ハレルヤ!  喜び、喜びおどろう

聖書のことばを中心に、2019年12月から、あふれる思いをブログにまとめています

インデアン・アメリカ先住民の悲しい歴史

2024-08-29 | 日ごとの生活

感謝祭では、ピルグリム・ファーザーズが、先住民のインデアンに助けられて、収穫ができるようになったことを感謝するという話は、素晴らしくうるわしいと思います。
しかし、その後のイ・デアンとの関係の歴史は、悲しいものがあったようです。

 

 

以前、英会話の先生をしているカナダ人の青年から、カナダの先住民の話を聞いたことを思い出しました。
歴史上の問題が現在も続いて、多くの貧困層の連鎖につながっているのだと、悲しそうに言われたので驚きました。

 

 

今回、白人がネイティブアメリカンを迫害して来た歴史について、ほんの少し知る機会が与えられました。
黒人問題にはキング牧師など、キリスト教が活躍したことはかかわっていたが、
それ以前のインデアン迫害問題にキリスト教界が関わっていたと知り苦しくなりました。
「リンカーンはインデアン・スー族の酋長38人を千班として一斉に公開処刑。
残りを強制収容所に送り、ほとんどを餓死された」ショックな情報です。




人間の歴史は、キリスト教界ではあっても、罪があり、問題があります。
だからこそ、神は救い主イエス・キリストを世に遣わしてくださったのだと感謝します。

 

先住民の問題は、アメリカ・カナダだけではなく、オーストラリアにもアフリカにも。
そして日本でも、アイヌ人、琉球人、さらに、被差別部落の人、らい病患者、等々、過去には、そして現在も、問題があります。
私自身の中にも、隠れた思いがあることを、イエス・キリストに告白します

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96歳の人と言い争った

2024-08-28 | 日ごとの生活

昨日、信徒メッセージをした後、Kさんの入居している施設を尋ねた。教会からの届け物を頼まれていたからです。

前回の訪問も、信徒メッセージをした直後で、私は、学んだ内容とその喜びをお分かちしたのでした。

 



今回も、天国に一番近いと思われる96歳のKさんと、ともに天のお父様に招かれる希望を話し合いたいと願っていたのですが、

頭脳明晰の彼女ですが、残念ながら今回は、教会生活について反対の方向に向かっていました。

「親子喧嘩」のようになり、私ははっきりと反対意見を言って部屋から出て来ました。

共感したり、カウンセリング的に応答することが全くできない、未熟な私です。

 

 

こうして、今日も、神様は兄弟姉妹に互いに訓練を与えて、天国で仕えるにふさわしいようにと導いてくださっていることを体験しました。

私達は一人一人、日々、悔い改めて赦されて、

日もすがら、夜もすがら、主をあかしし、主をほめたたえる生活を

地上の最後の日まで続けて、天国までの道のりをともに颯爽と歩み続けたいと祈り願います。

 

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父と子との関係を喜び、証する

2024-08-26 | マタイの福音書

 私たちの「日ごとの」糧を「きょうも」お与えください。マタイ6:11

 

「日ごとの」「きょうも」、

これらの言葉を思い巡らしていた私は、礼拝での招詞:詩篇42編に、3節に「昼も夜も、私の食べ物でした。」8節に「昼には主が恵みを施し、夜には、その歌が私とともにあります」と書かれているのを読みました

そして、昼と夜、その日「今日」が積み重ねって、信仰を全うし、再臨を大喜びで迎えることになることを、礼拝讃美の中で思わされました。

628救い主イエスと・・「約束しませる 家に帰らば わが魂(たま)は歌わん 力の限り 君に守られて今日まで来(き)ぬと」
 帰る家とは、父なる神様の身元。父が喜んで両手を広げて迎え入れてくださる。私達は様々な困難を日々神様に守られて来たこと振り返り、大喜びで父の懐に飛び込むのです。

 

日ごとの「糧」とは

パン、食物、飲み物、最低限からだを維持するために絶対必要なもの。生命の糧です。人間にとって物質的な必要のすべてを神は満たし与えてくださいます。
さらに霊的な糧も与えられます。夫は癌で自宅で召されました。最後の5日間くらい、何も飲むことも食べることもできず、点滴を打つこともしなくて、讃美歌を聞き、みことばを聞いて、最後まで平安に生かされたのでした

6:33 だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。6:34 だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。

 

私たちの日ごとの糧を 

私たちとは、創造主である神が、地のちりから形作られ、鼻から神の息、霊を吹き込まれて生きる者となったものの、罪を犯してエデンの園から追放されたアダムとエバの子孫として生まれた者であり、やがて滅ぶべき者でした。

540:1 地の塵に等しかり何一つ取りえなし 今あるはただ主の 愛に生くる我ぞ 

しかし、神は御子イエス・キリストを天から地に遣わして、十字架上で贖いのみわざを成し遂げて後、イエスをよみがえらせて神の右の座に着かせられました。そのイエス・キリストを信じる私たちは、もう一度、鼻から永遠に生きる息、霊を送り込んでいただいて、聖霊が内に住む神の宮としてくださいました。

日ごとに内に住む聖霊と息をするように祈り、へりくだり心砕かれている私達は、霊的な交わりを持っているキリスト者であり、そのからだに必要なものは、ちゃんと与えられるのです。

 

お与えください 求めるべきは、必要なものを

=1=

私たちが求めるものは贅沢なものや余分なものを求めよとは言っていない。約束もされていない。神の約束は必要な物だけを指している。そして何が必要かは、私たちの考える物と神の考えとは同じとは限らない。けれども、神は私達に必要なものを祈り求めよと言われる。

 

=2=

あなたがたはこう祈りなさいと、原文では主語がわざわざ書かれている。主の祈りは弟子達に教えられたものであるので、この命令を個人的に受け止めて、一人で祈るのはみこころではない。今日の祈祷会では兄弟姉妹が心を合わせて祈りましょう

 

=3=

すでに神が知っているのなら、どうして祈れと言われるのか==6:8 あなたがたの父なる神は、あなたがたがお願いする先に、あなたがたに必要なものを知っておられるからです。

子は欲しいものを父の元に来て、おねだりをする。すると父親は喜んで先の事まで考えて、状況を見て一番ふさわしいものを与える。このことを知って子は喜ぶ。このような喜びの交わりが父と子の間にあるのです。

 

まとめ

讃美629: 「恐れなく近寄れ」と 主は語りたもう 信仰の手伸ばしつつ 近づきまつらん いよいよ汝ながそばに 我を引き寄せ いよいよ主よ汝が愛の 広さ知らせよ

罪が赦されて神と子としていただいている私の喜びは、何にも代えがたいものです。
昼に夜に、神のあわれみによる救いのみわざを喜び、感謝します。
そしてこの喜びと祝福を、他の人々に伝えて行きましょう

 

 

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行き詰りを感じても、前進できる

2024-08-22 | 日ごとの生活

イエスに命じられて舟に乗って湖を進んだ弟子達も暴風雨に遭った。
主に従う際に、問題・困難があっても驚くことではない。
成長のための訓練であり、聖徒であるあかしです。

「あかし」と「殉教」は同じ言葉。死んだ気になって主イエスに従う決心を主は祝福してくださる。
行き詰まりを感じた時は、新しい前進の時。変革と前進のための備えは既に与えられているはず。
腰をすえ、忍耐して、その中で与えられている「導き」に一つ一つ従って行こう。

時間がかかるように思えても、それが最善であり最短。
必要は十分備えられ、祈りも聞かれる。助けも導きも与えられる。
感謝して進もう。喜びをもって

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主の力は、弱さのうちに完全に現れる

2024-08-22 | コリント人への手紙

パウロは「とげ」から来る弱さを感じていた。では、私の弱さは、どこから来るのだろうか。

普段、強気の私にも、主の力と導きを求めたくなる時がある。私だけではなく、パウロも、そして人間だけでも弱さを持っている。

 

人間は、だれでも、自分の力で生きてはいない。生きては行けない。神にそむいた人間は、今、神のあわれみによって生きている。

 

気温、雨、水、空気、食べ物、何もかも、神に支えられている。一滴の水も、一片のパンも、神のゆるしがなければ口にすることはできない。キリスト信仰がなければ、その神を知ることも、喜ぶこともできない。

 

しかし、私は神を知ることのできるところに置かれていることを感謝します。

キリストの十字架と復活の贖いのみわざを知り信じる信仰が与えられていることを感謝します。

神との霊的な交わりの中に入れられてることは、何ものにも替えられない喜びです

 

Ⅱコリント12:9より

 

 

 

 

 

 

 

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