あやめな日々 in OSAKA

広島女学院同窓会大阪支部の活動をゆる~く報告&プライベートを気ままにひとりごと

バルト三国とヘルシンキ旅行10~リガの夏至祭&ホテルの朝食

2019-07-14 13:57:44 | 海外旅行

娘と一緒に広島へ帰省していまして、またまたブログをお留守にしていました。

お待たせしました、バルト三国旅行記の続きをUPしていきま~す。

   待っていないって スミマセン

 

ラトビアの首都リガ、ほんとはリーガって発音するみたいですが、

今日明日は夏至祭で祝日です。

だから、お休みの所もたくさんあります。

でも、街中は花冠を付けた女性たちやお祭り気分でたいそう賑やかです

たくさんの人がお祭り会場へ向かっているので、人の流れに沿って行ってみることにしました。

屋外の会場なのですが、入るにはセキュリティチェックがありました。

有料なの?

いえ、無料でしたし、旅行者だけど入っていいかと聞くとノーチェックでどうぞ。

 

ステージでは民族音楽?の演奏

ラトビア語もどこで何をするのかもさっぱりわからないけれど、

一緒に夏至祭を楽しんでいる感がとても嬉しい

 

 

会場はダウガヴァ川沿い

日没も近づいてきました。

 

遊覧船もありますし、大型客船も泊まる港もあります。

 

 

リガの皆さん、ビールやおつまみを持って川沿いへ

私も真似して川沿いへ

綿菓子を引っ張ったような雲の中に夕陽、なかなかの景観でした

 

 

夜も更けてそろそろ11時ですが、お子様もお祭り気分

まだまだ元気です

私たち熟年夫婦はホテルに帰りましょう。

 

4日目 リガでの朝

クラシカルなホテルは、朝食のレストランも重厚で豪華なお部屋でした。

 

かつては、どなたかの大邸宅だったそうです。

 

レストラン内の個室

 

朝食はビュッフェでしたので、珍しかったものだけUP

ずら~っと並んだ木の実やピクルス?ですかねぇ

 

階段もステキでしたよ。

螺旋階段を上って行くと…

 

 

天窓もあります。

 

 

これから観光に出かけますが、今日はこのくらいにします。

次回へ続く

 

それではまた~

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バルト三国とヘルシンキ旅行9~ラトヴィアの首都リガ

2019-07-06 23:57:21 | 海外旅行

3日目 夕刻

シャウレイからラトヴィアの首都リガに到着しました

「バルトの真珠」「バルトのパリ」などと呼ばれる美しい街のようです。

もちろん、バルト三国の首都は全て世界遺産です。

夕食前に、ちょこっと旧市街を散策

 

火薬塔

 

リガ大聖堂

 

旧市街の建築も美しい

 

 

今日と明日は夏至祭と聖ヨハネの日

最も開放的な祝日です。

皆さん、ビールを飲んで陽気に踊ります

花冠を付けた女性たちがたくさんいて華やかでした

 

明るいけれど、ディナータイム

MELNAIS KIPLOKS

なんて読むのでしょう?

外観はユーゲントシュティール(アールヌーボー)

 

でも、

内観はハイセンスな都会風

 

桃のジュース、パン

トマトオニオンスープ、アップルケーキのアイスクリーム添え

 

メインは、

ポークリブ

 

お肉の苦手な私用は、付け合わせは同じでお魚

 

 

夜も8時を回りましたので、ホテルにチェックイン。

ホテル・ヨーロッパ・ロイヤル・リガ

クラシカルな重厚感あるホテルです。

 

ロビーも…

 

廊下も貴族の館のようにエレガント

 

お部屋もクラシカル

 

久々に見たたんすワードローブ

 

クラシカルなホテルは佇まいやロビーなど素敵なので、

泊まりたい~ となりますが、

水回りなどの使い勝手としては、アメリカ~ンな新しいホテルの方が便利です。

 

夜の8時過ぎ、さすが夏至祭の日、真昼の明るさ

ホテルの部屋で旅の疲れを癒せばいいものを、ついつい街並み散策に行ってしまいます

寄る年波もかえりみず、それでは行ってきま~す

   

リガもトロリーバスが走っていましたが、こちらはトラム

 

 

リガ駅

 

リガ駅の隣にあるショッピングモール

有名なスーパー、RIMI(リミ)

どんな物が売られていて、どれくらいの物価かしら?と興味津々

 

新市街から旧市街の方へ行ってみましょう

新市街にある自由記念碑

1935年、ラトヴィアの独立を記念して建てられました。

 

 

ピルセータス運河

どことなくイギリスの田園風景と似ているようです。

 

 

市庁舎前広場 ブラックヘッドの会館

ドイツ軍の空襲で破壊されましたが、見事に再建。

外壁の素晴らしい大時計

 

 

これから、たくさんの人が向かっている夏至祭の会場へ行ってみようと思います。

 

次回へ続く

スミマセン、毎月恒例の広島帰省で次回の記事UPは遅れます

 

それではまた~

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バルト三国とヘルシンキ旅行8~十字架の丘のあるシャウレイへ

2019-07-06 16:57:18 | 海外旅行

3日目 午後

リトアニアの首都ヴィリニュス→カウナス→シャウレイと北上していきます

シャウレイは、テレビや雑誌などから知っている十字架の丘がある街です。

すごい所があるんだなぁ~と、いつかは訪れてみたいなぁ~と思って見ていたのですが、

ついに来ることができました

 

カウナスからの風景

ほぼず~っと、このような景色が続きます。

ほんとに平野ばかりで、作物がたくさん育つでしょうね。

 

このような平原の中に、突然、ほんとに突然、十字架の丘が現れます

遠くからでも圧倒されます。

 

今では、駐車場からの道も整備されています。

道路の下のトンネルを通って横断して行くようになっています

 

 

十字架の丘までの道

巡礼の地への道のごとく、きれいに整備された道を人々は歩いて行きます。

 

 

ある人は立ち止まり、ある人は振り返り見入ります。

 

 

少しずつ近づいてきました。

 

右の方も…

 

 

左の方も無数の十字架

 

 

十字架の丘

リトアニアの人にとっては特別な聖地と聞きました。

おびただしい十字架を前にすると、畏敬の念を抱かずにはいられません。

 

どうしてここに、このような丘ができたのかはわかっていないそうです。

ただ、1835年11月にロシアに対する蜂起が失敗に終わり、

処刑や流刑にされた人々の鎮魂のために十字架が置かれたのが始まりのようです。

その後、締め付けはさらに厳しくなり、

ソ連時代になると、何度もブルドーザーで一掃されたそうです。

それでも十字架は置かれ続けたそうです。

 

 

真ん中には階段があり、丘の上へ行けるようになっています。

 

ここは、お墓ではないので死者は眠っていません。

ただただ祈って、十字架を置いて行くだけ。

 

 

 

丘の上まで登ってみました。

途中には人がやっと一人通れるくらいの小路もあり、

その小路を通って十字架を置けるようにもなっています。

 

 

少し下って行きましたが、まだ先にもたくさんの十字架がありました。

 

 

こちらは裏手になるのでしょうか?

 

 

来た道を戻ってきました

ほんとに、まわりは何もない草原の中にありました。

 

 

よく知らなかった抑圧された歴史を、少しですが感じることができました。

ツアーですので、駆け足で強国に囲まれた小さな国々を巡るのですが、

王のいる豪華絢爛な大国とは違った興味深い旅行になっています

 

ここからラトビアの首都リガはもうすぐ

次回へ続く

それではまた~  

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バルト三国とヘルシンキ旅行7~カウナスの市内&ランチ

2019-07-06 14:13:30 | 海外旅行

3日目

リトアニア第二の都市、北西部カウナスに来ています。

杉原千畝さんの記念館に行った後は、カウナスの旧市街を観光します。

 

旧市庁舎

「白鳥」と呼ばれる美しいバロック建築

 

旧市庁舎の前には銅像が。 誰でしょう

元の市長さんだそうです。

 

 

イエズス教会

ピンクの外壁がかわいい

 

ベルク―ナスの家

15世紀に建てられたゴシック様式の傑作…だそうです。

 

聖ペテロ&パウロ教会

赤レンガの美しい15世紀のバロック様式の教会

ちょうど礼拝中でしたので、写真は撮れませんでした。

でも、中に入って静かに祈りました。

内部も素晴らしかったです

 

外からは望遠で  スマホですが

 

少し時間があったので、古都の通りを街歩き

こんな素敵な通りのカフェで、友人たちとおしゃべりしたいな~、日が暮れるまで

…って日没は遅いよ、夜中まで はい

 

 

カウナス城

当時のままのレンガと再建されたレンガが混在。

明日は夏至祭、一年で一番昼間が長い日、お祭の準備ができていました。

 

 

城郭へは橋を渡って行きます。

 

ではでは、ランチタイム~

MUSU DVARAS

なんて読むのでしょう???

 

 

ビール(いつも美味しい)、サラダ

お肉の苦手な私用のクリームチーズたっぷりのパンケーキ

パイゼリー

 

そして、メインは、

リトアニア料理 コルドゥーナイ

リトアニア風水餃子とでもいいましょうか。

皮はモチモチで美味しかったですよ。中身はお肉なので食べていません。

 

 

次に向かったのはシャウレイ、北の方へと進みます

十字架の丘があるところです。

 

次回へ続く

それではまた~

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バルト三国とヘルシンキ旅行6~杉原記念館のあるカウナスへ

2019-07-04 15:23:55 | 海外旅行

3日目

連泊したホテルを出発して、カウナスに向かいます。

カウナスは、ヴィリニュスの北西の方にあり、中世の面影を残すリトアニア第2の都市です。

そこは、かつて6000人のユダヤ人を救った杉原千畝さんの記念館がある街。

まさか、自分がこの地に来られるなどとは思ってもいませんでしたので、

行く前から胸がドキドキ高鳴っていました。

 

 

旧日本領事館 杉原記念館

 

杉原記念館前の道

まわりには立派なお宅が多い、閑静な高級住宅街という印象です。

 

 

上映室

まず、15分間のビデオ上映があります。

少し古い映像でしたが、日本語でしたし杉原千畝さんの生涯についてわかりやすく説明されてありました。

男女問わず、泣いている方もおられました

感動、そして戦時下でもこのような人がいたという同じ日本人としての誇り。

そんな思いが溢れました。

 

1階だったと思います。

 

執務室

杉原千畝さんは、日本政府の命令に反してユダヤ人たちにビザの発行をし続けました。

 

 

 

この窓から外の景色を見られたでしょうか?

ある朝、領事館前にできた突然の人だかりに杉原千畝さんは驚かれたそうです。

ビザの発行を願うユダヤ人が押し寄せていました。

 

 

2階のプライベート空間だったお部屋

ご一家の写真などが飾ってありました。

 

 

裏庭の方にもまわってみました。

当時はお子様たちが遊ばれていたそうです。

 

 

売店

記念品やチョコレート、珍しい菩提樹やたんぽぽのハチミツがあります。

あ、菩提樹のハチミツは、今はないそうです。

スタッフの方、流暢な日本語を話されるシャイな可愛い方

 

次は、メトロポリス・ホテルに行きました。

ここは、杉原千畝さんがソ連から領事館を退去させられ、一時滞在したホテルです。

そこでも、杉原千畝さんはビザを書き続けました。

 

メトロポリス・ホテル

 

このホテルに8日間滞在されたそうです。

 

 

記念のプレート

 

 

杉原千畝さんの言葉

「彼らは人間で、助けが必要だった。

喜ばしいことは、自分の中にその助けを与える決定をする力を見出したことである」

 

ヨーロッパには魅力的な所がほんとにたくさんあります。

その中で、ここは小さな記念館でしたが充実した気持ちになりました。

日本人として杉原千畝さんのような方がいらしたことに感謝いたします。

 

次回へ続く

それではまた~

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