あつたかい ブログ 2

日々思った事、感じた事そして、親神様の御守護を書いて行きたいと思います。

丁度アクセス数が100.。。。別間隔てて

2020年05月06日 16時19分32秒 | 思った事

昨日、『ひながたの陰に 「おふでさき」に見る秀司・こかん様』の紹介をしたところ、アクセス数が丁度100を示した。これは記念になると思った。

また、この本に興味のある方が多くあることと思った。そこでちょっと宣伝を。。。これは、道友社のWEBストアで売っています。

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こんな時だからこそ、WEBで購入してみてください。そうそう。この本の価格は、880円です。

さて、タイトルに、「別間隔てて」と書いておいたが、この本の内容の紹介を兼ねて、ちょっと書いておきたい。

 

ここに、「べつま」に隔てるということは、お二人ををそれぞれ「月日のやしろ」及びその名代として対することを意味されたものと信ずる。

と書かれてあるが、私が思うのは、どうして「別間に隔てなければならなかったのか?」という事なのである。

両人とも月日のやしろであって、親神様の思いを伝えて下さる方ならば、一緒の場所にいても別段に不都合はないはずと思うのである。

それを「わざわざ隔てる」という事。ここに何か親神様の思いがあるように感じるのである。

このお道は、「証拠信心」といわれる。不思議が神の証拠として、「医者の手余りの病気がたすかる事」も親神様がいる証拠とされている。

また、甘露台も、「人間宿仕込みの証拠に据えておく」とも言われる。

証拠とは、「間違いがない」ということを証明する事柄である。

そうした中、この世の中には、胡散臭い宗教や商売が横行している。それによって多大な被害を被る人も沢山あるのである。人生を狂わされる人も多くあるのである。

今ならば、「オレオレ詐欺」、またコレラに便乗して「不安をあおって」物を売りつけたりする人もある。最近聞いたのでは、「こうした疫病のあとには地震が発生する。●月◎日に起こる」と不安をあおっている話も聞く。地震はいつ起こるか分からないのが日本なので、地震対策は常時必要なのは当然のことながら、不安を楽しみにしていたり、人々を陥れようとするデマもあったりする。

こうして、人間が賢くなり、精神状態までもコントロールするすべを身につけている人もあったり、薬で人を操るすべを持つ人がある今日、目に見えないコレラ以上の、恐怖ではないかと思うのである。

みかぐらうた、[六下り目]には、
一ッ ひとのこゝろといふものハ
   うたがひぶかいものなるぞ
二ッ ふしぎなたすけをするからに
   いかなることをもみさだめる
三ッ みなせかいのむねのうち
   かゞみのごとくにうつるなり
四ッ ようこそつとめについてきた
   これがたすけのもとだてや

とある。

ここでは「疑う事を悪い」とは言われていない。「人間というのは疑い深いもの」と言われていて、「ふしぎなたすけをする。そしてどんなことも見定める」「すべての世界の、思っている事は、鏡のようにうつる」と言われている。

私は、疑い深い我々人間に、信じるように不思議を見せて「証拠をしめす」「証拠を示したい」というのが、親神様の親心だと思うのである。

話を戻すが、「別間を隔てる」ということは、お互いに話を合わせる事は出来ない。ということだと思う。

話を合わせることが出来ない状態で、同じことを二人から聞いたならば、「間違いなく親神様からの言葉」と信じれるだろうと、されたと思うのである。

なぜここでこんな話をするかというと、今のお道では、代を重ねて、相談が出来る人がいないという人も多々ある。

私もその一人だった。相談をしたくても、周囲に応えてくれる人がない。

人間というのは、絶対に岐路に立つ。また、選択肢がいくつかあり、どれを選べばよいか分からない事も多々起こってくる。

そうした時に、親神様に願う。ところが、我々は、教祖のように、本席様のように親神様の言葉が聞こえるわけではない。

そうした時に、全く違う人から、同じような事を聞く事があった。「え!」と思った。

その時に、今の「別間隔てて」という言葉を思い出した。

そして心決めて通って今がある。

こうしたことが、数回重なった。だから、もし相談できる人がいない人、真剣に親神様に願い、現れてくる事柄から親神様の思いを感じてみてはどうか、と思って書いた。

 

さて、こかん様の話に戻す。

親神様は、二人のやしろを望まれた。しかしそれが実現できなかった。こかん様が出直さなければならなくなった。

その理由が、この本で述べられている。

我々も、こうしたこかん様と同じような苦悩に悩む場合もあるかと思う。この事はそうした中での、思案の元になると思う。

 

読みにくい文になったと思いますが、お許しください。

ありがとうございました。

親神様、どうぞ大難は小難にとお守りください。

 

 


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