藤岡陽子(著) 毎日新聞(出版)
婚約したばかりの美咲が、彼の実家のある京都に移住した途端に浴びる数々の洗礼。また実家で豹変する彼に幻滅し、美咲は昔からの趣味であるTシャツ作りにのめり込む。徐々に美咲は京都の地で個人ブランドの独立・起業への道を歩き始める。自分らしい生き方を模索する一人の女性の物語。(内容紹介より)
著者は京都・洛西生まれで現在も京都府在住。美咲のモデルは、著者の友人でアパレルを起業して制作している方だそうです。
表紙は河原でジャンプする女性の写真。鴨川の河原と推察され遠くにはは三条大橋のようです。裏表紙では作中に登場する美咲が作った白と黒のTシャツを半分ずつ繋げて刺繍した服を連想させ印象に残りました。
美大を卒業し、家具の輸入販売の会社で働いていた十川美咲(32歳)は、先輩の紹介で知り合った4歳年下の都銀に勤める古池和範と結婚することになります。
父親・功が亡くなったことで銀行を辞め家に戻ることになった彼と一緒に京都の実家を訪れた美咲は、そこで初めて彼の実家が京都で飲食店や旅館を営む商家だと知ります。
実家は大邸宅で、和範の母・真知子と姉・知佳と姪・乃亜と、しばらく同居することになりますが、和範は継いだばかりの会社の仕事に忙殺され、会話もままならない日が続きます。
手持ち無沙汰な美咲はふと何か作ってみようと思いつき手持ちのTシャツにミシンで刺繍をしてみます。元々美大で何かを創ることが好きな彼女は、自分の才能に見切りをつけて就職したのですが、心の奥底に消えずに残っていた創作意欲が蘇ってきます。
京都人は本音を言わないとよくいわれますが、美咲もその洗礼を浴びまくることになります。
和範も東京での姿とは全く異なる面を見せ始めます。家業を意のままに動かそうとする叔父の修との関係に疲弊する和範の苦労には同情しますが、父の旧友である茂木の土産物屋を切ろうとする古池家の態度はとても冷たく感じました。
親友の桜子に愚痴を聞いてもらったことがきっかけで、同じく同級生だった陶芸家の仁野 桂太と再会した美咲は、 イベント会社「MOON」の社長でバイヤーの月橋瑠衣に刺繍を認められ嬉しくなります。しかしTシャツ作りに没頭する彼女と桂太の関係を和範が疑い諍いになります。彼が美咲に求めていたのは自分にとっての安らぎであり、美咲を縛り付けようとする彼との間溝にができた美咲は暫く別居しようと提案します。
瑠衣は次々と仕事を紹介してきます。彼女の姪の結婚式会場での展示即売でお客第一号となったインフルエンサーの大原茉莉江が紹介した効果もあり、京都のギャラリー「KITA」での展示や東京での展示即売会の参加で、作品に目を留めてくれる人や援助してくれる人も増えてどんどん発表の場が広がっていくんですね。反省した?和範も何かと援助してくれました。
「KITA」のオーナー由井さんから「瑠衣さんには気を付けなさい」と忠告された美咲ですが、その時は深く気に留めませんでした。ところが、大阪の百貨店のバイヤーの木下の依頼を受けて出品した最終日に、親しくなったジュエリーブランド「KATORI」の香取絵音から服を売らないよう警告され、翌日「MOON」が不渡りを出したことを知らされます。
実咲は瑠衣と圭太が恋人同士だと思い込み、彼に傾いていく気持ちを抑えようとしていました。実は瑠衣には経理を担当していた夫がいたのですが、夫婦仲は冷え切っており、妻の浮気を疑った夫が美咲にも接触し、不渡りを出したあとはお金を持ち逃げしたことがわかります。その意味では瑠衣も被害者なわけね。
契約上、美咲の手元には売上金が戻って来ず、連絡がつかなくなった瑠衣と圭太を通じて会った彼女に、瑠衣は「本当はあなたが嫌いだった」と言います。純粋で一生懸命で思い遣りがあって誰もが好感を持つような人が嫌いだと。婚約者とのことも含め中途半端な美咲に対してなにをやりたいのか伝わってこない、あなたはプライドが高いのだと指摘する瑠衣の言葉は美咲に鋭く突きささりますが、同時に自分を見つめ直すきっかけにもなるのです。
和範の謝罪を受け容れ、よりを戻した美咲でしたが、彼と叔父の会話を偶然聞いてしまったことで決別します。圭太との仲を疑った古池家は美咲の素行調査をしていました。自分は信じられていなかったとわかり、やはりこの人とは一緒になれないと美咲は感じたのです。
圭太が美大の時から自分に好意を持っていたと桜子に指摘された美咲でしたが、和範と別れたことを言えず東京に戻ります。一年後、圭太と再会した美咲は・・・
結婚のために京都にやってきた美咲でしたが、彼と破局してしまいます。古池家の人たちも根は悪い人ではなさそうですが、京都の老舗の旧家ということもあり、一筋縄ではいかなそうで、この結婚が破談になったのは当人たちにとっても自然な成り行きだったかもね~。でも悪いことばかりではなく、自分の中に眠っていた創作意欲が芽を出して才能と人柄が運を呼び込んで新たな道が拓けるというストーリーは、立ち止まっている人の背を押してくれるような勇気と元気を与えてくれました。