あまねのにっきずぶろぐ

1981年生42歳引き篭り独身女物書き
愛と悪 第九十九章からWes(Westley Allan Dodd)の物語へ

君の眼の前で

2019-07-14 22:33:20 | 随筆(小説)
LIFE IN THE SLAUGHTERHOUSE - À L'ABATTOIR
https://www.youtube.com/watch?v=u06gSp8gXYY


先日、このドキュメンタリー映画を観終わってから、自分の首が、同じように、ザックリとナイフで奥まで切られ、そこから溢れ出る赤黒い粘液を伴った血、機械で仰向けにされた牛が呼吸する幾筋もの器官が、どろどろの肉のなかで苦しげに動く様子、目を剥いて拷問の苦しみを受けながら牛の白く長い舌は口の隙間から力無く垂れ伸び、そこから白濁した涎が溢れ、人間の二倍以上の巨体が、冷たいコンクリートの床に投げ出され、牛の首は三分の一の肉と皮で漸く繋げられている。
彼はまだ意識がある。手脚を動かし、必死にこの地獄から脱け出ようともがき苦しんでいる。


僕に向かって、男が言う。
『エンパシーが必要なんだ。』
『お前は来世の自分の姿を観た。お前の首を、切り裂いてやる。』
『エンパシーが必要なんだ。』
気付けば僕の手に、と殺(屠畜)用ナイフが握られている。
血でぬめり、胃液の上ってくる悪臭のなか、人間の啜り泣きが聴こえてくる。
『お前は一体だれを殺してきたんだ。』
自分の脳裡のなかで、自分の声は自分の食べてきた死体のパーツごとに分裂する。
そのバラバラの声を組み立て、また一つの声となって、声が聴こえる。
『お前が食べてきた断末魔は、お前を幸福にしたか。』
嗚呼…そこにいるのは…
(僕はまだ息をしている。)
そこで待っているのは…
(僕は助けを請うている。)
そこにいるのは…
一頭の黒い雄牛。角を切られ、両耳には番号の書かれた耳標が付けられている。
(僕を待っている。)
自分の血溜りの中で、真っ赤に飛び出した目で、何かを必死に観つめようとしている。
(僕を待っている。)
僕の隣で、男が囁く。
『暴れてるじゃないか。お前がもっと深く切り込まないからだ。』
僕は血濡れたナイフを持ったまま言う。
『これ以上切ると、首が外れそうだ。』
灰色の床を血の海にして、雄牛は手脚をばたつかせてのたうっている。
男は僕からナイフを奪い取って牛の半分近く切り開かれた血の溢れる首の肉に、深く切り込む。
『ぶつっ。』と、不快な音が響き、雄牛はこれまで以上に、苦しそうに鳴き声をあげて僕を見つめている。
そして声が聴こえる。
『エンパシーが必要なんだ。』
『エンパシーが必要なんだ。』
『エンパシーが必要なんだ。』
『君は殺される。』
『君は殺される。』
『君は殺される。』
『君の手で、君は殺される。』
『君の眼の前で、君は殺される。』


僕は目を覚ます。
そして僕のなかから、声が聴こえる。


『エンパシーが必要なんだ。』





















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