千代の病室に入ってきた千代の娘は、山谷とすみれに黙礼をした。娘は、ベッドに近寄り眠っている千代の顔を暫くじっと見ていたが「おかぁさん」と呼んだ。
「母はあなた方のことを話していたようなのですが、私、ゆっくり聴かないでいました。こんなに具合が悪いとも思わないで、一人にしていて可愛そうなことをしました」
娘は千代の額に滲んだ汗をハンカチで拭いた。娘の目頭から涙が溢れ、唇の端を伝わって落ちた。
「母を独りにしたくなくて二人で暮らしていたのに、結局、孤独な毎日を過ごしていたのね。この頃、やっとそれに気がついたのですけど。私は仕事がありますし」
「今の時代、同じような環境で暮らしている人が多いですよ。私の家も、今は両親が健在ですが、私は独身ですし、どちらかが亡くなったりすれば、一日中独りでいるようになってしまいます。そう思って家族を増やしたいと思っているのですけどね。うまくいかなくて。難しい問題です」
山谷は千代の寝顔を見ながら言った。
すみれは、祖母の竜子を思った。自分が誰もいないアパートに帰るのが寂しいと毎日思っていたが、竜子の方も自分のことを心配しながら仕事に行っていたのだろうか。眠り続ける千代に竜子が重なり、千代の娘に自分が重なっていった。
山谷が時計を見た。外は薄暗くなっている。
「すみれちゃん、送っていくよ」
山谷とすみれが帰ろうとしたときドアがノックされ、細めに開いたところから竜子の顔が覗いた。
「あっリュウちゃん、迎えに来てくれたの」
思わず、すみれは声を上げた。
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著書・夢幻に収録済み★連作20「すみれ五年生」が始まります。
作者自身の体験が入り混じっています。
悲しかったり、寂しかったり苦しかったり、そのどれもが貴重なものだったと思える今日この頃。
人生って素晴らしいものですねぇ。
楽しんでお読みいただけると嬉しいです。
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