小さな少女、アミが夜明け前に浜辺にひとり座っていると、にわかに、後ろから声を掛けられました。
「いったい何故、貴女は此処に座っているのですか?まだ気温は低く、身体が冷え切ってしまいませんか。」
少女アミは振り返ると、得体の知れない大きな男に向って、こう答えました。
「なもん、知るかあ。ワレ、どこのだれやね。ここらじゃ見かけん顔やな。」
大きな男はアミに近づいて、隣に黙って座りました。そして言いました。
「わたしがだれか、こっそり貴女だけにお教えしましょう。わたしは”或る”星から遣ってきた、異星人です。名前は”イブキ”です。貴女のお名前は、”アミ”。ですね?」
アミは、大きな異星人イブキの顔と身体を見渡し、悲しみのなか言いました。
「嗚呼きっと、ぼくを連れ去りに来たんだね。ぼくが地球にいたって、何の役にもたちゃぁしねえから、ぼくをワレの星に連れ帰り、性奴隷として想う存分利用しようと想ったんだね。ぱはは。おほほ。ええよ、別に。好きにしたら、エエサァ。」
そう言い捨てアミは夜の海を眺めて涙を一粒、零しました。
大きな異星人イブキは、ふっと小さな息吹を吐いたあと、こう答えました。
「べつにそんなこと、考えちゃいません。でも貴女をずっと、監視していました。」
アミは、「ほれ、みってん。」という目で、すこし恐怖も感じながらイブキの目を見ました。
大きな異星人イブキは、自分の住む星が、どれほど素晴らしいかをアミに聴かせてあげました。
そして自分の星に比べて、この地球という星に住む人類はどれほど残虐で冷酷な人が多いかを教えてあげました。
アミは、まるで自慢話を聴かされた挙句に見下されているような心地がして、不快でならなくなりました。
大きな異星人イブキに、悪意はまったくありませんでしたが、イブキはテレパシーによって、アミの心境を感じ取り、話すのをつと、やめました。
アミは、どうすれば、この地球に住む人類たちが皆、イブキの星のように「自分のしてほしいことだけを他者にもする」星になるのか、訊ねました。
イブキは、顎の髭を触り、長い髪を搔き揚げながら答えました。
「わたしに考えが、ひとつだけ有ります。この星の人類を、洗脳するのです。Mind Controlと言っても、ネガティブなものではありません。神によるマインドコントロールは、光のマインドコントロールであり、何よりも深い本当の愛による支配です。この星の人類は、実はアダムとエヴァが神に背いた瞬間から、野放し(自由)にされているのです。だから神から離れてどこまでも遠くへ行って迷い続けている仔羊がいて、神は仔羊を連れ戻さねばならないのです。いつの日か、必ず連れ戻せる自信が神にあるからこそ、愛する仔羊たちを野放しにしているのです。神は我が仔羊たちを真に信じているからこそ自由にされているのです。しかしその中に、狭くて苦しく汚れて暗い檻の中が大好きな仔羊がいます。狭い檻の中で、無限の迷路をたった独りで楽しんでいる仔羊です。仔羊はどんなに苦しく窮屈で困難であろうとも、決してその檻から外へ出ようとはしないのです。何故なら、外はつまらないと仔羊は想っているからです。楽しく、心をうきうきわくわくさせてドキドキさせることが何一つ、外に見つけられないでいるからです。仔羊は、暗く、寂しい迷路を独りで迷い続け、いつも満たされずに泣いています。自分を連れ戻しに来る主を待ち侘びながら、主が絶対に入って来れないように檻の鍵をいつでも厳重に閉めています。主に連れ戻される日は、きっと自分が自由でなくなる日だと、どこかで信じているからです。仔羊は、自由でいたいのです。不自由だと感じることが、堪えられないのです。仔羊にとって、狭く苦しく汚い孤独でたまらない薄暗い檻のなかに閉じこもり続けることが、一番の”自由”であると信じているからです。アミはそんな仔羊を、おそとへ出してあげたいですか?」
アミは黒い海をみつめたまま黙って答えませんでした。
イブキはアミに向って、小さな画面のついたミニパソコンとミニマウスをアミに渡し、囁くように言いました。
「もし本当に、アミがこの星を一瞬ですべての存在が”自分がしてほしいことだけを相手にもする”世界になってほしいと願うならば、そのちいさなマウスを、左クリックしてください。」
小さいと言っても、大きなイブキにとって小さいだけで、アミにとっては普通のいつも使っているパソコンの画面とマウスの大きさでした。
アミは、そんなに”簡単”なことなのかと、イブキに問いました。
イブキは白い砂を右手で掬い、さらさらと指の隙間から落としながら言いました。
「この砂が何故?下へ落ちるのか?人は難しい驚くべきことだとは想っていません。それと同じことです。アミが本当に信じて左クリックするなら、それはその通りに、当たり前のこととしてこの世界に”現実化”します。」
アミが見ているパソコンの画面は、真っ暗です。
イブキが、その画面に向かって息を吹きかけると、真っ暗だった画面に宇宙を背景にした地球の映像が映りました。
イブキはアミに向って言いました。
「アミが何を信じようと、本当に自由なのです。アミはすべてを叶えることができます。アミがそれを本当に信じるかどうかなのです。」
アミは、歯を食いしばって、青い星、地球の映像をみつめました。
本当に美しくて、なんの非もないように見えるこの星の内部が、何故こんなにも苦しく悲しいのでしょうか。
イブキは幼いアミを微笑ましく想いながら、その場から姿を消してしまいました。
アミはその晩も、独りで寂しく厳重に鍵を掛けて夜の浜辺で眠りに就きました。
闇の空に星が幾つも瞬き、流れて消えてゆく夢を見ながら。
Bibio - light seep