伊吹 有喜 (著) 双葉社(発行)
ある日、高校に迷い込んだ子犬。生徒と学校生活を送ってゆくなかで、その瞳に映ったものとは―。
最後の共通一次。自分の全力をぶつけようと決心する。18の本気。
鈴鹿でアイルトン・セナの激走に心通わせる二人。18の友情。
阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件を通し、進路の舵を切る。18の決意。
スピッツ「スカーレット」を胸に、新たな世界へ。18の出発。
ノストラダムスの大予言。世界が滅亡するなら、先生はどうする?18の恋
12年間、高校で暮らした犬、コーシローが触れた18歳の想い―。
昭和から平成、そして令和へ。いつの時代も変わらぬ青春のきらめきや切なさを描いた、著者最高傑作!(「BOOK」データベースより)
四日市市の進学校・八高(八稜高校)を舞台に、そこで飼われることになった「コーシロー」と名付けられた犬と高校生たちの交流 が描かれます。一つの時代だけでなく、3年毎にその時々の在校生と、少しずつ年を取っていくコーシローとの物語なのです。それぞれの物語の始まりと終わりはコーシローの視線での独白で、高校生とコーシローそれぞれが主人公でもあります。
第1話 めぐる潮の音:昭和63年度(1988~1989)
子犬のコーシローが八高で飼われることになった経緯が描かれます。彼は捨てられて学校に迷い込んだようです。
成績が伸び悩む塩見優花は、受験の現実から逃れるように実家のパン工房の手伝いをしています。美術部の部長をしていた優花は、同じく美術部の早瀬光司郎の席に座っていたことから「コーシロー」と名付けられた犬の飼い主を探すためポスターを制作しますが現れません。学校で面倒を見ることに難色を示していた校長先生を、光司郎が助け舟を出してくれたことで「コーシローの世話をする会」が発足します。
このことがきっかけで光司郎と話しをするようになり、美大という目標を持つ彼に触発された優花の成績は上がっていきます。
大晦日、優花と光司郎はコーシローを連れ高台に登り街を眺めながら潮の満ち引きと自分たちの人生を重ね色々な話をします。
優花は受験した大学全てに合格し、早稲田大学に進学します。光司郎は美大に不合格でしたが絵は諦めないと言いました。
校長先生が贈ってくれたコーシロー会の日誌(5年日記)には、光司郎が描いたコーシローの絵と共に『コーシローが八高に来たこと』と記されました。
優花の祖父は女の子の大学進学に内心反対しています。女は学問より家事という考えなんですね。そんな祖父をみてきた兄も同じです。祖母もですが、戦時中に疎開させていた娘を空襲で亡くしているため、優花を地元(手元)に引き止めておきたいという気持ちもあるんですね。でも父は自分が出来なかったことを子供にはしてやりたいと思っていて、東京の大学に行きたいという優花を全力で応援してくれます。舅姑に辛くあたられている母も、自分に帰る家がなかったが優花には私が守っているこの家があると応援してくれました。
優花が東京の大学を望んだのは自分の力を試したい他に光司郎の事も大きかった気がしますが・・・。実は光司郎の方がずっと優花を好きだったのです。
第2話 セナと走った日:平成3年度(1991~1992)
コーシローは時々スリッパ(八高の上履きは生徒が用意するスリッパです)を咥えて逃げます。コーシローの世話をしている堀田五月は、相羽がスリッパの被害にあったことをきっかけに、彼と話すようになります。五月は学年一優秀な相羽が苦手でしたが、F1好きとわかって俄然親しみを覚えます。
兄から日本グランプリのチケットを貰った五月は、コーシローのスリッパ被害のお詫びに相羽を誘います。すると相羽は決戦の日にある全国統一模試を捨て、予選の金曜日から野宿する五月と一緒に観戦したいと言います。(本田宗一郎が二ヶ月前に亡くなり、ホンダのドライバー・セナの年間チャンピオンへの期待が高まる今回はまさにファンなら喉から手が出るプラチナチケットでした。)
日本グランプリが行われる鈴鹿サーキットは五月の家から自転車で行ける距離です。
性格も行動も異なる二人でしたが、観覧車からサーキットを眺め、フリー走行を間近で見、食事に向かった先でセナを見かけてテンションは最高潮。チキンラーメンに入れた卵に黄身が二つ入っていたのを見てホンダ勢のワンツーフィニッシュを予想したりと野宿しながら3日を過ごして絆が深まります。
結果は予想通りとなり、ゴール直前でセナが同じホンダ車を待ったかのようなワンツーフィニッシュは、まるで五月と相羽の関係性のようにも見えました。
第3話 明日の行方:平成6年度(1994~1995)
上田奈津子は東京の大学を目指していました。
大きな揺れを感じた1月17日の朝。神戸大震災が起きます。神戸で被災した祖母を父は家に連れて来て一緒に暮らすようになりましたが、互いに遠慮して行き詰る日々が続きます。ある日「明日のことはわからない」と泣き出した祖母から飼い犬のチロやお向かいの家の子も震災で亡くなったことを聞いた奈津子は、コーシローの話をして元気づけ、卒業式に祖母を呼び、コーシローと一緒に写真を撮ります。
東京の大学に合格し上京した数日後、祖母が亡くなります。棺には卒業式で撮った写真が入れられました。葬儀の後、戻った東京では地下鉄サリン事件が起きていました。立て続けに身近で起こった大きな事件が、彼女を変えます。奈津子は東京の大学を辞め、医師になる道を選びます。
当時の衝撃は年々薄れていき、東日本大震災も起こって更に記憶の外になってきましたが、改めて人生を変えるような大きな出来事だったことを思い出させてくれました。いきなり同居することになった家族と祖母の両方が抱える閉塞感や気詰まり、遠慮は想像できるし、結果として祖母の命を縮めてしまったのかもしれません。でもこの出来事が「明日の行方は、この手でつかむのだ」と 一人の少女を確かな未来へと繋いだのも事実ですよね。
第4話 スカーレットの夏:平成9年(1997~1998)
学校一の美人と噂される青山詩乃は、密かに援助交際を行っていました。ある日「パパ」と行ったライブハウスでパンクバンドのヴォーカルが同級生の鷲尾だと気付き、学校でのもっさりした冴えない彼の豹変に驚きます。後日、学校で詩乃は鷲尾にパパの存在を明かします。詩乃は母の店で客に性的サービスをさせられていました。家を出たくて資金稼ぎで援助交際をしていたのです。ある夜、憂鬱な気分で家を飛び出した詩乃を見かけた鷲尾は、彼女を自分たちの練習スタジオに連れて行きます。彼は「コーシロー会」にも所属していてそのメンバーでバンドもやっていました。(ちゃんとコーシローも来ているの)プロを目指しているメンバーたちの純粋さと、鷲尾の歌うブルーハーツの『TRAIN-TRAIN』が詩乃の心に響きます。
「帰りたくない」という詩乃をガレージに泊めた鷲尾を彼女は誘いますが、彼は拒否します。傷ついて泣いた詩乃をそっと抱きしめたけどそれ以上は何もしませんでした。港でフレアスタックを見ながら詩乃にリクエストされ、鷲尾はスピッツの『スカーレット』を歌います。それを聴きながら詩乃は「初めて恋をした」と感じます。
進学校の中で異色な二人ですが、何だかとっても青春だな~~
第5話 永遠にする方法:平成11年(1999~2000)
八陵高校の英語教師・優花に恋をしている中原大輔。彼は幼い時にパン屋の前で転んで優花に助けてもらって一目惚れしました。
1999年はノストラダムスの大予言の年で、勉強に身が入らない大輔は授業中に優花から「however」の意味を『永遠にする方法』と答え、優花に「中原君らしい」と言われます。
病院に祖父を見舞った大輔は、痰の吸引に苦しむ祖父から「牧場に帰りたい」と言われます。病室を出た大輔は母の見舞いに来ていた優花と遭遇し、お互いに何もできない無力を嘆きます。小さい頃の「出会い」を優花も覚えていました。
美大を目指す大輔でしたが、ある時コーシロー会の日誌のカバーの下に光司郎が描いた優花とコーシローの絵を発見して自信をなくします。
病院で再び出会った大輔と優花。祖父の病室で言い争う母と伯母を見て暗い気持ちになった大輔と同じように優花もまた悲しみを抱えていました。優花に送ってもらった車の中でノストラダムスの予言の話題から、優花が預かっていたコーシロー(老犬となりめっきり弱っています)も一緒に夜景を見に行きます。
大輔は祖父の牧場に行き、風景をスケッチして病室の祖父に見せます。「帰りたい」と願う祖父への大輔なりの「一瞬を永遠にする方法」でした。祖父は絵を撫でながら微笑みを浮かべました。
大輔は美大に合格します。日誌の裏表紙に教壇で微笑む優花と足元で寝そべるコーシローを描いた彼は、桜の下で優花にコーシロー会初代の日誌を渡してカバーの下を見るように言って去っていきました。コーシローはお別れの時が来たことを悟ります。
最終話 犬がいた季節:令和元年(2019)
創立100周年の記念式典に世界的に有名な画家となった早瀬光司郎が来賓に呼ばれています。同窓生からの記念品にとコーシロー会のOBたちが中心となり、欧州でオーガニックのエステサロングループを夫と率いる「マダム・シノ」(第4話の詩乃ですね)が窓口となって光司郎に絵を依頼したのです。
上田奈津子(第3話)は医師となり被災地支援のボランティアを行っています。
中原大輔はグラフィックデザイナーとして活躍していて、堀田五月と相羽も再会して話が弾んでいます。(歴代のメンバーのその後が描かれているのは嬉しいですね。)
彼の絵の中には希望の象徴の白いダッフルコートを着た少女(優花)がいます。そしてバックネット裏にいる光司郎は「希望」をまっすぐに見上げています。もちろんコーシローも五十嵐先生もいます。優花は婚約解消や結婚・離婚を経て今は独身です。五十嵐先生に彼女の近況を聞き出した光司郎(彼も離婚を経て独身)は「抜けよう」と優花を誘います。高校生の時には互いに伝えられなかった想いが今こそ・・・なラストでした。五十嵐先生、ナイスアシスト!😁
子犬のコーシローが老犬となって安らかに旅立つまでの12年という時間の中で、18歳という輝きの季節を生きる登場人物たちが悩みながら成長していく姿とその祖父や母の「生と死」の対比も心に響いてきました。
昭和から平成の当時の出来事や流行った歌
「FLOWERS for ALGERNON」(氷室京介)
「TRUTH」(THE SQUARE)
「Tomorrow never knows」(Mr.Children)
「スカーレット」 (スピッツ)
「HOWEVER」(GLAY)
なども話の中にさりげなく盛り込まれていて懐かしい気持ちになりました。