夜の宴は盛大なものとなった。
なるほど、幼馴染たちが羨ましがるのも当然である。
いったいどこから集めたのだろうと不思議におもうほど、近隣の珍味をかきあつめた贅沢なものだ。
このところの凶作で食料がとぼしいなか、よくこれだけの料理ができたものである。
雲が、しまりやの長兄にしてはめずらしいな、と思ってその顔をみると、あきらかに不機嫌そうだ。
長兄のとなりでは、第一夫人…つまりはこの宴の主役たる敬の母…が上機嫌でいるところを見ると、押し切られて、贅沢な出費をせざるをえなかったのだろう。
一室に閉じこもりの父も、穴倉から担ぎ出されるようにして、年若い妾とともに姿をあらわした。
普段はそれぞれ別棟で、まったく別の家族のように過ごしている兄弟たちも、それぞれの母親をともなって、母屋にあつまってくる。
いつもであれば、顔をあわせると、たがいに牽制しあい、嫌みの応酬になるのが常であった。
だが、今日はさすがに、洛陽から遠路はるばる帰って来た息子への気遣いがあるのか、みな大人しい。
雲の母親も、いつになくほがらかだ。
おそらく第一夫人の機嫌がよいからだろう。
いくら第一夫人の子分状態になっているとはいえ、母は母。
雲は、母が母親が好きだった。
いやな部分も含めて。
好きだからこそ、母親が険しい顔をしているのが辛かった。
不幸な母は、常日頃から、雪山の天気のように、ころころと気持ちをかえるので、不器用な雲は、どうしたらよいのか、わからなくなるときも多かった。
だから、ほがらかな母はありがたい。
母親がほっとしていると、雲も同時にほっとする。
雲は、母がおべっかを駆使してこの家で生きていることにも同情していた。
すぐれているのは若さと美貌のみ。
頼りになるはずの実家は没落寸前で、後押しを期待できない。
もっというと、この家にいる以外に、ほかに住む場所がない。
第一夫人の子分のように振る舞わなければ、明日にでもこの家を追い出されてしまうかもしれない。
その恐怖が、つねに頭のはじにあるはずだ。
女というのは不自由で、哀れなものだ。
齢十四にして、雲は思っていた。
ふと、宴の中心にいる次兄の敬と目が合った。
敬はなにやら意味ありげに、にやりと笑った。
なんとも奇妙な男である。
宴もほどよく盛り上がり、だんだん酒の力でみんなの目がとろけてきたころ、敬が、雲の肩越しに、なにかを見つけた。
杯を口から離し、明るい声で呼びかける。
「これはおどろいた。まさか、袁家のあるじにまで、足をお運びいただけるとは」
常山真定の袁家は、皇帝とも深いつながりをもつ、かの名家の一族の分家である。
このあたりでは趙家ともならぶ権勢家であり、財産家でもあった。
その袁家のあるじは、趙家の長兄と付き合いがあり、幼なじみでもあった。
両家は足繁く、たがいの屋敷を訪問しあう仲なのだ。
袁家のあるじは、敬を見るなり、言った。
「しばらく見ないうちに痩せたな。
道楽息子め、洛陽での生活は、よほどきつかったと見える」
「そうとも、洒落にならないくらいにきつかった。
だが、またあんたに会えたのだから、帳消しだな」
そういいながら、立ち上がった敬と、袁家のあるじは、親しげに手を取り合う。
「あいかわらず、うちと違って、そちらはたいしたご威勢だな、金満家め。
そんなにぷくぷくと太って、別人かと思うたぞ」
「そちらこそ、あいかわらずの口のわるさだな。
おまえについては、ニ度と常山真定には戻らぬと思っておったのに、また会えてうれしいぞ。
どうだ、故郷はよいものだろう」
「よくもあり、悪くもある」
「どっちだ」
「両方さ」
「ずっとここにいるつもりか」
袁家のあるじのことばに、それまでほがらかだった空気が一変した。
長兄に仕切られているこの趙家であるが、次兄の敬がそこに加わることで、状況はあきらかに変わる。
長兄の腹違いの弟たちは、恐怖にも似た表情を浮かべて、次兄の顔を見る。
しかし敬は、あいかわらず本音の見えない笑みを浮かべたまま、首を振った。
「ざんねんだが、そのつもりはない。
このたびふるさとにもどったのは、大事な父母と兄上、それに可愛い弟たちに、今上の別れを告げねばと思うたからだ」
つづく
なるほど、幼馴染たちが羨ましがるのも当然である。
いったいどこから集めたのだろうと不思議におもうほど、近隣の珍味をかきあつめた贅沢なものだ。
このところの凶作で食料がとぼしいなか、よくこれだけの料理ができたものである。
雲が、しまりやの長兄にしてはめずらしいな、と思ってその顔をみると、あきらかに不機嫌そうだ。
長兄のとなりでは、第一夫人…つまりはこの宴の主役たる敬の母…が上機嫌でいるところを見ると、押し切られて、贅沢な出費をせざるをえなかったのだろう。
一室に閉じこもりの父も、穴倉から担ぎ出されるようにして、年若い妾とともに姿をあらわした。
普段はそれぞれ別棟で、まったく別の家族のように過ごしている兄弟たちも、それぞれの母親をともなって、母屋にあつまってくる。
いつもであれば、顔をあわせると、たがいに牽制しあい、嫌みの応酬になるのが常であった。
だが、今日はさすがに、洛陽から遠路はるばる帰って来た息子への気遣いがあるのか、みな大人しい。
雲の母親も、いつになくほがらかだ。
おそらく第一夫人の機嫌がよいからだろう。
いくら第一夫人の子分状態になっているとはいえ、母は母。
雲は、母が母親が好きだった。
いやな部分も含めて。
好きだからこそ、母親が険しい顔をしているのが辛かった。
不幸な母は、常日頃から、雪山の天気のように、ころころと気持ちをかえるので、不器用な雲は、どうしたらよいのか、わからなくなるときも多かった。
だから、ほがらかな母はありがたい。
母親がほっとしていると、雲も同時にほっとする。
雲は、母がおべっかを駆使してこの家で生きていることにも同情していた。
すぐれているのは若さと美貌のみ。
頼りになるはずの実家は没落寸前で、後押しを期待できない。
もっというと、この家にいる以外に、ほかに住む場所がない。
第一夫人の子分のように振る舞わなければ、明日にでもこの家を追い出されてしまうかもしれない。
その恐怖が、つねに頭のはじにあるはずだ。
女というのは不自由で、哀れなものだ。
齢十四にして、雲は思っていた。
ふと、宴の中心にいる次兄の敬と目が合った。
敬はなにやら意味ありげに、にやりと笑った。
なんとも奇妙な男である。
宴もほどよく盛り上がり、だんだん酒の力でみんなの目がとろけてきたころ、敬が、雲の肩越しに、なにかを見つけた。
杯を口から離し、明るい声で呼びかける。
「これはおどろいた。まさか、袁家のあるじにまで、足をお運びいただけるとは」
常山真定の袁家は、皇帝とも深いつながりをもつ、かの名家の一族の分家である。
このあたりでは趙家ともならぶ権勢家であり、財産家でもあった。
その袁家のあるじは、趙家の長兄と付き合いがあり、幼なじみでもあった。
両家は足繁く、たがいの屋敷を訪問しあう仲なのだ。
袁家のあるじは、敬を見るなり、言った。
「しばらく見ないうちに痩せたな。
道楽息子め、洛陽での生活は、よほどきつかったと見える」
「そうとも、洒落にならないくらいにきつかった。
だが、またあんたに会えたのだから、帳消しだな」
そういいながら、立ち上がった敬と、袁家のあるじは、親しげに手を取り合う。
「あいかわらず、うちと違って、そちらはたいしたご威勢だな、金満家め。
そんなにぷくぷくと太って、別人かと思うたぞ」
「そちらこそ、あいかわらずの口のわるさだな。
おまえについては、ニ度と常山真定には戻らぬと思っておったのに、また会えてうれしいぞ。
どうだ、故郷はよいものだろう」
「よくもあり、悪くもある」
「どっちだ」
「両方さ」
「ずっとここにいるつもりか」
袁家のあるじのことばに、それまでほがらかだった空気が一変した。
長兄に仕切られているこの趙家であるが、次兄の敬がそこに加わることで、状況はあきらかに変わる。
長兄の腹違いの弟たちは、恐怖にも似た表情を浮かべて、次兄の顔を見る。
しかし敬は、あいかわらず本音の見えない笑みを浮かべたまま、首を振った。
「ざんねんだが、そのつもりはない。
このたびふるさとにもどったのは、大事な父母と兄上、それに可愛い弟たちに、今上の別れを告げねばと思うたからだ」
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます(^^♪
そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださっているみなさまも、感謝です!
昨日はおやすみして申し訳ありません!
今日から通常運転です、どうぞおたのしみくださいませ。
そして、今日もみなさま、よい一日をお過ごしくださいねー('ω')ノ