骨董仲間の渡辺家へ呼ばれた。
小沢を迎えたのは渡辺家の奥方。玄関の上がり框に三つ指を着く。還暦を過ぎたはずだが、春霞模様の着物姿だ。
「遠いところようこそ。どうぞ」
通されたのは床の間付きの八畳間。渡辺が廊下を背に座っていた。紬の着物に羽織を着て、腰には小刀を差し、体の左側に刀を置いていた。
「今度、購入されたものを見せて下さいよ」
スーツ姿の小沢が床の間を背に座るのを待って、渡辺が言った。
小沢は桐の箱から刀を取り出した。
「いやぁ~、女房に怒られながら手に入れたんですよ。梅に鶯の鍔が気に入って。百万円したんですよ」
渡辺が内心笑ったように見えた。
渡辺は、小沢の日本刀を、鞘や鍔、柄はもとより、鐺(こじり)から柄頭(つかがしら)までをじっくり見ている。
「復刻刀でないのは良く分かりますよ」
渡辺はそう言ってから、床の間の飾り棚から鎌倉彫の箱を取り出した。箱には三個の鍔が入っていた。
「どれも一個五十万円しました。これ二個で小沢さんの一刀分ですね」
小沢は体の全部に怒りが充満していた。奥方の白い指も漂う香りも、注いでくれた酒の味も大トロの旨味も、なにもかもが悔しい。
独り言は次第に大きくなっていった。
小沢の前方に立ちはだかった男がいた。
「こんばんわ。酔っているんですか?」
警官が小沢の持ち物に目を留めて聞いた。
小沢はポケットに手をやった。『刀剣類所持許可証』は確かに持っている。
著書「夢幻」収録済みの「ステタイルーム」シリーズです。
主人公はそれぞれの作品で変わります。
楽しんで頂けたら嬉しいです。
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