愛知大教会史第1巻 1-2章- 4・5節 橋本伊平、山名分教会へ引き揚げ・教祖5年祭
の 最後に、「橋本伊平先生は山名初代会長の命にそのまま従う信仰をもっておられたので、そのままに引き上げられたが、信仰の浅い名古屋の人々の中には、それが理解できない人も多かった事と思われる。」と書いた。
そうした時に、名古屋で信仰に入った人は、この明治23年の時点で1~2年である。そしてこの次の年には、愛知大教会の役員となり、部内教会の会長となっていく。そして、橋本伊平先生は、明治20年に入信して3年目となる。
それに対して、山名初代の諸井国三郎先生は、明治16年に入信して、教祖の元へ何度も帰り、幾多の苦労を乗り越え、そして人を導いてのこの時である。
そこで、山名初代がどれだけの苦労、お仕込みを頂いて神一条の心で通るようになったかを、山名大教会史から見てみたい。
山名大教会史は昭和7年に発刊されたものと、昭和63年に発刊されたものがあるが、読みやすさから、昭和63年のものから、第1章 第3節山名の元一日、第4節伸びゆく理の芽、第5節相次ぐ講元のおぢばがえり、を掲載しておく。
第4節、第5節は次にします。
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