会津天王寺通信

ジャンルにこだわらず、僧侶として日々感じたことを綴ってみます。

多数の国宝・重文が展示された「最澄と天台宗」特別展  柴田聖寛

2022-05-28 11:46:39 | 天台宗

 

 伝教大師1200年大遠忌記念特別展の「最澄と天台宗」が4月12日から5月22日まで京都国立博物館で開催されました。主催は京都国立博物館、天台宗、比叡山延暦寺、読売新聞社、西日本新聞社、文化庁。私は今月12、13の2日間にわたって拝観しましたが、 天台宗の一僧侶として今回ほど感激したことはありません。比叡山ばかりではなく、天台宗の宝物が一堂に会することは滅多にないからです。
 天台宗の関係者ばかりではなく、一般の人もたくさん入館されていたので、展示を楽しむための鑑賞ガイドとして「最澄さんと天台宗」の資料が配布され、最澄に関する年表や、最澄を取り巻く人々、法華経を重んじ、「みんな仏になれる!」といったこと。中国に渡ったときに、天台山の仏隴寺で師の行満から譲り受けた袈裟、延暦寺の根本中堂にまつられている最澄作の薬師如来立像、根本中堂の「不滅の法灯」のことなどが書かれています。
 同特別展では延暦寺における日本天台宗の開宗から、東叡山寛永寺を創建して、幕府と強固なつながりを得た江戸時代に至るまでの天台宗の歴史と名宝を取り上げていました。    国宝としては、一乗寺所有の「聖徳太子及び天台高僧像」、京都来迎院の「伝教大師度縁案並僧綱牒」、延暦寺所有の「伝教大師入唐牒」「六祖慧能伝」「伝教大師請来目録最澄筆」「羯磨金剛目録最澄筆」「天台法華宗年分縁起最澄筆」「光定戒牒嵯峨天皇宸筆」「刺納衣」「七条刺納袈裟」、奈良博物館所有の「尺牘最澄筆」、東寺所有の「弘法大師請来目録最澄筆」「入唐求法巡礼行記」、三井寺所有の「徳円印信之類」「智証大師(円珍)坐像御骨大師」「智証大師(円珍)坐像中尊大師」「円珍俗称系図」「五部心観(完本、前欠本)」「越州都督府過所・尚書省司門過所(智証大師関係文書典籍のうち)」、東京国立博物館所有の「大宰府公験(円珍関係文書のうち)」、深大寺所有の「釈迦如来倚像」、中尊寺所有の「金銅迦陵頻伽文透彫華鬘」「金光明最勝王経金字宝塔曼荼羅図」「中尊寺一切経」、廬山寺所有の「遺告良源筆」、聖衆来迎寺所有の「六道絵」などが展示されています。
 会津関係では国重文の会津美里町の法用寺の国重要重要文化財の「金剛力士立像」がありました。同特別展のために発行された図録「最澄と天台宗のすべて」では「法用寺は、会津盆地の南端、会津美里町に所在し、奈良時代の創建と考えられるこの地域切っての古刹である」「ダイナミックな怒りの表現をともなう金剛力士像のなかでは、威嚇する身振りや顔の表情は控えめであり、平安時代後期の穏やかな作風をよく示している。東北地方では仏像の用材としてよく用いられるケヤキの一材から頭体の主要な部分を彫り出す一木造りの技法でつくられており(像の背面部は背板風に割り放って像内を空洞にする内刳りをほどこす)、材料から判断して当地の製作であるとみられている」
 最近の仏教美術界の見方としては、会津の湯川村の国宝薬師三尊像は法相宗の徳一の手になるということで見解が一致していますが、会津坂下町の国重文上宇内薬師堂の薬師如来坐像は天台宗の影響下につくられたといわれています。「金剛力士立像」と同じ頃の造仏のようです。
 また、江戸時代の天台宗ということで、芦名氏の子孫ともいわれる慈眼大師天海のことも紹介していました。栃木輪王寺所有の国重文の「慈眼大師(天海)坐像」、延暦寺所有の「慈眼大師(天海)坐像」には圧倒されました。寛永寺所有の「慈眼大師縁起絵巻」も展示されていましたが、慈眼大師(天海)を知る上でも、大変貴重な資料です。
 同特別展からは大変な刺激を受けましたので、興味がある方には、その図録で色々とお話をしたいと思っています。気軽に会津天王寺までお越しください。

            合掌

 

 

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吉田慈順師が伝教大師と宮沢賢治のみ教え解説  柴田聖寛

2022-05-22 19:06:17 | 天台宗

 

 滋賀教区東雲寺住職で、天台宗典編纂所編輯員の吉田慈順師が、令和4年5月8日号の比叡山時報に見開きで、伝教大師と宮沢賢治について「一乗の敷衍にささげたご生涯 宮沢賢治が成就を願ったみ教えとは」という題で書いています。
 吉田師は、比叡山延暦寺の総本堂根本中堂の向かいに建っている宮沢賢治の下記の歌碑を取り上げ、

「根本中堂」

ねがはくは

妙法如来 正徧知

大師のみ旨

成らしめたまへ

 その歌を踏まえて「最澄の御旨」を解明すべく筆を起こします。そして、最澄のキーワードが「一乗」であること。最澄が出家した近江国の大国師であった行表から「(行表)和上より心を一乗に帰すべきこと学んだ」という点を重視します。
 また、当時の日本仏教界で法相宗と三論宗との間で論争が行われており、その段階で、すでに三乗か一乗かをめぐってであったために、その渦中にあった行表が、一乗の正しさを最澄に説いたというのです。
 その使命を期待された最澄は「高雄講経」において、天台教学を講義することで、三論宗の側からは「長きに亘る論争が氷解した」と絶賛されたのです。
 最澄はいつ最澄の法門を知ったのかと言うと、比叡山に入って間もない時期だといわれており、華厳宗の法蔵の著作を読むことで、天台大師の教えに心を寄せるようになったのでした。三論宗の一つの華厳宗を経て、天台宗の法門に入ったというのが、吉田師の見方です。
 最澄の『願文』のなかの「伏して願わくは、解脱の味、独り飲まず。安楽の果、独り証せず。法界の衆生と同じく妙覚に登り、法界の衆生と同じく妙味を服せん」という言葉も、一乗の信仰の表れとみるのです。
 私は旧約といわれる鳩摩羅什の妙法蓮華経は名文の誉れが高いものがありますが、そのお経を唱えておりますと、なぜか心まで洗われるような思いがしてなりません。また、宮沢賢治に関しては、田村芳朗の『法華経 真理・生命・実践』がその最期の様子を伝えています。「題目を唱え、父に次のごとく遺言した。国訳の『法華経』を一千部、知人に配ってほしい。その国訳の最後に『私の全生涯の仕事は、この経典をあなたにお届けし、その仏意にふれてあなたが無上道に入られることを』という意味の言葉を書き入れてほしい。こう遺言し、オキシフルで自分の体をふいて息をひきとっていった」

           合掌

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『立花隆、利根川進共著の「精神と物質」を読む』 柴田聖寛

2022-05-16 06:24:21 | 読書

 

 左が立花隆さん、右が利根川進さん

 私が言っているわけではなく、キリスト教だと奇跡が話題になりますが、それと比べると、仏教は科学的だとよくいわれます。立花隆さんが昨年4月に亡くなられましたが、私は愛読者の一人でした。多方面にわたって活躍された方ですが、私がとくに興味を覚えたのは、立花さんの『精神と 物質 分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか』です。ノーベル賞を取られた利根川進さんとの共著ですが、立花さんは聴き上手で、利根川さんから「生命は合目的ではない」という見方を引き出しました。
「結局、科学というのは、自然の探究なわけね。ところがネィチャーというのはロジカルじゃないんだ。特に生命現象はロジカルじゃない。ロジカルにできていれば、理づめで考えていけばわかるはずだけど、そうじゃない。ネィチャーが今こうあるのはたまたまそうなっているだけの話なの。生物の世界という何億年にもわたる偶然の積み重ね、試行錯誤の積み重ねでいまこうなっていることであって、こうなった必然性なんてないわけですよ」
 宇宙の大法則というのはなくて、たまたま偶然が積み重なったというのは、仏教的な物の見方ではないでしょうか。実体は存在せず、全てが「色即是空」であって、この世の万物はあくまでも空であり、不変のものはないからです。
 立花さんは、私のような者であっても、理解しやすいように解説をしてくれます。徹底した取材と、その分野に関する豊富な知識があったからです。私のような年齢になっても、日々勉強ではないかと思っています。

             合掌

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