紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

15 千代の娘

2023-03-19 07:41:47 | 著書・夢幻★すみれ五年生


 千代の病室に入ってきた千代の娘は、山谷とすみれに黙礼をした。娘は、ベッドに近寄り眠っている千代の顔を暫くじっと見ていたが「おかぁさん」と呼んだ。
「母はあなた方のことを話していたようなのですが、私、ゆっくり聴かないでいました。こんなに具合が悪いとも思わないで、一人にしていて可愛そうなことをしました」
 娘は千代の額に滲んだ汗をハンカチで拭いた。娘の目頭から涙が溢れ、唇の端を伝わって落ちた。
「母を独りにしたくなくて二人で暮らしていたのに、結局、孤独な毎日を過ごしていたのね。この頃、やっとそれに気がついたのですけど。私は仕事がありますし」
「今の時代、同じような環境で暮らしている人が多いですよ。私の家も、今は両親が健在ですが、私は独身ですし、どちらかが亡くなったりすれば、一日中独りでいるようになってしまいます。そう思って家族を増やしたいと思っているのですけどね。うまくいかなくて。難しい問題です」
 山谷は千代の寝顔を見ながら言った。
 すみれは、祖母の竜子を思った。自分が誰もいないアパートに帰るのが寂しいと毎日思っていたが、竜子の方も自分のことを心配しながら仕事に行っていたのだろうか。眠り続ける千代に竜子が重なり、千代の娘に自分が重なっていった。
 山谷が時計を見た。外は薄暗くなっている。
「すみれちゃん、送っていくよ」
 山谷とすみれが帰ろうとしたときドアがノックされ、細めに開いたところから竜子の顔が覗いた。
「あっリュウちゃん、迎えに来てくれたの」
 思わず、すみれは声を上げた。


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著書・夢幻に収録済み★連作20「すみれ五年生」が始まります。
作者自身の体験が入り混じっています。
悲しかったり、寂しかったり苦しかったり、そのどれもが貴重なものだったと思える今日この頃。
人生って素晴らしいものですねぇ。
楽しんでお読みいただけると嬉しいです。
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14 携帯電話

2023-03-11 15:42:42 | 著書・夢幻★すみれ五年生


 すみれは、山谷の携帯電話に自分の携帯電話から掛けることにした。祖母の竜子は、何かあったらいつでも電話を掛けるようにと、すみれに携帯電話を持たせていた。だが今まで一度も竜子に掛けたことはない。
 山谷は仕事中らしく留守電に切り替わっていた。
「すみれです。千代おばぁさんが病気です」
 山谷の留守電にそれだけを入れた。
 千代は、歯のまばらに抜け落ちた唇を振るわせて、息をしている。さっきより荒い呼吸のようだ。山谷にもう一度電話を掛けようとしたとき、車が止まって、ドアの開閉する音がした。
 玄関の引き戸に影が映って「山谷ですが」
と、山谷が戸を軋ませて開けた。
「千代おばぁさんは? 具合はどう?」
「こっちの部屋に寝ているけど」
「大分具合が悪そうだ。医者には?」
「診てもらっていないって」
 じっと千代の顔を見ていた山谷は、
「連れて行こう病院へ」
 と言った。

 山谷の運転するタクシーの後部座席に、すみれは千代を抱えるようにして乗った。千代は目をつむったままでなにやら呟いた。
 すみれは、千代に抱かれたときのことを思い出した。今度は自分が千代を抱いている。痩せた小さな千代が、うんと軽く感じた。
 病院に着き千代が入院しなければならないと分かってから、すみれは竜子に連絡した。
「リュウちゃん、友達の千代おばぁさんが病気なの。今病院。帰りは山谷のおじさんがうちまで送ってくれるって。千代おばぁさんとおじさんのことは帰ってから話すから」


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(でばんまつもののふひとりはるひかげ)

13 千代の病気

2023-03-05 08:59:28 | 著書・夢幻★すみれ五年生


 すみれは、千代と何日も会えないでいた。千代の家を訪ねた。チャイムを鳴らしたが返事がない。玄関の引き戸を引くと、建て付けが悪いらしく、キコキコと音を立てた。
「千代おばぁさん。すみれです。居ますか? すみれです」
「ああ、すみれちゃんかい。入っておいで」
 千代の力のない声がする。玄関右手の畳の部屋に布団が引いてあった。仰向けに寝ていた千代が、顔だけをこちらに向けて作り笑いをした。
「具合が悪いの? 千代おばぁさん」
「風邪を引いたみたいで、熱っぽいんだ」
「お医者さんには見てもらったの?」
「私は医者嫌いでね。娘も連れて行くって言うんだけど、行かないんだ」
「だって、顔色が悪いよ」
「大丈夫だよ、いつだったかも、こんなときあったけど、二、三日寝ていたら治ったのだから」
「でも……」
「だ、だいじょう……ぶ……」
 千代が目を閉じてしまった。すみれはそれ以上声を掛けないで見守った。
 寝息を立てる千代の顔を見ていると、千代と友達になってからのことが思い出される。
 千代と友達になる前に、山谷に声を掛けられた時は怖かった。『いろんな事件が最近起きているから、知らない人には注意するように、一人では遊びに行かないこと』などと、学校でも祖母の竜子にも言われていた。けれど、優しい言葉を掛けられると、その注意もいつの間にか忘れてしまった。山谷も千代も悪い人ではないし、今ではすみれの大切な友達だ。
 千代の様子を見ながら、すみれは、山谷の声を聞きたいと思った。


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(ふしぶしにおどりつかれやさんしきすみれ)

12 言えない

2023-02-26 08:28:49 | 著書・夢幻★すみれ五年生


 すみれと千代が千代の家に向かって歩いていると、タクシーが止まった。運転席の窓が開き、山谷が顔を出した。
「すみれちゃん、千代おばぁさん」
 山谷は、白シャツにブルーのネクタイ姿で顔は日焼けしている。
「おじさん」「山谷さん」
「どうお、おじさんのドライバースタイルは、まぁまぁでしょ」
「おじさん、カッコイイよ」
「山谷さん、慣れたかい」
「ええ、おかげさまで。疲れますけど、頑張らなくちゃね。すみれちゃん、学校は行っているかい」
「うん、行っている」
「大丈夫だよね、この千代おばぁさんが付いているからね」
「そうか、おじさん安心しているぞ」
「はい、……」
「おや、どうした? なんかあったか」
「ああ、すみれちゃんは、ちょっとだけ涙が出ちゃったのさ。もう大丈夫だよね」
「うん……」
「すみれちゃん、今度ゆっくり話をしよう。今日、おじさんはこれから仕事を頑張るよ。また会おうね」
「うん」
 山谷はゆっくり車を発進させた。
 すみれの涙の訳を千代は聞かなかった。聞かれても答えようがない。千秋たちのいじめが悲しいと言えば悲しいが、もっと、違うところに自分の寂しさがあるのを知っている。祖母の竜子には尚更言えない。朝早く出かける竜子は、疲れた顔をして戻ってきて、すぐに夕食の支度に取りかかる。心配は掛けられない。すみれは、涙の乾いた頬を拭った。


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11 抱っこ

2023-02-19 07:22:02 | 著書・夢幻★すみれ五年生

「千代おばぁさん」
「おや、すみれちゃん、こんなところで会うとは。さっきの子たちは同級生かい」
「そう」
「なんか、すみれちゃんのこと言っていたようだが」
「うん、なんでもない」
「そうかい。なんでもなければいいけど。何かあったら、この千代おばぁさんに話しておくれ。なぁんでも聴くよ」
「……」
「さっきの子供たちは、元気が有り余っているような子たちだね」
「……」
「おや、泣いているのかい。どうした?」
「千代おばぁさん」
「どうした、すみれちゃん」
「あたし、……」
「うん?……言いたくなかったらいいよ。さ、おいで、千代おばぁさんに抱かれてみなさい」
「……」
「すみれちゃん、抱っこだ。よしよし、抱っこだ。大きいね。はて、この千代おばぁさんが、小さいのかな。そうだろうね、腰が曲がっているし、その分地面に近いから。良いこともあるんだよ。この間なんか、散歩の途中で十円硬貨を見つけたんだ」
「拾ったの?」
「うん、拾ったよ。手にとって見たらね、それがその、ビール瓶の蓋が車にでも轢かれたのか、ペチャンコになったものだったよ。残念でした」
「千代おばぁさんったら」
「笑ったね。すみれちゃんは、笑った顔が一番可愛いよ」
「ありがとう、千代おばぁさん」



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(るすながきうらもんまもるやぶつばき)
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