酔眼独語 

時事問題を中心に、政治、経済、文化、スポーツ、環境問題など今日的なテーマについて語る。
 

石原慎太郎の耄碌を哀しむ

2008-07-09 06:00:34 | Weblog
 
 かつては何で障子を破るほどの元気があった石原慎太郎氏も、もう75歳。国の格付けでいえば立派な後期高齢者だ。耄碌するのも無理はない。

 耄碌とは、老いぼれることである。見かけや言動が矍鑠としているからといって内面が衰えていないとはいえない。逆に居丈高な口ぶりが、老化の進行を示す場合もある。意固地、頑固、喧嘩っ早くなるなどはその症状の典型例だろう。

 以下の発言は石原氏の耄碌ぶりを示して余りある。

《皇太子ご一家のお世話役の宮内庁東宮職トップ・野村一成東宮大夫は4日の定例会見で、2016年夏季五輪の招致活動をめぐり、石原慎太郎東京都知事らが皇太子さまに協力要請する方針を示したことについて「招致運動というのは政治的要素が強く、(招致運動の段階から)皇太子殿下がかかわることは難しい」と否定的な考えを示した。そのうえで「政府内でしっかりと詰めるのが先決だ」と述べた。

 これを受け、石原知事は「政府が正式に申し込んだら別な話だと思うね。宮内庁ごときが決めることじゃない。国家の問題なんだから。木っ端役人が、こんな大事な問題、宮内庁の見解で決めるもんじゃない」と語った。

 皇太子さまの招致活動への協力については、石原都知事が1日に福田首相に仲介を要請していた》=朝日・電子版


 東京五輪は東京都が招致するのである。国は基本的には関係ない。これを「建前論」とする声は多い。だが、この意見は、ゆがんでいる現実に照らして建前だと述べているに過ぎない。五輪が国家から離れられないことが多くの問題を生んでいる事実に気づかねばならない。

 石原氏自身、チベット問題が起きる前から「中国の国威発揚のような北京五輪になんか行けるかい」と語っている。五輪をそんな舞台にしてはいけないという認識は正しい。

 ところが、自分のこととなると前言をまるで忘れてしまう。東宮大夫 が木っ端役人かどうかは別にして「(五輪招致は)国運が懸かってるんだから…、国家の問題だ」と繰り返す口ぶりはどうしたことだ。こんな大時代的な感覚では、招致活動の成功はおぼつかない。

 大体、招致活動の旗印に皇太子を担ぎ出そうなどという心根が捻じ曲がっていると言わねばならない。東宮大夫の言を待つまでもなく皇室の政治利用であり、憲法上許されない。皇太子を引きずり回すことになり、招致に失敗すれば傷もつける。臣・石原がその程度の思慮も持っていないとは驚きだ。耄碌以外の何物でもあるまい。

 政府を使って皇太子を引きずり出す。石原氏はまだ希望を捨てていないらしい。石原さん、見苦しいまねはやめましょう。それでなくても東宮は、右から蹴られ、左から叩かれ、前からはなじられ…で大変なのだ。

 都民以外の国民の皆さんにご負担は掛けません。こう胸を張って五輪招致活動に精を出してください。国や皇室に頼るような五輪招致なら失敗するに決まっている。 
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