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―四方のたより―
<日暦詩句>-7
なんという駅を出発して来たのか
もう誰もおぼえていない
ただ いつも右側は真昼で
左側は真夜中なふしぎな国を
汽車は走りつづけている
―石原吉郎「葬式列車」より-昭和37年―
―山頭火の一句― 行乞記再び -140
5月27日、晴、行程7里、安岡町行乞、下関、岩国屋
ぢつとしてはゐられないので出発する、宿料が足らないので袈裟を預けて置く、身心鈍重、やうやく夕暮の下関に着いた。
久しぶりに地橙孫君を訪ねて歓談する、君はいつも温かい人だ、逢ふたびに人格が磨かれつつあることを感じる。
夜更けてから馴染の宿に落ちつく、今夜は地橙孫君の供養によつて飲みすぎた、安価な自分が嫌になる。‥
※この日句作なし、表題句は24日付所収の句
<地橙孫について>
名は兼崎理蔵、山口市出身、1890-M23-年生れだから山頭火より8歳年少。旧制五高-熊本-を経て、京大法学部卒。1924-T13年-下関市にて弁護士開業。俳句は中学時代から始め、碧梧桐門下として過ごす。また六朝書体の最後の書家であり、山頭火の墓表も書いた。
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Photo/下関市豊浦町川棚クスの森の山頭火句碑
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Photo/同じく、妙青寺境内の山頭火句碑
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