
「庭の紅葉には、人の踏み分けて来た跡もありませんね(美人がいらっしゃるのに、誰もおいでにならないようで)」など、私の女に戯れ言葉をなげかけ、私を憎らしがらせる

男は菊を折って、簾に入れ
「琴の音も、月も、えもいわれず美しいお宅ですが、薄情な方を引き留めしましたか、、、
悪いことを言ったかな」
「もう一声だけ聞かせてください。聞く耳を持った私がいるときに、出し惜しみをなさいますな」
など、たいそうな戯れ言葉を言う

すると女は、すごい作り声で
「木枯しの音に合奏するような、お見事な笛の音を、引き留めるだけの琴はございません。私が何と言っても、とどまってはくださらないでしょう。憎らしいこと。」

と、色っぽくやりとりするので、私が見ていて腹を立てているのも知らずに、また、箏の琴を盤渉調の調子にして、現代風に弾く爪音は才があるのかもしれないが、聞いちゃいられませんでした。

ほんの時々、つい仲良くつきあい、また契りをかわす間柄になる宮仕えの女などは、底抜けに気取って風流がるのは、それなりに会っている間は楽しいが、時々にでも通う女として忘れぬ連れ合いと考えようとすると、楽しいだけでは頼りにならず、行き過ぎているなと用心するようになり、あの夜のことにかこつけて、あの浮気な女の元へは行くのはやめてしまいました。