はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 太陽の章 その71 陳到と嫦娥

2023年02月25日 10時03分25秒 | 英華伝 臥龍的陣 太陽の章



沈黙の多い行軍であった。
陳到と関羽は、たがいに交替して、嫦娥《じょうが》の見張りについていた。
これは、嫦娥が逃げ出す恐れがあったからではない。
嫦娥を狙う壷中がいるかもしれないことを警戒したのである。


壺中のほかに、何者かが、ついてきているようだ。
陳到にはそれはわかっていたけれども捨て置いている。
そちらの正体は判っているからだ。


熟練の兵士でも音をあげるような強行軍であったが、嫦娥は愚痴ひとつ言わなかった。
それどころか、馬に揺られ続けて具合の悪くなった兵士たちの様子を、休みの合間に見てやったりしている。


新野城から出て行く際には、新野じゅうの娼妓、そして麋竺たちが嫦娥を見送った。
そのなかには藍玉《らんぎょく》もいた。
藍玉は、嫦娥の手をとり、何度も何度も、励ましのことばを口にしていた。
ほんとうは、自分も同行したいのだろう。
藍玉の切実な様子から、かの女が嫦娥に託した想いがつたわってくる。
陳到はそこにも悲しみの種を見つけ、さすがに落ち込んだ。
壺中という組織は、ありとあらゆる女を食い物にしてきた組織らしい。


陳到の見るところ、嫦娥は休みなく働いている。
すこしでも行軍を早めるべく、彼女なりに努力をしているのだ。
焦っているようにさえ見えた。
背が高すぎさえしなければ、かなりの美女と言ってもよい。
男装をしているのは、動きやすいというのもあるであろうが、嫦娥の女らしさを隠すための鎧なのかもしれなかった。


熱中症にかかった兵卒のため、川に水を汲みに行く、というので、陳到は嫦娥についていった。
しばらく沈黙のまま、作業をこなしていたのであるが、ふと興味をおぼえ、嫦娥に尋ねる。
「失礼だがおうかがいしたい。あなたに身内はあるのか」
「父と夫がおりましたが、いまはそれぞれ別に暮らしております。なぜです」
嫦娥はまっすぐに陳到の目を見てくる。
その容赦のないまなざしに、陳到は詮索好きを咎められたような気になり、恥ずかしくなった。


うろたえた陳到に気づいたが、嫦娥はふっ、と唇に笑みを浮かべる。
「申し訳ございません、いつも注意をされるのですが、直すことができなくて」
「なにをです」
「人をじっと見つめるときの眼差しが強すぎて、まるで心の奥底まで覗き込もうとしているように見えるとよく言われます。そなたは貪婪だと。
だから、たいていの殿方は、わたくしを嫌います」
「いや、わしはいやだとは思わなかったが、たしかに落ち着かないな」


「申し訳ありませぬ、癖なのです。
直そうとはしているのですけれども、これは生まれ持ったものなので、どうしようもないものかもしれませぬ。
貪婪というのはたしかにそうでしょう。
わたしは、天地のすべてのものをこの目で見たいのです。
ずっと男に生まれればよかったのにと願っておりました。
天は、わたくしの願いを半分だけ聞き届けてくださったようですね。
これほど背が高い女はめずらしい。まるで男のようですもの」


たしかに嫦娥は、陳到よりも背が高い。
遠目から見ると、嫦娥の姿はまるで衣を纏った鶴のようであった。


「叔至どの、提案がございます」
「なんであろう」
水を休憩所に運びがてら、嫦娥は言う。


両手にぶらさげた水桶に、それぞれ水をたっぷり入れて、細い山道を行く。
陳到がなれぬ道に四苦八苦し、たまに水をこぼしてしまうくらいなのに対し、嫦娥のもつ水桶はめったに揺れない。
まるで平坦な道を歩いているかのようである。
背ばかりではない。
この女、かなりの腕力の持ち主だ。


「樊城の隠し村についてから、どう壺中を攻めるかの作戦は、もう決めてらっしゃるのですか」
「いいや、そなたには打ち明けるが、まだ樊城の隠し村の全体がわからぬ。
それに、樊城に豪族たちが集っているという情報がまちがいないのであれば、壺中の兵のほかに、豪族のつれてくるであろう私兵の数も考慮せねばなるまい」
「私兵に関しては、問題ありませぬ。かれらはおりませぬ」
「なに、いない?」


ええ、とうなずいて、嫦娥は陳到の前方を、何も持っていないかのように、ゆうゆうと歩いていく。
「荊州の豪族たちは、壷中の実力を信じているのです。
奇妙に思われるかもしれませんが、豪族と壷中のあいだには、絶対的な信頼関係があるのです。
それに、樊城の隠し村は狭い。私兵まで入れる余裕はないでしょう。
豪族たちは、裸の状態で村に入るのです」


陳到の脳裏に、新野城にずらりと並べられた白骨死体が浮かんだ。
壷中は荊州を守る組織であったはず。
嫌な予感がした。


「おそらく、樊城の隠し村に、豪族とその家族をあつめているのは、新野に並べられた白骨死体と同じ運命を辿らせるためなのでしょう」
「やはりな」
仲間ではないのか、という言葉が咽喉まで出掛かった。
が、裏の世界に生きる者たちの非情さを思い出し、言葉にするのはやめた。
かつても陳到は、そうした闇のなかに身をおいていたのだ。
仲間。
脆弱な言葉である。
強いきずなで結ばれている新野の人間が特別なのだ。


つづく

※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます!
そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださっているみなさまも、感謝です!(^^)!
昨日はひさびさに遠出をしまして、足の親指の片側が変色しかけるほど歩きました。
というか、どんな歩き方をしているのやら…
おかげさまでぐっすり眠れて、今日も快調です。
今日もよい一日になりますように。みなさまも、よい一日をお過ごしくださいませ(*^▽^*)


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