ムカデとことこ

 ひとが幸福になること・意識の成りたち・物理と心理を繋ぐ道
       ・・そんなこと探りたい

気のせい

2013-12-06 16:03:39 | 言葉
「・・・あそこに誰か居るような気がするの・・」

「居ないよ、そんなの。気のせいだよ」

・・・こういうこと以外でも、人が何かを気にしてるときに、

その人を慰めようとして、『気のせい』という表現をすることがある。

物質的には何も問題は無いのだから、気にするのは間違いである・・・

ということなんだろうけど、

『気のせい』という表現は、それがどんな『気』なのかはわからないけれど、

『気』というもののせいでそうなるのである、と認識している言葉だ。

『気』が作用するという前提がなければ、

そういう表現は日本語に無いはず。

「気のせいなんだから、気にするな」という表現は

そう考えるとおかしなことになるよね?

確かにそれは『気』というもののせいである、と言っておきながら、

気にするな、とは???

前もよく書いたけど、

日本語という言葉がホントのことを知っている???

「I」わたくし

2013-12-06 15:46:06 | ひとの幸福
どうして日本語はたくさん「I」があるんだろう???

前にも考えたんだけど、ちょっと付け足し。

こんなふうに考えたみた。

「わたし」と表現するか、「僕」と表現するか、「わし」と表現するか、

「お母さん」とか、「おとうさん」と表現するか、「俺」と表現するか、

(自分の名前)で表現するか、「手前」と表現するか・・

相手やその場に相応しい言葉がすっと出るんじゃないか。

相手との関係やその場の空気を読むことによって、「I」が変わる。

「I」は一つではなく、幾つでもある。

「I」というものは他と共にしか存在し得ない。

その時々で起こる相互関連作用の中で、「I」が変わる、

という事実に相応しい言葉遣い・・なんじゃないだろうか。