ハレルヤ!  喜び、喜びおどろう

聖書のことばを中心に、2019年12月から、あふれる思いをブログにまとめています

Ⅱ列王13 退院する日の朝のみことば

2021-03-04 | 列王記

退院する朝、請求書が届くまでの間、病室で、Ⅱ列王記13章を読んでいた。
神様は、私の今回の入院・退院を祝福してくださり、また警告も与えてくださった。

学んだこと

ユダのエフーの子エホアハ王がヤロブアムの罪を犯し続けて、それをやめなかったので、の怒りがイスラエルに向かって燃え上がった。それでアラムの王に渡しておられた。イスラエルがアラムの王にしいたげられているので、エホアハズはに願ったら、は聞き入れられた。

主はひとりの救い手を与えられとき、イスラエルの人々はアラムの支配を脱し、以前のように、自分たちの天幕に住むようになった。(救い手とはどんな人でどんな手段で支配から解放したのかは書かれていない)

それにもかかわらず、イスラエルは罪を行ない続け、アシェラ像もサマリヤに立ったままであった。

 

退院して、家に帰った私への適応

救急車で運ばれて入院して11日間。教会の兄姉が祈ってくださり、は彼らのとりなしの祈りを主は聞き入れてくださった。痛くて苦しい時も、点滴の針がなかなか入らない時も、医師や看護師とのやりとりの時もひとりの救い手、主イエス・キリストの導きと守りがあり、病院から解放されて、天幕・自宅に帰ることがゆるされた。

 

私には、ここでは書かないし、教会の人にも言っていない罪を、習慣のようにして続けていたことがあります。それは自分の意志によって、どのようにも変えて行くことのできることなのですが、今までズルズルとしていて、やめることをしていませんでした。

 

しかし、今回、退院する日の朝に、この個所を読むように与えられたことから、主は私が、それをやめて、新しく変わるようにと促しておられることがはっきりしました。そして、もし、それをそのまま続けているなら、救いの完成に至らなくなる可能性もあるとの警告を受けました。

私は、自分の力で「やめる」と決心をしても、すぐに以前の習慣に戻りやすい罪の性質があります。その時には、このみことばを思い起こして、自分の天幕ではなく、主の支配の中に戻れるように、ひとりの救い手に祈り求めます。

Ⅱ列王記 
13:5 【主】がイスラエル人にひとりの救い手を与えられたとき、イスラエルの人々はアラムの支配を脱し、以前のように、自分たちの天幕に住むようになった。
13:6 それにもかかわらず、彼らはイスラエルに罪を犯させたヤロブアム家の罪を離れず、なおそれを行い続け、アシェラ像もサマリヤに立ったままであった。

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Ⅱ列王10 私の主に対する熱心さ?

2021-03-03 | 列王記

学んだ事

この章ではエフ―によって、アハブに属する者が、子供70人を含めてたくさん殺されている。人が殺されることに私は抵抗感がありますが、それは主がエリヤにお告げになったことばのとおりのことでした。

イズレエルで、前の前の王、アハブの70人の子供を殺した。その首を集めた。
イズレエルで、前の前の王、アハブに属する者をすべて殺した。

サマリヤへの道で、ユダの王アハズヤの身内の人42人を殺した。(ユダの王アハズヤの子供と、王の母(北オムリ王の孫)の子供たちの安否を尋ねに下って来ていた)

サマリヤで、アハブに属する者を根絶やしにした。
サマリヤで、バアルをイスラエルから根絶やしにした。

疑問に思ったこと

イズレエルとサマリヤでなされた殺人は、主のみこころであったのでしょうが、
サマリヤへの道でなされたことまで、主のみこころであったのか疑問が残ります

迎えに来たレカブの子ヨナダブに出会って戦車の上に引き上げて「私といっしょに来て、私の【主】に対する熱心さを見なさい」と言った言葉が気になりました。

たまたま、親戚の人の安否を尋ねて来たユダの人たちまで殺す必要はなかったのではないかと思うのです。
主に対する熱心は、主に対してささげるものであって、人に見せようとするときはそこに自分の人間的な思いが入って来るような気がします。

適応

教会での入力の奉仕を熱心にしていますが、それは著者が手書きで書いた原稿をただコピーして入力しているだけのものです。「こんなにも熱心に入力した!!」と言って喜んで、自分の熱心さを教会の人にアピールしていたことを悔い改めます。

熱心さの源を考えます。その奉仕を私が喜んでできたのは、主が熱心であったからです。主が熱心に、著者に書くべき内容を知らせて、著者がそれに従順に熱心にペンを走らせたものを、担当者が私に入力するようにと与えてくれたからです。源は主の私達の救いの完成に対する熱心だと思いました。

私も従順に入力することに熱心になります。入力したその内容をまっすぐに理解して、主に応答することに熱心になります。本や冊子になって、読む一人一人が、また教会が一致して成長することを祈り願う。そして、主の恵みとあわれみの熱心さに目を注ぎます。

エフ―はバアルをイスラエルから根絶やしにしたが、ベテルとダンにあった金の子牛に仕えることをやめようとはしなかったのと同じような罪が私自身にあるから。

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Ⅱ列王9 エリシヤの弟子

2021-03-02 | 列王記

わかった事

エフ―が主によって、油注がれてイスラエルの王となった時、南と北、どちらの王も、同時に替わることになった。

イスラエルのヨラム王が死んだ。ヨラム王の見舞いに来ていたユダの王アハズヤが死んだ。

同時に王が替わることにした主の目的は何だったのでしょうか。北のアハブと妻イゼベルによるバアル礼拝と、南にまで影響を受けているバアル礼拝を断ち切るためであったのだろうか。そのうちにわかって来ることだろう。

驚いたことがあります。両国の王が同時に変ることになるエフ―への油注ぎが、エリシヤの弟子の若い預言者の手によったことです。エリシゃは、主のことばを若い預言者に伝えて、彼を遣わし、預言者は言われたようにやった結果が両国の王を変えたことです。

適応

私達が、主のみことばによって、聖霊からの語りかけに応えて、行動をする時、その背後には神のご計画がある。そのための備えも既に整っている。
だから、動き出すタイミングをのがしてはならない。

でも、それは私にとって、今、何だろうか・・・と思っていたら、教会の超急ぎの入力奉仕の依頼があるようです。検査が始まるまでも、検査の終了後でも、原稿が届いた時が神の時と受け止めてさせていただくことにします。

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Ⅱ列王 先を急がす、意味を考えて

2021-03-02 | 列王記

学んだ事

Ⅱ列王記の8章になって、イスラエルの王、ユダの王の名前が次々と書かれていることが気になった。カタカナの名前で、しかもよく似ているので、これまでぼんやりと読んでいました。

ただ、歴史年表を勉強するように読むのではなく、主が、イエス・キリストがダビデの子とする計画を持っておられることに注目して読んでみようと思った。

そして、ユダがイスラエルとの婚姻関係によって影響を受けていることを知りました。

適応

今、午後からの大腸内視鏡カメラの検査のために、下剤を15分ごとに180cc飲んでいるところです。これからトイレ通いが始まるはずです。


こんな時に、主がダビデに「いつまでもともしびを与えよう」と言われたともしび、救い主イエス・キリストが、私のうちにおられることを喜びんでいます。
主イエス・キリストはわたしのともしびです。

Ⅱペテ 1:19 また、私たちは、さらに確かな預言のみことばを持っています。夜明けとなって、明けの明星があなたがたの心の中に上るまでは、暗い所を照らすともしびとして、それに目を留めているとよいのです。

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 8:16 イスラエルの王アハブ(オムリの子)の子ヨラムの第五年に──ヨシャパテがユダの王であったが──ユダの王ヨシャパテの子ヨラムが王となった。

 8:17 彼は三十二歳で王となり、エルサレムで八年間、王であった。

 8:18アハブの家の者がしたように、イスラエルの王たちの道に歩んだアハブの娘の妻であったからである。彼は【主】の目の前に悪を行ったが

8:19 【主】は、そのしもべダビデに免じて、ユダを滅ぼすことを望まれなかった。主はダビデとその子孫にいつまでもともしびを与えようと、に約束されたからである。

8:25 イスラエルの王アハブの子ヨラムの第十二年に、ユダの王ヨラムの子アハズヤが王となった。

 8:26 アハズヤは二十二歳で王となり、エルサレムで一年間、王であった彼の母の名はアタルヤといい、イスラエルの王オムリの孫娘であった。

 8:27アハブの家の道に歩み、アハブの家にならって【主】の目の前に悪を行った。彼自身アハブ家の婿になっていたからである。

 8:28 アハブの子ヨラムとともに、アラムの王ハザエルと戦うため、ラモテ・ギルアデに行ったが、アラム人はヨラムに傷を負わせた。

 8:29 ヨラム王は、アラムの王ハザエルと戦ったときにラマでアラム人に負わされた傷をいやすため、イズレエルに帰って来た。ユダの王ヨラムの子アハズヤは、アハブの子ヨラムが病気であったので、彼を見舞いにイズレエルに下って行った。

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Ⅱ列王8 先を急ごう 

2021-03-01 | 列王記

今日、医師が病室に来て触診の後、退院は今週中にできそうと言われた。

その間には大腸内視鏡の検査もあるが、病室でゆっくりできるのもあと5日程。

聴く聖書で聞き始めた列王記は、今日で8章まで読んだ。

多く出て来る、カタカナの名前や地名、イスラエルの王かユダの王か、よくわからないところがたくさんですが、あまり立ち止まらずに、読めるところを拾って、先を急ごう。

学んだこと

エリシゃによって、子供を生き返らせてもらった女は、7年間飢饉があるから非難するように言われて、ペリシテに行っていて、戻ってから、家と畑とそれ以上のものを受けた。エリシゃが一度かかわったこの女をずっと顧みてくださっています。

適応

入院期間中、日々主によって示され、学んだことに満足して、それ以上に欲を出て、何かを計画することなく、主に委ねよう。ずっとともにいて、霊的に守り導き続けている主は、何年もかけて、色々な学びや経験の積重ねの上に、また導きを与えてくださるから

 

学んだこと

エリシャは、イスラエルがハザエルがイスラエルの人々にひどい害を加えることになることを見越して、泣いた。 8:11 神の人は、彼が恥じるほど、じっと彼を見つめ、そして泣き出したので、 8:12 ハザエルは尋ねた。何度も飢饉を起こしてイスラエルの人々を懲らしめたのは、それほどにイスラエルの民を愛していたからだと知った。

適応

旧約の預言者たちが泣いた個所はほかにどんなところに書かれているのだろう。

新約聖書の中で、イエス・キリストが涙を流された箇所を思い起こしています。

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