紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

(5) はいきぶつ

2021-06-10 06:59:23 | 夢幻(イワタロコ)



「見てくれって言ったって、俺には分からないよ。専門家に見て貰った方がいいよ」
「このミシンであんたの塾代を稼いだんだから。まだまだ使いたいわ」

 日曜日の朝だ。お袋が頬を膨らませて言う。最近、和服を洋服にリフォームしているらしい。
 俺が幼稚園児だった二十年前、既製服の見本縫いをしていたお袋が買ったミシン。
 金属同士が引っ掻き合うような音は、ミシンの内部からする。ゆっくり動かせば鳴らなかったものが、直に激しい音をさせた。

 連絡後すぐに修理屋が来た。
「今、この種のものは製造していないですよ。大事に使えば、三代は使えるものです。修理代は一万円位です」
 と見積もり額を言うと、ミシンを台から外して持ち帰った。

 一週間後。修理屋がミシンを台に取り付けた。
「音がねぇ。一応は見たんですよ。ひとつずつ分解していけば悪いところに行き着くのでしょうが」
 お袋が布を用意して電源を入れた。スタートボタンを押す。間をおかず凄まじい金属音。
「長年この仕事をしてきて、大抵のことは直してきましたけど。今回は何処がどう悪いのかさっぱり分からないですね。申し訳ない」
 修理屋は手数料も取らずに帰って行った。

「残念だけど、粗大ゴミってことね」
 お袋が溜息混じりに言った。
「テレビ、冷蔵庫、パソコン、卓上ミシンなど、大型廃棄物をお引き取り致します」
 通りから聞こえる。お袋が走って玄関を出た。
 リサイクル屋の大きな声が聞こえてきた。
「あっ、おばさんは引き取れません。えっ、ミシンなの? 卓上ミシンでなきゃあ、駄目」



著書「夢幻」収録済みの「イワタロコ」シリーズです。
楽しんで頂けたら嬉しいです。



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