紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

14 懐中時計

2022-04-26 06:41:34 | 夢幻(ステタイルーム)23作
 

『ミサイル発射』のニュースが流れた。
 その時思い出したのが、喫茶店経営時代の常連客、島崎老翁だ。亡くなって十年近くになる。

 老翁が背広の内ポケットから出してカウンターに置いたのは、直径五センチ以上もありそうな懐中時計だ。真鍮製に見えた。上蓋に金色の菊の紋章。組紐が付いていた。針は止まっている。
 パイロットだったと言っていた。職業軍人として十八年の間、世界中を飛んだ。最後はハワイ沖だった。無事帰って来たが日本には戦闘機は残っていない。次の命令を待っている間に終戦となった。その時に懐中時計の針を止め、今に至っていると語った。

「戦争は常識の通じない渦だ」
 老翁は遠くを眺めた。
「年寄りになると、そうでなくてもなぁ」
 と、笑っていたが、いつもワイシャツに上質の背広を着ていた。身だしなみには気を遣い、清潔感を重視していた。
「夏でも薄着になると風邪をひくんだ」
 ワイシャツの生地を通して、長袖の下着が写っていた。
 一杯のコーヒーをたっぷりの時間を掛けて飲んでいた。その間の、事実か創造か定かではないおしゃべりは、多岐に亘る。
 終戦後の混乱。金儲けの極意は、種となるまとまった金額を貯めることから。結婚。妻との死別。熟年になって結婚詐欺に遭った。特許を二つ取った。今でも企業年金が送られてくる。
 老翁は、毎回同じようなプログラムで話していた。だが常に、動かない懐中時計を手放さなかった。


著書「夢幻」収録済みの「ステタイルーム」シリーズです。
主人公はそれぞれの作品で変わります。
楽しんで頂けたら嬉しいです。



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